最終話 新しいバグ
僕は焦っていた。
草まみれになりながら、草原を出て王都に向けて走る。腰には、三匹のツノウサギをぶら下げていた。都市の正門に来ると、門番の騎士達がそこに並び、後から、ものすごく厳つい顔の騎士が出て来る。
「王子、また狩り遊びか?」
「違うよ、オブティスマ! これは、将来の為の大事なこと! だけど、今はそれどころじゃないの!」
「まあ、ほどほどにな」
「わかってるよ!」
オブティスマは、顔は怖いけど僕をいつも心配してくれる。都市に入り、急いで目的の場所に向かう。向かっているのは、僕が生まれる前の戦いで親が死んだ子供達がいる場所だった。学校にもなっていて、子供達のために肉を届けるのが日課になっている。
「ワイアンヌ先生! 今日のお土産!」
「あら。三匹も! うれしいのですが、母君にちゃんと断わってるんですか?」
「母さんに言ったら危ないって言うし、ここに届けるって言うと、何も言わないからさ。いいんだよ」
「あのね。王子……こうしてくれるのは、ありがたいんですけどね……」
「あっ! 急いでるから! みんなもまたね!」
「「「「バイバーイ!」」」」
僕はワイアンヌの説教を聞かずに、また街の中を走る。すると大きな荷車で、バカでかい蜥蜴を運ぶ、風来燕達がいた。本当は近衛兵という立場なはずだけど、世界のあちこちで主級の魔獣を狩って来るし、S級の冒険者なんだけど全く偉ぶらない。
「おっ! トパーズ。なんだ、慌てて」
「ボルトさん! おかえりなさい! 父さんのところに行くところさ」
「おっ。丁度いい。こいつを持って行ってくれ」
ごろりと転がったのは、僕の頭ほどもある魔石だ。それは純度が高いのが分かるほど透き通っていて、魔力が迸っていた。
「背負ってけ」
僕が、それを背中に背負って行こうとすると、ベントゥラが首根っこを掴んだ。
「まてまて、お土産だ」
「えっ?」
そして、分厚い本を出してくる。
「お前が、知りたがってるかもしれないやつだ。ダンジョン下層で見つけた」
「すご!」
「おりゃ読めねえがな」
「ありがとう!」
それは、この世界になる前にどんな事があったのかを知る為、ベントゥラにいつも頼んでいたものだ。ダンジョンや他の国に、本や情報があったら、持って来てと頼んでいる。
「ありがと! ベントゥラ!」
「わしからも」
隣のガロロが、袋を差し出してくる。
「あけていい?」
「いいのじゃ」
あけると、そこには色とりどりの綺麗な玉が入っていた。
「これって?」
「隣の国のお菓子じゃな」
「やった!」
そこでボルトが言う。
「で、慌ててたようだが」
「あ! そうだ! じゃ! また!」
慌てて走り出す。街はいつも通り、ごった返していて賑やかだった。世界の中心だともよばれていて、あちこちから人がやって来る場所らしい。城が見えて来て、門に飛び込むとレイたちがいる。
「王子! 奥様が心配してましたよ!」
「大丈夫だよ。レイ」
「怒られても、私は庇ってあげられませんよ」
「別にいいよ。父さんは?」
「はて? 存じ上げません。あの方は自由ですから」
そう、父さんはとにかく自由。なににも制限されず、自分のやりたい事を、やりたいようにやる人だ。その生き方は他の人達にも伝播していて、みんなもやりたいようにやっている。レイたち四人の騎士も、自分達の意志でこの城を守る役割を担っていた。
「じゃあね!」
そして僕が、城に飛び込み、父さんがいると思われる部屋に走る。メイドや使用人をすり抜けながら、ドンと! 大きな扉を開けた。
「父さん!」
だが、そこにいたのは、ヴェルティカお母さんと、お腹の大きな魔法使いのフィラミウスさんだった。フィラミウスは、風来燕のボルトの奥さんだ。
「こら! トパーズ! ノックなさい!」
「あ、ごめんなさい」
「お友達が来ているのよ!」
「フィラミウスさんごめんなさい」
「お元気で良いですわね。王子」
「とにかく! ここに座りなさい! トパーズ!」
「あ、話は後で!」
「こら!」
話も聞かずに部屋を飛び出した瞬間、首根っこを掴まれて体が浮かぶ。足が空を切り、前に進まない。
「おいおい。お母さんを泣かせてはいかんぞ。お母さんは、お前を生んでくれた大切な人なのだからな。世界で一番、大切にしなければならん」
見上げれば、物凄い太い腕のオーバースが僕を釣りあげてる。
「ちょ、ちょっと急いでるんだ」
「ダメだ。ちょっとこい」
僕は、母さんの前に座らせられた。
「もう……あなたは、ただの町民じゃないのよ。確かにいいことはしているようだけど、少しは……」
「はい。はい。はい。はい。はい」
