第百三十四話 一連の騒動に決着
俺達が作った青い回復薬は王都全域にばら撒かれ、より多くの人の命が救われた。だがそのことで、俺は再び王に呼び出されることになる。緊急対策の為に集められた大臣達も全員いて、再び俺の処遇についての話がなされたのだった。
「コハクよ」
「はい」
「流石にお主に何の褒賞も出さぬというのは、国として示しがつかんようになった。お前が望む物を言うが良い」
どうする? 自由が欲しいというか?
《漠然としていて納得しないでしょう》
だが俺が欲しいのは自由だ。
《トークスクリプトを発動、どのような条件が引き出せるのか確認します》
「何かが欲しくてやった訳ではございませんが、国として示しがつかないというのであれば、ありがたくご厚意に預りましょう。ですが元は奴隷として買われた身であり、どのようなものがいただけるのかの見当もつきません。この場合どのように答えたらいいのかも、正直に申し上げますと分らないのでございます」
「なんと謙虚な。何でもよい、財宝、金、爵位と領地、伴侶、既に大臣達も、そのくらい与えねばならないと満場一致で意見が決まっておる。二つでも三つでも良いぞ、言うてみよ」
《分かりました。ここにいる者全員が、あなたに対し怖れを抱いております。自分達で管理できる範疇を超えている事を認識しているようです。自由を得たいのであれば答えは決まっています》
なんと言う?
《爵位と領地、それと伴侶です》
そう答えればいいのか?
《そうです》
「それでは恐れながら申し上げます。爵位と領地、そして伴侶を頂きたく思います」
「うむ。それが一番妥当であると、我々も話し合いで出ておる。本来ならば奴隷が爵位などはあり得んのだが、すでにコハクには騎士爵を授けておる。他の貴族の手前もあるが、コハクには男爵位が妥当だと思うのだがどうだ? 今回の魔獣襲来の折に、死んでしまった貴族も多いのじゃ。土地を統治する者が居なくなった領地がある。国としてはそこを管理してもらえれば、ありがたい話なのではあるがな」
どうする?
《受けて良いかと》
「では喜んでお受けいたします」
「そうかそうか! それは良かった! 受けてくれるのか!」
「はい、謹んで」
「うむ。それと伴侶じゃが、男爵となると、もらい受ける娘の立場も町娘という訳にはいくまいて。それは貴族達との話もある、見つかるまでは待ってもらうしかあるまい」
どう答える?
《一択です。『ヴェルティカを』と言ってください。辺境伯の令嬢であれば、なにかと便宜を図ってもらえるでしょうし、政略的にも非常に都合が良いです》
ヴェルティカ? 嫌がるだろう? 俺は奴隷だぞ。
《感情エミュレーション機能によれば、恐らくヴェルティカは嫌がりません。むしろその周りが騒ぐかもしれませんが、王からの一言で終わります》
わかった。
「恐れながら申し上げます」
「なんじゃ? 言うてみよ」
「伴侶には、ヴェルティカを希望します」
するとそれを聞いた、兄のフィリウスがガタンと立ち上がって言う。
「わ、私は聞いておりません! そのような事は本人の了承が無ければ認められないと思われます!」
そして大臣が言う。
「王の前で、声を荒げるのはどうかと思われますな」
「しかし! それは! 本人が!」
だが同席していたヴェルティカがフィリウスに言う。
「お兄様。お座りください、お兄様が結婚するわけでは無いのですよ」
「しかしお前!」
「私の気持ちを聞いてはくださらないのですか?」
すると王が言う。
「うむ。フィリウスよ、兄としてたった一人の家族の事を思う気持ちは良く分かる。じゃがまずは、ヴェルティカの気持ちを確認するのが先では無いか?」
「……すみません。取り乱しました。ヴェルティカの話を聞きます」
「ヴェルティカよ。お主はどのように思っておるのじゃ?」
それを聞いてヴェルティカが立ち上がり、しっかりと王を見て言った。
「お受けします」
ガタン! フィリウスが立ち上がって驚愕の表情を浮かべている。言葉を失っており、ただヴェルティカをじっと見つめているのだった。
「お…おまえは、なにを?」
「よろしいですか? お兄様」
「なんだ?」
「コハクの力は脅威なのでございます。万が一、どこかの男爵の娘や町娘などを伴侶にして、その力の影響を管理する事が出来ますか? 一緒に死線を潜り抜けて来た私だからこそ、私が最適だと思っているのです。そしてもう一つ付け加えますが、すでにフィリウスお兄様が横やりを入れる事など出来ない状況でございます。むしろ、この場にいる誰もが、私が名乗り出る事を望んでいたかもしれませんよ」
フィリウスは焦りつつ、王や大臣を見渡している。だがここにいる誰もが、その事について反対する素振りを見せていない。
《ヴェルティカは状況を良く分かっているようです。これまでの関係性からも、自分がその立場にあるべきと考えているようです》
嫌ではないのか?
