第百六十八話 渡りに船の理解者
装備屋がリンセの毛皮を加工し、コートを作ってみたが一着作るのに十五頭分必要だった。作り方はアイドナが記憶し、ガロロも裁断や加工方法を覚える。そのコートを持ってヴェルティカの所に行ったが、ヴェルティカはあまりいい顔をしなかった。
「だめか?」
「無骨だわ。軍人が着るみたい」
「装備屋から作ってもらったからな」
「うーん。なんか王都で売ってるような、スマートな形にならないのかしら?」
「ヴェルティカの持っているコートはどうだ」
「私のは古臭いわ。私の部屋は魔獣襲撃で燃えて、お母様のを貰って来たのだから」
「なるほど」
するとマージが言う。
「あたしは見えてないからねえ。どんなものが出来上がったのやら」
「ばあや。売ろうと思うなら流行のデザインが大事よ」
「まあそうだろうねえ」
《この世界の流行をインプットしておくべきでした》
まだコートを着る季節じゃなかったから見ていないぞ。
《前世には流行はありませんでした。画一的なデザインで統一されておりましたので》
たしかに。皆が似たようなものを着ていたな。
《そもそも毛皮などは全面禁止です》
ああ、見たことがない。
《見ればコピーできるのですが》
なかなか思う通りにはいかないものだ。やる事は山積みで、男爵領の経済を活性化する道はなかなか果てしない。そう思っていたのだが、その課題を解決出来そうな奴が向こうの方からやって来た。
ドアがノックされ、メイドが来て言う。
「すみません。お館様に、お客様がお見えになっております」
「お客様? だれかしら? お隣のおば様?」
「いえ。男性がお二方」
「商人かしら? 応接にお通しして」
「はい」
メイドが出て行く。
「コハクは約束してた?」
「いや。ヤギ飼いか村長じゃないのか?」
「そうかもしれない」
「とりあえず客というからには、俺が出て行かないといけないだろう」
「一緒に行くわ」
俺達は急いで応接に行って、ドアをノックして開ける。するとそこには、知った顔が二人座っていた。俺達を見るとスッと立ち上がって、丁寧にあいさつをしてくる。
「やあ。久しぶりです。コハク」
「久しぶりだな!」
そこにいたのは、コートを着たリンデンブルグ帝国の王子ウィルリッヒ・フォン・リンデンブルグと、剣聖フロスト・スラ―ベルだった。
するとヴェルティカが慌てて、スカートを掴んで膝をついた。
「殿下! このような僻地へようこそおいでくださいました!」
「ああ。ヴェルティカ嬢…いえ、奥様! 畏まらないでいただきたい! 何卒、友好的に」
「大国の皇族様がいらっしゃっているのです。そのようなわけには」
「とにかくコハクは友人なのです。友人としてお話していただけないでしょうか」
俺もヴェルティカに言う。
「そう言ってくれているのだ。それでいいんじゃないか」
「コハク…」
今度はフロストが言う。
「そうですヴェルティカ様、殿下やコハク殿の言うとおりです」
「……わかりました。そうさせていただきますわ」
「ありがたい」
ようやく落ち着いて席に座る。そしてヴェルティカがウィルリッヒに尋ねる。
「恐れ入ります。殿下、突然のご訪問で何もお出迎えの準備は…」
「こっちが悪いのです。気軽にお願いします。ここには誰の目もありませんのでざっくばらんに」
「わかりました」
「それに奥様、殿下はおやめください。私の事はウィルとでもお呼びくださいませ」
「そのような」
「お願いいたします」
「では、ウィル。今日は何をしに?」
「いいですね! そんな話し方でおねがいします!」
「はい」
するとウィルリッヒとフロストが顔を合わせた。ウィルリッヒが少し真剣な顔をして言う。
「私はてっきり、もっと良い領地を下賜されているのかと思いましたよ」
「ここで充分ですわ」
「そうですか?」
「ええ」
「農業もそれほど盛んでは無さそうですが」
「この領地では麦と芋を作っておりますわ」
そこにドアがノックされ、メイドがお茶とお茶請けを持って来た。もちろん素朴な焼き菓子で、ヴェルティカが作った手作りである。お茶はパルダーシュから持ってきた物なので高級品だ。
「んん。いい香りだ。菓子も美味い!」
「お茶はパルダーシュから持って来たものです」
「いいですね」
二人はゆっくりとお茶をすすり、ほっと一息ついているようだが、まだ来訪の理由を言ってない。そこで俺は違う質問の仕方をする。
「馬車一台と御者一人、それと二人だけでこんなところへ?」
「むしろ。この方が良いんだ。誰も私が王子だとは思わない」
「で、なぜ来た?」
「まずは、コハクがどんな暮らしをしているのか見に来た」
「こんなもんだ」
「やはり国内の風当たりは強いようだ。貴族達は元奴隷に良い領地を渡さないんだな」
「こればかりは仕方がないようだ」
するとウィルリッヒとフロストが、また顔を合わせ声のトーンを変えて言う。
「コハク。奥方。どうでしょう? 我がリンデンブルグであれば、更に大きな領地…いえ公爵と同等の地位を用意すると言ったら、あなた方は私達の国においでいただけますか? 価値が分からぬ者に従っていても意味がないのでは?」
アイドナが言う。