「もう……誰に似たんだか」
ようやくオーバースが、母さんに言う。
「まあ……徹底した自由を唱えているのは……」
「まあ、あの人よね……」
オーバースが、僕の頭を撫でながら言う。
「とにかく。お母さんは大事にしろ。あとは、何をしても良い」
「うん」
「で、慌ててどうした」
「父さんは?」
「それなら、ドワーフの研究所に行ったぞ」
「ありがと! あ! 母さん! これ、ガロロから貰ったんだ! 外国のお菓子だって」
ヴェルティカ母さんが袋を開け、中を見て言う。
「綺麗。宝石みたい、飴かしらね」
「じゃ、行くね」
「とにかく、少しは王子らしくなさい」
「はーい」
僕はダッシュで王城を出て、近代的なドワーフ研究所に向かった。白い建物の入り口が、自動で開く。中に入れば、ドワーフとエルフがいた。この人達はとても頭が良く手先が器用で、素晴らしい発明をする人達だ。僕が、きょろきょろしながら中に入っていくと、緑髪のエルフが試験管を振っている。
「サファイヤ!」
「おや。王子、こんな所に珍しい」
「父さんを探してるんだよ」
「それならば、メインルームにいると思う」
「あ! サファイヤ! これ! 風来燕から!」
背負子を下ろして、大きな魔石を取り出す。
「おお! 何て立派な魔石。これは相当の純度だね」
「綺麗だよね。すっごく魔力を感じる」
「そうか。私達には、その魔力が感じられない」
「でも、数値で分かるんでしょ」
「開発した測定機にかければね。恐らくこれは、七万は下らないだろう」
「じゃ、これどうぞ」
「こんな貴重なものを頂けるのかい?」
「いいんだよ。ここでしか、活用できないよこんな大きな魔石」
アーンのお父さんが言った。
「高純度の魔石は本当に助かるっぺ! ありがとうだっぺ! 王子!」
「うん」
周りのエルフとドワーフたちは、ニコニコしながら僕を見ていた。昔は敵同士だったらしいんだけど、人間と違う種族だからなのか、今は仲がいい。そして、この二つの種族が合わさった事で、いろんなものが急激に進化したんだそうだ。
「陛下はまた、何かやってるようだっぺ」
「あ。そう! ありがと! じゃあね!」
サファイヤたちと離れて、通路を奥へと行くと、丁度メルナが歩いていた。
「メルナ―」
「あ、トパーズ。帰って来たの」
「これ! 本! ベントゥラがとってきてくれた! マージと一緒に読んで!」
メルナのバッグに入っている、魔導書のマージが言う。
「おや、また見つけて来たのかい。古代書」
「ああ、ずっと頼んでるんだ」
「そうかいそうかい。それじゃあ、後で読んであげようじゃないか。ねえ、メルナ」
「そうだね。後で教えてあげる」
「でも、難しいんだよね……」
そこで、マージが言う。
「メルナだって、字が全然読めなかったんだよ。今は、学者のようになってしまったけどねえ」
「わたしも、大したことないけど」
「じゃあ、後で読んでねメルナ。それで、とにかく……急いでるんだよ」
「コハクなら、アーンと新しいゴーレムを作ってるよ」
「わかった!」
最後の入り口の前にはパネルがあり、僕が、そのパネルに手を振れる。すると、目の前の扉が開いた。僕はそこを潜って、部屋に滑り込む。中には、何体もの人間の形をした人形が並んでいる。その人形を、父さんはサイボーグと呼んでいる。
「父さん!」
「トパーズ。どうした?」
アーンがサイボーグの操作をしながら、こっちを向いて笑う。
「なんだっぺ? ぼっちゃん、慌てた顔して」
「ああ。ちょっと、父さんにだけ……話したい事があって」
「?」
「だめかな」
「それじゃあ、席を外すっぺよ」
「ごめんね」
「いいっぺ!」
そして、アーンが出ていく。
「どうしたんだ?」
「あのね。前に、父さんが言ってた、例の……声……なんだけど」
「ああ」
「聞こえたんだ……今日。と言うか……いまも聞こえている」
そう、ずっと前から父さんが言っていた頭の中で聞こえてくる声。それが、僕にも聞こえて来たんだ。今日、ツノウサギの突撃で、刺されそうになった瞬間から急に。
《回避して下さい》
咄嗟に避けたら、そこをツノウサギが飛んで行った。聞こえていなければ、怪我をしたかもしれない。だけど、その声に従ったら、今日は何と三匹も狩る事が出来たんだ。
すると、父さんが言う。
「その声はな。俺とお前にしか聞こえないんだ」
「やっぱりそうなんだね」
「それは、皆には言わない方がいい。おかしいと思われるかもしれない」
「それも、なんとなくわかる」
「ちょっと、出るぞ」
