第三百八話 古代遺跡の起動に消える王都
大型の要塞のデータをくまなく確認し、あの改造エルフから聞いた事を、全てインプットしたうえで、アイドナが演算処理をした結果が出る。算出したのは、やはり、王都のシステムを起動させる事だった。その為には、王都に残った民を全て、避難させる必要があると判断する。
王都の騎士達と共に、次々にリンセコートに向けて、市民達が出発していった。
オーバースが、オブティスマに言う。
「オブティスマ! 市民達をよろしく頼むぞ!」
「もちろんだ。今の俺は、戦力にならんからな。それでも、市民は守る!」
腕が一本欠損してしまったので、オブティスマが自らその役割をかって出てくれた。
そしてフィリウスが、オブティスマに手紙を渡す。
「妹に、これを渡してください。話は、全て通してあります」
「わかりました。パルダーシュ辺境伯、確かにお預かりいたします」
そうして避難民を率いた、オブティスマが王都を出て行った。
「やるか」
王都の騎士は八割が市民の護衛で出て行ったので、残っているのは青備えの方が多い。俺は教会の地下から布に包んだ改造エルフを出し、四つ足ドローンにのせて運ぶ。運び込む先は、古代遺跡がある場所。王都の騎士達も捕らえた騎士達も、青備えやルドルフやラングバイまでも王都の外で待機させていた。
オーバースが俺に言う。
「どうなるだろうか?」
「わからん。だが、想定では、リンデンブルグの遺跡が動いてなければ、ここで完結はしないだろう」
「リンデンブルグの遺跡が動いているとなれば?」
「何らかの機能が発動する。だが、それはリンデンブルグ帝国が既に壊滅してる事を意味する」
「そうだな。遺跡が発動しているとなれば、リンデンブルグはやられたと考えるのが妥当か」
「そうなるだろう」
「憂鬱な話だ」
「ああ」
入り口には警護の騎士達がおり、俺達が来るのを見て入り口を開ける。
オーバースが王都の騎士達に言う。
「お前達も、リンセコート領に行った方が、安全だったかもしれんのにな」
すると騎士達が言う。
「将軍。それは違います。皆が残りたかったのに、我々が皆に選ばれてここに居るのです。むしろ、これは光栄な事なのです」
「ふふっ。そうかよ、お前らは根っからの王宮騎士なんだな」
「ありがとうございます」
クルエルとビルスタークとレイたち四人が、ガラバダの牢獄の警護についており、アーンの大型鎧とアラン、風来燕と、フィリウスが教会の地下を警護していた。システムを起動させて、万が一、サイバネティック・ヒューマン達が目覚めてしまった時に、封じこめるためだ。
遺跡に来ているのは、俺とオーバース、メルナと魔導書のマージ、そしてワイアンヌ。ワイアンヌは、四つ足のドローンをコントロールするために来てもらっている。中に入ると、文官が俺達に道を開けた。そこで、オーバースが大声で言う。
「全員! 速やかにこの地下古代遺跡から出るんだ! 外に出たら、騎士達と共に王都の外へ避難しろ! 外では青備え達が待っている!」
皆が急いで荷物を持ち、入り口から外に出て行った。
そして俺が言う。
「万が一は、王都が吹き飛ぶ。そうすれば、俺達の負けだ」
「だが、起動させねば、いずれにせよ終わりなのだろう?」
「オーバースと俺、賢者、パルダーシュ辺境伯に天工鍛冶師が全員吹き飛べば、大陸はあっというまに、奴らに支配されるだろう」
「もはや、選択肢がないのが辛いところだな」
「ああ」
そして四つ足のドローンに乗せた、改造エルフを見る。
「これが鍵か」
「ああ。まずはコイツに賭けるしかあるまい」
メルナもワイアンヌも、覚悟を決めた顔をしており強く頷いた。パネルの前に立ち、メルナに言う。
「エルフの闇魔法を解いてくれ」
「うん……」
改造エルフの闇魔法を解くと、ゆっくりと目を開けて俺達を見渡す。
「起動させる気になったみたいだな?」
それには、俺が答えた。
「ああ。侵略者とやらが来る前に、何とかしなければならないのだろう?」
「そうだ」
「で、どうすればいい?」
「私を、動力の最深部に連れて行けばいい」
俺が一度、入ったところ。あの縦穴に何の意味があるかと思えば、正真正銘の鍵穴だったという訳だ。
「わかった」
布一枚だけを纏ったエルフを連れて、俺が後ろを振り向く。
「なら、行って来る」
「いい結果になる事を祈ってる」
「コハク! 私も行く!」
俺は少し考えてメルナに言う。
「……そうだな。どうせ、同じことだ」
吹き飛んだときは、どこにいても同じだ。最後にと思えば、メルナを連れて行った方がいい。
《まるで、ノントリートメントのような考え方です》
なぜだろうな? そうしてやりたいんだ。
《非効率ですが、問題はありません》
そして俺はエルフに入り口を教え、そいつは穴に入っていく。俺が後ろをついて、メルナがその後ろをついて来た。縦穴になり、それを下へ下へと降りて行った。そして、生体動力の核の部屋へと出る。
