第三百二十七話 生まれ変わったリンセコート領
山を下りると、更に巨大になった街が見えて来る。家々の煙突からは、白い煙が上がっていた。
「敵はまだ、ここまで来ていないようだな」
俺が言うと、皆が頷いた。訓練場では、王都の騎士が鎧を着て、戦闘訓練を行っているところだった。俺達の列を見て、慌てて飛んで来る。
「これは! オーバース様、クルエル様! オブティスマ様!」
「戻ったぞ!」
「「「「おおおおお!!!」」」」
兵士達が、雄叫びを上げて喜んでいた。
「ここは、どうなっている?」
「は! 兵達は交代で、住居建築の手伝いや護衛をしています。非番になったものが、ここで訓練を」
「そうか。よく頑張っているな」
「「「「ありがとうございます!」」」」
「リンデンブルグの市民達を救出して来た。すぐに、休める場所に誘導してほしい」
オーバースの指示を受け、騎士が振り向いて皆に号令をかける。
「市民を救出なされたようだ! 丁重に、宿場迄ご案内しよう!」
ザッ! と連携も鮮やかに市民達を連れて行った。後は騎士達に任せ、俺達はドワーフの里に向かう。その途中の荒れ地だった場所も全て畑になっており、かなり広がっているようだ。俺達が歩いて行くと、農作業をしている市民が手を振って来る。
それを見て、クルエルが言う。
「平和で何よりだ。ここには、敵が入らないのだろうか」
オーバースが答える。
「そうかもしれないな」
この近くに突入ポッドが落ちた事があるが、今回はこのあたりに敵は落ちてこなかったようだ。
「コハク!」
騒ぎを聞きつけて、ヴェルティカが俺のところに駆けつけて抱き着いた。
「戻った」
「無事でよかった。あの、流星を見た?」
「ああ。あれは、空から降りてきた敵だ」
「あんなに……」
「とにかく、強行軍でやってきたんだ。隣国の騎士と魔導士、青備えの奴らと将軍達を休ませたい」
「わかったわ! すぐに、料理を準備しましょう! お兄様も! 無事でよかったわ」
「ああ。むしろ、良く死なないで皆が来れたものだよ」
「大変だったのね。では、すぐに炊き出しを」
ヴェルティカは、ドワーフの女達に声をかけつつ、火おこしや鍋の用意をし始める。
そこに奥の方から、プルシオス王子がかけて来た。
「これは! ウィルリッヒ殿よくぞおいでくださいました!」
「プルシオス殿も、お元気そうですね」
「元気であらねば、市民達を導く事が出来ません」
すると、ウィルリッヒの表情が少し翳る。
プルシオスが言う。
「お国は……お国の事はさぞ心配でしょう。私も王都を失いました」
「ええ。帝都も消滅です」
「いまは、人々が団結しなければならない! お互い、力をつけて国を奪還しましょう」
プルシオスが人一倍明るく言っているが、俺達の状態を見て元気づけているようだ。
「そうですね……プルシオス殿。あなたを見習わねばならない」
「そんな。聡明なウィルリッヒ殿から、そのように言われるとは思わなかった」
「本気ですよ」
そう、この二人は、全く同じ境遇になってしまった。国を失った王子という立場に。
フィリウスが言う。
「まずは、食べて休んで精をつけましょう!」
「そうだね」
「おじゃまするよ」
世界は大変な状況に陥っているものの、リンセコートはまだ敵の脅威にさらされていない。いつここに敵が来るかは分からないが、とにかく全員の飢餓状態を、どうにかしなくてはならなかった。
ガラガラガラ。
ドワーフ製の、滑車のついた窯が運ばれ火起こしされる。上に鍋を置き、食材が放り込まれて行った。グリルの上には、川魚が並んでおり、どうやら市民達でとったものらしい。
ガシュン! ガシュン!
