第三百十八話 神殿都市の市民を避難させる
手分けして神殿都市を走り回り、ギルド員や市民にも手伝ってもらうしかなかった。だが、いきなり都市を放棄しろと言っても、すぐに納得できるわけではない。だが、時は待ってくれなかった。
ウィルリッヒが、重機の上で言う。
「凄いな、これは」
ウィルリッヒがボロボロなので、メルナの大型鎧に乗ってもらった。剣聖フロストがボロボロなので、護衛のために俺とオーバースが脇を固めている。隣国の皇太子を、一人でぶらぶらさせてはおけない。
「元は、星の人間達の文明が作ったものだ。重機という」
「それを、コハクが改良したということかい?」
「そうだ。指令系統を全て書き換えた」
「なぜコハクがそんな事をできるのか、私にはわからない」
「俺とて、相手の機械が、古くて助かったというところだ」
「古い……か。それは古代遺跡から掘って来たんだったね」
「そうだ」
「コハクはつくづく不思議な人だよ」
「わたしの調べでは、コハクは救世主さね」
「そうですか、大賢者。それも、頷けます」
ガシュン! ガシュン! とメルナが歩く。
ギルドの前に到着し、ウィルリッヒが重機ロボットを降りる。ギルドに入るが、冒険者が全くいない。真っすぐにカウンターに向かい、呼び鈴を鳴らした。
「は、はい!」
「冒険者はどうした?」
「あ、はい。世界の終わりだとか言って、みなさん酒場に行ってしまいました」
「……なるほど。でも、酒場はやってないだろう?」
「はい。でも酒はあるだろうと」
「……なるほど……な。ギルドマスターを呼んでくれ」
「はい!」
そこに、ギルドマスターがやってきた。
「こ、これは殿下! 無事だったのですか!」
「ああ。冒険者がいないようだが? どうしたのかな?」
「帝国騎士団や帝国魔導師団が敵わないのなら、もう終わりだろうと言う話になり……、その……ですね、皆やけ酒を飲みに行った次第です」
ウィルリッヒが、カウンターに肘を乗せて見上げるように言った。
「随分と不甲斐ないものだな。帝国に丸投げして、酒とはいい身分だ」
「も、申し訳ないです。ですが、冒険者は自由の身分ですので、私もやめろとは言えず」
「まあ、そうだね。国が関与できない組織だからしかたない」
「は、はい」
「だがね。悪いけど、ちょっと動いてもらわなければならない。敵は、友軍が撃破してくれたのだから。それに、ちょっと話を聞いてもらいたいんだが。これは、人類の問題なんだよ」
「し、しかし」
ギルマスが動揺した時、突然、物凄い大声がギルドに響いた。
「気をつけい!!!」
ビシィ! と、ギルドマスターもギルド嬢も気を付けをする。
「市民を守るのも冒険者の役目であろう! 軍隊が優秀すぎると、ギルドはこうも腑抜けるのか!」
「す、すみません!」
オーバースがキレた。
「すぐに酒場に向かうぞ!!」
「は、はい!」
ギルドマスターも、ギルド嬢も慌てて駆けだしてくる。全員が飛び出して来て整列した。
「こちらです!」
俺達はすぐそばの、酒場にやって来る。
「静まり返っているな」
「確かに、ここに居ると思っていたのですが」
バン!
オーバースがドアを開けると、テーブルにつっぷしていたり、床に転がったりして酔いつぶれていた。
「ふう」
そしてオーバースが、両の手を思いっきり合わせる。
パン!