エルフが言った。
「おお。ここが、そうか!」
「そうだ。だが、これが爆発すれば、都市が吹き飛ぶ」
しかしエルフが首を振る。
「破壊してしまっては、フィールドの発動がしない」
「それは、侵略者用の防護フィールドだな?」
「そうだ。私はそれを起動させる鍵だ」
「そうか……」
すると女のエルフは、うっとりした目で生体動力の核を見て言う。
「私は。これで、お役に立てる! 超越者様が、私に与えてくださった使命を全うできる!」
「どうするんだ?」
するとエルフは、するすると服を脱ぎ始めた。白くて細身の、女の体が晒される。そしてゆっくりと、生体動力の核に向かって近づいて行く。触れる前に、くるりと俺達の方を向いた。
「貴様らには、感謝せねばならないのかもしれない」
「どういうことだ?」
「数千年もこれを守り続け、今日の日を迎えられた。貴様らも、超越者様の使命を全うしたのだからな」
「……守るように仕向けられていた?」
「そうだ」
するとマージが言う。
「そう言う事かい……これで、辻褄があったようだね。わたしら人間は、たしかにこれらを守るようにして生きて来たからねえ……。結界石も、超越者の知恵だったんだろうねえ……」
エルフが言う。
「そうだ。素晴らしい創造主。お前達も、その仕組みの一部と言うわけなのだ」
「なるほどねえ」
「お前達の寿命は、たかだか百年。私は千年以上この時を待っていた……」
「この日のために、それほどの時間を?」
「ああ……幸せだ。私は、やっと役に立つことができる」
そう言って、恍惚とした表情をしながら、動力核に背中を持たれかけた。すると、動力核からスルスルと触手のような物が出て来て、パワードスーツと繋がっていた穴に入っていく。
「ああ……どうぞ……お役にたててくださいまし……」
次の瞬間、エルフの表情が消え動力と一緒に輝きだした。体の半分が動力に沈み、ほとんど一体化した状態になっていく。
ゴウンゴウンゴウンゴウン! と音を立てて、動力が活性化していく。俺はメルナを庇うように立ち、その光を見つめている。もう、眩しくて見ていられないほどになり、メルナを連れてそこを出た。
「出よう」
「うん」
俺達が縦穴に入ると、その光がついて来るように光り輝いている。急いでメルナの尻を押し、横穴に入って一気に外に出ると、オーバースが慌てていた。
「来たか!」
「何かあったか?」
「その板が光ってる」
操作パネルも光っており、どうやらそれも全て活性化しているようだった。
「ここを、出よう」
「わかった」
俺たちは、慌てて外に出て行く。そして墓地を出て離れるとき、ワイアンヌが言った。
「お館様! あれを!」
振り向けば、墓地全体が輝いていた。あそこに居たら、俺達も取り込まれていたかもしれない。だがそれは、まだゆっくりと拡大しており、墓地の外壁を乗り越えて迫って来る。
「これは……」
《動力が増強されています。更に範囲は拡大するかと》
「オーバース! クルエルのところに行き、闇魔法で封じたガラバダを連れて王都の外へ!」
「わかった!」
俺とメルナとワイアンヌが、急いで教会へと向かう。教会に飛び込むと、フィリウスと風来燕達が驚いた顔で迎えた。
「コハク!」
「フィリウス! すぐに都市を出る必要がある!」
「な、どうした?」
「説明している暇はない。ボルト! 未知の敵を運び出すぞ!」
「おう!」
俺達はキメラ・マキナの二人を、四つ足のドローンに積み込み、闇魔導士も連れて急いで教会を出た。既に光は更に拡大してきており、王都の中心を包み込んでしまっている。
「急げ! 拡大している!」
門に向けて、走れば正門は開いていた。横からオーバース達が、ガラバダを担いでやってくる。
「お館様! あれは?」
レイが聞いて来る。
「説明は後だ! とにかく走れ!」
俺達が正門を飛び出すと、皆が王都の方を見ていた。
「皆! とにかく、王都から離れるんだ!」
俺が言うと、皆が一目散に王都から離れていく。振り向けば、王都のほとんどが白光に包まれていた。
《どうやら拡大は止まったようです》
もともと、王都の外壁がその範囲だったのか?
《その可能性が高いです》
真白な光がドーム状になって、王都を包み込んでいた。それを見て、皆が呆然としている。
すると、アーンが言う。
「あれを見るっぺ!」
そのドームの頂上部分から天空に向けて、光の柱が立ち上っていく。それは雲を突き抜けて、更に上へと向かっていった。
これは……。
《コロニーと繋がった可能性が高いです》
ワームホールか?
《不明です》
だが、ここまで来てしまったら、もうどうする事も出来ない。俺達は、ただ呆然としてそれを見つめるしかなかった。すると背負子を背負っていたワイアンヌが、俺に言う。
「お館様。多分、円盤が震えています」
「なに?」
ワイアンヌが、背負子から超越者の金盤を出す。するとそれは、はっきりと震えていたのだった。




