⑤助けてくれたのは、あの人でした。
「絶対にそんなこと言ってません、ロ……ロビン様は陰口を叩いたりしない方ですから!」
反論なんて、少なくとも今の私には無理。
自分のことは思い当たる節もあるだけに、否定すら難しい。
だが、これには自信がある。
表情を確認できるようになったから、だけじゃない。今までだって、疑いながらも『彼はそんな人じゃない』と信じてもいた。
だから散々こんな感じで圧をかけられても、立場を変えることをしなかったのだ。
(ああぁぁとうとう言ってやったわぁぁぁぁ!
…………でも怖いぃぃぃぃぃぃぃ!!!)
初めて言い返したことへの高揚感とこれからへの不安で、もういっぱいいっぱい。
子鹿のように足が震えそうになるのを抑えて立っているのがやっと。
「ジ、ジリアンッ! アナタ──」
皆、私が言い返したのに驚いていたが、取り巻きのひとりが詰め寄ろうと足を踏み出した。
その時、
「ジリアン様~! あっ、こんなところにいらしたのですね♪」
緊迫した空気を無視し、朗らかに割って入ったのは、フェリシアさん。
「あら、お取り込み中でした? でもちょっと私達、先生に呼ばれておりますので失礼しま~す」
一方的にそう言うと、「さあ急いでジリアン様!」と私の腕を引き、走り出す。
「えっ、えっと……失礼します!」
私は引き摺られるようなかたちで、それでも足を必死で動かした。スカートが纏わりつく。長らく走ったことなんてなかったから、縺れそうだ。
(これ……助けてくれたのよね?)
振り向いたフェリシアさんと目が合うと、悪戯っぽく微笑む。
(泣きそう)
やっぱり彼女はヒロインだ。
私の中で、今そうなった。
「ああ疲れた~」
中庭の四阿まで走ると、フェリシアさんはそう言ってベンチに雑に腰を掛ける。私は息も絶え絶えで、その場に座り込みぐったりとベンチに凭れてしまった。
「あっごめんなさい!」
「つい走りすぎちゃった」と零しながら私に手を貸して立たせ、座りやすいような位置に椅子を引いてくれる。
当然先生のところに行く気配も、来る気配もない。やはり助けてくれたのだ。お礼を言わなきゃ、と思っているのになかなか息が整わない。
「っ、あっあの……」
「カッコよかったです、さっき。 集団相手に言い返したの」
そう言って、フェリシアさんはふわりと笑う。
「でもたまたま通り掛かってビックリしちゃった! 学舎裏で囲うなんて陰湿ですよね~。 まるで下町の破落戸みたいだったわ!」
私を和ませる為か、大袈裟にプンプンしながら冗談のようにディスる。優しい。
それに『たまたま通り掛かった』は嘘だろう。わざわざ行くような場所でもない。
(どうしよう、嬉しい)
「フェリシアさん、その……あっありがとう! でも、私を庇ったって知られたら……良くないわ。 もう戻った方が」
親しくなる絶好のチャンスだが、これを利用はしたくない。
それに相手は伯爵令嬢。
攻略はまだしも、目立つあまりに『男爵家の養子で元平民』と周知されている彼女の生活や、学業の邪魔になるようなことが起きたら申し訳ない。
──だが、
「あは、そんなの全然大丈夫ですよ~。 手は打ってあります!」
彼女はあっけらかんとそう言ってのけた。
しかもこの後、フェリシアさんの方が『仲良くしてほしい』と言ってくれたのだ。
「ど、どうして?」
「え、具体的理由が必要なら挙げますが……ジリアン様は真面目で気が合いそう、所作も綺麗だし勉強ができるし美人……ヤダーコレなんか私、打算的な人みたいじゃないですか! 『仲良くなりたいから』じゃ駄目ですか?」
「だ、だって私の方が利が高過ぎて……それこそ打算的なのよ?!」
フェリシアさんは「それ、本当に打算的な人はあんまし言わないと思います」と呆れた顔をした。
それから私の学園生活は一変した。
『全然大丈夫』と言った通り、あれから取り巻き達は大人しい。クラスでは肩身が狭そうにしている。
私が連れ出されたのを皆が見ていただけでなく、取り巻き達に私と仲良くしないよう言われていた子達が騒ぎ立て、立ち上がったのがフェリシアさんだったらしい。
あの後フェリシアさんは、公爵令嬢であるイヴァンジェリン様に相談したのだそう。
昼休憩の時点での『手を打ってある』は、信頼できる相手にイヴァンジェリン様へ面会を希望する手紙を託したようだ。
「爵位の圧にはそれより上の爵位ですよ」
なんてことのない感じでフェリシアさんはそう言うが、相手は公爵令嬢。私なら気後れしてしまってきっと無理だ。親友とかならまだしも、ただのクラスメイトの為に動くなんて。
「ごめんなさい……勇気がいったでしょう?」
「いいえ? むしろイヴァンジェリン様とお近づきになる理由ができて、ラッキーでした」
彼女は「あら、また『打算的』って言われてしまうわ~」と続け、笑っている。
昼休憩のカフェ。
木漏れ日が漏れる二階のデッキで、私は初めての友人と昼食を摂っている。
光の中で見る彼女の笑顔は、呆れてしまう程屈託なく『ヒロインである彼女には、本当になんてことないのかもしれない』と私に思わせた。
「打算であっても別に構わないけれど、それにしたって豪胆だわ……」
そう言う私の口からは同時に溜息が漏れる。彼女がヒロインじゃ、全く勝てる気がしない。
(もっと私も頑張らなくちゃ……!)
それでも、戦う気でいる自分がいた。
彼女のことも好きになっている。ロビン様と並んだらきっと美男美女でお似合いだろうとも思うのに、祝福する気には一切なれない。
しかし──
「うふふ。 ジリアン様がそうであるように、恋する乙女は強いんですよ」
「──えっ?」
「ほら、アレ」
彼女の指差す先。
騎士科の真面目な数人の生徒が、休憩時間中も鍛錬に励んでいる。
「あの一際背の高いのが……騎士科のアルバート・ロッド。 私の恋人です」
「え……」
「まあ今は義兄でもありますけど。 来年16になり成人したら即、籍を入れ直す予定なので、そうしたら夫です。 学生結婚って素敵じゃないですか?」
「ええぇぇぇぇ!?!?」
戦うもなにも、既にヒロインの攻略は終わっていた。しかも相手は、まさかの攻略対象っぽくない人。
「ふたりの未来の為、互いに王宮勤めを目指してるのでイヴァンジェリン様との繋がりは大きいですよ~! なんせ後ろ盾がない身ですからね。 これからもっと頑張らなきゃ!」
いやむしろ、イヴァンジェリン様を攻略にかかっている。
『打算』は別にこちらに気を使っての冗談でもなかったらしい。
とりあえず……やはりヒロインは強い。
次回、ようやくツンデレが出てきます。




