第090話 谷底の古代遺跡(2)
「なんだ、これ……」
呟きながらカプセルに触れると、ひんやりとした感触が伝わってくる。
僕は分厚い曲面ガラスに張り付くようにして、向こう側で胎児のように膝を抱える白髪の少女を見た。
一糸纏わぬ姿の彼女をじっくり観察するのは気が引けたけど、好奇心が優ってしまった。
遠目からは、僕より少し年下くらいの只人の女の子に見えた。でもそれは勘違いだったみたいだ。
肩関節と股関節、そこの皮膚が剥き出しになっていて、金属のような質感の関節が露出している。
さらによく見ると、両目の下や身体の各部にパーティングラインの様なものまでうっすらと見える。
どう見てもロボット…… いや、もしかしたらサイボーグかもしれない。
つぶさに観察していると、彼女の指がぴくりと動いた。
「え……?」
数秒間、まるで寝返りを打つかのように、彼女は液体が満たされたカプセルの中で身じろぎしたのだ。
また動かなくなってしまった彼女を見て、呆然と呟く。
「生きて、いるのか……?」
ヴァイオレット様曰く、この古代遺跡はものすごく保存状態がいいようだ。動力、つまりは魔素の供給も生きてる。
ここを襲ったらしい連中も、この部屋には気づかなかったのだろう。
そんな偶然がいくつも重なって、彼女は古代と言われる時代から現在まで、おそらくずっと眠り続けてきたのだ。
いったい、何年もの間--
「……タツヒト、どこだ? む、なんだこの通路は?」
後ろの方、寝室側から小さく聞こえたヴァイオレット様の声に、はっと我にかえる。
「ヴァイオレット様! こっちに来てみてください、通路の奥に居ます!」
大きめの声で答えると、ヴァイオレット様は通路奥の隠し部屋にすぐに来てくれた。
彼女は部屋の様子と、中央のカプセルを見て感嘆の声を上げた。
「これは…… 驚いたな。これほど完璧な形の機械人形は初めてみたぞ」
「機械人形、ですか?」
「ああ。古代遺跡からごく稀に発見される、只人の女性を模った人形だ。
古代の技術が使われた高度な機械らしいのだが、見つかるものは大抵大きく破損、劣化していて、特に頭部はまず見つからないらしい。
そんな使い道の無い機械人形の部品だが、魔導士協会が高値で買い取ってくれる。
私も以前、遺跡でボロボロの腕だけ見つけたことがあるが、なかなか良い価格で買い取ってもらったよ」
「なるほど…… でも彼女はまるで生きているみたいです。さっきちょっと動いてましたし」
「なに? なんと、それはちょっとした発見だな。私の知る限り、生きた機械人形が見つかったという話は聞いたことがない。
……君は、そこの彼女をどうしたいのだ?」
「え……? いえ、具体的に何か考えていたわけでは無いです。ただ、こんな寂しい場所にずっと一人で居たのかと思うと……
ヴァイオレット様。吹雪が止むまで、少しこの部屋を調べてみてもいいですか? この部屋の中の装置類も、何かの役に立つかもしれませんし」
「--ふふっ、いいとも。君が目の前の悲しみを放って置けない男だと、私はよく知っている」
彼女は何かを察したように笑いながら言った。
「……買いかぶり過ぎですよ、それは」
過分な評価でありがたいけど、餓死者一万人と推定される状況を放って逃げて来たんだよなぁ……
このことを考えるのはしんどいので、ヴァイオレット様も僕もお互い口にしないようにしている。
「さて、それはどうかな? ああそうだ、昼食に呼びに来たのだった。そろそろいい時間なので、いったん一息入れよう」
「え、そんな時間でしたっけ。わかりました、行きましょう」
僕は最後にもう一度白髪の少女の方を振り返り、隠し部屋を後にした。
隠し部屋を発見した日の昼食後、僕は部屋の奥の方に扉を見つけた。最初はカプセルの影になっていて気づかなかったのだ。
扉の先は施設の入り口と同様に洞窟になっていて、先へ進んでみると、幸運なことに帝国側の斜面に出た。
吹雪が止めば、このまま下山して目的地である帝国に入ることができるはずだ。
多分ここが襲われた時、施設の人たちはここから逃げおおせたんだろうな。
そしてその数日後、僕は機械人形の少女を発見して以来、ずっと隠し部屋に入り浸っている。
古代文明の技術に対する好奇心もあったけど、それ以上にあの機械人形の少女を目覚めさせてみたかったからだ。
