続くたたかい
ボケもツッコミもありません。
水奈がタケノコと格闘する、ただそれだけのお話です。
ピピピピピピ――けたたましく鳴り響くアラームの音が眠りを妨げる。
苛立ち混じりに叩き切ってから再び眠りに入ろうとして、けれど頭の中に現れた静璃のまなざしが眠らせてくれない。
じっと上目遣いをするばかりで、何を語るでもない。ただ、その目は何よりも雄弁に私に語るのだ。
楽しみにしているのに、準備してくれないの――と。
「……ああもう」
一体何に対する不平不満なのか。
疲れの残る体を持ち上げ、気だるさを感じながら起きる。
時計は十一時を指し、カーテンから差し込む光はひどく眩しい。お昼近いこんな時間に起きてなお眠気が消えてくれないのは、ひとえに昨夜から今朝二時頃にかけてタケノコ掘りをしていたせいだ。
普段使わない部分に負荷がかかったため、皮がむけそうになっている手のひらがじんわりと痛む。あと、中腰でいることが多かったから、腰から背中にかけても引きつるような感覚があった。
とはいえ、いつまでも休んではいられない。
着替えを済ませ、ひとまずエネルギー補給をすべく部屋を出た。
ダイニングにはカレーのスパイシーな香りが漂っていた。
ややせわしない様子でカレーを食べていた弟の歩が、ふと思い出したように手を止めて、上半身をひねってキッチンに立った私に声をかけてくる。
「姉ちゃん、夜中に梶原さんのところ行ってたんだって?」
「そうだけど、もしかして行きたかった?」
「別に。今日クラブあるし」
サッカー少年である歩は地域のクラブチームに所属していて、土日なんかも留守にすることが多い。今年で小学四年生になり、自転車での長距離移動およびクラブ活動への自力での行き来を認められたことで友人と一緒に往復一時間くらいの道のりを自転車で通っている歩は、早くも肌が日に焼けて小麦色になりつつあった。
ちなみに、歩の送り迎えに手を取られることが減ったことで、お母さんは土曜日にも仕事を入れるようになり、今日も姿が見えなかった。昨日の夜から姿の見えないお父さんは言うまでもなく仕事なのだろう。
生活の中心にあるサッカーに影響するならどうでもいい、と興味を失ったらしい歩は背を向けてカレーをがっつき始める。
多分、これからクラブチームで練習があるのだと思う。
不愛想な背中を見ていると、少しばかり嗜虐心が胸の中で膨らむ。
食パンをトースターに放り込みながら、私は口の端が吊り上がるのを自覚しながら歩に問いかける。
「明日静璃がお昼に花見をするって言ってるけど、歩は来る?」
静璃――その名前が出た瞬間、ぴたりと歩の手が止まる。
興味ないにも関わらずわざわざ聞いてきた先ほどの会話も、いわばジャブのようなもの。あるいは、聞かずにはいられなかったのだろう。
歩にとって、静璃は特別な存在だから。
「……明日の、昼?」
気持ちを落ち着けるように一言一句、区切りながら口にする。それは訊ねているというよりは、余裕を見せようとする足掻き。
「明日もクラブだった? なら仕方な――」
「行く」
釣れた――別に歩を釣り上げたからどうというわけではないけれど。
チン、とトースターが軽やかな音を立てる。こんがりと焼けた肌にバターを塗ってかぶりつく。
外はパリッと、中はふわふわ。バターの芳醇な香りが口いっぱいに広がる。
けれど思っていた以上の満足感はなくて、歩の香りの暴力によって口の中がカレー気分になっていたことに気づかされるばかりだった。
「立ち食いかよ」
私に揶揄われたことへの八つ当たりだろう。シンクを受け皿にしてパンを立って食べていた私を押しのけながら食器を置き、言うが早いか逃げるようにダイニングを出ていく。
その背中を見送りながら、さて私も大仕事に取り掛かりますかと気合を入れた。
タケノコ狩りは、何も採取して終わりというわけではない。食材というものはたいてい、食べるまでにひと手間掛ける必要がある。
潮干狩りもタケノコ掘りも山菜狩りも、下ごしらえをしないと食べられない。
玄関に向かい、外に置いておいたタケノコを回収。二割ほどを梶原さんが受け持ってくれたとはいえ、静璃と私の二人で採取したタケノコは本数にして二十八本。その内の一本が、緑がかった特大サイズ。
これらをすべてゆでて灰汁とりをしないといけない。
少なければ皮ごとゆでるのだけれど、とてもではないけれどそのままでは鍋に入りきらなくて、皮をむくことにした。
べりべりべり。産毛のような毛におおわれた皮をはぎ取り、中身を取り出す。先端部分は切ってしまって、とにかく可食部だけが残るようにしてしまう。
「これ、本当に食べられるんだよね」
静璃を勝者にした緑のタケノコ。竹と呼ぶほどには固くなっていないものの、軽く五十センチくらいは地面から露出していたであろう真竹の子はある程度の長さに切りそろえてから、梶原さんに教えてもらったように節の下の方を取り除いてしまう。
そうして四十五リットルのゴミ袋がいっぱいになるほどのゴミを出しながら、タケノコを向き終えた。
可食部は実に鍋五つ分ほど。つまり、家にある寸胴鍋と両手鍋とスープ用の片手鍋を動員し、コンロ三つすべてを稼働させてなお、一回では湯で終わらない。
馬鹿げている。実に量がおかしい。
「……やっぱり勝敗に関係なく、静璃にも持って行ってもらうべきだったかなぁ」
二回に分けてゆでる手間に気分が落ち込む。けれど敗者の仕事だと言われれば仕方がないし、何より、静璃はこういう料理の経験が無い。
静璃の料理のレパートリーは基本的に甘味に偏っているし、こと甘味あるいはパンの類においては私は静璃に遠く及ばない。
だから私はタケノコの処理と食事を作り、静璃には甘味を作ってもらう。これが最適な役割分担なのだから、勝敗に関係なく、結局はこうなっていたのだ。
とはいえ、シンクの端、鍋に入りきらずにボウルに残るタケノコの山を見ているとため息の一つもつきたくなるというもの。
「……まあ、静璃が美味しそうに食べてくれるのを見ると、報われたと思えるからいいけど」
帰り道に精米機のところから取ってきた米ぬかと一緒にタケノコを煮る。
ぬかを入れたお湯は吹きこぼれやすくて、鍋からあまり目が離せない。
ことこと、ことこと――小さく音を立てる鍋をじっと見つめながら、私は明日のご飯のレシピを考える。
まずはタケノコご飯。梶原さんに教えてもらったシナチク風タケノコ炒めに、若竹煮、鶏肉とタケノコの煮物、タケノコステーキ、てんぷら、チンジャオロース、筑前煮、辛子漬――
どれだけのレシピを並べてもタケノコを腐らせずに使い切れる気がしなくて、何より、どれだけ作ってもそのすべてが頭の中の静璃にきれいさっぱり食べつくされてしまう。
体が小さくも大食漢である静璃が満足すること――これも一つの勝負だなんて思いながら、私は次のタケノコをゆで始めながら、さっそく明日のお弁当の準備に取り掛かった。




