第093話 無垢なる機械人形(3)
「シャム……」
ヴァイオレット様は俯いたシャムの元へ歩み寄ると、しゃがんで目線を合わせた。
「最近になって、私はこう考えるようになったのだ。何をすべきかではなく、自分が何をしたいか。それが一番重要なのだと。
君は今、何かしたいことや、したくないことはないのか?」
穏やかに尋ねるヴァイオレット様に、シャムが顔を上げる。
「……ヴァイオレットとタツヒト、二人と一緒に居たいであります。
シャムの知識によると三日間はとても短い時間で、でも、二人はとても優しくて、一緒にいるとぽかぽかして、きっとこれが幸福という感情なのだと思うであります。
嫌なことは…… 二人と離れるのは、とても寂しくて、悲しくて、嫌であります」
また泣きそうな表情になるシャムを、ヴァイオレット様は優しく抱きしめた。
「そうか…… 私も、おそらくタツヒトもシャムと同じ気持ちだ。だが先ほど少し話したが、我々は追われる身だ。
一緒に過ごすには何かしら我慢が必要な時もあるだろう。もしそれでも良ければ、三人で一緒に居よう」
シャムが穏やかな表情になり、ヴァイオレット様を抱き返した。
「--シャム、僕からも一つ。シャムが造られた目的なんて、もう分からない方がいいんじゃないかな」
「え…… ど、どうしてでありますか!?」
あ、せっかく穏やかになった表情が驚愕に歪んでしまった。
「えっと、驚かせてごめんね。でも、もし目的が分かってしまったら、シャムはそれ通りに生きなくちゃってなると思うんだよね。
ちょっと嫌な例えだけど、仮にシャムが造られた目的が人類殲滅とかだったら、僕らと一緒にいられなくなってしまうよ?」
「それは…… 確かにそうであります」
「でしょ? だから、今はただ僕らと一緒に居よう。目的は、おいおい探していこうよ」
「……分かったであります。タツヒトは、もう目的を見つけたでありますか?」
「僕? 僕はヴァイオレット様と一緒に平和に生活するのが生きる目的だよ。最近、一緒に居たい人が一人増えたけどね」
「ふふっ。気が合うな、タツヒト」
ちょっとおどけてみたら、ヴァイオレット様がくすりと笑ってくれた。
「……タツヒト、こっちにきて欲しいであります。シャムは三人でぎゅっとしたいであります」
「もちろん! 喜んで」
僕は二人に歩み寄り、抱き合っている二人をまとめて抱きしめた。
「--ところで、シャムの知識によると、ヴァイオレットとタツヒトの関係は夫婦と呼ぶのが一番近いと思うであります。
シャムは、シャムを二人の何と定義すればいいでありますか?」
「ふ、夫婦か。まぁ似たようなものだが…… そうだな。仲間というのが無難だが、もう家族と呼んでも差し支えないだろう」
「家族…… では、シャムはシャムを二人の娘と定義します」
「ははは。可愛い娘ができましたね、ヴァイオレット様」
「ああ、そうだな」
シャムの娘発言に、僕とヴァイオレット様はほっこりしながら笑い合った。
が、その後に爆弾が投下された。
「では娘から提案があるであります。シャムは二人の家族になれて嬉しかったので、きっと家族が増えたらもっと嬉しいはずであります。
早急にシャムの妹か弟の製造に取り掛かるであります!」
完璧な論理展開であります! という感じで、満面の笑みを浮かべてシャムが言った。
「そ、それはまぁ……」
「おいおい、落ち着いたらということで……」
ヴァイオレット様と僕は素早く目配せすると、二人して赤面して誤魔化すことにした。
早急に性教育が必要かも。
シャムには教えるべきことが沢山あったけど、これから三人で逃亡生活を送るにあたっては、戦闘訓練はしておくべきだろうということになった。
軽く動きや力の強さを見せてもらったところ、驚いたことにすでに黄金級の下位くらいの身体能力がありそうだった。古代の技術すごいな。
加えて視覚や聴覚などの感覚も鋭敏で、動作の精密さも素晴らしかった。
高い身体能力を十全に運用できているところを見ると、シャムには、戦闘時の体の動かし方のようなものが標準でインストールされているのかもしれない。
パワー、スピード、精密動作性の全てに優れているので、その内時を止める能力を発現させてしまいそうだ。
--シャムの機能一覧にはたくさんの項目があったけど、比重はその中でも戦闘に傾いているように見えた。
シャムが見つけてくれた設計図のようなものによると、何かしらの加工が行われているものの、脳や心臓なんかの重要臓器は只人の女性由来のものらしい。
