第百十五話 謎のエネルギーと悪夢の再現
俺達が先ほどまで居た王都方面の空が、赤や紫の入り混じった色になっており、明らかに夕日などとは違って見えた。その異様な光景に皆が立ち止まり、何をするべきかを考えている。
どういうことだ?
《測定不能》
「あれは何かしら?」
「わからん」
パルダーシュ兄妹の会話を聞いてマージが言う。
「どうしたね?」
「ばあや、王都の空がおかしいの。赤や紫の斑点みたいになって渦を巻いているのよ」
「…何だろうねえ?」
どうやら賢者にも分からないらしい。更にボルトが言う。
「いろんな旅をして来たけど、あんな空は見たことがねえですね」
異様な光景を見て、メルナが俺にしがみついて来る。
「コハク、怖いよ」
そしてベントゥラが言った。
「気象現象で、ただ空の色が変わって見えるという訳ではないですかね?」
それには俺が答える。
「いや。おかしなエネルギー…を感じる。明らかに異常値だ」
するとフィリウスが大声をあげた。
「王都に戻る!」
これから戻っても恐らくは夜になるだろう。だがあの異常事態をフィリウスは見逃せないらしい。そしてボルトがフィリウスに尋ねる。
「旦那、行ってどうするんです!?」
「あそこには我々の大切な人がいる、万が一があってはならない!」
「なるほどわかりました。俺らも乗りかけた船だ、風来燕も付き合いますぜ! なあ! みんな!」
他の三人が頷いた。
「王があんまりにもあっさりと辺境伯の爵位継承を認めちまったもんだから、強化鎧の提案をしないで出てきちまった。そのせいであたしらは今ここにいる。何か意味があるのかねえ…」
因果律か。
《その通りです。当初、想定していた強化鎧の提案をしなかった。それで私達は今ここにいます。していれば提案だけにとどまらず、王から足止めをされていたでしょう》
やっていれば、あそこにまだ居たという事か?
《九十九パーセント以上の確率でいました。そして戻るならば強化鎧の魔石を替えて下さい》
馬車や馬に戻りかけたみんなに言う。
「王都に入る前に、強化鎧の魔石を充填済みのものに取り換えたい!」
皆が頷いて乗り込む。来た道をUターンし、再び王都に向けて進みだした。馬車をひきながらヴェルティカがマージに聞いた。
「ばあやが言っていた、『何かをすれば世界は変わる。何もしなければ世界は変わらない』って言う事?」
「そう言う事さね。結局あたし達は強化鎧の提案をしないという選択を選んだ。何もしなかったんじゃなくて、あえて予定通りの行動を行わなかった。それで何かが変わった、それが重要なのさ」
「でも、陛下は辺境伯継承を決めていて、辺境伯領の支援も考えていらっしゃったわ。その状況では、私達の強化鎧の提案は蛇足だと判断したんだし、こんな事になるなんて想像もしてなかったわよ」
だがマージが言う。
「ということは、ヴェルはこの判断が間違いだったと言いたいのかい?」
「だって私達はあそこにいない…」
「今、あそこにいない事が間違いだと?」
「と思うんだけど、違うの?」
「さっきコハクが言ったねえ。魔石を新品に交換しておけって」
それを聞いたヴェルティカは沈黙の後に、はっとした表情になる。
「私達は…不測の事態に備える事ができる」
「そう言う事だよ。外から状況を見て判断するのと、あの下で何かが起きるのを待つのとでは、状況は全く違わないかい?」
「…そうか…」
「そう。あたしらのパルダーシュの事件時は、皆が中に居て眠っていたじゃろう? だけど今のあたしらは、離れた場所に居て異変を察知し観察までしているわねえ?」
「うん」
「それが結果と言うものなんじゃよ」
それを聞いてアイドナが反応した。
《賢者は因果律を理解している。状況から見て、あそこに我々が居た場合の立ちまわりが不利に働く事を理解しています。あえてのこの状況が、自分らにとって良く働いている事を理解しているのです》
そうなのか?
《素粒子AIの演算でも似たような結果が出ています》
そうか。では一体王都のあれは何だ? どうしてあんなことが起きている?
