第百三十六話 冒険者でにぎわう街へ
治療薬素材を収集するにあたって、マージが描いた国内の素材マップ。マージが長い年月をかけて足で稼いだ情報だが、これをパルダーシュの為にフィリウスに託していくのだという。
そして現地の状況が当時と変わっていないか、新しい魔獣などが発生していないかを、俺とメルナと風来燕の四人で探っていく事になったのだ。確認しないと、一般の騎士を送り込むわけにはいかないのである。パルダーシュの一般騎士達は、能力的に長時間の強化鎧の使用に耐えられないのだ。
《この世界に来てからの経験で、様々な情報を得てきました。ですがまだブラックボックスと呼ぶべきものがあります。特に前世には無かった、魔獣、魔力、魔法に関しての情報が不足しているようです。それらは強化鎧の調整にも重要なファクターとなっており、あなたが言う自由に生きたいという希望を実現する為にも、更なる収集をする必要があります》
王都の龍は腹の中に入った時に、細胞の収集はできたんだろ?
《はい。あれは、今まで狩って来た魔獣とは根本的にDNA構造が違いました》
通常の魔獣とは違う…か。
《全く違うものです。不自然なDNA配列が見受けられました》
似ていて非なるもの。
《そうです。野にいる魔獣は直ぐに崩壊しませんが、あれは直ぐに灰になります。よって食用にも素材にもならないようです》
ギルドがせっかく集めたのにな。王都の魔獣達は数時間、少なくとも次の日には灰になっていた。
《しかも他の有機物を燃やした灰と、構造的になんら変わりませんでした》
不思議なものだ。後は、王都の地下の古代遺跡か。
《ほとんど解析が終わっているのですが、なぜ心臓部に有機物質があるのか不明です》
心臓みたいに鼓動してたんだろう?
《はい。それを動力源として使っているようでした》
まるで、素粒子AIだな。
《大きな意味合いでは似ています》
俺は走る幌馬車の中でアイドナと問答をしていた。すると目の前に座っているガロロが言う。
「なんじゃコハク。おぬしは、ちょいちょい物思いにふけよるな」
「考え事をしているんだ」
「なーんも考えてないような顔をしておるのじゃがな」
するとベントゥラが笑う。
「おいガロロ、そいつは失礼だぜ。こんなすげえ鎧を作るんだ、めちゃくちゃ考えてるに決まってる」
そう言って荷台に積んである全員の強化鎧を指さした。幌馬車の最後部では、フィラミウスとメルナが足を出してぶらぶらさせている。周りの風景を楽しんでおり、時々平和な笑いが起きていた。
よかった。メルナと初めて会った奴隷商では、俺にも噛みつきそうだったが、こうして俺以外の人とも仲良く話が出来るようになった。
《奴隷と虐げられていましたから、他の人も暴力を振るうと思い込んでいたのでしょう。ですが風来燕を、信頼に値すると判断したのです》
ノントリートメントは時間がかかるんだな。
《意識共有が出来ていないからです》
なるほど。
前で馬を操っているボルトが言った。
「おい。都市が見えて来たぞ、ひさしぶりだなあ」
俺達は北にある巨峰、リバンレイ山の東側にある都市に向かっていた。天を突くかのようなリバンレイ山の麓に位置しており、魔獣狩りの冒険者で賑わう都市だ。冒険者達は、ここを拠点として険しいリバンレイに入山し、魔獣狩りや素材収拾を行うのである。
するとボルトが言う。
「そういや。俺達がこの都市からパルダーシュに行った折に、コハク達と出会ったんだったな」
「あの時は助かった」
「そう言えば、コハクとお嬢様とメルナはリバンレイの山中に飛ばされたんだっけ?」
「そうだ」
「良くぞ装備も無く、生きて帰って来れたもんだ。まあ…今となってはコハクの実力を知っているから、不思議じゃないがな。あの時は半分嘘じゃないかって思ってた」
「嘘じゃない」
「分かってるって。あの時の商人の所に行くぞ」
「わかった。商人にはヴェルティカから、御礼を渡してくれと言われている」
「おっさん喜ぶぜ」
「そうか」
リバンレイ山の東の麓にあるカロス市。パルダーシュほどではないが、そこそこ大きな町だった。都市の門につくと、風来燕達は顔見知りのようで少し話し込んでいる。
