第三百九話 リンセコート領への行軍
騎士達が恐れたように、都市を覆う光を眺め、俺達は手元で震える金盤を見つめて黙っていた。
振動してる。
《何かを発動させるような動きではないようです》
どういうことだ?
《システムの稼働が十分でないと考えられます》
ということは、最後のシステムが動いてないという事か?
《はい。神殿都市の遺跡がまだ動いてないのでしょう》
リンデンブルグがまだ持ちこたえてる?
《はい。持ちこたえているという証拠かと》
俺は、分かった事を周りに説明した。
「恐らく全ての古代遺跡を稼働させなければ、これの本当の力は発動しない仕組みだ」
それを聞いて、オーバースが頷く。
「リンデンブルグ帝国はまだ無事ということか……」
「という事になる」
白い光のドームを見ていたフィリウスが、俺に聞いて来る。
「待てコハク」
「なんだ」
「我々のエクバドル王国と、リンデンブルグ以外は古代遺跡が稼働していると言ったな?」
「あの要塞の情報を読み取ったら、そうなっていた」
「……全大陸の都市が……こうなっているという事か?」
「そう言う事になるだろう」
それを聞いたマージが、ボソリと言う。
「やれやれ、大陸中の大都市が消滅したという事かね」
「ということになるな」
フィリウスがため息交じりに呟く。
「私のパルダーシュが滅びたよりも酷い……これでは草木一本も残らないだろう」
「ああ」
惨劇という言葉では言い表せないほどの、コロニー科学の脅威だった。遺跡を守って来た、都市の人間ともども消し去ったという事になる。
そこで、マージが言った。
「不幸中の幸いさね。コハクがいた事によって、エクバドル王都の人的被害は最小限に食い止められた。さらには、リンデンブルグ帝国も、まだ何とか持ちこたえていると言う事になるさね」
「ばあやのいう通りだ。青備えの鎧と、コハクの先読みが無ければ我々はひとたまりも無かった」
フィリウスの言葉にオーバースも頷く。
「その通りだ。コハクを司令官にしていなければ、どうなっていたかすら分らない」
俺は首を振る。
「いや。ここからだ。まだ脅威は去っていない、侵略者の対応もせねばならない」
マージが淡々と言う。
「こうなった以上は、もう王都は放棄せねばなるまいて」
《マージのいう通りです。今は、一刻も早くリンセコートに戻り基盤を固めることです》
そうか。
《それと並行しつつ、リンデンブルグへの援軍を送る必要があります》
俺は声をはった。
「みんな! 聞いてくれ!」
オーバースがもっと大きな、びりびりするような声で言う。
「傾注!!」
一同がシンとして、こちらに顔を向けてくれた。
「こうなれば、既に王都は機能しない。我々はこのまま東に向かい、我がリンセコート領まで行軍する。まだ、最後の古代遺跡が動いてない事は分かっている。青備えは部隊を再編成し、リンデンブルグ帝国へと出兵する。時は一刻を争うが、ここに馬は無く徒歩での行軍となる。ここからだと、リンセコートまでは丸四日。その間に、先に出た市民達に追いつきそうだ。彼らも慌てて出て行ったから、食料が枯渇しているかもしれん! 一番の問題は、食料と水の確保となる。この周辺で食料を確保できないか?」
すると、王都の騎士が手を上げる。
「少し、南に逸れますが、農業が盛んな村があります。そこで協力を仰ぐのはどうでしょう」
「よし。まずはそれに向けて動く、肉は俺達が魔獣を狩って回収しよう。すぐに出発だ」
「「「「「はい!」」」」」
皆が荷物を持ち、列になって南へと進み始める。自然豊かな光景が広がって、人の気配が無くなった。
《村が無事な可能性は高いです》
だな、荒らされた形跡はない。
半日歩き、既に陽が沈みかけたころ、俺達の視界に村が入って来る。
「あそこです!」
フィリウスが言う。
「大型の鎧と、四つ足のゴーレムにひかせている飛ぶ板は隠した方が良い」
「なぜだ?」
「村人が恐れる」
「わかった」
重機ロボットと四つ足のドローンを置き、俺とフィリウスとオーバースとクルエルが村へ入っていく。すると村に居た子供たちが、逃げるように家に逃げ込んでいった。
フィリウスが言う。
「それはそうなるだろう」
「こんな屈強な奴らが来たらな」
するとそこに、重機ロボットから出て来たメルナのアーンがやって来た。
「コハク! 怖がるから、私が言ってみるね!」
「だっぺ! ウチも人間ならまだ子供に見えるっぺ」
「頼む」
コンコン!