《ノントリートメントの感情までは掌握しきれませんが、見てください》
ヴェルティカがサーモグラフィで表示されると、体の温度が上昇しているようだ。
《冷静に判断しているようにふるまってはいますが、心拍数もあがっており動揺しているのです》
どちらの意味だ?
《感情エミュレーションにて推測、嫌なら体温は下がり心拍数も下降します。なによりもあの表情を見てください》
ヴェルティカの顔をじっくりと確認する。
…笑って……いるのか?
《堪えてはおりますが、口角が上がるのを耐えているようです》
嫌ではない?
《そのように推測します》
すると王が大きな声で言う。
「良く言った! パルダーシュの娘よ! 流石はガイロス・パルダーシュの娘だ! 我々の意図も、そなたにはバレておるようじゃの」
「そ、そのような大それた考えはございません。それにコハクは私が見つけてしまったのです。であれば最後まで責任を取るのが、辺境伯の娘として生まれた務めかと」
「あっぱれじゃ! コハクはそれで良いか?」
「ありがたくお受けいたします」
「フィリウスよ。兄としてのお前の気持ちもわかるが、ここは理解してくれると助かるのじゃがな」
「……感情では理解できておりませぬが、冷静な心ではそれが最善の選択だと理解しております」
なんだか…フィリウスが俺を睨んでいるぞ。
《怒っているようです》
なんでだ?
《断れない環境下で、あなたが発言したからでしょう》
アイドナが言わせたんだろう。
《最適解です》
そして王が言葉を発した。
「ではコハクに男爵位と領地を与える! 伴侶候補をヴェルティカとする事でよろしいか?」
「「「「「「「「「「異議なし!」」」」」」」」」」
どうやらこれで俺に対する褒賞の話は終わったらしい。そこで俺から一つ質問をする。
「陛下」
「うむ」
「天工鍛冶師の件はどのようになってますでしょうか?」
「既に文官達に書簡の作成を命じておる。その後国中に撒き、後はドワーフの里に書状をおくるつもりでおるよ」
「わかりました。では私は何を?」
「王都が落ち着いたら、男爵として領地に行ってもらう事になるであろうな」
「分かりました」
「では下がって良いぞ」
「はい」
そして俺は一人、会議室を後にする。廊下に出て待合に行くと、ビルスタークとアラン、メルナと風来燕達が待っていた。俺にどんな沙汰が下ったのかと心配をしていたようだ。
アランが聞いて来る。
「どうなった? 王都に幽閉されるとか?」
「いや。そうはならなかった」
「どんな沙汰が下ったんだ?」
「良く分からないが、男爵という地位をもらい領地をもらう事になった」
「「「「「えっ!」」」」」
だがそれを聞いてビルスタークが言う。
「当然だろう。それでも控えめの褒賞だと思うぞ」
「そ、そうなんですかね? 団長!」
「ああ。コハクの事だから、自分からもっと爵位を上げてくれとか、大きな領地をくれとか、大金をくれとか言わなかったんだろう? 恐らく吹っかければ、それ相応の爵位と領地が貰えたと思うがな」
「別に必要はない」
「というと思った」
そしてボルトが聞いて来る。
「ほ、他には何も?」
「伴侶をもらう事になった」
「「「「「ええ!」」」」」
またみんながびっくりしている。
そしてそれにはメルナが血相を変えて言って来た。
「コハク! お嫁さんもらうの! そうなの! なんで? なんでそうなるの?」
だがビルスタークが言う。
「メルナには分らんか。もちろん独り身の貴族もいないわけでは無いが、大抵は伴侶をもらって、家族で統治する事が普通だ。男爵ともなれば、奥さんくらいはいないと社交の場でも困るしな」
「でも、嫌だ!」
「うーん。メルナにはちょっと難しかったかな」
そんなにびっくりすることか?
