第537話 創造の母神ジュバール
倒れ込んだカサンドラさんを、僕とヴァイオレット様は暫し呆然と眺めていた。
「--勝ったん、でしょうか……?」
「ああ…… 我々は勝利したのだ…… あのカサンドラ殿に、滅竜者ツァヤードに……!」
僕らはどちらともなく見つめ合うと、歓喜と共に固い抱擁を交わした。
腕の中のヴァイオレット様の体温が、生き残った事を実感させてくれる。
しかしその直後、カサンドラさんを殺めてしまった事への後悔と悲しみが押し寄せてきた。
あの状況ではああするしか無かった。でも……
「あぁぁぁぁっ!?」
突然響いた悲鳴に、僕らは抱擁を解いて声の方へと向き直った。
見ると、キアニィさんに背後から羽交締めにされた二プラトが絶叫していた。
彼女の両手首は切り落とされていて、側には血塗れの双剣を持つゼルさんが立っている。
「手が…… 僕の手がぁ……! うわぁぁ-- もがっ!?」
叫び続ける二プラトを、キアニィさんは慣れた手つきで猿轡を噛ませ、そのまま縛り上げてしまった。
「はぁっ、はぁっ…… あなた、ちょっとうるさいですわよぉ。おだまりなさぁい」
「ぜぇーっ、ぜぇーっ…… や、やっぱり手で操ってたんだにゃ。魔物達が固まっちまったにゃ」
キアニィさんとゼルさんの呼吸は荒く、身体中傷だらけだった。その原因と思われる機械化魔物の群れは、時間が止まったかのようにその動きを停止させていた。
そのまま周囲を見渡すと、広間で起こっていた戦闘は、いつの間にか全て停止していた。
「まさか、本当にあのカサンドラを倒すとはな…… --いいだろう。俺はお前達に賭けてやるとしよう」
アシャフ学長は僕を見ながらそう呟くと、殺気と放射光を引っ込めた。彼女の体には傷ひとつついていない。
一方、彼女を抑えてくれていたシャムとプルーナさんはボロボロで、すぐにその場にへたり込んでしまった。
「決したか…… ならば我も覚悟を決めよう。人の世には、変革が訪れるべき時なのだ」
ペトリア猊下からも戦意が消え、僕に静かな眼差を向けている。
彼女に目を光らせてくれていたロスニアさんに外傷はなさそうだけど、ふらふらでとても疲弊しているように見える。
みんなそれぞれにボロボロの状態だ。でも、二プラトとカサンドラさんはダウンし、アシャフ学長と猊下は戦意を喪失している。つまりこれで……
「ひとまず、戦いは終わったみたいですね……」
「ああ、そのようだな……」
僕とヴァイオレット様は、二人で長く息を吐いた。
そうしていると、僕らを一番の重症者と判断したんだろう。ロスニアさんが僕らの元へ駆けつけてくれた。
「お二人とも、大丈夫ですか!? すみません、猊下に妨害を受けていて…… 今すぐ治療します!」
「ありがとうロスニア。君も疲弊しているだろうに」
「あの、僕らよりカサンドラさんの方を…… あ、でも、どうしよう……」
思わず言葉に詰まる。カサンドラさん、元気になったらまた襲ってくるんじゃあ……
「カサンドラは我が治療しよう。案ずるな。あやつも其方らを認めた筈。もはや我らが戦う意味は無くなったのだ」
そこへ猊下が現れてそう言った。よく分からないけど、もうカサンドラさんに戦意は無いらしい。
「そ、そうなんですか…… 分かりました。お願いします」
その後、ロスニアさんによって味方全員の治療が完了し、僕らはまだ治療が終わらないカサンドラさんの元へ集まった。
そして、体を横たえた彼女の胸の傷を見て驚愕した。深い傷口から覗く彼女の骨が、金属光沢を放っていたのだ。
ペトリア猊下が、その傷に処置を施しながら頷く。
「よし。心臓、およびその補助機関の治癒が完了した…… しかし、胸部の金属骨格は換装する必要があるな。
カサンドラ。今は傷を塞ぐだけにしておく故、無理は禁物であるぞ」
「ありがとうございます、ペトリア。うふふ…… こうして治療してもらうのも久しぶりですね」
「カ、カサンドラさん、あなたは……!?」
「機械人形であったでありますか!?」
僕のシャムの驚愕の声に、カサンドラさんが悪戯っぽく笑う。