これらの臓器の出所についてはあまり深く考えたく無いけど、多分この施設を作ったシュハルさんのクローンか何かだろうな……
一方、目や耳なんかの感覚器官、効果器にあたる筋肉、そして体を支える骨格なんかは、完全に人工物のようだった。
生体部で位階の上昇による恩恵を受けつつ、基礎となる身体能力や感覚機能は機械化によって限界まで上昇させている。
これは明らかに、戦闘を主目的とした設計思想だ。でも、生殖機能までついてるらしいから不思議なんだよね……
話が逸れたけど、シャムは視力、腕力、精密動作性に優れ、高い演算能力も持っていることがわかった。
あと、これはまだ推測の段階なのだけれど、おそらく治癒薬を使ってもシャムの生体部分しか治らないと思う。機械部分が壊れた場合は、別途修理が必要になるだろう。
そんなわけで彼女には、遠距離から敵を精密射撃する弓兵として活躍してもらおうということになった。
シャムが戦わずに済むのが一番だけど、一人で戦える力はいつか必要になるだろうし、パーティー全体の戦力を上げることが彼女の安全にも繋がるはずだ。
「これが弓でありますか…… シャムの知識によると、古代では娯楽用の他、軍の上級戦闘員などが使用していたとあります」
シャムが手に持った弓のしげしげと眺める。サブウェポンにと、ヴァイオレット様が王都屋敷から持ち出したものだ。
高位階者用のかなりの剛弓らしいけど、彼女は弓の弦をみょんみょん引っ張って遊んでいる。
「へぇ。今よりずっと技術が進んでいたのに、古代でも弓は使われていたんだ」
「はい。高位階の戦闘員に対抗することは古代の技術でも難しく、同じく高位階の戦闘員をぶつけるしか無かったであります。
そのため、戦闘員の身体能力を活かした古典的な武器が用いられていたであります。
一方で、一般的な戦闘員はタツヒトの世界でいう銃のようなものを使っていて、古典的な武器を使うのは優秀者の証だったであります」
「優秀者、エリートか…… なるほどなぁ」
シャムには僕の来歴についても説明済みだ。古代の武装について気になって聞いてみたら、やはり銃のようなものは開発されていたらしい。
あと、古代には魔法陣を利用した転移がかなり一般的に使われていたようだ。
その分、確率は低いけど事故も起きていて、めちゃくちゃな場所に誤転移してしまうこともあったという話だ。
僕が転移魔法陣の暴走でこっちの世界に来たという仮説は、やはり正しかったようだ。
「さて、では弓の訓練を始めようか。まずは姿勢や道具の扱い方といった基礎的なところからやっていこう」
本日の弓術教室の講師はヴァイオレット様だ。馬人族の騎士の嗜みとして、弓も扱えるらしい。
僕もちょっと興味があるので見学させてもらう。
「分かったであります、ヴァイオレット先生!」
「ふふっ、よろしい。ではまず--」
一通り本日の訓練を終え、シャワーを浴び、夕食を食べ終えた。そしてさあ寝ましょうという段階になって、僕はあることに気づいた。
「あー、シャム。その、寝床はどうしようか。分けた方がいいかな……?」
まだ幼いけど、彼女の知識や精神は今朝急激に成長した。彼女が一人で眠りたい可能性を考慮し、念の為確認してみたのだ。
お父さんと一緒に寝たくない! とか言われたらショックで三日ほど寝込みそうだけど。
「何をいうでありますか。シャムはまだ生まれて数日の赤ちゃんであります。
シャムの知識によると、赤ちゃんは両親と一緒に寝るのが常識であります。当
然、シャムもタツヒトやヴァイオレットと一緒に寝るであります」
「ふふっ、そうか。常識なら仕方ないな。おいで、シャム」
「はいであります!」
ヴァイオレット様がベッドに寝転んで誘うと、シュバッと音がする勢いでシャムが隣に収まった。
「タツヒトも早く来るであります」
「はいはい、仰せのままに」
三人で川の字に寝そべると、シャムは満足げに笑った後すぐに寝息を立て始めた。早い。
ヴァイオレット様はそんなシャムを優しい微笑みで眺めているけど、ほんの少しだけ寂しそうにも見える。多分、エマちゃんのことを考えているんだと思う。
……まぁ、しばらくはこのままでいいか。かくいう僕も、もう三人じゃないと寂しくて眠れなそうだし。
おやすみなさい。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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