第三百二十話 空が落ちた日
大量の流星が流れる空を見上げながら、メルナが呟いた。
「空が……落ちてきた」
確かに、空の至る所から落ちてきている。その数は、前とは比較にならないほどだった。
ボルトが言う。
「まるで、イナゴの大群が下りて来てるみたいだな」
それを耳にしたウィルリッヒが、呆然と眺めながら、俺に聞いて来た。
「あれが、侵略者かい?」
俺は、それに首を振った。
「いや。恐らくは、侵略者を倒すために送られた、奴らの仲間だ」
「そうか、これからが本当の闘いだという事か」
「ということになる」
「まるで、今までの戦いが、ちっぽけな物だったように感じて来る」
俺は、ただ頷くしかなかった。
それを聞いて、フィリウスが言う。
「これでは……リンセコート領が……」
《空から落ちられたら、間に合いません》
アイドナじゃなく、アーンがフィリウスに答えた。
「もう、どうにも、ならないっぺ」
そして、ウィルリッヒが周りを見て言った。
「領民を避難させても、意味がないな。大陸のどこにも逃げ場はない」
皆が頷く。そこで俺が、大声で叫んだ。
「騎士や冒険者だけじゃない! 市民も親子供も武器を取れ! 少しでも戦えるものは、戦う準備をするしかない! 奴らは侵略者を倒せば、その牙を俺達に向けて来るぞ!」
だが、そう言っても、戦った事の無い市民達はざわつくだけ。しかし、ウイルリッヒも、俺に続いて、更に焚きつけるように言った。
「コハク卿のいう通りだ! ここで戦わねば、我々は奴らに飲まれてしまうだろう!」
「森だ! 森に逃げ込むんだ! 草原ではすぐに見つかってしまう。走れ!」
「走れ!」
オーバースが叫ぶと、市民が一斉に森に向かって走り出した。そして、俺が騎士に指示を出す。
「騎士と冒険者は、森の魔獣から市民を守れ! 青備えは、しんがりだ!」
ウオオオオオオオオ!
市民達を守るようにして、騎士や冒険者達が走り抜けていく。
すると、アイドナが俺に指示をして来る。
《金盤のパネルに触れてください》
わかった。
だが、そこで、メルナが俺に声をかけた。
「コハクも早く!」
「いや、これを置いてはいけない」
「金盤?」
「そうだ。これは、多分、非常に重要なものだ」
そして俺が、金盤の下に出たホログラムのパネルに直に触ると、アイドナの想定通りに反応し始めた。
生体に反応するのか?
《そうだと思われますが、他の生体に反応するかは分かりません》
触れさせてみるか?
《危険はないようです》
「フィリウス。これに触ってみて欲しい」
「わかった」
フィリウスがホログラフに手を伸ばすが、スッ!と素通りしてしまった。
「何もならないぞ」
「そのようだ」
「コハクは触れているのか?」
「ああ」
俺がまた触れてみると、アイドナが解析を始める。
《これはあなたの、遺伝子情報に反応している可能性が高い》
俺の遺伝子?
《違う種族にも試しましょう》
「アーン! 籠手をとって触れてみてくれ」
「わかったっぺ」
アーンが触れようとしても、ホログラムは反応しないようだった。
「無理だっぺ……」
《その解析には時間がかかります。まずは、これを持ち運べる状態に出来るか操作してみます》
わかった。
手がアイドナに操られて、勝手にホログラムを操作し始めた。電子で浮かび上がった箱のような物や、シャンデリアのような構造の細い棒。実際には存在せずにホログラムだが、俺が触れば動くようだった。
《これは、光量子コンピューターです》
光量子コンピューター。普通に操れるのか?
《こちらは素粒子レベルでの解析ですので、当然できます》
やってみてくれ。
《はい》
するとまもなく、アイドナが言う。
《運び出せるようです。やりますか?》
コロニーとの通信はどうなる?