「お、おわ」
「なんだ!」
「敵か……」
「起きろぉ!!! 仕事だ! 仕事の時間だ!」
余りにもの気迫のこもった声に、冒険者達がすっと動き出した。
「脅威は一度去った! 市民の避難に協力をしてもらいたい!! 正式な以来だ!!」
「「「「は、はい!」」」」
「おきろ! おきろ! おきろ!」
目覚めた冒険者達が整列し、そこで、オーバースがウィルリッヒに言う。
「では、殿下。お願いします」
「助かります。武神様」
そう言うと、冒険者達が青ざめた顔で言う。
「エクバドル王国の?」
するとウィルリッヒが答える
「そうだ! 彼は、あの名高い、武神オーバース将軍だよ。隣国の軍が、我々を助けに来てくれたんだ。既に動く要塞は無力化し、あの敵も全て制圧してある」
「えっ! 本当ですか?」
「そうだ。だが、次の問題が起きたんだ」
「なんです?」
冒険者だけでは無く、ギルドマスターもギルド嬢も意識を集中させた。
「帝都が、既に壊滅したんだ。そして間もなく、この都市も同じ運命をたどる事になった」
「ええ!」
「嘘……」
「なぜ?」
ウィルリッヒは続ける。
「まもなく、この都市は光に沈むだろう。その上で、次に新たな敵がくるのだ。それを防ぐ必要がある。その為に、都市を放棄する必要があるのだ。繰り返すが、この都市はまもなく光に包まれて壊滅する」
ざわつく。
「信じられないのも無理はない。だが、期日は明日。今日中に、市民を避難させる必要があるのだ! 頼む! 君らの力を貸してくれ! なんとしても、市民を全て外へと連れ出す必要ああるのだ!」
ギルドマスターが聞いた。
「光に飲まれる? 都市が、消えるという事でしょうか?」
「そのとおりだ。帝都はもう消滅した」
冒険者もざわつくが、ギルドマスターが腕組みをして黙る。しばらくすると、ギルマスが言った。
「みんな! やろう!あのような敵がいるという事は、そうなる可能性が高いってことだ。そうなれば、ギルドどころの話ではない。あの敵を撃退できる軍が来ているのだ。我々の活躍できる余地はある!」
するとようやく、一人の冒険者が言う。
「まあ……だな。こんな、ていたらくで死んでもいられねえか」
「ちげえねえ。嫌ってくらい酒飲んで、自分に嫌気がさして来た」
「私もだわ。やっぱり、人の役に立ちたいわ」
そう言って一人一人が、自分の装備を身に着け始めた。
ウィルリッヒがオーバースに振り向いて礼を言う。
「ありがとうございます。将軍。あなたのおかげで、活が入ったようです」
「まあ、これくらいしか、お役に立てませんよ」
そこで、俺が聞いた。
「オーバース。あれが、闘気というものか?」
「まあそうだ。殺気とも言うし、ただの気ともいうかな」
「凄いものだな」
「鍛錬によって身につけたものだが、コハクには必要ないだろう。無尽蔵の魔力があるではないか」
「それは……」
後天的なものだ。アイドナがブラッディガイアウッドという植物の性質と、魔導の力を解析した上で、俺の体を書き換えた。素粒子AIによる、遺伝子改変の結果。戦えば戦うほど、強い魔力が宿っていく。
「とにかく、早く避難だな」
「そうだ」
俺達は、冒険者の協力も取り付け、市民達に説明し誘導し始める。荷馬車に荷物を積んで脱出する者、沢山の荷物を手に持って逃げ出す者、着の身着のままで出て行く者がいた。
既に他の仲間達が回ったおかげで、行列が出来上がっている。
「慌てなくていい! 順番を守ってゆっくり!」
「後で食料は運びだす! まずは、手ぶらでもいい!」
騎士達が誘導し、冒険者達がその助けをする。
そうして俺達は、避難誘導を続けつつ、空になったであろう住宅をくまなく確認していった。
「子供がいる!」
「連れていこう!」
「こっちには、ばあさんが残ってる」
「担いで行け!」
どうやら隠れていた子供や、足の不自由な年寄りが残っていたようだ。くまなく探して連れ出さねば、システム起動と共に消滅してしまうだろう。日が暮れても避難は続いて、騎士も冒険者も誘導を続ける。そして深夜、最後の人々が門を潜る。冒険者達のおかげで、順調に事が進んだ。
ウィルリッヒが、俺に聞いてくる。
「これで、いいのかな?」
「そうだ。これで、一人も死なせることはない」
「そうか。分った」
「市民と、騎士と、冒険者に食事と野宿の用意をさせた方が良い」
「そうだな」
「我々の、青備えが警備につく」
「何から何まですまない」
もう、時間はかなり差し迫っている。俺は人のいなくなった都市を見て、虚しい気分になる。
歴史が消える……か。
《ノートリートメントのような発想です》
彼らと交わってきて、俺も似た気持ちになってきたようだ。
《非効率です》
非効率? かもな。だがその、無駄に、美しさがあるのではないかと思うんだ。
《無駄は無駄です》
不思議な気持ちだった。そんな思いを抱きつつ、俺は捕えた改造エルフの下へと向かうのだった。




