第三百二十六話 山脈を越えて
夜が明け、雨は小雨になりつつあった。食べて眠った事で、市民達の体力も少しは回復する。
「痕跡を消そう。奴らの目は、ここにまで届くかもしれん」
「分かった。手早くやろう。油断はできない」
痕跡を無くすために、大きな天幕の建物を崩して茂みなどに隠していく。だが、地面は深くぬかるみ、歩くたびに重い泥が足に纏わりつくようだった。
「大型魔獣の巣の、おかげで助かった」
本来なら危険なはずの、大型の魔獣の巣は、多くの市民の体力を回復させることになった。
ウィルリッヒがそう言うと、フロストが答える。
「本来は、こんなに大勢が山に入り込むことはないのでしょうけどね」
「あの光は、魔獣除けなのかな? 結界石みたいな」
それに俺が、答える。
「何らかの影響はある。魔獣が消えた理由が見つからない」
「だと、この大地の多くの場所が結界石無しでも、魔獣が来ないという事になる」
「そうなるな」
皆は手を動かしながら、会話を続けていた。
「そうなれば、多くのものが大きく変化する。特に、流通が盛んになるだろう」
「あの光が、消えなければだが」
「なるほど。消える事があるのかな」
「生体動力というコアが、数千年も動いてたことからも、それは無いかもしれない」
「敵だけじゃなく、我々、人にとっても良い事だ」
それを聞いていた、ボルトが言った。
「ですがね、殿下。そうなると、冒険者ギルドの仕事が大幅になくなります」
「それもそうか。だけど、そうなったらなったで、違う仕事ができるさ」
「ですかね?」
「まずは平和が一番さ」
そこに出発の準備ができたと、騎士から報告が入る。すぐに歩きだすが、足場が滑りやすく、騎士達も足を取られて転ぶ場面が出てきた。
ボルトが言う。
「冒険者とは違って、騎士は、こんな山道は慣れていないからな」
「仕方あるまい」
「それにしても、ゴーレムは凄いな。全く滑る事も無く、しっかりと進んでいる」
「制御されているんだ」
「なるほど……」
《足にくさびがあり、高性能のバランサーのおかげで、瞬時に足場を判断しています》
すると先から、ゴーっという音が聞こえてきた。
ベントゥラが言う。
「やはり、増水して沢の流れが早くなってるんだ」
俺達が到着すると、皆が止まっていた。谷の水は茶色く濁り、木々の残骸を押し流す暴力的な勢いだ。
「通れないね」
ウィルリッヒが言うが、俺が首を振る。
「いや。時間がかかるがやり方はある」
「そうかい?」
アーンとドワーフらを呼んで、俺が説明をした。
「わかったっぺ!」
ワイアンヌから、鉄のワイヤーの束を受け取って、その端をオーバースに持ってもらった。
濁流の轟音が世界を支配する中、俺は静かにワイヤーの端を握り締める。
《龍翔飛脚》
空気を切り裂くかのように、一瞬で対岸へ跳躍した。着地と同時に、泥が爆発するように舞い上がる
「そちらを大木に絡めて、大勢で押さえてくれ!」
「わかった!」
三将軍や、風来燕、レイたちがワイヤーを押さえた。
俺も、木にワイヤーをかけてぐるりと回り込み抑える。
「アーン! 巨大鎧で、こちらに伝って来てくれ!」
「わかったっぺ!」
アーンがワイヤーを押さえて、沢に降りていく。濁流に晒されながらも、鉄のワイヤーを伝って、無事にこちら岸に辿り着いた。
「そっちを、何本かの大木に渡して括り付けてくれ!」
こちらでもアーンが、ワイヤーを括りつけ、電線のようにワイヤーをはった。
「いかだを四つ足ゴーレムに渡させる。市民を少しずつ乗せて、こちらに送ってくれ!」
レイたちが四つ足ドローンにカヌーを固定し、ワイヤーを伝って渡し始めた。こちらでは重機ロボットのアーンが支えて、向こう岸ではメルナの重機ロボットが支えている。これは、瞬時にアイドナが俺に指示を出した事だった。そして、全く危険な感じも無く、全員が渡りきる事に成功する。
「渡りきった……」
「ああ。ゴーレムはうまく使えばこういう事が出来る」
「凄いものだ」
ウィルリッヒが、興味深々にゴーレムを見ている。
「産業に使えば、もっと発展しそうだね」
「そうやって使っていたが、緊急で戦闘用にしたんだ」
「あ、やっぱりそうか。コハクも目の付けどころがいいね」
俺達が山を進んでいくと、岩肌がむき出しになっているところに出る。森が切れており、上空からは目視で確認できるだろう。万が一偵察機が来てしまえば、簡単に見つかる。
「迂回するか?」
オーバースが聞いて来る。
「万が一がある。そうするべきだろう」
時間はかかるが、敵に見つかる可能性のある行動は避けたかった。俺達は、更に時間のかかる森を迂回する事にする。山を回り込むには、もう一日ほど多くの時間がかかるだろう。
「険しいな」
「この山を越えれば、リンセコートの山に入るだろう。もう少しの辛抱だ」
俺達はただ黙々と前に進んで、冒険者達が木の実などを集めて市民に配った。山には食べものが多く、そしてベントゥラがクンクンと鼻を鳴らす。
「おっ、あったあった!」
キノコを採って見せる。
「これは、食える奴だ。そして、体が暖まるぜ。手分けしてさがそう」
皆がそれを見てキノコを探すと、カゴ数個分にもなった。
「またスープを作ろう」
魔導の鍋を使い、キノコのスープを作って市民達に配る。すると、市民が喜んでくれた。
「なんか。ポカポカする」
「本当じゃ、元気が出る」
「あったかい!」
冒険者の知恵だった。休みながらも、また丸一日が過ぎた頃、ようやく俺達の裏山が見えて来る。
「あそこを超えたら、リンセコートだ。ようやく見えて来たぞ!」
俺の言葉に、皆が安堵の表情を浮かべた。
フィリウスが言う。
「ヴェルティカは無事だろうか?」
「急ごう」
そして俺達が山を下りた時、そこに魔獣が現れた。
「クリムボアだ!」
「つかまえろ!」
今までいなかった魔獣が、突然現れた。
《ここは、光の影響の範囲外のようです》
なるほどな。どうやら、ここまでは影響が届かないという事か。
《立地的に、どちらからも遠いからかと》
中間地点と言う事か……。
《魔獣に守られるという、不思議な現象になりました》
そうだな。
そして俺達は、リンセコート領の裏山へと到着する。皆が疲弊しきっているが、誰一人かける事無くここまで来た。リンセコートの山を登り始めてしばらくすると、しばらく見た事の無かったものを見た。
ベントゥラが俺に、そっと耳打ちをする。
「コハク……あれ。皆が騒ぐといけねえからな。そっと見ろ」
俺が、ベントゥラから言われてそちらに目を向けると、エーテル・ドラコニアと呼ばれる魔獣がいた。それは俺達をじっと見つめるように、こちらを見ている。
「まるで、見守られてるみてえだな」
「そうかもしれないな」
そして俺達は再び、リンセコートに向けて歩き続けるのだった。そしてようやく、リンセコートの風景が見渡せる丘に到着したのだった。