《具体的な情報は直に確認する必要があります。ですが北のフォマルハウト子爵領の村の消滅に引き続き、パルダーシュでの魔物の出現壊滅事件、そしてあの王都の異変。全ての情報を加味し、乱数を加えたうえで予測演算をした結果》
ああ。
《あなたがこの現象に干渉している可能性が高い》
俺が?
《正確にはあなたがいた世界がという事です。分かりやすく表現いたしますと、何かが反発または引き寄せている。これは良き状況に流れているとも考えられますが、有利な状況であるとも言えません》
分かりずらいな。
《『何か』というのは恐らく『世界』。この世界に流れ込んだ違う世界に、干渉し反発している可能性が高いと推察》
俺を排除しようとしている?
《その可能性はあります》
誰が?
《『誰』ではありません。『世界』がです》
世界が…。
《確定ではありませんが、その可能性が極めて高い》
この世界が俺を排除しようとしている?
《この世界という、一つの可能性ではありません》
というと?
《幾つもの構造干渉が考えられます》
幾つもの?
《我々の世界があり、この世界があった。という事は、他に世界が無いとは言い切れません》
そんな事があり得るのか?
《多元宇宙論、いわゆるマルチバースです。並行宇宙があるという考え方は、あなたの転生により実証されております。理論上は光より早く動けても、他の宇宙には行けないはずなのです。ですが、あなたはこの世界に現に生きています》
どういうことだ…。
すると突然ヴェルティカから声がかかる。
「コハク?」
「ん?」
「何かめちゃくちゃ難しそうな顔してたから、また考えがあるのかと思ったの」
「いや…」
ヴェルティカにどう説明して良いか分からず、俺はとにかく目の前で起きている事に関して言う。
「状況を見なければわからないが、間違いなくあれは異常値だ」
しかしヴェルティカではなくマージが返事をしてくる。
「そうだねえ。あたしらが離れた途端に、あんなことが起きるなんてねえ」
「あれは、いったいなんなのかしら?」
「すべてが無関係だとは思えないさね」
そんな話をしながら、俺は積んであった魔力満タンの魔石の袋を取り出す。王都に到着する前に、全員の強化鎧に入れこまなければならない。
「見て!」
より赤と紫の空が際立って来た。更には、その空の周囲に何重もの雷が飛び散っている。
「どうなっておるのじゃ?」
「雷が飛び散るように広がっているわ」
「いよいよおかしい。あたしらも十分注意した方が良い」
太陽が沈み切っているというのに空は明るく、その異様さはハッキリ見えていた。フィリウスが馬を停めて急いでこちらに走って来る。
「ヴェル! 二台の荷馬車は置いて行く! お前達は騎馬戦車に乗り換えろ!」
「荷物はどうされるのです?」
「王から下賜された鎧と種もみは放棄していく。パルダーシュから持って来た重要な強化鎧は、全員が着ているので問題ない! 盗まれたとしてもくれてやればいい! 時間が惜しいのだ!」
「わかりました!」
そして皆が、荷馬車から武器と兜を取り出してかぶる。魔導士のフィラミウスがボルトに言った。
「あら…お姉さん達から頂いたプレゼントを、置いていっていいのかしら? ボルト」
「馬鹿を言うな。今は一刻を争う時だろ!」
「そうね。必要ないわね」
そして俺が魔石だけを騎馬戦車に移し替え、フィリウスに合図を送る。
「こっちはいいぞ!」
「出発!」
荷馬車を捨てた事で格段にスピードが上がった。すると陽が沈んだというのに、人が正面からやってくるのが見えてくる。フィリウスが後ろの俺達に叫ぶ。
「市民が逃げてきているぞ!」
多くの人が着の身着のまま駆けて来る。いよいよ王都で何かが起きているのは間違いなかった。
すると騎馬戦車を操っていたアランが指さして言う。
「龍だ! 王都上空に龍です!」
「なんだと!」
まだ距離があるが、はっきりとデカい羽の生えた奴が飛んでいるのが分かる。王都のあちこちで火が立ち上っているのが見え、俺達は起きている事を理解したのである。
王都はパルダーシュの二の舞になっていたのだった。




