第071話 笑顔
前章のあらすじ:
もんむす好きの男子高校生タツヒトは、転移先の異世界で運よく領軍魔導士団に就職する。
頼れる上司や面倒見のいい先輩(やや個性的)にも恵まれ、新たな魔法も開発し、魔導士団での生活は順調そのものだった。
そんな中行われた火竜の討伐作戦。タツヒトと馬人族の騎士ヴァイオレットは、事前情報と食い違う状況で辛くも作戦を達成。二人の距離は急速に近づき始めていた。
火竜討伐から一週間ほどが過ぎた。
熱烈なキスでお互いの気持ちが通じたかに見えた僕とヴァイオレット様だったけど、今はちょっと気まずい状態が続いていた。
いや、お互い恥ずかしいというのもあるかもしれないのだけれど、原因はそう言ったものとは全く別の所にあった。
騎士団から5名。火竜討伐で亡くなった人達の数だ。
僕は気絶していたので伝聞になるのだけれど、セリア助祭が魔力切れで気絶するほど神聖魔法を使い、古代遺跡産の治癒薬を使い果たしても、それだけの犠牲が出てしまったらしい。
それなりに重症だった僕が助かっているのは、亡くなった人はほとんど即死だったからだ。
つまり僕とヴァイオレット様は、すぐ側で人が死んでいるところで呑気にイチャイチャしていたわけである。
これには流石の僕も大いに反省し、自分の迂闊さに凹むことになった。
ヴァイオレット様には、この件は最初に仕掛けた僕が悪いと伝えはしたけど、彼女は中隊指揮官だ。
魔導士団の木端隊員である僕とは背負っているものが違うし、今回亡くなった人達のことも部下として大切にしていたのだと思う。
僕の言葉に、気遣いに感謝すると微笑んでくれたけど、無理やり笑ってくれたような痛々しい笑みだった。
討伐作戦後、教会付属の救護所にお見舞いに来てくれたり、騎士団の人達の葬儀や勲章の授与式など、ヴァイオレット様とは幾度となく顔を合わせているけど、彼女の表情は優れなかった。
ちなみに、ヴァイオレット様と僕が領主様から下賜されたのは、緑蹄竜退章という勲章だ。
やはり竜というのは魔物の中でも特別な存在らしい。強くてデカくて硬くて早い上に魔法を使うし、頭までいいからなぁあいつら。
そもそもの原因の一つ、火竜が一頭ではなく二頭だったことについては、責任の所在は宙に浮いている。
村から火竜討伐の訴えがあった際、軍の上層部は信用できる冒険者に現地を調査させた。
その時の調査結果が、あの一体しか描かれていない火竜のスケッチなのだけれど、あれはおそらく大きい方の個体だったんだろうな。
その冒険者のミスの可能性もあるけど、調査後に増えた可能性もあるので、責任を問うことは難しいということらしい。
そんな状況なので、僕とヴァイオレット様は以前のように気軽に声を掛け合ったり、一緒にご飯に行ったりといったことが出来なくなっていた。
先に言ったみたいに気まずいというのもあるけど、何よりヴァイオレット様がひどく落ち込んでしまっているのだ。
でも、いつまでも気まずいままでは嫌だし、それよりもとにかくヴァイオレット様を元気付けたい。
何か、ちょっとでも彼女を元気付けられる方法は無いだろうか……
一日悩んだ結果僕が辿り着いた答えは、お肉だった。
ヴァイオレット様はお肉が大好きなので、美味しいお肉を食べてもらって元気を出してもらおうという作戦だ。
--いや、もうちょっと何かあるだろうと思うかもしれないけど、僕の恋愛経験の無さを舐めないで頂きたい。
もんむすが恋愛対象の僕にとって、地球世界では恋愛はフィクションの中にしか存在しなかったし……
ともかく、思いつかなかったのは仕方無いのでこれで進めよう。
セレブ出身のヴァイオレット様は、普通に手に入るいいお肉なんて食べ飽きているはずだ。
ところで僕らは最近大物を討伐したばかりだ。そう、全ての元凶、火竜だ。
あの後、火竜の体は素材の宝庫なので、その場で魔法で冷やされ領都まで運ばれたらしい。
火竜のお肉だったらさすがのヴァイオレット様も食べる機会は少なかったのでは?