「こんにちはー!」
メルナが声をかけてみると、カチャリとちょっとだけ扉が開いた。
「あの。作物を少し分けてもらいたいんです。代わりに、体を直すお薬あげます」
「あなた方は?」
「私達は、避難民です。実は、王都が炎上して逃げる途中です。彼らは王都の騎士です」
「きっ、騎士様?」
「はい」
少し沈黙して、家から男が出て来た。
「村長のところへ行きましょう」
「ありがとう!」
そして男と一緒に村を歩き、少し大きな家に行ってノックをした。
「村長!」
すると口髭の生えた、痩せた老人が出て来た。
「な、なんじゃろうか?」
「王都の騎士様たちが、おいでなすったようだ」
「な、なんと!」
メルナが振り向くと、村長の目線がオーバースに向いた。
「こっ! これは! 将軍様でねーの!!」
「すまんな。実は助けてもらいたいのだ」
「は、入って下せえ!」
「すまん」
そして中に通され、オーバースが席に座り俺達は後ろに立った。
「ど、どうなさいました?」
オーバースは、真正直に王都で起きた事を洗いざらい喋る。
《信じるでしょうか?》
村長の反応は素直だった。
「それは大変な事ですじゃ! 国の一大事じゃな!」
「我々は平和を取り戻すために、行かねばならん。隣国は、酷い状況になってしまっているらしいのだ」
「わかりました!」
そこでメルナが言う。
「怪我を直す薬、いっぱい置いて行くから、野菜とか欲しいの!」
「わかりもした。出来るだけ、協力させていただきます」
それから村長と、一緒に来た村人が村中に声をかけてくれた。おかげで野菜を手に入れる事が出来た。代わりに、メルナが十数本の回復薬を差し出す。
「こないに、高価な物を」
「いいの。あとこれ」
メルナは自分の首に巻いていた、リンセのマフラーを差し出す。
「さっき居た、あの子に」
最初に声をかけた子供に、そのマフラーを渡した。子供は喜び、早速身に着けている。
「おねえちゃん、ありがとう!」
「他の子には無いんだけど」
そこで俺が言う。
「平和を取り戻したら、リンセコートから大量に運ぶと約束しよう」
「いやいや、そんなことは」
「大変な時に、協力をしてくれたお礼だ。それに、荷馬車まで用意してくれた」
「そんな事はありません。あ、ありがたいお言葉ですじゃ」
「では」
オーバースが丁寧に挨拶をし、みなで手を振って村人と別れた。
フィリウスが言う。
「オーバース様。我々が、ここで踏ん張らねば、あの村もいずれは滅びます」
「だなフィリウス。俺達はやり遂げねばならぬ」
「はい」
皆も深く頷いた。
道中、風来燕と俺やオーバースが魔獣を狩って肉を確保した。四つ足のドローンには未知の敵である、キメラマキナが闇魔法をかけられて括られている。さらに、四つ足ドローンに荷馬車を括りつけている。フライングボードにも作物がのせられていた。すぐに肉をさばいて、荷馬車に乗せ始める。
「フィラミウス。凍らせてくれ」
「わかりましたわ」
氷魔法で肉を凍らせ、腐敗を防ぐように対処した。夜間になり、四時間だけ休みを取る事にした。
「魔法師は率先して休め」
「見張りは」
「俺がやる。皆は寝ていい」
俺が言うと、オーバースが答える。
「なら半分ずつにしよう」
「いや。俺はひととき、眠れればいい」
アイドナによる、細胞レベルの休止で休みを取れる事は誰も知らない。俺の言葉に誰も疑いを持たず、オーバースも素直に頷いた。
「わかった。なら、一秒も無駄に出来んな」
そう言って皆が、休息をとる。魔獣の気配も無く、三時間後にオーバースがぱちりと目を覚ます。
「よし。変わろう」
「オーバースは寝れたか?」
「浅くな。コハクも休んでくれ」
《では、深眠状態に入ります》
カッと、一瞬で意識が遮断された。そして十分後きっかりにアイドナが覚醒させる。細胞レベルでの、休息のおかげで全開レベルで復活した。
「皆を起こす」
「だな」
オーバースが盾を持ち上げて、こん棒でガンガンとならすと、皆が目を覚まして動き出した。
「まず腹に何か入れろ!」
騎士達が焚火で肉を焼き、鉄の盾を裏返して、そこでお湯を沸かして芋を放り込んだ。もちろん塩気が無いので味はしないが、皆はだまって、魔獣の肉と芋を皮ごと齧る。
《騎士には騎士の知恵があるようです》
そのようだ。
食べ終わり、すぐに進軍を開始する。それから先に出た市民達に合流できたのは、二日後の事だった。シュトローマン伯爵領の、草原地帯を歩いてるところで追いつく。
「オブティスマ!」
「ど、どうしたのだ? オーバース! これは……」
オーバースが、王都の消失について説明をした。
「そうか……そんな事が……」
「市民達の食料はどうだ?」
「既に残り少ない。ここから二日は、ほぼ何も食わずに進むしかない」
「それは良かった。多少の食料を確保した。市民達に全部分けてくれ」
「おお。そうか! 助かる、市民達は疲弊している」
「我々騎士とは違うからな」
「ああ」
俺達はそこで休憩を取り、食事を市民達に配った。オーバースが、遅れて来た王都の騎士達に命じる。
「俺達は先に行く。市民達を無事に、リンセコート領に連れてきてほしい」
「「「「「は!」」」」」
「クルエルも頼めるか」
「任せろ」
そこで俺が言う。
「青備えを渡した精鋭は、一緒に来てくれ」
「ああ」
王都の青備えを着ている奴らは、戦力になるため連れて行く事にする。魔石が補助をしてくれるため、普通の騎士達よりも進行速度が速いからだ。
「これで、一日短縮できそうだ。休みなしで行こう」
「わかった」
さらに一日進むと、ようやくリンセコート領の森が見えてくるのだった。




