第三百三十一話 光量子コンピューターへの神経接続を試みる
要塞からの物資をアイドナが解析し、都市防衛および戦力増強のための設計を書き記した物を持って、翌日からドワーフたちと共に、リンセコート領の強化に乗り出す事になった。小さな農村だった領地も、王都の民を迎えたうえ、二か国の人間が集まりかなりの規模に膨れあがる。急ピッチで強化するために、あの巨大要塞の部品を全て回収して来たのである。
採取して来た要塞の外壁と、採掘したミスリル鋼とを溶鉱炉で溶かし、アイドナのデータを活用して、炭素を混ぜて更に強化するように指示を出した。他にも、設計図のとおりにドワーフたちが動いている。
俺が、アーンと仲間達に言う。
「じゃ、例のあれを」
皆が頷いた。
俺、アーン、メルナとマージ、ビルスタークとアラン、ワイアンヌ、ヴァイゼルと魔導師団が、ある場所に行くことになっている。巨大鎧と四つ足ドローンに引かせたソリに、ワイアンヌと魔導士達を乗せて山を駆けあがった。あっという間に目的の場所に到達し、魔導士達がソリを降りる
「ここだ」
「ふむ。ここが、ミスリル鉱山ですかな?」
「そうだ。今は採掘を中止している」
「わかりました。皆の者、念のため、魔法回復薬は?」
「持ってきています」
「よし。それでは行くのじゃ」
俺達は、ドワーフのミスリル鉱山へと足を踏み入れた。奥に行くと、ドワーフ製の手動のエレベーターが見えて来る。
「アーンとメルナは、巨大鎧から出て」
「うん」
「わかったっぺ!」
ガシュン! ガシュン!
「ビルスタークたちが、このハンドルを回してくれ」
「わかった」
「まかせろ」
「数人ずつしか乗れないから、何回かに分ける」
「ああ」
そして俺達が、トロッコに乗り込むと、ビルスタークがガラガラとハンドルを回した。魔導士たちが、少しずつ地下へと向かって降りていく。何回かに分けて、地下に降りた俺が上に声をかける。
「ビルスターク!そこで、待っててくれ!」
「わかった!」
ヴァイゼルが言う。
「この穴は、かなり深いようですじゃ」
「ミスリルが、下に埋まってたらしいからな。下に掘り進んだ結果だ」
「なるほど」
最奥に行くと、発掘途中のミスリルの採掘場に出る。そこで、俺がヴァイゼルに聞く。
「ここで、結界を張り巡らせてほしいんだ」
「わかったのじゃ。ミスリルが多く含まれてるなら、魔法とは相性がいいですじゃ」
ヴァイゼルが魔導士達に指示をして、一斉に結界を張り巡らせた。
「よし。ワイアンヌ、出してくれ」
「はい」
背負子から、金盤とシュトローマン伯爵領にあった端末を出す。
「これが、金盤ともう一つ関係している機械だ」
魔導士たちが緊張の面持ちで眺める中、俺が端末を手にした。来る前に既にアイドナが検証しており、俺の視界では金盤の一カ所がマーキングされていた。
「どうなるか……」
その器具を金盤につけると、光のドームの時のように、ホログラムの制御盤のような物が展開された。
「ほう。また出た」
「なるほど」
するとマージが聞いて来る。
「何か分かったかい?」
《緊急起動の為のアクセスキーです》
アイドナが言った事を、かみ砕いて皆に伝えてみる。
「この金盤を、緊急に動かすための鍵になっているようだ」
「なるほどねえ。対になっていたものを、あえて放して隠したという事になるねえ」
「それはそうだろう。誰でも、開けられるように近くには置いておけない」
「それで、この状態だと、空の上には通じてないのかい?」
《通信はしていません》
「ああ、通じてない。だが、このまま外に持って行けば、通信を始めてしまうだろう」
「こういう場所は、通じないと知っていたのかい?」
「そうだ」
「ふむ」
一連の会話を聞いていて、ヴァイゼルが言う。
「外ではダメだったのでしょうな?」
「ああ。恐らくは、通信を始めてしまうだろう」
そしてマージが聞く。
「で、何がわかるのかね?」
「恐らく、通信しなければ全ての情報には繋がらないだろうが、操作方法や、これをどうしたらいいのかが検証できる」
皆が息をのむ。
ホログラムで浮かび上がった、キーボードの数々。俺はそれに触れてみる。指でずらし込んだように、ホログラムもするりと動いた。
《光量子コンピューターで間違いないです》
確かか?
