第534話 滅龍者ツァヤード(1)
「倒します、ですか…… うふふ。そんな事を言われたら、胸が高鳴っちゃうじゃ無いですか……!」
僕が先ほど言った言葉を反芻しながら、カサンドラさんはとてもウキウキした様子で僕らに歩み寄った。
その手には抜き身の剣が握られていて、何気ない立ち姿には全く隙がない。
「カサンドラ殿…… 貴方も教えてくれないのだろう? 何故、私達が死ななければならないのかを……」
ヴァイオレット様の静かな問いに、カサンドラさんがすまなそうに笑う。
「ええ、言えないことになっているので…… すみません」
「言えない…… さっき、二プラトに命令されたら逆らえないと言っていましたけど、貴方も操られているんですか……? ヴェラドのように……」
多分違うだろうなと思いつつそう問いかけると、彼女はやはり首を横に振った。
「うーん、当たらずしも遠からずですが…… いえ、違いますね。私は自分の意志で、皆さんを殺すためにここに立っています。
だから皆さんが生き残るには、逆に私を殺すしかありませんよ?」
「で、しょうね…… なんでなのかは知りませんが、とても嬉しそうに見えましたから」
「あ、わかります? 自分でも不謹慎だなと思うんですけど、気持ちが溢れちゃって……! うふふふふっ!」
あちゃー、と笑うその姿は、やはりいつものカサンドラさんだった。残念ながら操られている様子は全く無い。
その様子に、カサンドラさんの数年間が呼び起こされる。冒険者組合の受付で初めて出会い、それからはたびたび僕らに便宜を図ってくれたり、稽古をつけてくれたり、結婚式に来てくれたり……
その彼女が、今は敵として目の前に立っている。その事に泣きそうになっている僕を他所に、彼女は言い募る。
「もしかしたらお気づきかも知れませんが…… 私、強い人と戦うのが、とっても、とーっても大好きなんです!
タツヒトさん達はお会いする度に凄い勢いで成長していましたし、いつか本気で手合わせできるかもと楽しみにしていたんですよ!
それが、王様とお妃様に出世されてしまったので、流石にもう無理かと諦めていたんですよねぇ…… でも!」
カサンドラさんは言葉を切ると、手に持つ直剣、黄金に輝き、ただ事でない気配を放つそれをヒュンと振るった。たったそれだけの動作が、見惚れるほどに美しい。
「まさかこんな機会に恵まれるなんて……! アレクシス君には感謝しないといけませんね! この子を使うのも何百年振りでしょう……!」
「この子、か…… ずいぶん似ているな。私の持つ黄竜角戟に」
ヴァイオレット様が自身の手元に視線を落とす。彼女が持つ黄金の槍は、かつての強敵である火竜将軍アグニティカから奪った神器だ。確かに造形や雰囲気、そして何より放つ気配が似通っている。まさか……
「そうなんですよ! 実はこの子、黄竜牙剣は、ヴァイオレットさんの持つ黄竜角戟と姉妹のような関係なんです!」
「やはり…… 神器か……!」
ヴァイオレット様が眉を顰めて歯噛みする。僕も同じ気持ちだ。
ただでさえ勝てるビジョンの湧かないカサンドラさんが、凄まじい頑丈さと切れ味を持つ神器で武装している。しかもあの直剣、黄竜角戟のような特殊能力も有していると見て間違い無い。
鬼に金棒どころの話じゃないぞ、これ……!
「ふふふっ…… なんたって、両方とも竜の神獣様がそのお身体から作り出した神器ですからね!
タツヒトさんの槍も蜘蛛の神獣様の神器……! これでお互い武装は互角、これなら--」
「「ゴァァァァッ!!」」
周囲から響いた魔物と咆哮と戦闘音に、興奮気味に語っていたカサンドラさんが口を噤む。
「おっと。無駄話はやめて、私達もそろそろ始めましょうか。正直、もう待ちきれませんし……!」
ズンッ……!
「「……!?」」
彼女から発された威圧感は、強敵などという言葉では表現しきれない程に隔絶していた。星を人の形に無理やり圧縮したかのような、それ程に圧倒的な気配だった。
加えてその放射光…… 戦士型が本気で身体強化を行なった際、その身体からは位階に応じた放射光が発される。
思えば僕らは、カサンドラさんが本気で身体強化を行なったのを見たことが無かった。
そして今日、初めて目にした彼女の放射光は、ほとんど視認できない薄い紫色をしていた。
「ば、バカな…… この押しつぶされそうな気配…… あの放射光は!?」
「神級……! 覆天竜王と同じ…… いえ、それ以上に強烈です!」
かつて僕らが総力を上げ、始祖神レシュトゥ様の命を賭した助力によってようやく倒した強敵、覆天竜王。
奴も神級の位階に達していたけど、その技量はお世辞にも高いとは言えず、何よりその体は死の呪いに侵されていた。
けれど今眼前にいるカサンドラさんは、凄まじい技量と神器を有する上に、どう見ても絶好調だ。
今から始まる戦いの厳しさを想像してしまい、口の中が渇き、背中が冷や汗でびっしょりと濡れる。
「カサンドラさん…… いつもはぐらかされて来ましたが、そろそろ貴方の正体を教えて下さい。ただの冒険者組合の偉い人、な訳がないですよね……?」
「え……? あぁ、そういえばまだ言ってませんでしたね。でも、冒険者組合の偉い人というのも嘘ではないんですよ? 組合を作ったの、私ですし」
さらりと言い放たれた言葉に、ヴァイオレット様と僕は目を見開いた。
「組合を作った…… つまり、貴方が冒険者組合の開祖だと……? では貴方が……!?」
「滅竜者、ツァヤード……!」
シャムの部品を集めるために世界中を旅する間、僕らはその名前を幾度となく耳にした。
呪炎竜をワンパンでノしたとか、数百に及ぶ岩山のような巨獣を一日で全滅させたとか……
一人の英雄が生涯の内に一つ成し遂げるような英雄譚、逸話が、彼女に関してはザクザクと数え切れないほど出てくる。まさに英雄の中の英雄だ。
普通は与太話だと切って捨てるんだろうけど、カサンドラさんがあのツァヤードだという話は、とても腑に落ちるものだった。
何せ僕も結構な羅場を潜ってきたけど、彼女より強いと感じたのはほんの一握り…… アラク様を始めとした神獣の方々ぐらいだったからだ。
「大袈裟ですよねぇ、滅竜者だなんて。大昔、狂ったように竜種を狩って時期があったんですけど…… その時に付いてしまった、ちょっと恥ずかしいあだ名なんですよねぇ、それ。あはは……
さて、そんな昔の話は置いておいて…… お二人とも構えてください! 今日はいつもの手合わせと違いますよ! 双方真剣、寸止め無し、死んだ方が負けです!
さぁ…… 私達の戦いを始めましょう!」
喜色を浮かべたカサンドラさんから、濃密で鋭い殺気が吹き荒れる。
今、伝説が僕らの前に立ちはだかった。
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