《ノントリートメントにとっては一大事なのでしょう》
なるほど。
そしてボルトが、いやらしそうな顔で聞いて来た。
「なんだ? 男爵の娘とか、豪商の娘とかそんなんか?」
それを見てフィラミウスが言う
「なんて下世話な顔かしら。ボルト、そんな事を面白おかしく聞くものではないわ」
「いいじゃねえか。俺達とコハクの仲なんだからよ!」
「まあ…それもそうね」
「なっ! で、どうなんだ? もしかしたら大臣の娘が立候補してきたとか?」
「いや、全く違う」
「相手は決まってないのか?」
「決まった」
「えっ? 一体どんな娘なんだい?」
「ヴェルティカだ」
「「「「「「「……」」」」」」」
そこに居た七人が、ぴたりと動かなくなり黙り込んでしまった。
《聞こえなかったのでしょうか?》
「ヴェルティカだと言った」
・・・・・・・・・・・・・
「「「「「「「ええええええええ!」」」」」」」
だがメルナが嬉しそうに言う。
「ヴェルティカなら良い!」
だけどボルトが更に驚愕な表情を浮かべて言う。
「な、な、な、だ、ダメだろ。そんなのだめだろおおおおおお!」
だがフィラミウスが笑って言う。
「あら。お似合いじゃない。でも残念だわあ…私もコハク狙ってたのに」
「は、はあ?」
「でも相手がヴェルティカお嬢様なら分が悪いわね」
「嘘だろ…」
ボルトは呆けていた。
だがガロロが言う。
「あーっはっはっはっ! 痛快じゃのう! 奴隷が辺境伯令嬢と結婚とはのう!」
ベントゥラも言う。
「違いない」
だがアランも納得していないようだ。
「いや…お嬢様と結婚? おかしくないか?」
しかし、それを聞いていたビルスタークが言う。
「アランよ。お前は思い違いをしているぞ」
「思い違いですか?」
「救われているのは、パルダーシュ辺境伯だ」
「フィリウス様が?」
「コハクの元に身内が嫁いだという事は、王家とも太い繋がりが出来るという事だ。国家の脅威となりつつあるコハクの元にお嬢様が行けば、どの貴族もパルダーシュを敵にしようなんて思わなくなるぞ。辺境伯に対して、これ以上の恩恵は無い。完全に崩壊しつつあったパルダーシュ領には、おそらく他の貴族達からの援助も来るはずだ。なんと言っても、コハクとの関係性を持ちたいと考えるだろうからな。なにより国家の脅威を、自領に置いておかなくても良くなったのはデカい」
「なるほど…団長の言う通りですね」
するとアイドナが言った。
《ビルスタークも、ノントリートメントの関係性を良く理解しているようです》
そしてメルナのバックの中からマージの声がする。
「愉快じゃのう。これからどんな風になるのか楽しみじゃわい」
これにて一連の魔獣襲撃騒動は幕を閉じた。もちろん幽閉しているガラバダや、逃げた火の剣を持つ男、そしてその仲間がまだいる可能性があるだろう。だがそういう脅威があるのを知っているのと知らないのとでは、対応の仕方がまるで違うのだ。言って見ればこの国は目覚めたのである。
この事が、この世界で生きていくうえでの大きな転機になるとは思っていなかった。




