106 キスをください、旦那さま!
『で、ではオズヴァルトさま。問題は無さそうでしょうか……!!』
『ああ。いまの君の神力を封じても、俺の魔力は多少残るだろう。その魔力量を、クライドとの戦闘時に調整する』
『うう……!! 攻撃魔術はともかくとして、結界は私に下さったものと同じくらいの守護石をお使いになってくださいね!? 危ないので……!!』
シャーロットが不安になるのを安心させるように、大きな手が頭を撫でてくれた。どきどきして却って落ち着かないのだが、そのことは口に出さずにおく。
『俺の魔力を減らす方法を、君の神力封じにしておく利点は大きい。――ランドルフ殿下のときに君がしてくれた、「あれ」が使える』
『が、ががが、頑張ります……!』
オズヴァルトが何を指しているのか、シャーロットも理解はしている。けれども思い出した光景に、思わず息も絶え絶えになってしまった。
(それから、気になるのは……)
シャーロットがこの方法を提案してから、オズヴァルトはずっと難しい顔をしている。
『シャーロット』
『?』
その理由が分かったのは、その手がシャーロットの頬を撫でてくれたときだった。
『君の記憶が失われたのは、恐らく以前の君による魔術によるものだろう。だが、最初に俺たちが想定していた、「神力封印がきっかけ」という可能性も皆無ではない』
オズヴァルトの言葉に、シャーロットは目を丸くした。
『神力の再封印を行って、君の記憶がまた消える恐れもある。……それはもう、怖くないのか?』
『オズヴァルトさま……』
シャーロットだって、もちろんそれは覚えている。
数ヶ月前の夜会の日、オズヴァルトに神力を封印し直してほしいとねだったとき、シャーロットは怖くて震えていた。記憶を失ってしまえば、シャーロットにとって唯一の宝物が消えるからだ。
(オズヴァルトさまへの恋心だけが、私の持っているただひとつでした)
あの夜だけのことではない。
記憶を失う以前から、今日のたった今に至るまで、そんな想いは変わっていない。けれどシャーロットの胸の中に、数ヶ月前のような恐怖は無かった。
『……怖くはありません、オズヴァルトさま!』
『!』
大好きな人を間近に見上げ、シャーロットは微笑む。
『たとえ記憶がまっさらに消えても、オズヴァルトさまへの恋心だけは消えないのです。いまの私には、それがはっきりと分かっていますから』
『……シャーロット』
『一番大切なのは、オズヴァルトさまがご無事で居てくださること! ですからお願いです、私の神力を……ひゃんっ!!』
啄むようなキスを与えられ、思わず変な声をあげてしまった。くちびるに重なっただけのキスのあと、オズヴァルトはシャーロットにやさしく囁く。
『……もう一度、最初のようにねだってくれ』
『う、うう……!!』
震えるような感情に苛まれるも、オズヴァルトに願われたことへの幸福が勝る。
(『恐れ多い』よりも、『嬉しい』と素直に感じる気持ちの方が、前より少しだけ大きくなっています。オズヴァルトさまが、たくさん言葉を尽くして下さったから……)
その慈しみに応えたくて、シャーロットは先ほどの懇願を繰り返す。
『……私にキスをしてくださいませ、オズヴァルトさま……』
するとオズヴァルトは目を伏せて、柔らかな微笑みをひとつくれた。
『――もちろんだ』
こうしてシャーロットとオズヴァルトの舌には、新たな陣が刻まれたのである。
「オズヴァルトさま……」
大神殿の聖堂前に立ち、クライドと対峙するオズヴァルトを見下ろすシャーロットは、策略の成功に深く息を吐いた。
(クライドさまの魔術が発動しても、オズヴァルトさまの魔力が暴走していません! 耐えていらっしゃいます、これならば……)
「物理攻撃を警戒しないのは、魔術師の悪い癖だな」
拳を握り締めたオズヴァルトが、それをクライドのみぞおちに叩き込む。
「ぐ……っ!!」
シャーロットにも聞こえるほどの鈍い音と共に、クライドの体が後ろへ飛んだ。
***
「か、は……っ」
腹部に叩き込まれた衝撃に、クライドは息を呑む。
受け身を取るのが遅れ、広場の石畳に身を打ち付けた。クライドを殴り飛ばしたオズヴァルトが、左胸を押さえて顔を歪める。
「…………っ」
(見たか、オズヴァルト……!!)
いくら魔力暴走を抑え込もうと、ダメージが皆無なはずもない。挙句にあの男はいま、ほとんど魔力を残していないのだ。
(魔力暴走の対策といえど、魔力は生命の源だ。枯渇寸前の状況まで追い込めば、心身への負荷は相当なものとなる……!)
オズヴァルトに痛みを与えた喜びで、クライドは笑った。あの男はシャーロットを奪った敵であり、苦しめて死なせるべき存在だ。
(邪魔なあいつが消えればいい! そうすればロッティ、君も必ず思い出す。またあのときのように、俺の痛みを癒してくれる)
そう思えば、殴られた痛みも大したものではない。魔力が枯渇しそうなオズヴァルトに対して、クライドはまだ半分ほどを残しているのだ。
(オズヴァルトの身に付けた守護石は、残り五つ。あれをすべて砕き終わろうとも、オズヴァルトひとりを殺せる程度は残る)
ゆっくりと立ち上がり、オズヴァルトの前に手を翳した。
クライドが雷を放とうとしたそのとき、美しい声が空を裂く。
「オズヴァルトさま……!」
「!!」
シャーロットが叫んだ声に、クライドは耳を疑った。




