⑨恋の始まり……とは思えませんが、フラグの可能性も捨てきれません。
フェリシアさんが快く承諾してくれたので、放課後ロビン様と三人で会うことになったのだが──
「アンタが噂のロッド嬢か」
「あら、いい噂ですか?」
「さあそれはどうかな」
「まあどちらでも。 聡明で優秀と評判のホルブルック様ですもの、勿論噂なんかに惑わされたりなさらないでしょうから」
「はっ、入学生代表にお褒めいただけるとは光栄だな」
「ふふ、私のほうもホルブルック様にご存知頂けて光栄です」
ふたりはのっけから、割と険悪な空気を醸し出していた。恋の始まる空気ではないものの、これはこれで全く安心できない。
ふたりとも笑顔なのが逆に怖い。
多分漫画だったら、背景に黒いのを漂わせながら「はははは」「ふふふふ」というふたりの笑い声が、ホラー調の字体で渦を巻くように書かれているに違いない。
「時間の無駄だ、率直に聞こう。 何が狙いだ?」
「狙いとは? 失礼ですが、もう少し具体的にお願いします」
「アンタが高位貴族に近付いていることは耳に入っている」
「!」
(きっとイヴァンジェリン様のことだわ……!)
だが経緯を説明すると、私が虐められていたことがバレてしまう。ロビン様には話したくない。
「特に隠し立てもしておりませんが、それがなにか?」
「それがなにか、と聞いているのはこちらのほうだ。 フェリシア・ロッド」
「まあ……まるでなにか裏があるみたいに仰るのですね。 平民上がりの男爵令嬢でしかない私が、立身の為の後ろ盾を求めるのは当然でしょう? そこに後暗いことなどありません」
(そ、そうだわ! それよ!!)
「そ、そうですよロビン様……! フェリシアさんはちょっと計算高いだけで、その計算高さはあくまでも良識の範囲内でとても努力家です!! 不正や不貞などとは縁遠いかたですわ!」
「ジル……」
「ウフフ、ジリアン様ったら。 それ、あまり褒められてる気がしませんよ~」
「えっ? あっ、ほ褒めてますよ?」
勿論褒めている。ただし……不貞の部分は正直なところ希望でもある。他人の心変わりに関しては、なんとも言えないので。
だけど、少なくとも不正はしないだろう。彼女は努力家だし自尊心も高いから。なにより魔力量や成績を鑑みたら、無駄にリスクが高いように思う。
「ホルブルック様、私達は学年末試験のバディ戦で優勝を狙っているんです」
「「!」」
(あれッ?! ……『優勝』だったかな?!)
確か『絶対に功績を残したい』とだけしか言っていなかった気が──
「『私達』っつったな? ジル、それは本当にお前の意思なのか? この女に言いくるめられたんじゃ」
「い、いいえっ! 私の意思です!!」
思い出しているうちに話を振られてしまい、咄嗟にそう返した。私の意思ではあるので。
……まあ、言いくるめられてないとは言えない。特に今。まさに今。
「そのっ……た確かに最初はビックリしたし、私がバディで平気なのか不安でしたが……一緒に頑張ってみたい、と……」
大それた発言の自覚はある。情けないけれど、最後のほうはどうしても蚊の鳴くような声になってしまった。それでも本心だ。
「…………」
「…………」
「ふ~ん……おいジル、ちょっと見せてみろ」
「へ?」
「基礎の『球』でいい」
「あっあわっ、あぁあの、はっはい!」
緊迫した空気からの、ロビン様が腕組みして見守るという、昨日より更に緊張を強いられる謎の状況の中、基礎の『球』を出す。
昨日の夜自主練したかいもあってか、それともないのか……全く昨日と変わっていない。
(綺麗な『球』って言われたけど……)
正直なところ、私にはコレがいいのか悪いのかさっぱりわからない。コントロールと言われても、あまり意識してもいないのだ。
「チッ……わかった、もういい」
舌打ちと共にロビン様は私に背を向け、フェリシアさんのほうに向かい、少し距離を詰める。
険悪な雰囲気だが……やはり美男美女。絵になる。
(っていうか絵になりすぎるぅぅぅ!!)
まるでそれは、『確執から始まる攻略対象との、初イベントスチル』みたいで。
一触即発の空気よりも不安で胸がバクバクいっている。目が離せない。
「ロッド嬢」
「はい」
「バディのことはまあいい。 だが俺はまだアンタを信用したワケじゃない。 ……ジル」
「ははははいっ?!」
「本当にお前の意思でやる気なんだな?」
「……はっはい!」
「ならいい。 だが──」
再びフェリシアさんのほうに詰め寄るロビン様。
「……ッ!?」
ふたりは小声で言葉を交している様子。
(ぃやぁああぁぁぁぁぁ?! 近い近い!!)
全私、大絶叫。in 脳内。
ロビン様の表情は超絶お怒りの時の真顔。
フェリシアさんは鉄壁の微笑み……とは言えない感じにいつの間にやら変化した、不敵な笑顔。
恋の始まりどころか空気は今まで以上に険悪である。おそらくなにか毒吐きあったりとか、そんな感じなんだとは思う。
それはわかってはいる。
わかってはいるのだ。
でも──
(さささ三次元んんん~!!!!)
慣れてきたと思った三次元の破壊力。
その眩しさ(×2)を目の当たりにし、平静でいられる筈もない。
認識できることは『古き良き少女漫画のヒロイン風そこそこ美少女』は、正真正銘の美男美女の前で今、完全にモブと化しているという悲しい現実──
いや、群衆というより、背景か。
実際、割って入るどころか全く声すら出せない。目を逸らすこともできないままただ立ってる私など、きっとそのへんの草だ。まさに草。
「──ジル!」
「!」
突如振り返ったかと思いきや、明らかに苛立った様子でズンズンとこちらにやってきたロビン様。少し乱暴に腕を捕まれ、私は背景から人として画面に復帰した。
「 帰るぞ」
「あっあああの……」
フェリシアさんの方を見ると、にこやかに微笑んで手を振っている。
相変わらず美少女だが、今は『なにを考えているかわからない』と不安に思ってしまっている自分がいた。
──だけど、それはそれ。
フェリシアさんはやはり大事な友人だ。
(せめて今からでも、イヴァンジェリン様のことは誤解だと言わないと)
「あの……フェリシアさんは」
「ジル、あの女をあまり信用するな。 魔力量が多いだけにフィッツロイ先生はまだしも……アイツはライツ公爵令嬢とクローザー公爵令息にも近付いてる」
「!」
(クローザー公爵令息……!?)
思いもよらぬ名前が出てきたことに、息を呑む。
彼は『俺様系攻略対象』と私が睨んでいた方だ。
イヴァンジェリン様とのことは(図らずも自分がきっかけを作ったので)当然知っているが、彼にもお近付きになっていたなど知らなかった。
「お前が変に巻き込まれるかもしれないのを、見過ごすことはできない。 わかったな、ジル」
「……」
返事はしなかったが、否定や反論をすることもまた、できずにいた。