そう考えた僕は、料理に詳しそうな身近な人、寮付属の食堂のおじさんに話を聞きに行った。
「竜の肉のステーキ? いやぁ、聞いたことないなぁ」
おじさんは、思い出すように上の方を見つめながらそう言った。
「え、ステーキってかなり単純な調理法だと思うんですけど、この辺だとやられて無いんですか?」
「うん。この辺の地域というか、竜の肉は出汁を取るためにスープに使ったりはするけど、とにかく幾ら煮ても焼いても硬木みたいに固いらしいよ」
硬木とは領都の防壁や僕の槍の柄に使われてる鋼鉄並に硬い木だ。
流石にそれは誇張だろうけど、おじさんの話ではミンチにしてから焼いても、微塵切りの玉ねぎに漬けても硬いままらしい。気合い入ってるね……
「そ、そんなに硬いんですね。でも、出汁を取るのに使われるということは、味は良いということですよね」
「うん。前に一度だけスープを食べさせてもらったことがあるけど、強烈な旨みに上品な鶏ガラと魚介の風味が加わった、とても良いものだったよ。当然高級品だからうちのなんかじゃ出せないけどね」
「なるほど…… とても参考になりました。ありがとうございます」
おじさんからヒントを得た僕は、やはり竜の肉で勝負することにした。上手く行きそうな方法に心当たりがあったからだ。
竜の可食部は領軍から商業組合に卸されたというので、いつものカミソリを扱ってくれている商人さんの伝手で買い取らせてもらった。
せっかくなので一番柔らかそうな背筋のあたり、いわゆるフィレ肉らへんのでかい塊を入手した。
さらに保管用に冷凍庫のような魔導具やら調理器具やらを揃えたことで、僕の商業組合の口座は一気に目減りした。
こ、これしきの金、ヴァイオレット様のためなら安いものよ。
色々買い込んで寮の自室に戻った僕は、早速調理を始めた。
硬いお肉を柔らかくする調理方法として残るのは、もう低温調理くらいでしょう。
そういうわけで、僕は竜肉と比較用に買ってきた牛肉を適当な大きさに切り、水を張った小鍋に入れて蓋をする。
そして、実験器具として売られていた高さを調整できるスタンドに鍋を乗せ、その下に魔法を放った。
『……灯火』
この魔法は指定した場所に小さな火を灯すものだ。便利なことに、込めた魔力量に応じて制御を手放しても燃え続けてくれる。
本来は内壁街の街灯なんかに使われるものだけど、今回の調理方法にうってつけの魔法だ。
確か60°で一時間くらいが目安だったと思うけど、測る方法が無いからそこは感覚と試行錯誤でやっていこう。
スタンドの高さを調整し、指で温度を見て、肉の様子を確かめる。
試行はその日の深夜まで続いたけど、成果は今ひとつだった。
「うーん。牛肉の方は完璧に仕上げられるようになったけど、竜肉の方は全然生肉のままなんだよなぁ。なんだこの肉」
牛肉の方が上手く仕上がったということは、お湯の温度を60°にすることはできているはず。
けれど、竜肉の方は触った感触も弾力がなくグニグニしていて、色も赤いまま、食感も生肉だった。
タンパク質の性質が普通の肉と違うんだろうか…… もう少しいろんな条件で試してみよう。
試行錯誤を続ける内、夜は更けていった。
「……おい。おい、起きろタツヒト! 今日は騎士団との合同訓練の日だ。早く食堂いかないと朝食なしで行く羽目になるぜ?」
「……へっ!?」
目が覚めると僕は自室の机の上で眠りこけていた。そばには呆れた顔のジャン先輩がいる。
「おいおい、机で寝るなんてよっぽど熱心にやってたんだなぁ。頭が下がるぜ。まぁ、俺は絶対そこまで頑張んねーけどな」
「あはは…… 起こしてくれてありがとうございます。すぐ行きます」
「おう」
ジャン先輩に促されて急いで朝食を取った僕は、そのまま騎士団との合同訓練に向かった。
そして2日間の任務を終えて寮に帰ると、薄暗い部屋の中、机の上に小さな灯火が揺らめいていた。
「へ……? あ、やば、火つけっぱなしだった! あぶねー」
僕は急いで魔法に干渉して灯火を散らすと、なんとなく鍋の蓋を開けた。
「え…… これは!?」
「すまないな、タツヒト。気を使ってもらって」
「いえ、やりたくてやってることですから。それより、今日のメインは少し変わったものが出るので、楽しみにしていて下さい」
「ほう、それは楽しみだ」
騎士団との合同訓練と魔物の間引きを終えて帰ってきた日からさらに数日後、僕はヴァイオレット様をディナーに誘った。
お店はヴァイオレット様の行きつけの店で、料理長に頼み込んで今回のメインは僕の持ち込みの食材を使ってもらった。
お互いぎこちなく会話しながらコースは進み、いよいよメインの肉料理が運ばれて来た。
「ふむ。一見ただのステーキに見えるが……」
「まあまあ、食べてみて下さいよ」
「うむ。それでは…… むぐ。 ……んむ!? こ、これは!?」
ステーキを一口食べたヴァイオレット様が、目を大きく開いて驚く。
そして、上品さを失わない最大速度でステーキを切り分け、口に運び、一分ほどで食べ切ってしまった。
満足そうな表情をするヴァイオレット様。よし、大成功。
「気に入ってもらえたみたいでよかったです」
僕が声をかけると、彼女は我に帰ったようにナプキンで汚れた口元を拭った。
「す、すまない。あまりに美味だったもので…… これはなんの肉だろうか?」
「はい。この間みんなで討伐した火竜の肉です」
「な、なに!? 竜の肉は硬くて食べられないと聞くが……」
「その、ヴァイオレット様に元気を出してもらいたくて、調理方法から新しく開発しました」
竜の肉を柔らかく食べる方法。その方向性は低温調理で間違っていないかった。
ただ一点、加熱時間が足りなかったのだ。条件を割り出したところ、60°でおよそ三日間。
それだけ加熱を続けることで、竜肉は旨味や香りはそのままに、弾力を持ちつつも歯切れの良い最高の食感を持つのだ。
何度か自分で食べてみてもお腹は壊さなかったので、ちゃんと消化できるように調理できたはずだ。
「な、なんと…… そうか、ありがとうタツヒト。君にここまでしてもらったのだ。私も、いつまでも気落ちしていられないな」
ヴァイオレット様は真っ直ぐに僕を見つめ、感じ入ったように微笑んでくれた。痛みに耐えるような笑顔ではなく、心が通い合ったと思えるような素敵な笑顔だ。
よかった。かなり試行錯誤が必要なミッションだったけど、今この瞬間だけで全てが報われた。
明日からは、いつもの二人に戻れそうだ。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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