大型鎧から、アーンとメルナも出てきて兜を脱いだ。二人とも、目の下にクマが出来ている。
全員が、ほとんど眠らずに歩いてきたため、疲労困憊だった。
ヴェルティカが言う。
「シチューが煮える前に、干し芋でもどうぞ」
そう言って、女達がここの地方の特産品を配って行った。
一口食べて、ウィルリッヒが言う。
「これは、いつ食べても美味しい」
「気に入っていただけて何よりですわ! 殿下」
「良いお嫁さんですね」
「ありがとうございます」
そんな和やかな雰囲気に包まれつつ、ようやくシチューや焼いた魚が振舞われる。
そして俺が言った。
「ヴェルティカ。いろいろ頼んで悪いんだが、彼らの寝床も確保したい」
「大丈夫。ドワーフたちが新たに、避難施設を作ったの」
「そうなのか」
「凄いのよ」
青備えの騎士の中には、食べながらウトウトする者が出てきた。腹に食料が入った事で、眠気が襲ってきたのだろう。
ヴェルティカが言う。
「怪我をしている人や、弱っている人はいますか?」
結構な人数が手を上げた。
「大きな療養所が出来たので、そこに行って王宮魔導士さんから治癒を受けるといいわ」
「そんなものまで出来たのか?」
「ええ。物凄い人数になったから、診療所では追いつかないの」
「なるほど、そしてな、また、あの敵をつかまえて来てしまったんだ」
「ああ、牢獄も大きくなってるわ。ドワーフが、どんどん拡張して。いまでは人間用の牢獄もあるのよ」
「人間も?」
「悪さする人がいるから。騎士達が取り締まって投獄するの」
「そんな、ことになっているのか……」
「悪い人達には、部品作りを強制しているわ」
「なんと……」
そこで、プルシオスが言う。
「いやはや、本当に凄い人ですよ。コハク卿の奥方は」
すると、フィリウスが出しゃばって来る。
「でしょ! そうなんですよ。うちの妹はホント出来る子で」
目の下にクマを作りながら、ニコニコと妹自慢をしていた。
「お兄様。おやめください。みっともない」
「あ、えっ?」
すると、三将軍が大笑いした。
「がーはっはっはっ!」
「ぷははははは!」
「くっくっくっ!」
「えっと」
「いいなあ! 平和でいい! しばらくぶりに笑った!」
「だな!」
「人間らしくていい」
「あ、はい」
和んだところで、青備え達が、ぼちぼち家に帰って行く。
そして、ヴェルティカが言う。
「ウィルリッヒ殿下と、お供の方達は迎賓館へ。三将軍も、ぜひおいでください」
「わかりました」
「騎士の方達と魔導士の皆様は、避難所へおいで下さい。びっくりしますわ」
食事を終えて、皆がそれぞれの寝床へと向かっていく。そこで、俺が言う。
「まずは、キメラ・マキナを投獄しよう」
運んできた奴らを、四つ足ドローンが牢獄へ運び込んだ。確かに牢獄は、かなり拡張されている。
「本当に立派になってるな」
「安全第一よ」
連れてきた二体を、ドワーフが作った透明なケースに入れた。
《研究対象が増えました。この製造方法や、管理について解読しましょう》
製造方法?
《対応できるようにしなければ、大挙して責めてきた時にひとたまりもないです》
そうか。そうだな。
メルナが魔力を流し込み、結界の強化をして扉を閉じた。重厚な扉に鍵をかけ、魔法陣に魔力を流す。
「これで大丈夫だっぺ」
「とにかく厳重にしておこう」
「だっぺ」
マージが言う。
「これらを、調べて何かが分かると良いんだけどねえ……」
「まあ、何かは見つけられるだろう」
「まさか、作り物だとはねえ……」
「ああ」
更に次の重厚な扉を締めて、ガゴンと鍵をかける。表で見張っている騎士に、挨拶をして出た。
外には、ウィルリッヒが待っていた。
「凄いですね。ここ」
「ああ。俺かアーンでなければ、開けられんようになっている」
「あれは、危険ですもんね」
「研究しなければならない」
それを聞いていた、ヴァイゼルが言う。
「あれが、作られたものだとはのう……」
「そういう技術があるようだ」
それを聞いて、フロストが歯をかみしめた。
「人形風情に、あそこまでいたぶられるとはね。本当に情けないよ。剣聖としてもっと高みを目指さねばならないようだ」
俺が言う。
「ここまでの戦闘で、敵の情報は入手できた。兵器開発も含めて、やれることはかなりあるさ。あとは、あの金盤。ここで稼働させるわけにはいかないが、何か方法を考えねばならない」
オーバースも頷く。
「侵略者とやらも、どうなっているのか分らん。もう既に戦いが始まっているのか、そもそも侵略者とは何なのか」
そんな話をしていると、ヴェルティカが大声で言う。
「さあ! 難しい話は、明日にしましょう! どうぞ迎賓館で、美味しいお酒を」
三将軍もヴァイゼルもフロストもニヤリと笑った。
「いいですなあ! あの酒が、生きてまた飲めるとは!」
家の使用人達もやってきて、俺達は迎賓館に向かう。迎賓館にきて、すぐにヴェルティカが言う。
「お風呂の用意ができています。ドワーフたちが作ってくれた大浴場へどうぞ」
「えっ、そんな物が出来てるのか?」
「作ってもらったのよ、コハクも気に入るわ」
それを聞いて、ヴァイゼルが言う。
「ど、ドワーフの無駄遣い。羨ましいのう……」
するとアーンが言う。
「当たり前だっぺ! お師匠様の奥方のお言いつけは絶対だっぺ!!」
「そうですか、そうですか」
そしてその夜。俺達はようやく、人間らしい一夜を過ごす事が出来た。大気圏突入ポッドの落下から、ずっと続いていた戦いが、ようやくひと段落ついたのだった。




