第535話 滅龍者ツァヤード(2)
「乗れ! タツヒト!」
「はい!」
迫り来るカサンドラさんの威容に、様子見などという選択肢は無かった。
僕はヴァイオレット様の馬体の背に飛び乗ると、すぐに強化魔法を発動させた。
『雷化!』
僕の体がパリパリと微弱な雷光を帯び、膂力や反応速度といった能力値が一段階引き上げられた。
『不壊たれ! 黄竜角戟!』
同時にヴァイオレット様も自身の神器の力を解放した。彼女の体が黄金のオーラを帯び、その防御力が格段に強化される。
さらに二人が触れ合ったことで、特殊な身体強化の技、共鳴が発動。
僕らの身体強化率が跳ね上がり、精神と身体感覚は半ば溶け合い、正しく人馬一体の状態となった。
(相手は伝説の英雄です……! ヴァイオレット様!)
(ああ……! 最初から全力だ!)
短い念話の直後、眼前のカサンドラさんが僅かに体を沈めた。
「準備完了ですね……! では、行きますよぉ!」
ヴンッ……
刹那。十数メートル先に居た彼女が、いつの間にか僕らの眼前に迫っていた。
飛び上がった彼女は、黄金の直剣を大上段に振り上げている。
その大胆すぎる構えと強烈な殺気に、僕とヴァイオレット様は、自分達の頭がまとめて断ち割られる様を幻視した。
幸い、恐怖に竦むことなく僕らの体は動いた。ヴァイオレット様は右から、僕は左から槍を掲げ、頭上から迫る一撃に合わせた。
ガキィンッ!!
「「ぐぅっ!?」」
頭上で交差させた二本の槍は、打ち下ろされたカサンドラさんの直剣を挟み込むように防いだ。
こっちは二人がかりなのに、両手が痺れ、全身に凄まじい衝撃と痛みが走る。
すぐに反撃を試みるも、カサンドラさんは反動を利用して離脱していて、すでに間合いの外だった。
一瞬で滝のような汗をかいてしまった僕らに対し、カサンドラさんはただただ嬉しそうに笑っている。
「やっぱり……! 今のお二人に、真正面から打ち込んだ一撃が通じる訳ないですもんね! じゃあ、ちょっと工夫しちゃいますよぉ!?」
再びカサンドラさんの姿がたち消え、僕ら周囲を彼女の残像が回り始める。
(これは……! タツヒト、私は前だ!)
(はい! 後ろは僕が!)
僕はヴァイオレット様の背に手を着くと、身を翻して後ろ向きに乗り換えた。
直後、全方位からカサンドラさんの斬撃が襲ってきた。
キィンッ! ギキィン! ギィィィィィィンッ!!
一太刀一太刀が即死の一撃。それが、視覚的死角、心理的死角、あえて防御の上から…… とにかくあらゆるパターン、角度、方向で撃ち込まれる。
二人で必死にそれを弾く内、剣戟音の間隔は極限まで短くなり、周囲には切れ目の無い甲高い金属音が響き始めた。
「「……!」」
呼吸すら忘れた全力運動により、僕らはカサンドラさんの猛攻を十数秒も防いだ。
しかしそんな無理は長くは続かない。苦しさと共に限界が訪れ、思考と視界、体の制御が覚束なくなる。
ザシュッ!
「ぐうっ……!?」
結果、受け流し切れなかった斬撃が、ヴァイオレット様の前脚の付け根付近を傷つけた。
やばい、押し切られる……! 急いでヴァイオレット様をカバーしようとするも、体や思考が追いつかない。死の予感が体中を駆け巡る。
しかし僕のそんな焦燥感とは裏腹に、カサンドラさんは追撃をかけずに大きく後ろへ下がった。
「「--ぶはぁっ……!!」」
二人して呼吸を再開し、貪欲に酸素を吸い込む。あ、危なかった…… あのまま押し切られていたら終わっていたのに、なぜ……
「ふぅー……」
見ると、カサンドラさんも離れた間合いで呼吸を整えているところだった。
そ、そうだった……! いくら常人離れしていても、カサンドラさんだって人間だ。僕ら同様に呼吸が必要なんだ……!
いや、今はそんな事より……!
「はぁっ、はぁっ…… ヴァイオレット様、怪我の具合は!?」
「ふぅ、ふぅ…… 大事ない! 軽傷だ!」
彼女の声と共に、怪我の痛みの程度と、動作への影響度合いが伝わってくる。 --うん、どうやら本当に軽傷らしい。
その事にほっと息を吐いていると、カサンドラさんは自身の剣とヴァイオレット様とを見比べ、こてんと首を傾げた。
「ふーむ…… ヴァイオレットさんの体、妙に硬い切り心地ですねぇ…… あ。もしかして、それが黄竜角戟の力ですか……!?