このままほっぽって出ていくのは目覚めが悪いし、何より僕はロボッ娘も大好きなのだ。すなわち下心だ。
外ではまだ猛吹雪が続いているけど、僕の体調はほとんど回復している。
吹雪が止んだら、もうここを離れなければならない。けれど、今はもう少し続いて欲しいとさえ思ってしまっている。
ちなみに僕が隠し部屋に入り浸っている間、ヴァイオレット様は鍛錬に励んでいる。
風竜にいいようにやられてしまったことに、忸怩たる思いがあるようだった。
たまに休憩に読書などもしているみたいだけど、何を読んでいるのかは絶対に教えてくれなかった。
多分、フランセル書院で大量購入されてた本だ。やけに荷物が多いと思っていたけど……
いや、別にいいんだけど、僕がいるのになぁ。
「さて、今日も始めるか」
逸れていた思考を切り替えて、隠し部屋の調査に意識を向ける。
ここ数日で、用途が推定できた装置がいくつかある。
カプセルの中の羊水のようなものを循環、濾過する装置や、中の状態をモニタリングする装置などだ。
それらの他には、手術台のようなものまであった。
冷凍庫らしきものもあって、中には試験管のようなものが大量にストックされていた。
加えて、用途の分からない機械部品のストックなんかもあった。
この子の体は機械部品と生体部品の両方から構成されているのかもしれない。
そして、おそらく僕の目的上一番重要な、カプセルに付属したコンソール。僕はこれをいじり回すのに一番時間を使っていた。
画面とキーボードのような入力装置があって、地球世界のパソコンのようなとっつきやすいインターフェースをしている。
使われている言語や記号などは全く分からないけど、なんとなくファイルやフォルダ構造、アプリケーションのような概念の存在も感じるのだ。
「この辺は見たから、今度はこの辺を…… おっ、これは、それっぽいのでは……?」
今日になって、やっとお目当てのファイル、機械人形の起動マニュアルらしきものを見つけたらしい。
絶対あるはずだと思って探していてよかった。
カプセルの外から声をかけたり、光の刺激を与えてみたりしても起きなかったので、このマニュアルが頼りだ。
マニュアルを頼りに、勘でコンソールを操作していく。今の所、順調に手順を進められている。
しかし手順の最後の操作をした瞬間、カプセルから警告音が鳴り始めた。
ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ!!
「や、やばい。どこか間違ったかな…… あっ!?」
マニュアルを見直していると突然カプセルから羊水が排出され始めた。
そのまま眺めていると、羊水は完全に排出され、静かにカプセルが開いた。
恐る恐る覗き込んでみると、中の機械人形はぐったりと倒れ込み、ぴくりとも動かない状態だった。
「あ…… ま、まずい!!」
僕の操作に何かミスがあったのだろう、あの様子では呼吸すらしていない。
あれだけ大掛かりな装置で羊水を循環させていたんだ。呼吸が不要ということは無いはずだ。
僕は急いで彼女をカプセルの外に引っ張り出すと、床に寝かせて人工呼吸と心肺蘇生を始めた。
「ヴァイオレット様、来てください!! ヴァイオレット様!!」
部屋の外に向かって助けを呼びながら、意味があるか分からないままに彼女の胸を繰り返し押し込み、口から息を吹き込む。
そして、続けること数分後。
「ぐっ…… げほっ、げほっげほっ!!」
彼女は咳き込みながら羊水を吐き出し、辿々しく呼吸を始めてくれた。
よ、よかったー……
僕は安堵しながら、彼女の上半身を抱き起こして声をかけた。
「君、大丈夫? 僕の言葉はわかる?」
しかし、彼女の反応は芳しくなかった。
望洋とした表情でしばらく虚空を見つめた後、ゆっくりと僕の顔を見た。
羊水に濡れそぼった髪が、人形のように整った顔に張り付いている。
「あー……」
惚けたような表情、定まらない視線、赤ん坊のような声。
彼女はまるで始めて声を出すかのように、そう一声鳴いた。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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