第百九十三話 新たな領民
次の日。俺とメルナとマージは、オリハルコン湖で更に新しい武具を作成した。それらをソリで引きずって研究所に戻り、倉庫に収めたところでベントゥラが呼びに来る。
「待ってたぜ! 大変な事になってるぞ! 早く屋敷に!」
「何事だ?」
「すげえ沢山の人がやって来た」
「沢山の人?」
「そうだ。奥様がてんやわんやになってるぞ」
「わかった」
倉庫に鍵をかけて屋敷に行くと、身なりのあまり良くない百人くらいの人間が居た。ヴェルティカが俺を見つけると、慌てて駆けつけて来る。
「コハク!」
「なんだこの人らは?」
「入領希望者よ」
「うちの領にか?」
「そう。伯爵領の人達らしいのだけど、仕事をしたいと言っているわ」
「伯爵領で人集めは、してなかったはずだが?」
「噂になってるんですって! 仕事の人手を欲してるって聞いたって」
噂になっている……。
《噂の要因はいくらでもあります。ギルドからの話。装備屋や商人からの話。ドワーフが移住してきた話。そしてパルダーシュ辺境伯が来た話。ノントリートメントが意識共有かけられていないとはいえ、流石に話が出回ってくるでしょう》
どうするべきか?
《雇いあげて良いでしょう。我々は金銭の余裕もあり、やるべき仕事は山積しています》
そこで俺がヴェルティカに言う。
「雇おう」
「それはいいけど、住む場所がないわよ?」
《働きたいのなら野営をしてもらい、じきに賃金から徴収して屋敷を用意するのが良いかと》
そこで俺は、大勢の人間達に言う。
「聞いてくれ!」
人々が俺に集中する。
「領主のコハク・リンセコートだ。働く者には賃金を支払うが、あいにくこの周辺に住居がない。仕事はドワーフの里にある工場で行うんだが、直ぐには住宅を提供できないんだ!」
すると一人の女が言う。
「はい! 各自で天幕を持ってきました! 野宿する者もおります! 領主様がお許し下されば、ドワーフの里から南に行った所にある、川のほとりに住むことを、お許しいただけませんでしょうか?」
「夜に山猫が降りてくるかもしれん」
それを聞いて違う男が言った。
「自分らで見張ります! 灰狼は出るんですか?」
「出ない。この地は妖精に守られた地で、山猫くらいしかいないんだ」
「子供は連れてねえですので、山猫程度であれば見張りをたてます」
「川のほとりに住むことは自由にやってくれ」
そこでベントゥラが言う。
「野営か……盗賊が出ないとは限らねえぜ?」
だがそれに他の人が答える。
「浮浪者の俺達を襲う奴なんていねえ」
するとヴェルティカが首を振って言った。
「いいえ冒険者を雇いましょう。皆の働きからギルドに支払えばいいわ。働いてもらえれば、その資金くらいは捻出できるはず」
俺が来訪者達に言う。
「それでどうだ?」
「わ、私らのような根無し草の為に、冒険者を雇ってくださるんで?」
「そうよ。うちの領で働いてくれるというのだから、それを守る義務が領主にはあります!」
「わ、私らは、家も持っていないその日暮らしの者達です。守ってもらうような価値はねえ」
「いいえ、我が領で働いてくれるというのであれば立派な領民。領民を守らぬ領主など居ませんよ」
「りょ、領民……」
「よくぞ、噂を聞いて来てくれたわね。護衛もつけずに、峠越えは大変だったでしょう?」
「い、いえ……」
「怪我をした人とかいるのかしら?」
「いますが、じきに良くなるでしょう」
「何ですって? 怪我をした人はどこ?」
俺達が連れていかれると、足を怪我している人がいた。
「ベントゥラ。回復薬だ」
「あいよ」
俺は続けて言う。
「体調を崩している奴は?」
数名が手を挙げる。
「一か所に集まれ」
ベントゥラが戻ってきて、その人らに回復薬を渡す。