《切断されます》
すぐ切ろう。
パパパ。シュン! とホログラムが閉じて、金盤がゆっくり地面に降りた。
隣の、ウィルリッヒが言う。
「元に戻ったね?」
「これで、持っていける」
「そうか」
俺は金盤を背負子に入れ、自分の背中に担いだ。
「メルナ! アーン! 大型鎧を着るんだ!」
「うん」
「わかったっぺ!」
二人が重機ロボに乗り込み、その上にビルスタークとアランが乗った。
「ビルスターク! アラン! 二人を頼む! 森に向かってくれ! レイたちは、ウィルリッヒ殿下と、ヴァイゼル、フロストの護衛を。フィリウスとワイアンヌも一緒に森へ!」
「「「「は!」」」」
「すまない」
「すまんのじゃ!」
「面目ない」
レイが優しく言う。
「まだ、御身体が戻っていないのです。無理は禁物です」
「ありがとう」
そして俺は、続けて言った。
「オーバース! クルエル! オブティスマ! 青備えを率いてしんがりを!」
「わかった」
「よし!」
「行くぞ!」
青備えが市民の最後尾を守りながら、先に進んでいく。
「風来燕は、俺と来てくれ。四つ足のゴーレムを使え」
「「「「おう」」」」
風来燕が四つ足のゴーレムにまたがり、俺と一緒に更に最後尾を歩く。すると、ベントゥラが言った。
「空から降りて来たぞ! 大量だ……」
いくつかの飛行体が、神殿都市付近に落下してきた。それはあの、突入ポッドのように巨大では無く、飛行機のような形状をしている。
《シャトルのようです》
大気圏突入できるタイプか。
《そのようです。飛行能力を有しています》
俺達が見ている先で、神殿都市の光ドームの周辺に次々にシャトルが下りて来る。
《発動したシステムの周りに来ているようです》
そのようだ。何の意味がある。
《エネルギーの確保か、安全地帯であると推測します》
安全地帯?
《彼らが地表に落ちてくるための、防衛システムと言う事です》
何かがあるって事か……。
《一旦離れましょう》
「よし! 風来燕は俺についてこい。このまま、最後尾をキープしつつ森に入る」
「「「「おう」」」」
「その間、敵を確認しよう。ワイアンヌの魔道具でだ」
俺がボルトに双眼鏡を渡し、ベントゥラは銃のスコープを覗いている。
そして、ベントゥラが言う。
「エルフの鎧が次々降りて来るぞ。あとは、人と、あの蟹の魔獣だ」
双眼鏡を覗けば、確かにステルスしない蟹の魔獣が下りてきている。
「あれは、ゴーレムだ」
「そうか……奴らのだったのか」
最後尾の俺達が、森にさしかかろうという時、奴らは地面を滑るように動く乗り物にまたがり始めた。どうやら、フライングボードと同じ原理で動く乗り物のようだった。
「なんだありゃ」
「機械の馬だ。おそらく、この四つ足より速い」
見ている先から、次々にパワードスーツと、人間っぽいのが周辺に飛び出し始めた。
「キメラ・マキナ……だな。あの人型」
すると風来燕が、青い顔で俺を見る。
「あ、あんなにいっぱいいるのか? あんなのが……」
「どうやらそうらしい、今、出てるのは偵察部隊だろう。急ぐぞ」
「「「「おう」」」」
俺達は、森の中に入り、市民達と一緒に奥へと進む。
《敵は、じきに森にも来るでしょう》
そうだな。
だが、俺達が森に入ると、不思議な事が起きていた。それをすぐに、クルエルが伝えに来る。
「おかしいんだ」
「どうした?」
「魔獣の姿が見えない」
「そうなのか?」
「まだ、誰もが遭遇していない。ウィルリッヒ殿下に聞けば、ここはそれほど安全な森じゃないそうだ」
「どういうことだ……」
《防衛システムの一環かもしれません》
なるほど……。
「とにかく、魔獣がいないのなら好都合だ。出来るだけ深く、山岳地帯のふもとまで進んでみよう」
「わかった。皆に伝えよう」
そうして、クルエルが走って行った。
「騎士達も冒険者達も、一丸となって頑張ってるみてえだな」
確かにボルトのいう通りだ。一般市民なのに、みな指示された通りに動いている。
《団結というものでしょう》
今はありがたい。出来るだけ、奴らから距離を取らねば。
《そして、体制を立て直しましょう》
だな。
深い森の奥、市民達は疲れた顔で歩き続け、俺達は、敵がこちらにやって来ないか注意深く見張るのだった。




