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亜人の王 〜過酷な異世界に転移した僕が、平和なもんむすハーレムを勝ち取るまで〜  作者: 藤枝止木
5章 馬人族の女王

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第085話 国家反逆罪


 暫く様子を伺っていたけど、ヴァイオレット様は顔を俯かせたまま動かない。

 僕は彼女から視線を外すと、独り言のように話し始めた。


 「いきなり一万人のために身売りしろって言われて、困っちゃいましたよ……」


 視界の端で、ヴァイオレット様がぴくりと反応したのが見えた。

 僕は構わず話し続ける。


 「ヴァロンソル領には、ベラーキ村のエマちゃんや村長夫妻、領都の魔導士団のみんな、大切な人がいっぱいいます。

 しかも、陛下にお世継ぎが生まれないと国が乱れるとか言われるし、こんなの、言うこと聞くしか無いじゃないですか……

 でも、ヴァイオレット様と二度と会うなだなんて、陛下も子供っぽいことしますよね」


 陛下にそこまで気に入られた覚えはないのだけれど……

 あー、いや、あったわ。陛下泣かせた上に、頭撫でて慰めたっけ。

 自分では論理的に考える方だと思ってたけど、思い返してみれば結構衝動的に行動してるんだよなぁ、僕。自業自得かぁ……

 自然と溜息が出たところで、ヴァイオレット様が声を上げた。


 「--タツヒト、君は、女王陛下を愛しているのか……?」


 予想外の質問に彼女の方を見ると、ひどく不安そうな表情で僕を見つめている。

 これは多分、恋愛的な意味の質問だろう。

 僕は思わず少し笑ってしまった。


 「いやいや、そんなわけないじゃないですか。

 確かに何度かお話しして仲良くなったと思いますし、臣下として陛下のことを尊敬したり、支えて差し上げたいという気持ちは強くなりました。

 でも、それとこれとは別の話ですし、今は弱みに握られて言うこと聞かせられそうになってるわけですし……

 正直、困惑するばかりで、好きとか考えられないですよ」


 あー、なんか話してる内に腹が立ってきた。

 最後はちょっと語気が強くなってしまったかも知れない。

 ヴァイオレット様は、一気に捲し立てた僕に虚を突かれてたのか、驚いた表情をしている。

 しかし、一瞬微笑んだ後で表情を決然としたものに変えた。


 「そうか…… それさえ聞けたのならば、私も覚悟を決めることができる」

 

 そう言って彼女はベッドに腰掛ける僕の前に跪き、僕の手を取った。

 彼女の手がかすかに震えているのが分かる。呼吸も乱れ、カチカチと歯が鳴っている。


 「ヴァイオレット様、大丈夫ですか……?」


 心配になって声を掛けた僕に、彼女は一つ頷き、深呼吸をしてから僕の目を見据えた。

 

 「タ、タツヒト…… 私と、一緒に逃げてくれないか……?

 君以外には何も望まない…… 君と引き離されるなど、私には耐えられない……! 耐えられないのだ……

 陛下の元に行けば、君は最上の生活が送れるし、ヴァロンソル領の民を守ることもできる。

 しかし私の手を取れば、君は二度とこの国に戻れないし追われる身となるだろう。そして、領民達は飢えに苦しむことになる」


 弱々しい彼女の言葉に対し、僕の手を握る力はどんどん強くなる。


 「だが、だがそれでも……! 私と一緒に逃げる道を選んでくれないだろうか?

 決して幸せな道では無いだろう。だが、これだけは約束する。私の命に替えても、決して君を離さず、必ず護り抜くと。

 だから、頼む…… 私のそばにいてくれないか……」


 涙を流し懇願する彼女に、記憶が蘇る。

 そう、だった。

 これは以前、僕が彼女に言ったことじゃないか。

 どうしようもなくなったら、一緒に逃げてしまおうと。

 あの時、冗談のつもりで言った自分を殴り飛ばしてやりたい。


 領主の娘である彼女がした選択の重さ、誇り高い彼女が涙ながらに懇願する姿に、僕も覚悟が決まった。

 多くの人が苦しむだろうし、多くの人に恨まれると思う。でも、それでも僕は彼女の側に居たい。


 「--ヴァイオレット様は、本当にかっこいいですね」


 僕はベッドから降りると、跪くヴァイオレット様を抱擁して言葉を続けた。


 「逃げましょう、一緒に。でも、命に替えてもなんて言わないでください。

 一緒に居たいから逃げるのに、ヴァイオレット様に死なれてしまったら元も子もないですよ」


 腕の中のヴァイオレット様の震えが収まり、力強く抱き返される。


 「……ありがとう、タツヒト。私は君を、愛している」


 「僕もです、ヴァイオレット様。あなたを愛しています」


 僕らはどちらともなく見つめ合い、唇を合わせる。

 月明かりに照らされた部屋の中で、二つの影が重なった。


 