《前世のデータベースにあります》
俺の視界に、似たような情報が浮かび上がった。
確かに、これと似てるな。
《この世界で、独自発展を遂げた可能性があります》
展開してみよう。
次々にそれを掴み、するすると身の回りに展開していくと、光のホログラムに包まれた状態になった。
《操作系と映像パネルが分かれており、神経と直接接続するような端子があります》
神経と直接?
《通信をしていない今の状態なら、繋いでも問題は無いかと》
本当か?
《すべての神経と感覚に防隔壁を展開、異物の進入を完全に防ぎます》
わかった。
《接続》
ブン……。
次の瞬間、視界が電子の流れに変わる。周辺が見えなくなって、違う世界に入り込んだように感じた。だが体の感覚は、まだ皆のところにあると分る。
どうだ?
《この技術体系は、前世の旧時代の物と類似》
前世の、古代の技術という事か?
《しかしこの宇宙に類似のものがあったとしても、確立としてはおかしくはありません。パラドックス、時間の矛盾はあるかもしれませんが、異なる宇宙で、同系の進化を遂げた可能性も否定は出来ません》
それで、情報は?
《やはり、コロニーと接続しなければ情報はないようです》
わかった。だが、シュトローマンの屋敷にあった端末は、この技術を使うためにあったんだな?
《そうです。神経と光量子コンピューターを繋ぐ端末でした》
これに神経を繋ぐと、どういう事が出来ると推測する?
《コロニーのデータへのアクセス。及び、コロニーの力を使う事が出来る可能性》
そんなことが?
《恐らく、コロニーの管理権限を持つ者が、これを使う事を想定していたようです》
……超越者の羅針盤と呼ばれていた理由は、わかった。やはり、敵に渡してはならない。
《そのようです》
切断してくれ。
ブン! と、視界にみんなの心配そうな顔が映った。
「コハク……大丈夫?」
「なぜだ?」
「目を見開いて、固まってた」
「そうか。そうなるのか」
マージが聞いて来る。
「何かつかんだようだね」
「ああ。これは、絶対に敵に渡してはならないものだと分った。接続すれば、どんな事が出来るのか? これの起源に関しても、俺の理解を超えたものがあるかもしれない」
「なるほどねえ」
「一つ言えるのは、これは誰にも知られるわけにはいかない。金盤と端末は、常に俺が保管しておこう。ワイアンヌは、今までよくやってくれた」
「はい!」
そして広げていた、光のホログラムをすべて閉じて行き、金盤から端末を外す。
「戻ろう」
ヴァイゼルが、魔導士達に聞いた。
「これは、非常に危険な記憶じゃな」
「ヴァイゼルさま。私達の、今の記憶を抹消してくださいませんか?」
「そうしようかの」
ヴァイゼルはするりと魔法の杖を取り出して、一人一人の眉間から、するりと黒い何かをひきだした。それは、空中に舞って消える。
「これで、捕らえられたりしても、敵に喋る事はないじゃろ」
「なにがですか?」
魔導士が、忘れたように聞いて来る。
「何でもないのじゃ」
「上に、戻るぞ」
「分かったですじゃ」
俺達は坑道を歩き、再び手動のエレベーターのところに来た。
「ビルスターク! 上げてくれ!」
「おう!」
また数回に分けて、皆が上に登っていく。
「終わった。戻るぞ」
「わかった」
俺達は、すぐに山を下りてドワーフの里に向かうのだった。