「こ、このような高価なもの! 金を持ってません!」
ヴェルティカが言う。
「それは、命がけでやって来てくれたお礼よ」
「な…なんと」
《貴重な労働力です。全て健康でいてもらった方が効率が良い》
「いつまでもその状態ではよくない。数日はかかるが、ドワーフの里の南に井戸を掘り、その周辺に住宅を用意する事にしよう。賃金から支払ってもらい、借りれるようにするがどうだ?」
「そ、そんな事をしてくださるのですか?」
「我が領の為に働いてくれるのならば、それ相応の準備をするつもりだ」
「わ、私達の素性も知らないのに?」
「働いてくれれば良し、働かなければ契約は終わり。特に素性などは問題ない」
「な、なんと」
そこでヴェルティカが尋ねた。
「皆さんは、シュトローマン伯爵領のどちらから来たの?」
「ひ、貧民街です。野宿をして生きていた者も少なくありません」
「なら衣食住を賄えるようにしないといけないわね。まずは、今日のごはんを用意します」
「えっ。め、飯を恵んでくださるんですかい?」
「恵むんじゃないわ。これから頑張ってもらうんだから、来てもらったお礼よ」
「な、なんと……」
すると百人くらいの集団が、しくしくと泣き始める。
なんで泣いているんだ?
《感銘を受けているようです》
働いてもらうのだから、労働力確保のために当然の事だがな。
「では、明日からリンセコート領の市民として働いてもらうぞ。それでいいか?」
「わ、私達が市民になれるんですか?」
「労働で返してくれ」
「「「「「はっははぁ!」」」」」
随分畏まってるな。
《男爵とは階級が違いすぎます》
同じ人間だがな。
《彼らにとっては違います》
するとそこに、リンセ狩りからボルト達が帰って来る。
「な、何事だい?」
「ボルト。炊き出しの準備を手伝ってくれ」
「わかった!」
「ガロロは、酒の樽を一つ持って来てくれ」
「おし!」
帰って来た風来燕達と一緒に、俺は炊き出しの準備を始める。男爵邸の前にでて、あっという間に屋台を作り、そこにヴェルティカや使用人達が食材や鍋を持って来た。離れた場所で火を焚いて、そこに鍋をかけていく。ヴェルティカと使用人が、やって来た女達と共に鍋を作った。それを椀に盛りつけながら、取りに来た人らに言う。
「器がそんなに無いの。だから皆で分けて食べて頂戴。なくなったら、おかわりを貰いに来て」
そして俺が、盃に酒を注いで言う。
「体が温まるぞ、飲みたい奴からこっちに来てくれ」
それを聞き、ぞろぞろと集まって来た。
「こっちも、そんなに盃がないんだ。ここに並んだ人は、ここで飲んでいってくれ」
最初の男が言う。
「な、なんでこんなに良くしてくださるんで?」
「何事も体が資本だからだ」
「俺達みたいな奴は、伯爵領では相手にされない、人間扱いもされていない。なのになぜ男爵様は、そんなに手厚くしてくださるのか」
「同じ人間だからだ。他に理由は無い」
「へ、へえ……」
皆がポカンとしていたが、能力に差こそあれ、皆が同じ人間である以上生きる権利はある。
《人として認められてこなかったのでしょう》
どう見ても人間だが?
《この世界に来たばかりのあなたは奴隷という物でした。それと同じ彼らは人として扱われてません》
アイドナとの会話をしていて、俺は不思議な感覚に陥っていた。前世では安全で、死ぬ危険性の少ないAI世界に生きていた。ノントリートメント達の暴力的な世界とは、一線を画した平和な世界だった。それなのに、俺が素粒子AIに意識の影響を受けないバクだと知られた瞬間、殺処分されるという運命をたどった。
それに比べたら、ここにいる貧しい人達は自分の意志でここに来ている。むしろ自由なのはどちらだろうと思う。なぜか俺は、ここに集まった人たちに共感を覚えてしまうのだった。