そして二人は、その部屋を出て研究所を後にした。外に出ると、夕日がドワーフの里を照らしている。そのまま里を抜けて、この都市の一番高い監視塔へと登っていった。父さんは螺旋階段をのぼりながら、一言もしゃべらなかった。最上階に着いた頃には、もう夕日は、地平に半分沈みかけているようだった。どこまでも続く広い街が、夕日に照らされている。
「見ろ」
父さんはそう言ったっきり、夕日をじっと眺めて全然しゃべらない。僕はただ、その隣に立っていた。街は、ぽつりぽつりと明かりが灯り始め、人々の夜の生活が始まっていくのだ。そこで優しい風が吹き、父さんと僕の同じ黒髪を撫でつけた。
「世界に、俺とお前しかいないんだよ。その声が聞こえるのは」
「そうなんだね」
「それはな、素粒子AIDNAという、身体の中に宿るもう一人のお前だ」
「もう一人の……僕?」
「それは、お前の人生の、あらゆる局面で助けてくれるものだ」
「そうなんだ」
「だが、振り回されてはならない。だから、これから俺がその使い方を教えて行く」
「わかった」
いつの間にか都市は、宝石箱のように光が広がり、満点の星空が地面に映し出されているようだった。
「俺が、覇王とよばれているのはな。この力のおかげなんだ」
「なんとなくわかるよ……。今日ね、魔獣の攻撃を避けたの! この力で」
「お前に現れるかどうかは分からなかったが、きっちり遺伝したようだ。発現が遅れた理由は分からん。本来は赤ん坊の時に、後から注入される物なんだが、遺伝という形で移ったためなのかもしれない」
突然、僕の中の声が言う。
《その情報をお見せします》
次の瞬間……全てが分かった。
「父さん……分ったよ。全部」
「そう言う事だ。それが素粒子AIDNA、アイドナと言う奴だ。既に、俺と同等の知識になっている」
「父さんと……?」
「だが、それは凄い力ではあるがな、使い方がある。それに、支配されてはいけないと覚えておけ」
「うん」
「こちらが、アイドナを使いこなす必要がある」
「どうすればいいの?」
「俺が、お前をとことん自由に育てたのはな、アイドナが発現した時に抵抗するためだ」
「そうなの?」
「そう。誰にも支配されないようにな」
「そうなんだ……」
父さんは、僕の目を覗き込んでいう。
「もし、母さんの命が脅かされたら、お前はどうする?」
「決まってる」
「なんだ」
「命に代えても助けてみせる」
「フフ……そうか。それでいい」
「いいの?」
「ああ」
何故か父さんは、優しく笑いかけ頭を撫でてくれた。僕の答えが、間違ってなかったのかもしれない。ただ、僕はそれが正解かもわからなかった。自分の気持ちに、ただ素直に答えただけだった。
「それは、世界を変える力だ。使い方は教えるが、どう使えばいいのかは、お前が考えろ」
「僕が考えていいの?」
「ああ。それは、お前の自由なんだ」
「自由?」
「そうだ、とことん自由に生きろ。誰にも束縛されずに、アイドナにも人間にも誰にも支配されるな」
「うん! 自由に生きる! 僕は誰にも縛られないよ!」
「やはり、俺の遺伝子と同じ、お前はバグだ」
「バグ?」
「そうだ、父さんと同じな」
「それって、どういうことなの?」
「自由と言う事だ」
僕の頭の中の声が、全て説明してくれた。父さんが何を言いたかったのかも、何を求めているのかも。
そして、僕は僕の中のアイドナに言う。
でも、それも全て僕が決めるよ。父さんに言われたからじゃなくね。
《はい。あなたはただ、やりたいことを指示してください》
一つは、父さんと母さんを悲しませたくない。絶対に。
《わかりました。それに従い、演算をいたします》
一つは、僕は、僕のまま生きる。
《自分は自分のままに。了解しました》
すると、父さんが言う。
「もう……使いこなし始めたようだな」
自分では、使いこなしているのかどうか分からない。だけど、父さんの同じ覇王の力があると知って、誇らしく思えた。すると、父さんは僕を肩車して言う。
「よし。母さんのパイを食いに帰るぞ!」
遠くで夜を告げる鐘が鳴り響き、人々の営みの灯りが星空のように瞬いている。僕が受け継いだ力は、誰かを支配するためではなく、この世界を自由にするためのバグと言う力だ。
そう理解した。
僕はバグとして、この世界を自由に生きていく。
最後まで、お読みいただき本当にありがとうございました。
コハクの物語はここで終わります。一風変わった異世界ストーリーでしたが、皆様の心に少しでも残ればうれしいです。もし、よろしければ、最後に星や感想をいただけたらと思います。
長い間、お付き合いくださって感謝しかありません。重ねてお礼を申し上げます。




