三百三十二話 リンセコート公国の王
俺達が都市に戻ると、ヴェルティカが俺に駆け寄って伝えてきた。
「あ、こっちよ! 早く! 早く! 旦那様!」
慌て気味で、仲間達も一斉に俺を見る。
フィリウスが言った。
「大変な話になっている。急いだ方が良い!」
そして俺はヴェルティカに手を引かれ、ドワーフの里を抜けて都市の方へ連れていかれる。その先に、市民がわんさかと出ており、俺達はそこを足早に通り過ぎた。
「ここよ」
そこに都市を統治する、公社が立てられていた。急激に発達したドワーフの技術によって建てられた、まるでビルのような建物が。
中に入り、奥の部屋へと通される。
「あ。コハク卿!」
「まってたよ!」
ウィルリッヒとプルシオス、プルシオスの母親や、シュトローマン他、貴族達が勢ぞろいしているところだった。
「どうしたんだ? みんな揃って……何か大変な事でもあったか?」
皆が目を見合わせて、プルシオスが口を開く。
「ウィルリッヒ殿下とも話をしたんだが、あとはコハク卿の了承を待つだけなんだ」
「俺の了承?」
そして、ウィルリッヒが話す。
「これはね、大陸全土の状態を考えて決めた事なんだよ」
「これ、とは?」
プルシオスと、ウィルリッヒが目を合わせて頷いた。
ウィルリッヒが続けて言う。
「ここに、新しい国を立国するべきだという事だよ」
「新しい国?」
「リンセコート公国とでも言ったところかな?」
「リンセコート男爵領だが?」
「そうじゃない。ここに、国を作ろうという話だよ」
皆が曇りのない目で、俺をじっと見ている。どうやら、ノントリートメントの気まぐれと言う訳でもなさそうだ。
「それに意味が?」
「私が国を奪還した時は戻れるが、どうやらこのままでは、国と言うものの存続が危うい」
その言葉に、プルシオスも頷いた。
「エクバドルなど、既に風前の灯だ」
「そして、ゴルドス王国も恐らくは、無くなっているかもしれない」
《確かにその通りですが、なぜ、立国する必要があるのでしょう?》
「国は、必要なのか?」
すると、ウィルリッヒが大きく頷いた。
「そう言うだろうと思った。だけどね、一般の民には拠り所が必要なんだよ。今のままだと、宙ぶらりんで自分らが何のために、どう生きていくかを見失っているんだよ」
「戦いが終わったら、国に帰ればいい」
「コハク卿は、この状況で帰れる国が残ってると思うのかい?」
「……」
《希望は薄いでしょう》
「厳しいだろうな」
「滅びかけの国に、戻りたい国民など居るだろうか?」
「いない」
「そう言う事だ。だから、ここに国を作るんだよ」
腑に落ちた。それで、市民達が納得するのなら、特に異議は無かった。
「じゃあ、ここに国を作って、市民達を安心させよう」
皆が顔を合わせて、ウンウンと頷いた。
「よかった! 断られるんじゃないかと」
「そうだね。コハク卿の事だから……」
「合理的でいいと思う」
そしてプルシオスが、ニッコリ笑って言う。
「じゃ、王様。次にどうしましょうか?」
「王は……死んだ」
「いやいや。リンセコート国の王様だよ」
「だれだ?」
「コハク王だよ」
「……」
《そうなるでしょう》
俺はふと、ヴェルティカを見上げる。するとヴェルティカが困ったような顔で言う。
「ね。困ったでしょ?」
「困った」
「ね」
シーンとなったところで、プルシオスの母親が言った。
「幸いにも各領地を統治していた、貴族がそろっています。だから王はただ指示をされれば良いのです」
だが俺は、首を振る。
「実行部隊として、指揮を執るのが合理的だ。俺が、引っ込んではダメだ」
それには、ウィルリッヒがウンウンと頷いた。
「そう言うと思ったよ。だけど、それでいいんじゃないかな? 騎士達も、王が率先して前線にいれば、士気もおのずと高くなるだろうし」
だが俺が、もう一度首を振る。
「地位など必要ない。並列に動けばいい」
「っと、言うと思ってた。でも、それじゃダメかな」
アイドナが言う。
《ノントリートメントですから、共有が図れません。組織がないと、動けないのです》
いままで、それでやってきた。
《それは争いが、中規模だったからです。これからは、大陸中が敵になります。組織で対応しなければ、防衛は到底無理でしょう》
そうなのか?
《はい》
理解した。どうやら、俺は王にならなければならないらしい。
「わかった」
俺の顔を見て、プルシオスが言う。
「では、各将軍と、リンデンブルグの重鎮、剣聖、も呼びます」
騎士に声をかけると、オーバース、クルエル、オブティスマ、ヴァイゼル、フロストが、入って来る。
「ビルスタークとアラン、風来燕と、レイたちも呼んでほしい」
ウィルリッヒが笑う。
「そう言うと思ったよ」
そうして皆が、その部屋に勢ぞろいした。
するとプルシオスが声をかける。
「コハク・リンセコート王! 我々をお導き下さい!」
ザッ!
全員が床に跪いた。
な?
《形式でしょう。謹んで、受けてください》
俺は経ったまま、皆に言った。
「敵の力は未知数だ。力を合わせて、かならず倒そう」
「「「「「「は!」」」」」」
どうやら誰もが、俺が王になる事に異議が無いらしい。
「リンセコートを、急ピッチで防衛都市にする為に全力を注いでいる。そして、新たな兵器開発にも取り組んでいる。それを使いこなし、敵を打ち砕いで人間の世界を勝ち取る」
「「「「「「は!」」」」」」」
何か……やりずらい。
《思ったままを伝えていいかと》
「そして、そのかしこまった態度は嫌いだ。今まで通りにしてくれると、話しやすくていい」
シーンとしていたが、オーバースが跪いたまま笑う。
「くっくっくっ!」
次の瞬間、将軍達が大笑いした。
「「「あーはははっはっ!」」」
「なにか、おかしかったか?」
「いや、こんな王が居てもいいかと思ってな」
「そうだ。俺は、俺だ。とりあえず、立ってくれ。話しづらい」
皆がゆっくりと立ち上がった。そしてプルシオスが言う。
「では、陛下。市民達が外で待っております。王としての挨拶をお願いします」
「えっ?」
流石に驚いてしまう。