 


 

 

  

 チチチチッ。

 小鳥の囀りで、浅い眠りから目覚めた。

 隣を見ると、一糸纏わぬ神々しい姿のヴァイオレット様が、穏やかな寝息を立てている。

 普段は凛々しい彼女の寝顔は、とても幼く可愛らしく見えた。


 --はい。えー、その、最後までしてしまいました。

 今すぐにでも逃げるべきと分かっていたのですが、お互い気持ちが盛り上がってしまい、歯止めが効かず……

 ……いや、僕は一体誰に言い訳しているんだ。

 ん? というか、え、小鳥の囀り?


 がばりと起き上がって窓に目を向けると、すでに外は薄らと明るくなり、日が昇りかけていた。

 ま、まずい……


 「ヴァオイレット様、起きてください!」


 「……ん、むぅ? どうしたのだタツヒト、まだし足りないのか?」


 ヴァイオレット様を揺すり起こすと、彼女は寝ぼけたまま僕の方に手を伸ばす。


 「はい! ……じゃなくて! 夜が明けてしまっています。急いで準備しないと!」

  

 「……なに!? 急ぐぞ、タツヒト!」


 二人してベッドから飛び起き、服を着ながら逃亡計画を話し合う。


 「王都の城下街、内壁街、外壁街の門は、あと一時間もしない内に開くだろう。それまでに、最低限の旅支度と、逃走先と逃走経路などを決めよう」


 「わかりました。先に逃走先ですかね。あとは、余裕があれば手紙くらいは残しておきたいです。それから--」


 二人で話し合い、ひとまずの逃走先をベルンヴァッカ帝国と定めた。

 ここは多民族国家で、僕のような黒髪の人もいるらしく、紛れ込み易いはずだ。

 場所はここからはるか南、開拓村ベラーキに隣接した南部山脈を超えた先にだ。

 南以外の方角には、王都からアクセスしやすい他国がいくつもあるけど、それだけ追跡もされ易いはずだ。意表をついての南というわけだ。

 逃走経路は、一旦街道を東に進み、この国の東側全周を覆う大森林に入ってから南に向かうことにした。これも追ってを巻くためだ。

 

 計画を立てたあとは、旅程で必要そうな物資を、できるだけ物音を立てないように屋敷中から拝借して回った。

 荷物が大体揃ったところで、急いで手紙をしたため、拝借した物資分のお金を置き、僕らは屋敷を出た。

 通りには、すでにちらほらと道をゆく人たちがいた。

 僕とヴァイオレット様は、どちらともなく屋敷に向かって頭を下げ、門へと急いだ。


 念の為帽子を目深に被って三つの門を抜け、街道をひたすら東に進む。

 人目がない場所では全力の身体強化で走り、まる一日ほどで大森林の淵にたどり着くことができた。

 大きな街道から外れた場所を選んだので、周りに人気は全くない。


 「ふう。どうやら追手はまだ無いようだな。さて、ここからはもっと楽しくなるぞ。

 一週間以上森の中を行き、そのあとは山越だ。軍の作戦でもこれほど無茶なものは無いぞ」


 ヴァイオレット様が、少しおどけたように言う。


 「ははは。確かにそうですね。でも、どんな無茶でも二人なら乗り越えられる気がします」


 「ふふっ、そうだな。では、行こうか」


 ここからが逃亡生活の本番だ。

 なんとしても逃げ切り、ヴァイオレット様と一緒に平和に暮らす生活を手に入れる。

 僕らは決然とした表情で頷きあうと、そのまま連れ立って深く暗い大森林に入って行った。






***






 「……侯爵よ、もう一度言ってくれぬか?」


 王城、謁見の間。

 王座に座るマリアンヌ三世は、自分の前に跪くヴァロンソル領の領主、ローズモンド侯爵に静かに促した。

 その表情は冷たく無表情で、人形のようだった。

 

