第百十話 絡みつく西の将軍
俺達が取調室を出てすぐ、金長髪の端正な顔立ちの将軍が声をかけて来る。
「ちょっとまて」
そして代表者であるフィリウスが、振り向いて深く礼をして答える。
「これはクルエル将軍」
「さっきの話、納得してはおらぬぞ」
「何がでございましょう?」
「バケモノになったドルベンスを始末した時の力の事だ。フロストや出場者は、とてもじゃないが一人で相手できるようなものでは無かったと言っている。だが話によれば、そこの奴隷は一撃で…しかも一瞬で切り裂いたって言うじゃないか。如何に身体強化の能力に優れていようとも、そんな事が本当にあり得るのかという話だよ」
するとフィリウスが俺を見て聞いて来た。
「クルエル将軍の問いは分かるな?」
「はい」
「答えろ」
「はい。あのとき剣聖フロストや他の出場者が、ドルベンスの注意をひきつけておりました。自分は魔獣を狩る事が得意なのですが、他の人らが注意をひきつけてくれたおかげで、変わり果てたドルベンスの弱点を突く事が出来たのです。もし一対一であった場合に、同じことが出来るかと言ったら難しいと思われます」
もちろんアイドナが用意したトークスクリプトで、一対一でも間違いなく処理は出来た。俺の答えにクルエルが何かを言おうとしたが、後ろからオーバースがやって来る。
「なんだ? 取り調べは終わったのだぞクルエル」
「ふん。お前も丸めこまれたのであろう?」
「何の事かは分からんが、さきほどトレラン様は終わりだと言った。お前も忙しいのだろう? いつまでも、こんな所でかまってていいのか?」
「…ふん。まあいい、だがいつか必ず化けの皮を剥いでやるぞ。覚えておれ」
そう言って金長髪の将軍クルエルは去って行った。オーバースが俺達に言う。
「気にするな。奴は奴でこれから聴取があるのだ。とにかく何か難癖をつけて、お前達からボロを引き出したいんだろうよ」
フィリウスが聞く。
「聴取ですか?」
「ドルベンスの出場枠を用意したのは、西の将軍であるクルエルだからな。それなりの責任問題になるだろうよ。だからこそ、お前達に噛みついているのさ」
「そう言う事ですか」
するとそこに、剣聖フロストとウイルリッヒがやって来た。フロストが声をかけて来る。
「これは誰かと思えば、武神の二つ名の将軍様ではないですか」
「おお、剣聖殿ですか。此度はこのような大会で災難でしたな」
「いやあ…決勝一回戦で負けてしまいましたからね。お呼びいただいた、トレラン将軍様の顔に泥を塗ってしまいましたよ」
「ふっ。トレラン様はそのような些事を気にする御方ではないですぞ」
フロストが苦笑いして返す。
「本当は私が優勝し掛け金も持って帰る予定でしたが、そこの大穴に賭けたおかげで、自分に賭けるよりも稼げてしまいました。しばらくはいい酒が飲めそうです」
オーバースは、その後ろのウイルリッヒにも声をかけた。
「後見人様も、此度は残念でございましたな」
「いえいえ。私もフロストと同じですよ」
ウイルリッヒが懐を叩いて見せ、それにフロストが笑って言う。
「我が主は、私の十倍以上の金をそこのコハクに賭けましたからね。それこそ屋敷の一つも買えるのではないでしょうか?」
「ははは。面白いですな! また次回の武闘大会にでも参加されてください」
「いやいや。次回もそこのコハクが出るのであれば、勝ちは決まりでしょう。それこそ…身体強化などを使われてしまったらね…」
フロストの視線が俺に止まる。若干、変な空気が流れたがフロストは笑って続けた。
「それに前回優勝者ともなれば、掛け金もぐんと下がってしまうでしょう?」
だがオーバースはニヤリと笑って他の問いを投げかける。
「もし、我が出ていたらどうなっていたでしょうな?」
「わかりません。私も武神様と剣を交えられると思ったのですがね、これはこれで楽しかったです。世界は広いと、そう思いました」
「まあ懲りずに挑戦していただけることを望みます」
「ええ。それでは将軍、我々はこれにて。そして…コハク、君とはきっとまた会えるような気がするよ」
何と答えたらいいか分からないので、俺はただ頭を下げるだけにした。フロストとウイルリッヒが俺達の前を通り過ぎて行った。
二人の影が見えなくなったところで、オーバースがくるりと振り向いて言う。
「で…お前ら…、”あれ”を持って行ったろ?」
あれとはなんだ?
《恐らくは正体不明の賊の残骸です》
ああ…。もう気づかれたか。
《そのようです。この男の洞察力は鋭いようです》
もちろんフィリウスは何の事か分かっていない。
「あれとは?」
「いや。俺は嬢ちゃんに聞きたいね」
ヴェルティカがオーバースに軽くお辞儀をして言う。
「オーバース様にはかないません。そして丁度良かったとも言えます」
「ふむ」
「あの残骸を処理される前に、見ていただきたかったからです」
「わかった。ひとまず俺は、この足で他の将軍ら同様に王宮に戻らねばならん。夜に宿でいいか?」
「お待ちしております」
そしてオーバースはボルトを見て言う。
「んじゃ、『主喰らい』のあんちゃん。皆を守ってくれや」
「はは…御冗談を、コハクやビルスターク様がいるではないですか、私が守る事などありませんよ」
「違う奴からだよ!」
そうして笑ながらオーバースは行ってしまった。
「違う奴?」
「なんでしょう?」
だが、その答えは王都の町に出てすぐにわかる。
ビルスタークとアラン、風来燕の連中と合流して屯所の門をくぐった時だった。
「「「「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」」」
俺達はその声援に怯んでしまう。いきなりの人だかりが出来ていて、俺達が外に出たら群がって来たのだ。
アランが言う。
「優勝したからじゃないのか? コハクを待っていたんだろうな」
「どうすればいい?」
「優勝者だ。堂々としていろ」
言われた通りに堂々と歩く。
ドドドドドド!
「アラン、寄って来たぞ」
「ははは、花束でもくれるのかな」
だが、その人の群れは俺を通り過ぎてボルトに群がったのだった。
「お、ゆ、優勝者はあっちだあっち!」
だが誰もボルトの言葉を聞いていない。
「主喰らい様ぁ。あんな恐ろしい魔獣を一撃なんてすばらしいですわ」
「本戦に出ていたら、優勝はきっとボルト様だったのでしょうねえ」
「トレードマークの黒い鎧が素敵でしたわ!」
そう言って花束やら贈り物を次々に渡されている。あっという間に手にいっぱいになり、ベントゥラやガロロまで物持ちにされていた。フィラミウスはさらりと逃げて、ヴェルティカの隣りに来ている。
ヴェルティカが言う。
「流石はオーバース様だわ…」
メッセージ付きの荷物を大量に抱えた、風来燕の三人をつれて俺達は宿に戻るのだった。