いいですねぇいいですねぇ……! 何回でも切れちゃうじゃないですかぁ! あっははははぁ!!」
哄笑をあげてこちらに向かってくるカサンドラさんを前に、僕らは念話を交わす。
(ヴァイオレット様、仕掛けましょう!)
(うむ! 機を見て、渾身で弾く!)
再びカサンドラさんの全方位攻撃が始まり、ヴァイオレット様は、豪雨のように降り注ぐ斬撃を慎重に見極め始めた。そして。
「らぁっ!!」
ガァンッ!
最も対処しやすい斬撃を、ヴァイオレット様は渾身の力で打ち返した。
結果、彼女の体勢は大きく崩れたけど、カサンドラさんも後方へ弾き飛ばされた。
今!
僕は槍の穂先をカサンドラさんへ向けた。すると、彼女も自身の持つ黄金の直剣を握り直した。
『断ち切れ、黄竜牙剣!』
「「……!?」」
このタイミングで神器の力を解放した……!? --まだ黄竜牙剣の能力は不明、迂闊な行動は避けるべきだ。
しかし今、彼女の体は中空にあり、回避もままならない筈……! 押し切る!
『雷よ!』
バァンッ!
穂先から放たれた雷撃が、刹那の間もなくカサンドラさんへ迸る。当たる……! 僕はそう確信した。
「ふっ……!」
だがその確信はすぐに驚愕へと変わった。雷光に等しい動きで振るわれた黄金の直剣が、僕の雷撃を断ち切ったのだ。
「「な……!?」」
驚いて硬直する僕らを他所に、カサンドラさんはふわりと着地した。
「ふぅ、危ない危ない…… どうですか、これがこの子の力です! 硬い鎧はもちろん、不定形の魔物も、今のように形のない魔法すらも斬り散らす事もできます!
私はこの子に出会ってから、剣だけで全てを捩じ伏せて来たんです……! まさに相性ぴったり。私のために生まれてきてくれたような子ですね!」
黄金のオーラを立ち上らせた直剣を、カサンドラさんは愛しげに撫でる。
その常識外の性能と、それを使いこなす彼女の技量に、僕とヴァイオレット様の頬を冷や汗が伝った。
「な、なるほど…… 確かに、剣の化身たる貴方にこそ相応しい神器だ……!」
「ですね…… その神器だけあっても、雷撃に対応可能な技術と速度が無いと意味がありませんから」
「うふふ、お褒めに預かり光栄です! でも、お二人の技量も凄まじい高みにありますよ! 人類の中では十指に入ると思います!
そして…… そんな実力者のお二人なら、これくらいは防いでくれますよね……!?」
ズッ……
遠間にいるカサンドラさんが担ぐように直剣を構え、爆風のように殺気が吹きつけてくる。
(ヴァイオレット様、来ます……!)
(あぁ…… 打ち消して見せよう!)
ゾゾンッ!
カサンドラさんとヴァイオレット様は、ほぼ同時に武器を振り抜いた。
空間を引き裂くような異様な音が響き、彼女達の武器から放たれた光の帯のような斬撃が激突する。
光は一瞬だけ中空で拮抗すると、爆風を生みながらその場で弾けた。
「はぁ、はぁ……!」
「やった…… 流石です、ヴァイオレット様!」
「あぁ……! 今日ばかりは自身を誇りたい気持ちだ!」
あのカサンドラさんの延撃を、真っ向から……! その偉業に喝采をあげる僕らを見て、カサンドラさんが体をブルリと震わせた。
「--あはっ……! あははははっ! 凄い凄い! 私、延撃を防がれたのは数千年ぶりですよ!
あぁ、もっとお二人と戦っていたい……! でも…… でも試したい……! 今すぐに!」
ダァンッ!
「「……!?」」
突然頭上に高くまで飛び上がったカサンドラさんが、僕らを見下ろしながら剣を振り上げる。
ギュァァァッ……!
彼女の放射光が烈光のように強まり、先ほどの延撃以上の強大な威圧感が僕らを襲う。
なん、だ……!? 一体何をするつもりだ!?
「ああ、これで終わっちゃうかなぁ…… 防いで欲しいなぁ……! --『燼剣』」
切な気な表情と共に、カサンドラさんは烟るような速度で剣を振り下ろした。
--ゾバァッ!!
直後響いたのは、延撃が幾重にも重なり合ったかのような異様な爆音。
強烈な死の予感に体感時間が引き延ばされる中、僕らの頭上から、数千発の延撃が降り注いだ。
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