⑩自主性って大事ですよね。
そこからは無言で。
チラリとロビン様を見ると、なにか考え込んでいるようだった。
(フェリシアさんのこと、よね……)
私もなにを言ったらいいかわからず、重苦しい空気のまま、家に着いてしまった。
「はぁ……」
また三人で……或いはふたりが会うこともあるかもしれないと思うと、不安だ。
別にフェリシアさんのロッド卿への気持ちを疑っているわけではない。
ただ──『乙女ゲーム(全年齢)』には、特定の誰かを選ばないまま『ノーマルエンド』としてハピエンを迎えることもある。
だがその一方、イベントは当然『恋愛フラグ』であり、乙女ゲーム世界であろうとなかろうと、ここが今の現実世界。
(乙女ゲーム転生だった場合に言うところの、『ゲーム終了後』のフラグ回収も充分有り得るのでは……?!)
心配なのはそれだ。
だって、フェリシアさんのロッド卿への気持ちを疑っていなくとも、その気持ちは今現在のものだから。
心変わりが絶対にないとは言い切れない。
彼女の言う予定通りなら既にゲーム終了前に結婚している筈だが、それだって来年の話だ。
『あの女をあまり信用するな』という、ロビン様の言葉が過ぎる。
(そもそも、どこまで信じていいんだろう……)
フェリシアさんはとても魅力的な女性だ。
だが、魅力的な人間が嘘を吐かないという保証はない。詐欺師がいい例だ。
それにフェリシアさんの話が真実であり、心変わりもなかったにせよ、やはりロビン様が惹かれないとは限らない。
今日険悪だったからといって、それは全く安心材料にはならなかった。何故なら漫画や小説などではツンデレや俺様がヒーロー枠の場合、反目スタートはあるある……初対面で険悪なのはむしろ、定石ですらある言っていい。否応なく不安は増している。
(『俺様』……そういえば、フェリシアさんはクローザー公爵令息にも近付いているって)
色々が過ぎっては消え、考えが全く纏まらない。可能性や想像で悩んでいても仕方ないのに、どうしても悩んでしまう。
「……ああもう! ヤダーもうこんな時間?!」
やることは沢山ある。どうせ悩んでしまうにせよ、悩みながらでもやれることはある。
集中できそうにないので勉強ではなく、自主練をすることにした。
フェリシアさんから貰った『自主練メニュー』は、主に筋トレ。
学年末試験のバディ戦は学園敷地内の森を使ってのレースらしいが、『戦』とつくだけくありライバルを蹴落とす為に戦ったりもするらしい。ひ弱な令嬢である私に『まず筋トレから』というのは、まあ妥当なところだろう。
ノートを切ったメモだけれど、とても丁寧に翌日に疲れを残さない為の注意点などまで書かれている。ちょっと下手くそな謎のイラストが可愛らしく、ほっこりする。
一定のノルマを課して身体を動かすのは思いのほか良く、知識の大切さを感じた時に近い感覚に、いつの間にか少し冷静になっていた。
(そういえば、ロビン様『コレじゃわからない』と仰ってたわね……)
思い出すと、なんだか意味合いが気になる。
それにあの時点では、フェリシアさんにそこまで悪感情を抱いてはいなかったように思う。
(──ああ。 私、全然変わってないじゃない……!)
そもそも私は、なにをそんなに不安になっているのだろうか。
まだその原因に向き合ってはいないことに気付いた私は、メモを丁寧に机にしまい、代わりにノートを取り出した。
ノートは前世を思い出してからふとした拍子につけているモノで、日記のようだったり走り書きだったりと、形式は整っていない。努力の方向性が決まり、フェリシアさんと仲良くなって学園生活が上手くいきだしてからは、あまり開かなくなっていたけれど。
(初心って大事ね。 あと……)
とりあえず、『悩んだ時は身体を動かすといい』と筋トレの有用性を書いておいた。
「──そうか。 彼女に『無理をするな』と伝えておいてくれ」
「はい、承りました。 行ってらっしゃいませ」
翌朝。
私は今、迎えに来たロビン様の背中をこっそり見送っているところ。
今日の私は『体調が優れずお休みする』ことになっており、ロビン様が来たらそう言って謝罪するよう執事に伝えてある。
つまり、仮病。
私の学園生活が落ち着いたこともあり、両親と兄は兄の結婚準備の為、一時的に領に戻っているので、咎められることがないのはもっけの幸い。
「『ようやく自主性が芽生えた』と喜ばれる気もしますけどね~。 奥様は特に」
私の髪を結い上げながらそう語るのは、古参の侍女ルシンダ。
「皆には心配ばかり掛けてるわね……」
「あらウフフ。 そんなに気になさらなくても大丈夫ですわ。 なにをしたって親は心配なものですからね、幼子と年頃の娘に対しては特に」
「そう……? う~ん、そうかも……」
子の側から似たような経験の感覚はあるが、親の側の感覚はないようだ。覚えてないだけだとしても今の経験じゃないのだから、それはそれでいいのだろう。
知識は役に立つが、経験程実感は伴わない。
前世の経験もきっと、今の経験程じゃない。
「はい、眼鏡をかければ、完成です!」
「ありがとう! じゃあ行ってきます」
ロビン様を見送ってから一時間程後。
なるべく地味で目立たず別人に見えるように姿を整えて貰った私は、馬車へと乗り込む。
行先は学園だ。
私が不安な一番の理由、それは情報が胡乱なこと。わかっていると思っている殆どは、他から聞いた話ばかりなところにある。
もっとも情報の多くはそうだろうが、私の場合、その判断材料と判断力が乏しいから迷って不安になってしまうのだ。
ロビン様は勿論、私はフェリシアさんも信じたいと思っている。
だが、判断力に乏しい自覚がある。
なんせ私は、ちょっと優しくされるとすぐ信じたくなる弱い人間なのだ。そこを理解できたのは良かったが、今はそれをわかったことで『フェリシアさんはモニーク様達とは違う』と思いたいだけかもしれない、と不安になってしまっている。
そこで思考が止まってしまい、判断できなくなる……要は自分に自信がないのだ。
半年間という彼女との付き合いの短さよりそちらが根本的な原因だが、自信のなさは簡単に埋めようがなく、今の私にはどうしようもない。
──とはいえ、判断材料は増やすことが可能だ。事実関係は確かめることができるのだから。
(コッソリ嗅ぎ回るようで、フェリシアさんには申し訳ないわね……)
そんな罪悪感を払拭するように『後暗いことはない』と堂々と言い放った、彼女の凛々しい姿を思い出していた。
その際ウッカリ『確執から始まる攻略対象との、初イベントスチル』みたいなシーンまでを思い出してしまい、脳内で悲鳴を上げながら馬車の座席いっぱいにのたうち回り……改めて、確かめる決意を固くしたのだった。




