第百三十五話 結婚式までにやる事
王都襲撃騒動の後処理の途中だったが、俺達は急ぎパルダーシュの領地に戻って来た。
王からは俺だけが王都残留をと願われたが、フィリウスがどうしてもヴェルティカと俺の結婚式を挙げなければならないと、頑なに嘆願したのだ。実際のところ王都よりもパルダーシュの方が状況は深刻なので、いち早く戻って統治しなければならないという事情もある。
それにもまして市民の落ち込んでいる気持ちを、令嬢のおめでたい挙式を行う事で晴らそうという理由もあるようだ。辺境伯令嬢の結婚式ともなれば、各地から人が訪れて経済が潤うだろうという勘定もあるらしい。
フィリウスがそれを王に伝えると、王覧武闘試合の報酬など及びもしないほどの報酬が出た。挙式には各地の貴族達が祝い金や祝いの品を持ってくるが、それに対して返礼をする必要があるらしく、その褒賞で充分に賄えるようにと王が取り計らったらしい。もちろん王家からの祝いも届くようで、かなり盛大な挙式となると予想された。
再建築中の辺境伯城の執務室で、ビルスタークがフィリウスに言う。
「お館様。これで復興ムードに拍車がかかりますね」
「そうさせてもらうつもりだ。コハクが授かる領地も決まっていないのだし、私の大切な妹が嫁ぐというのであるからな、この城で盛大な挙式を挙げてやりたいのだ」
「はい。幼少の頃から見て来たヴェルティカ様が嫁ぐのですから、それは我々とて同じこと。それにもまして、その嫁ぐ相手がこのコハクです。それは複雑な心境でございますよ」
「まったく…やってくれたよな。コハク」
こういう時は、どう答えたらいいんだ?
《必ず幸せにします》
「必ず幸せにします」
「してもらわねば困る。私の妹を泣かせてみろ。我々の命に代えてもお前を討ち取るぞ。それが敵わねば、末代にわたって呪ってやる」
するとビルスタークも言う。
「それはそうだ。俺の命に代えてもお前を斬る」
なんでこいつらが俺を殺すんだ?
《ノントリートメントとは不思議なものです。それも本気なので驚きです》
本気?
《そのようですが、泣かせなければ良いのです》
「泣かせなければいいんだな?」
「それが最低条件だ」
「わかった」
不思議な空気が流れた所に、ヴェルティカとメルナがやって来た。
「あら失礼いたしました。なにか大事なお話でもしてましたか?」
「いや。こちらの話だ」
「そうですよ。お嬢様」
そしてメルナが持っているマージが言った。
「挙式を挙げるとなれば、とにかく辺境伯城を急速に復活させねばのう。フィリウスや、周辺の村や都市へは通達しているのであろう?」
「ああ、ばあや。じきに大工や左官が大勢やってくるよ」
「うむ。辺境伯の挙式となれば、国中から貴族がやって来るだろうからねえ。おもてなしの準備も大変さね」
「心得ております」
「とにかく宣伝にコハクを使う事だ。王覧武闘試合の優勝者にして、王都救出の立役者だ。それこそコハクを目的に集まって来るだろうからね、辺境伯領復興の起爆剤になってもらわにゃらなんじゃろ?」
「ええ。私の妹を連れて行くのですから、それこそきっちりと働いてもらうよ。コハク」
「なあコハク、お前もそのつもりで頑張るのじゃ」
「分かっている」
するとヴェルティカが少し怒ったように言った。
「ちょっと! 私の未来の旦那様を道化のように言わないでよ! お兄様もばあやも!」
するとフィリウスがガクリと肩を落として言う。
「だ、旦那様ぁ…うう…」
「そうよ。私の旦那様になるのよ、ねえ? コハク」
「そう言う事になる」
「くっ! そ、それでヴェル、なに用だ!」
「あ、風来燕がコハクに用があるらしいわ」
俺がフィリウスを見る。
「行っていい。それもコハクの大事な仕事だからな」
「行って来る」
ヴェルティカとメルナに連れ出され、俺は難しい顔をしたフィリウスとビルスタークが居る執務室を後にする。
ヴェルティカが俺に言った。
「お兄様達から何か言われていたんでしょ?」
「ヴェルティカを泣かせたら殺すそうだ」
「まあ! そんな事言われてたの! まったく!」
「幸せにするから問題ない」
「えっ…ははっ…まあ、あの、よろしくお願いします」
「ああ」
ここはここで微妙な空気が流れた。なぜか、それからヴェルティカが話さなくなり、メルナが楽しそうに話始める。
「ヴェルとコハクと一緒に暮らすのかぁ…うふふ」
「妹だから当然だ」
「えへへ」
「まだ少し先だけどな」
「結婚式するんでしょ!」
すると顔を赤らめたヴェルティカが答える。
「お兄様が、盛大に挙げてくれるらしいわ」
「楽しみ!」
俺達が歩く破壊された屋敷のあちこちに足場があり、大工がこちらを見ている。
仕事の手が止まっているな。
《あなたがめずらしいのです》
王覧試合で優勝したのが凄い事なのか?
