第百五十九日 男爵領での初日
王宮からの使いに案内されて到着した男爵邸は、想像していたよりもかなり汚かった。この土地より東には道はなく、山々があるだけで宿場も無い。なので王宮の使者達も早々に帰っていった。
ヴェルティカが言う。
「ボロボロね」
「だが穴は開いてない」
「まあ、そうね。贅沢は言わないわ」
「お嬢様…いくらなんでもこれは」
するとヴェルティカが腕まくりをし始めて、使用人達に言った。
「いいの! さあ! 皆で掃除するわよ!」
「「「「「はい!」」」」」
ヴェルティカの号令で、使用人と風来燕、俺とメルナも掃除をし始める。
ここは一度、取り潰しとなった男爵領で、シュトローマン伯爵の管轄になっていた。ほったらかしにされていたらしく、領民もそう多くはない。もちろんこの男爵邸もほったらかしにされていて、荒れまくっているのだった。
「井戸はどこかしら?」
すると使用人が言う。
「お嬢様! こちらです!」
ボロボロの櫓が汲まれ、木で蓋をされている井戸があった。俺がそこに行って木の蓋を取り去る。
ぴちょん!
「水はあるようだ」
するとボルトが言った。
「ベントゥラ! 桶を荷物から持って来てくれ!」
「あいよ!」
「さて。壊れた櫓を治すとすっか! ガロロ! 木を切りに行こう!」
「そうじゃな! 幸いにも山はすぐそこじゃ!」
そうして、ボルトとガロロが山に向かっていった。
俺が井戸を覗く。
《底に泥やゴミが沈んでいるようです》
「ヴェルティカ。井戸の底が汚れている」
「ずっと、使われていなかったみたいだから」
そこにベントゥラが戻って来た。
「桶持って来たぜ」
「よし、それを縄でつないでくれ」
「どうすんだい?」
「俺が潜って底をさらう、ベントゥラは上でそれを取ってくれ」
「あいよ」
俺は服を脱ぎ下着一枚になった。メイド達が俺を見て目を逸らす。
ベントゥラが言った。
「すっげえいい体してんなあ」
「そうか? とりあえず頼んだぞ」
そして俺はすぐに井戸の中に飛び込んだ。
ドボン!
すると足がずぶずぶと沈み込む。
「下ろせ!」
上から桶が落ちて来て、俺はそれを下の泥に潜らせた。
「上げろ!」
スルスルと桶が上がっていく。そして空になった桶がまた落ちて来た。俺は再び泥をすくい上にあげてもらう。それを何十回も続けていると、ようやく硬い床が足についた。
「もう少しだ!」
「あいよ!」
ボルトの声だった。どうやら彼らも戻ってきたらしい。俺が何度かやっていると、いよいよ泥が無くなった。
「よし! 綺麗になった!」
するとボルトが言う。
「賢者様が浄化するとよ! メルナを降ろしてやる!」
「わかった!」
メルナが桶の縄につかまってスルスルと下りて来た。下着姿になっており、濡れても良いようにしているみたいだ。とりあえず俺はメルナを肩車して上に言う。
「いいぞ!」
すると上からマージが言った。
「メルナや、さっき教えた浄化魔法を詠唱しな」
「清き水よ、汚れを洗い流し、生命を蘇らせよ!」
シャアアン!と光り輝き、水が透明になっていく。すっかり綺麗になったところで俺が言う。
「綺麗になった!」
「それで飲めるさね」
「よし。じゃあ! メルナを上げてくれ!」
「あいよ!」
メルナが綱につかまりスルスルと上がっていく。そしてまた桶が下りて来たので俺が綱につかまった。
「頼む」
「よっしゃ」
俺が地上に出ると、皆が水を汲み始めタライに移して運んで行った。男達は敷地内の草刈りをしており、さっきよりだいぶマシになっている。
するとボルトが言う。
「馬を入れなきゃならねえが、馬小屋も汚ねえんだ」
「なら掃除しよう」
俺達は水を汲み、何度も往復して馬小屋に水を撒いて行く。それをパルダーシュから持って来たブラシで掻きだし、馬小屋を磨いた。馬は馬車から外され、ベントゥラとガロロが一頭一頭連れて来る。
「餌がいるなあ」
「なるほど。餌は何処にあるだろう」
「干し草でいいと思うが、村人に聞いてみるしかねえな」
「わかった」
そして俺はヴェルティカの所に行って、干し草の事を伝えた。
