第三百十二話 青備え部隊の山越え
青備え部隊はリンデンブルグ帝国に向けて、山中を駆けぬけていた。青備え鎧に搭載した魔石の力で、その進軍速度は速かった。四機の四つ足のドローンと、大型鎧の牽引力が荷物を運ぶのに役立っている。
フィリウスが俺に言う。
「ヴェルが、よく一緒に行くとゴネなかったな」
「リンセコートで、やるべき事があるのだと言っていた」
それを聞いて、オーバースが言う。
「お嬢も、すっかり男爵の奥方になられたのであろう。プルシオス殿下の影響もあるのだろうが、リンセコートの主はあくまでも、コハクであるという気概が感じられた。留守を守るという使命もな」
マージが、メルナの鎧の中から言う。
「いつまでも、可愛い妹じゃないのさね。フィリウスや」
「わ、分っております! もはや、コハクに嫁いだのですからな!」
「妹離れしな」
「は、はい」
オーバースが俺に聞いて来る。
「どのぐらいで着く?」
「この調子で行けば三日か」
「それで、運命の日まで五日というところか」
「そうなるな」
その会話で、周りの雰囲気が緊張感に包まれる。だが空気を変えるかのように、クルエルが言う。
「よかったな。オブティスマ、手が戻ったようで」
「信じられん。魔力によるものなのだと知っても、まるで自分の手のように動く」
俺が、それに答える。
「ドワーフたちが、微調整してくれた」
オブティスマが、アーンに礼を言う。
「ありがたい」
「お師匠様の力だっぺよ」
ガシュンガシュン! と、義手の動きを確かめるように動かす。それを見てアランが言う。
「オブティスマ将軍、不思議なもので、そのうち感覚も通って来るんですよ」
「そうなれば、まるで自分の手だな」
「はい。卵も握れるようになるでしょう」
「握る機会があればな」
森林地帯を下っていくと崖に出て、そこから広がる平地が見えた。
「あれが、リンデンブルグか」
「そうだ」
「本当にすぐに来れたな。まさか、リンセコートから、こんなに近いとは」
そこでボルトが言う。
「まあ、普通は、魔獣を恐れて山越えなんてしないですからね」
「確かにな】
「しかも、これだけの人数が、山を越える事はないでしょう」
後ろを振り向けば、八十名の青備えが続いている。王都の精鋭部隊の隊長一人がやってきて、オーバースに言う。
「このような過酷な行軍だというのに、この鎧は本当に凄いですね」
「確かにな。魔石が動きを補助してくれるなど、誰も考えつかんだろう」
「それに、その奇妙な馬……と浮かぶ板」
四足ドローンと、フライングボードを見て感心している。ドワーフが加工したフライングボードには、大量の荷物が載せられていた。
「星の人らの技術だ」
「馬は疲れないのですかな?」
俺が答えた。
「それは、生き物じゃない。ゴーレムだからな、疲れる事はない」
「星の人……というのは、一体何なんでしょうね?」
「まあ、いまは敵でしかない」
「そうですか……」
隊列が揃って来たので、俺は皆に向けて言った。
「そろったか!」
「「「「「は!」」」」」
「よし! 山を降りるぞ! 少し険しいが、注意して降りろ」
「「「「「は!」」」」」
岩場を下り始めるが、メルナとアーンの重機ロボットと、四つ足のロボットは非常に安定感がある。
《高性能のバランサーと、AIによる姿勢制御が働いています。地形を読み取り、体を変形させる機能があるようです》
そんな機能があったなんてな。
俺達が坂を下っているのに、六機は垂直な岩場を、垂直に下っていた。どうやら、手足の先を岩場に差し込んで、体を支えているようだ。
「メルナ! どんな感じだ?」
「面白いよ! 普通に歩いてるだけなのに!」
アーンも答えた。
「だっぺ! 落ちないっぺ!」
それを横目にしながら、皆がゆっくりと急こう配を下る。
昇る時もだったが、あれが出来ると機動力が上がるな。
《物資を運ぶのが容易になり、滑落しそうな者を救う事も出来ます》
青備えも、安定しているがな
《やはり、この鎧の機動力は、敵の想定外だったでしょう》
作って良かったよ。
《裏山のカルデラ湖に、オリハルコンがあったのも、マージのお告げ曰く必然でした》
お告げ……とは何なのだろうな?
《スピリチュアルなデータは解析が難しいです》
そうか……。
速やかに平地に降り立ち、街道を列になって進んでいく。目指すは神殿都市だが山を下ったところで、一旦休憩を挟まねばならない。
「よし! 皆! 食事の準備だ! 四時間ほど休みを取り、行軍を開始する!」
皆で、食事の準備をする。フライングボードに積みこんだ食材などを下ろし、手際よく火を起こして、それを囲むようにして鍋をかけた。
クルエルが言う。
「気が焦ってしまうな。こうしている間にも、リンデンブルグは窮地に立たされている」
オーバースが答える。
「これが最善だ。休息とて、戦いには必要であるからな」
「この戦は、人間同士の救いのある戦いではなく存亡をかけた戦いだ。命をかけてやらねばなるまい?」
俺が答えた。
「クルエル。俺は死ぬつもりはない。全員で生きて、国に戻る」
「ふふっ。そうだな、指令殿。コハクが言うと、出来るような気がしてくる」
「必ず達成させるさ」
「ああ」
そして俺達は薄め味のスープと肉とパンを喰らい、寝る者は横になり始めた。交代で見張りを立てて、大勢の兵士を休ませる。つい最近までは、兵士でなかった者達とドワーフだが、訓練を経て屈強な兵士に生まれ変わっていた。それだけ、皆の意識が高まっている。
そこに、ワイアンヌが来た。
「お館様」
「どうした?」
「どういう訳か、金盤の震えが止まった気がします」
「出してくれ」
超越者の金盤を出すと、確かに振動が止まっていた。
どういうことだ?
《エクバドル王国から離れたからか、神殿都市との関係も高いです》
まるで、嵐の前の静けさだ。
《まだ、リンデンブルグ帝国が陥落していない証拠でもあるかと》
だな。
「問題ない。ワイアンヌ、しまっていてくれ」
「はい」
皆が横になり出し、その周りを四つ足のドローンが囲む。俺と風来燕が先に見張りに立ち、将軍達に寝てもらう事にした。そしてボルトが言う。
「コハクについて来て良かったよ」
「どうしてだ?」
「じゃなきゃ、俺たちゃ知らないうちに、世界の終わりを迎えていたところだ」
「……それも、そうだな」
するとフィラミウスが言う。
「ボルト、リーダーの目は確かだったわけね」
「はは。まあな、まあ……五分五分だったけどな。今は、確信に変わったぜ」
ガロロも言う。
「ふはは。そうじゃな、こんな冒険が待ってるとは、最高じゃわい!」
ベントゥラも頷いた。
「まったくだ。コハクの凄さを知ったあの日から、まるで夢でも見てるみたいだ」
俺が答える。
「夢じゃない。現実だ」
「ちげえねえ」
次第に夜は深まり、火の爆ぜる音がなった。そして二時間後に、オーバースら将軍達が起き出す。
「見張りを変わろう」
「すまない」
俺達が休息を取り、きっかり二時間後に目を覚ました。まだ辺りは薄暗いが、俺達は神殿都市に向けて出発するのだった。