「あら、バレてしまいましたか。でもタツヒトさん。女性の胸をそう無遠慮に覗き込むものではありませんよ? そういった事は、また別の機会にしていただかないと……」
「あ…… す、すみません!」
バッと視線を逸らした僕は、視界に入ったアシャフ学長を見た。もしかして、彼女も…… その予想は当たっていたようで、学長はこくりと頷いた。
「貴様の考えている通りだ。俺達四人は、全員機械人形だ。創造神謹製のな」
彼女の言葉を聞いて、僕の脳裏にある光景が思い起こされた。
王城の地下に広がる禁書庫のダンジョン。その奥深くの部屋には四つのカプセルが設置されていて、そこにはある文字が書かれていた。
「調停者……」
僕の言葉に、アシャフ学長が笑みを深くする。
「ほう、俺たちの機種名まで知っていたか。それも正解だ。なんとも傲慢な考えが透けて見える名だろう?」
「いや、それは……」
彼女の言葉に、僕はなんと返していいのか分からなかった。
そしてカサンドラさんの治療が終わったタイミングで、僕は改めて彼女達に問いかけた。
「それで…… さっきの戦いはなんだったんですか? みなさん、もう僕らを殺すつもりはないみたいですけど」
「もがー!」
僕の言葉に、口を塞がれ、手足を縛られた状態で床に転がっている二プラトが声を上げる。こいつは異議があるらしい。
暴れる二プラトを、アシャフ学長は実に冷めた目で見た。
「そのクソガキは放っておけ。まぁ、ちょっとした試験のようなものだったと思え。貴様らはそれに合格したという事だ」
「ちょ、ちょっとした試験ですか…… あはははは…… その割には何度も死にかけましたけど」
プルーナさんの乾いた笑いに、シャムがなん度も頷く。よほど大変な目にあったらしい。
「よく分かりませんが…… 僕らがその試験に合格したと言うのなら教えて下さい。
なぜ創造神様が僕らの死を望んでいるのか、その為になぜ戦争なんて手段を取ったのか。そして…… 僕らの息子、アレクシスが引き起こす災厄とは何ですか……!?」
僕の質問にみんなが固唾を飲み、視線がアシャフ学長へ集中する。
「--創造神は恐れていたのだ。人の世を終わらせうる二つの破滅。即ち神威と、崩界を……
貴様らはその内の後者、崩界を引き起こす因子として処分される予定だったのだが、一つ問題があった」
「問題…… それが、戦争を起こした理由ですか?」
「そうだ。俺たちが直接手を下した場合、貴様らと縁を結んだ神獣達がどう動くか分からなかった。最悪、報復で俺たちが消されかねない。
だから二プラトのガキが秘密裏に動き、人同士の戦争という形で対処しようとしたのだが…… 見ての通り結果は大失敗。その上貴様らにこの場所まで割れてしまった。
おそらく、神獣達にもとっくに俺達の企みに気づいているだろう。まぁそこのガキは、まだバレていないと信じて貴様らの処分を急いでいたようだがな……」
「その企みのため、我も協力した。転移魔法陣を封鎖し、其方らをアウロラ王国から動けぬようにしたのだ。すまなかった……」
アシャフ学長に続けて口を開いた猊下が、僕らに深々と頭を下げた。
なるほど、それで城の転移魔法陣が…… 猊下が敵だなんて発想は全くなかったので、完全に故障だと思ってた……
しかし、僕らはまたアラク様達の存在に助けて頂いたらしい。でも、そのせいで二プラトは戦争を…… ままならないなぁ、本当に……
「頭をお上げください、猊下。事情はおおよそ分かりましたから…… ですがまだ肝心の、えっと、神威と崩界ですか? それらが何を指すのかが分かりません」
「うむ。アレクシスの件もまだだ。私達の息子は、親の欲目にも大変良い子に育っているのだが……」
ヴァイオレット様の言葉に、身を横たえていたカサンドラさんが体を起こした。
「よっと…… それについての詳細は、ご本人からお話を聞くのがいいでしょうね。私たちも又聞きの話が多いですし」
「ご本人、ですか……? ……! ま、まさかそれは!?」
その言葉にロスニアさんが息を呑み、二プラトが再び暴れ始める。
「もが!? もが、もががー!!」
「もう、何ですか二プラト。しょうがないですねぇ」
シュンッ!