《どうやら、あなたを自分達のもとに置きたいのでしょう》
メリットがないのにか。
《彼らはそうは思ってません》
ヴェルティカが何かを話しそうになったが、俺はヴェルティカを制して言う。
「いかない」
「なぜです?」
「メリットがない」
「「……」」
二人が黙る。そしてウィルリッヒが言う。
「メリット…ですか? 公爵と同等の地位は魅力じゃないと?」
「俺が行ってどうする?」
「どうする…」
するとフロストが笑い始めた。
「くっくっくっくっ! あーっはっはっはっ! だから言ったでしょう。無理に決まってますって!」
ウィルリッヒも口角を上げて笑っていた。
「まあ、分かってた事だ」
「まあ物は試しですからな!」
「もちろんそんなちっぽけな物じゃ、来てくれるとは思わないさ。それこそ国を差し出すぐらいじゃないとダメだと思ってた」
それを聞いてヴェルティカがあっけに取られて言った。
「そのような大それたお話をしに来たのですか?」
すると頭を下げてウィルリッヒが言う。
「申し訳ありませんでした。試すような真似をして、今のはほんの冗談としてお許しください。本当は他の理由で来たのです。ここからが本気の申し出ですがよろしいですか?」
俺とヴェルティカは顔を見合わせた。
お茶が冷めてしまったので、ヴェルティカは呼び鈴を鳴らす。
「すみません。あまりの事にお代わりの用意も忘れて」
「いえいえ、お気になさらずに」
「お茶を煎れ直してください」
「はい」
メイドがやってきてお茶を煎れ直す。二人がお茶を飲み改めて話をした。
「我が国としてではなく、リンデンブルグ家であれば、貴国の貴族の影響も我が国の貴族の影響も受けません。出来ましたら私達が優先的に貴殿らと取引させていただき、陰で後ろ盾する事をお許しいただけませんか? きっとコハクの事ですから、何か素晴らしいことを考えておるのでしょう?」
「大したことは考えていないが?」
「ふふっ。コハクにとっては大したことなくても、我々にとっては大きな脅威になりそうなんだ」
「俺は別に交渉の材料など無いぞ」
するとウィルリッヒが言う。
「そう言わずに」
なるほどな。本気だったか。
《そのようです》
そこで俺が言う。
「なら、あんたが着て来たそのコートと、俺が作ったコートを交換してくれ」
「へっ?」
「だから、コートを交換してほしいんだ」
「構いませんが」
するとヴェルティカが立ち上がって礼をする。
「少々おまちを」
そして俺達が作ったリンセのコートを持って来た。ウィルリッヒがコートを脱いで渡して来たので、俺がリンセのコートを代わりに渡してやる。
「これは…随分毛並みの良い。見た事の無いコートですね」
「試作品だ。そこから洗練させていくつもりだ」
「着ても?」
「どうぞ」
ウィルリッヒがリンセのコートを着る。そして目を大きく見開いた。
「凄い! 温かい! 発熱しているのかいこれは!」
「そうだ」
「我がリンデンブルグの冬は寒いからね、これはいい!」
「気に入ってもらえたかな?」
「良いよ!」
そこでヴェルティカが言った。
「装備屋に作らせていて、そこに優先的に卸しています。その店を通じて貿易をすることは可能でしょうか? 貴国とのお取引が可能となれば、装備屋をこの領地に招き入れる事が出来るのです」
「えっ!いいのですか! こんなすごいのに?」
「もちろんですわ。国内ではやっかみや利権などが絡みますが、店を介しての貴国との裏取引なら何も問題にならないです」
「喜んでそうさせていただきます。コハクとのパイプが出来るのでしたらと思っていましたが、これなら我々にも大きな利益が出ます」
「ただ、着ていただいて分かると思うのですが、これは非常に希少な物で高額になりそうなのです」
「ご心配なさらず、わが国にも金持ちは大勢おりますよ。これを王家が独占して輸入すれば、それはもう良い結果が生まれるでしょう」
そして俺は言う。
「正直な所。ここだけの話にしてほしい。それに俺は、エクバドル王国でもリンデンブルグ帝国でもなんでもいい。我が領に利益をもたらすのならば、どことでも取引をする」
ウィルリッヒもフロストもニヤリと笑う。
「そう言うと思いました」
「睨んだ通りでしたな」
「どういう事だ? まるで予想していたようだが」
フロストが言う。
「いやいや、そんな大したもんじゃないよ。ただ国なんて物を出しても、コハクには小さすぎるだろうと話していたんだ。我々はコハクにもっと大きなものを見たんだよ。その価値が分るものは、なかなかいないだろう。恐らく、この国でそれに気が付いている人は、オーバース将軍くらいだろうね」
ヴェルティカの口角が薄っすらと上がっている。
「お目が高い。やはり分かる方には分かるようですね。それではこれからの、秘密のお取引に関してのお話をしてまいりましょうか? リンデンブルグという大国であれば、商売の話も大きくなります」
「流石は奥様、分かってくださいましたか」
「そうでなければ、このような田舎の男爵領にお忍びではいらっしゃらないでしょう?」
「ありがとうございます」
そしてそれから、リンデンブルグ王族と田舎男爵の秘密会談が行われるのだった。