 「はっ…… タツヒト、および我が娘ヴァイオレットの両名が、屋敷から姿を消しました。

 部屋に残された手紙には、両名が両軍を辞する旨が記されていました。

 また、ヴァイオレットからは縁切りの申し出があり、当家はこれを受諾しました。

 タツヒトからは、陛下宛に、ヴァイオレットと共に国を出るとも」


 「……ふっ、ふざけるなぁ!! タツヒトが余の元から去っただと……? そんなことが、あってたまるものか!!」


 マリアンヌは椅子から立ち上がり、髪を振り乱して叫んだ。

 普段と全く違う女王の様子に、謁見を見守っていた貴族や役人達は怯えたように身じろぎした。

 しばらく荒い息遣いで頭を掻きむしっていたマリアンヌだったが、ぴたりと手を止めて侯爵を睨んだ。


 「そうか…… 貴様の娘だな、侯爵よ。あのヴァイオレットめが誑かし、余の元からタツヒトを連れ去ったのだ。

 許さぬ…… 決して許さぬぞ……!」


 虚空を見つめて歯を剥く彼女の目には、狂気の光が宿りつつあった。


 「お言葉ですが陛下、タツヒトの手紙には--」


 「黙れ!! もう良い、下がれ…… もはやそなたに用は無い。支援も無いものと思え」


 「……はっ、失礼致します」


 侯爵は押し黙り、無表情で謁見の間を後にした。


 それを見届けたマリアンヌはどかりと王座に座り直すと、隣に控えていた宰相に、顔も向けずに話しかけた。


 「宰相よ。我が国の存続に必要不可欠たる人材の誘拐…… これは国家に対する反逆である。そうだな?」


 「……はっ。おっしゃる通りかと」


 「うむ…… では、ヴァイオレットを国家反逆罪を犯した大罪人として、国内外に布告を出せ。

 金は余の歳費からいくら使っても構わぬ。生死を問わず絶対に捕らえよ。

 無論、タツヒトには傷一つつけるな。必ず生かして余の元まで届けるのだ」


 「はっ、陛下の御心のままに」


 「うむ、頼んだぞ。では謁見を終わりとする。皆、仕事に戻るが良い」


 マリアンヌの言葉に、謁見の間にいたもの達が次々に部屋を出ていき、部屋には彼女と宰相だけが残された。

 

 「……宰相、ザハラを呼べ。今すぐにだ」


 「なっ…… 陛下、あまりあのもの達に頼るのは--」


 「聞こえなかったのか?」


 「……はっ、承知しました。すぐに」


 一時間もしない内に、マリアンヌの前には小柄な蛙人族(あじんぞく)の老婆が膝をついていた。

 彼女の名はザハラ。王都を中心にこの国に根を張る、巨大な暗殺組織の首領である。

 王家とは持ちつ持たれつの関係であり、マリアンヌが政敵を暗殺する際、彼女達は大いにその力を振るった。


 「陛下、お久しぶりにございます。またどなたかがお隠れになるご予定でもできましたかな?」


 「うむ。此度は普段と違う仕事となるが、そなたらの力を借りたい。必ず探し出し、捕らえ、取り戻さなければならぬもの達がいるのだ……!」


 「ゲココココッ それはそれは、お任せください。我らの舌は狙った獲物を決して逃しませぬ」


 激情を必死に抑え込むマリアンヌを見て、老婆は楽しげに頬を歪めた。





 

***






 ピーーー。


 【……上位機能単位へ経過報告……個体名「ハザマ・タツヒト」への接触は失敗……】

 【……同個体は、現地政府から国家反逆罪を問われた個体「ヴァイオレット・ド・ヴァロンソル」と共に都市から逃亡……】


 【……前述の二体の行動予測結果……ベルンヴァッカ帝国へ向かう確率……86.5%】

 【……特記事項……移動経路上の山脈に推定青鏡級の竜種が生息……】


 【……上位機能単位からの返答……経過観察……対象の生存が確認できた場合、外部機能単位を用いて接触すること……】






 5章 馬人族の女王 完

 6章 零下の天険 へ続く


5章終了です。ここまでお読み頂きありがとうございました。

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また、画面下の「☆☆☆☆☆」から評価を頂けますと大変励みになりますm(_ _)m

【日月火木金の19時以降に投稿予定】


※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。

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― 新着の感想 ―
まじかよついにここまできてしまったか。 二人の行く末はもちろん気になるし、 なんとかなると思ったら真逆の方向に事が進んだ陛下の心情も気になるし、 謎の生命体はタツヒトに接触しようとしてるし、 ここ…
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