カサンドラさんが烟る速度で手を振ると、二プラトの猿轡が切断された。
な、何だ今の。手刀で極小の延撃を放ったのか……!? 僕ら、よくこの人に勝てたなぁ……
「ぷはっ…… カサンドラ! お前、まさか母様を起こすつもりなのか!? やめろ……! もう母様には時間が残されていないんだぞ!」
「そうですね…… でも、もう休んでもらってもいいと思うんです。彼らがいる世界なら、私達は手を離しても大丈夫そうですし」
カサンドラさんが僕らを見ながら言う。なんの話だろう?
「休んでって…… --僕はそんなの認めない…… 絶対に認めないぞ! 『上位機能単位として外部機能単位に命じる! この場の観測対象を皆殺しにしろ!』」
二プラトが突然叫んだ。その剣呑な命令に僕らは身構えたけど、誰も動く様子が無い。
「な…… そんな、なんで!?」
驚愕する二プラトに、アシャフ学長が冷たく言い放つ。
「ガキめ…… この俺が、貴様如きの支配下にあることをいつまでも放置するとでも思ったのか?
貴様の俺達に対する命令権は、とっくの昔に無効化してある」
「じゃ、じゃあ…… 何で僕の作戦に協力してくれたんだ……!?」
「あの時はそれも仕方ないと思ってたんですよ。まぁ私には、タツヒトさん達と戦いたいという個人的な目的もありましたけど。
ですがもう状況は変わったんです。二プラト、あなたにも、やっと親離れの時期が来たんですよ」
小さい子供に言い聞かせるように話すカサンドラさんに、二プラトは震えながら顔を横に振った。
「い、嫌だ…… 嫌だ嫌だ嫌だ! やめろ! やめて! 母様を起こさないで!」
声を張り上げて泣きじゃくるその様子は、まるで親と引き離されそうになっている小さな子供のようだった。
彼女のそんな様子に僕らが狼狽えていると、猊下がすっと手を上げた。
「--案内を呼ぼう」
直後。僕らが入ってきた方の扉が開き、広間に先ほどの下位機能単位が入って来た。体が機械っぽくて顔がシャムだから、仮にこの人をメカシャムと呼ぼう。
僕らの側まで来たメカシャムを指し、猊下が言葉を続ける。
「この者の後についてゆくが良い。彼の方の元まで案内してくれよう」
「彼の方…… その、猊下達のお母様、ですよね……?」
「うむ…… 会って、話をして欲しい。そして願わくば、我らの母を、永きに渡る呪縛から解放して欲しいのだ……」
二プラトの哀しげな叫びを背後に聞きながら、僕らは言葉もなくメカシャムの後ろについて歩いた。
そして一体どのくらい降りただろうか。地下深く、厳重な隔壁をいくつも潜った先。一際頑丈そうな隔壁の前でメカシャムは停止した。
『この先でございます。私は、ここで待機しております』
「うん、ありがとう」
ガァァァァッ……
ゆっくりと隔壁が開く。僕らがその先へ進むと、隔壁はまた音を立てて閉まった。
隔壁の先は、シャムが眠っていた古代遺跡とよく似た雰囲気の部屋だった。
薄暗い中に何かの装置や計器が所狭しと並び、それらから伸びたケーブルやチューブが、部屋の中央に立ったカプセルのようなものに繋がっている。
誘われるようにそのカプセルへ歩み寄ると、液体に満たされたその中には、一人の老婦人が浮かんでいた。
痩せ細り、口元や体中に管やセンサーらしき物が取り付けられたその姿は、とても痛々しいものだった。
そして、年の差があるせいで分かりずらいけど、この顔……
「な、何だかこのおばあちゃん…… シャムににているであります……」
「だ、だよね……? あ……」
ピー、と、何かの起動音がして、老婦人の目がゆっくりと開いた。
彼女はしばし望洋としていたけれど、やがてその視線は僕らへと定まった。
『--あら、いらっしゃい。えっと、初めましての方達と…… あなたは……!? --そう、無事だったのね……』
カプセル付属のスピーカーから聞こえた彼女の声は、やはりシャムに似ていた。
「あの、突然お邪魔してしまってすみません。僕はタツヒト。こっちの、あなたに似た子はシャムといいます。その、お名前を伺っても……?」
老婦人は視線をシャムから僕へと移し、目を瞬かせた。
『ああ、ごめんなさい。私ったら。
--私の名前はシュハル。あなた達には、創造の母神ジュバールと名乗った方がいいのかしらね……』
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