「あ、それじゃあご挨拶もあるので、私も行くわ」
「わかった」
俺とヴェルティカが、見える先の家に向かって歩き始める。来るときもポツリポツリいた人々が頭を下げていたが、まだ正式に挨拶はしていなかった。
「こんにちはー」
ヴェルティカが挨拶すると、中年の女が出て来る。
「こ、これはこれは! 領主様!」
「すみません。挨拶もきちんと終わっていないのに」
「いえいえ! どうなさいました!」
「干し草を売っていただける所をご存知?」
「それなら、牧場をやっているカパルラのところですねえ」
「どこかしら?」
「それでしたらご案内いたします」
村民は俺達を連れて、村はずれの方に向かった。するとヤギのような動物を飼っている牧場に到着する。その牧場に入りしばらく行くと、ヤギを撫でている老人がいた。
「カパルラ! 新しい領主様が来たよ!」
「こ、これはこれは、こんな下々のところまでよく」
「すみません。馬の餌が欲しくて、干し草を売ってもらえないかしら」
「干し草でごぜえますか。それならいくらでもありますが」
それを聞いてヴェルティカが言った。
「あの。可能ならば、お手当を出しますので、こちらで当家の馬の面倒を見ていただけないかしら?」
「男爵様の! そんな畏れ多い!」
「いいのです。馬も狭苦しいところに追いやられるより、こんな広々とした牧場で飼っていただいた方が喜びます」
「だ、男爵様がそれでよろしいのであれば」
それに俺が答えた。
「よろしくおねがいする」
「わ、わかりやした」
そこでヴェルティカが懐から財布を取り出し、農夫のカパルラに銀貨三枚を出した。
「は! こ、こんなにいただけやせん!」
「馬の面倒を見ていただくというのですから、当面のお金は必要です」
すると案内してくれた女と、カパルラが顔を見合わせる。
「なぜ、お金をいただけるのです? わたしらは、男爵領の人間です。言われたとおりの事をするのは当たり前のことで、わたしらが税を納めるならいざ知らず、なぜ男爵様からお金をもらうのですか?」
「えっ? 前はそうだったの?」
「はい。シュトローマン伯爵様の方針で、貴族様に奉仕をするのは当たり前だと聞いとります」
「それはおかしいわ。やっていただいた事には対価を払うのが当然の事、一方的に貴族が奉仕されるなんてことは無いです」
「「えっ!」」
「とにかく。お金は受け取ってください。そして馬は後で引き取りに来ていただけますか?」
「わかりやした。伺います!」
そうして俺達は牧場を出た。中年の女も不思議そうにしているが、ヴェルティカが女に言った。
「一度、領民を集めてお話したほうが良さそうです。今日は男爵邸のお掃除で手が離せないので、明日村長の所にご案内いただけないでしょうか?」
「わかりました! それでは明日」
「よろしかったらこれを」
ヴェルティカは来るときに持って来た、腐食防止の葉っぱにくるんだ干し肉を渡す。
「そ、そんな。何もやっていないのにいただけません」
「あ、何でもない干し肉です」
「そんな御馳走を」
「大したものじゃないですから」
女にそれを渡し、俺達は男爵邸に向かう。女はいつまでもお辞儀をし、俺達を見送っていた。
ヴェルティカが言う。
「何かしら。この領民は、対価を受け取らないようになっているみたい」
「伯爵の方針とか言っていたな」
「なるほど……」
俺達が男爵邸に到着すると、草むしりはあらかた終わり山積みにしてあった。男達も掃除のために、屋敷の外装を磨いているところだ。俺も桶に水を汲み、それを持って壁際に行く。
ボルトが俺に聞いた。
「村人はどうだった?」
「馬を預ってくれると言っていた」
「おお、良い村人だな」
「銀貨三枚を渡したら、やけに驚いていた」
「ふーん。そうなんだな」
そしてカパルラが馬を引き取りに来て、使用人数人と共に出て行った。
俺達が掃除を終える頃、日が落ちて暗くなる。使用人達が急いで食事を用意し始め、俺達は男爵領での一日目を終えるのだった。
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