《それだけではないでしょうが、出て行った時は使用人だったのに、戻ってきたら男爵になっていたという話は、普通ではありえない事なのだと思います》
なるほどな。
階段を下りてエントランスに行くと、風来燕の連中がいた。ボルトが俺に手を上げて言う。
「コハク! 挙式までの事について話に来た」
するとフィラミウスがボルトに言う。
「とかなんとか言っちゃって、結婚する前までになんとかお嬢様を見ておきたいと思ってるんでしょ」
「バカ野郎。コハク男爵の奥方様になるお方だぞ、俺にそんな下心あるわけねえだろが」
「ふーん」
ボルトがヴェルティカに言った。
「お嬢様、本当にないですから。ご安心下せえ」
「分かってますよ」
「それで…、コハクは今やってる仕事って何かあるのかい?」
「特には無い。全て周りの人達がしてくれている」
「なら暇してんだな?」
「まあそう言う事になる」
「んじゃあ、冒険者達を助けてやってくれねえかな?」
「冒険者を助ける?」
「ほら、あの薬だよ。王都で作った薬。あれはコハクが居ねえと作れねえんだろ」
「魔法陣が俺しか書けんというだけだ」
そしてマージが言った。
「王都のギルドから素材は持って来たからねえ、効能にランクをつけて数種類の回復薬を作ろうと言う事になったんじゃ」
「ランクをつける意味はなんだ?」
「あの時みたいに、ふんだんに素材が使えないのさ。だからあの素材を全て使って作るんじゃなくて、パルダーシュでも準備できる素材で作れないかと思ってねえ。あの魔法陣が素材によってどれだけ変わって来るのかを見ておきたいんだ。もちろんあの最高の青い回復薬は、貴族に高値で売りつけようと思っているけどね」
「魔法陣を書けばいいのか?」
「それだけじゃないねえ。パルダーシュの冒険者が、必要な素材を取れるようにしたいのさ。王都ギルドからもらって来た素材が終わっちまったら、弱い効能の薬しか作れなくなっちまう。そこであたしがギルドに素材収集を頼んだんだけど、冒険者達が容易に行けないところが何カ所かあるのさ。そこを攻略できるように、危ない魔獣を狩ったり様子を見に行きたいんだよ」
するとヴェルティカが言う。
「ばあや。あまりコハクに危険な真似はさせないで」
「ヴェルや。コハクはエンシャント級の龍を倒したんだよ。この周辺にあんな化物はいないし、どんな奴が出て来てもコハクなら撃破できる。もちろんその為に、強化鎧も改修するんだよ。それを残った騎士分作って、そいつらを連れて危険地帯に行ってもらうのさ」
「でも」
俺がヴェルティカに言った。
「ヴェルティカ。大丈夫だ」
「あたしとメルナは二人一組さね。結婚したら、あたしもあんたらについて行くんだよ。だからそれまでに、出来るだけのレシピはフィリウスに残していくさ。魔法陣はコハクにしか書けないだろうが、その魔法陣の簡易版を、出ていくまでにあたしとコハクで作るんだよ」
「ばあやも嫁ぎ先に来てくれるの?」
「もちろんさね。あとは、この風来燕達もいっしょさね」
「そうなの?」
「へへっ! ここまで来たら、コハクがどんなふうになるのか見てみたいんでさぁ」
「あなたは、お嬢様について行きたいだけでしょ」
「ちがうって! 本当にコハクがどうなるか見てみたい、そりゃフィラミウスもガロロもベントゥラも言ってたろ!」
「もちろんよ」
そしてボルトが俺に言う。
「つうことだ。ここらの冒険者達には恩もあるしな。なんとか置き土産してやりてえのさ」
なるほど、こいつらはこいつらで出て言った後の事を考えているようだ。
《ノントリートメントは不思議な考え方をするようです》
だがなんとなくしっくりくるぞ。
《そうなのですか? ノントリートメントの影響を受けているのでしょうか?》
わからん。
俺の遺伝子には素粒子AIが組み込まれている。だから本来はノントリートメントとは違う生物と言ってもいい。それなのに、この人達が言っている事がなんとなく理解できるような気がする。
《共存というものなのでしょう。一人では生きていけないノントリートメントの知恵です》
アイドナはそう分析しているが、俺の奥底ではそれとは違うものを感じていた。ただの理屈では計り知れないものが、ノントリートメントにはあるような気がするのだ。
そして俺はボルトに言う。
「それじゃあ、計画を立てるとしよう」
「よっしゃ! なら賢者様。必要な素材と地域を地図に記してくれますか?」
「そうしようじゃないか」
するとヴェルティカが言う。
「では執務室はお兄様たちが使っておりますので、兵舎にでも行ってお話しましょう」
俺達は城を出て、今はあまり使っていない騎士の兵舎へと向かうのだった。