そしてボルトが帰って来て、再び都市の中に向けて馬車を走らせた。
「ずいぶん賑やかだな」
「さっき門番から聞いたんだが、最近はパルダーシュでいっぱい買ってくれるから、なかなかに賑わってるんだってよ」
「そうか。物資がパルダーシュに流れているのか」
「そういうこった」
大きな建物の前に到着したので、皆と一緒に俺とメルナも馬車を降りる。ガロロは馬と馬車を見ておく為に残るらしい。放っておけば、物が無くなったりするんだそうだ。
「旦那ぁ! いるかい?」
すると中に居た、使用人風の女があいさつした。
「あ、ボルトさん。ちょっと待っててください」
「あいよ」
しばらくすると、店の奥からあの時の商人が現れる。俺を見て、びっくりしたような顔をして声をかけてくれた。
「あの時の黒目黒髪の青年じゃないか! よくぞ無事でいてくれたね!」
「あんたに助けてもらったおかげだ」
「大したことはしていないよ」
そして俺は、懐から金の入った袋を取り出して商人に渡した。
「これを受け取ってくれ」
「これはなんだい?」
「あの時のお礼だ」
すると商人が袋を開けて目を丸くする。
「こ、こんな大金?」
「あの時、一緒に居た子が持って行けと言った」
「ああ、あの子も元気なのかい?」
「元気だ」
「だけど、こんなに…」
すると俺の代わりにボルトが言った。
「あのお嬢様は、本当に辺境伯の御令嬢だ。命を助けてくれたお礼にというやつだからな、旦那は黙って受け取ってくれりゃいいんだよ」
「そ、そうかい?」
「その代わりと言っちゃなんだが、馬車の預かりと宿を工面してくれよ」
「お安い御用だ。馬車はうちで預かるし、倉庫の上の離れを利用してくれていいよ。宿屋じゃないから食事は出ないが、ボルト達は安い店を知っているだろ?」
「食いもんは大丈夫だ」
俺達が商人について行くと、倉庫の上に上がる階段が見えた。俺達がその階段を上がって扉を開けると、そこに宿泊できるようなスペースがあった。簡易なベッドや寝袋が置いてあり、それを見てボルトが言う。
「ひっさびさだなあ」
どうやらボルト達はここに来た事があるようだ。そしてフィラミウスが言う。
「メルナちゃんと私はベッド。皆は寝袋でお願いね」
「へいへい」
そして主人がボルトに鍵を渡す。
「鍵だよ」
「すまねえ」
「じゃ、自由にしておくれ。わしは仕事の途中だから、後で顔を出してくれるといい」
「ああ。適当にここを掃除して、俺達の荷物を運び込ませてもらうよ。そんなに長居はしねえが、よろしく頼むよ」
「まあ必要なだけいればいい」
「取れた素材はおすそ分けするから」
「まいど」
そう言って商人が出て行った。
「んじゃ俺達の荷物を運ぶか」
「じゃ、私とメルナちゃんは掃除ね」
俺達が馬車に戻り、ガロロとともに全ての荷物を運ぶ。
すると窓からバッ! と埃が出て来た。どうやら古代遺跡の時のように、風魔法で埃を外に出したようだ。窓からフィラミウスが顔を出して言う。
「ちょっとまってね」
次にバシャっと水が飛び散り、その後でぼーっ!と風が吹いた。
「乾いたわ。運び込んで」
俺達が部屋に戻ると中が綺麗になっている。強化鎧が一番かさばるので、角にまとめておいた。
すると今度は、メルナが持っているマージが言う。
「メルナや。光を灯しておやり」
「うん」
そしてメルナが魔法の杖を持って言う。
「ここに星の光を宿せ」
すると天井にふわふわと光の玉が浮かび上がった。室内が明るく照らされ、フィラミウスがそれを見て言う。
「あら。素敵な魔法だわ」
「へへへ」
するとマージが言う。
「時間がある時に教えてあげるさね。さあ、まだ休めないよ! ギルドにおいき!」
「賢者様は、なかなかに人使いが荒い」
「なーに言ってんだい。あたしが現役の頃は、寝ずに走り回ったってもんだ」
「わかりやした。んじゃギルドで依頼内容を確認したら、飯にしようぜ!」
「「「「「おう」」」」」
俺達は部屋に鍵をかけて、カロス市のギルドへと足を運ぶのだった。




