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亜人の王 〜過酷な異世界に転移した僕が、平和なもんむすハーレムを勝ち取るまで〜  作者: 藤枝止木
19章 創世期の終わり

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第527話 鮮血の魔王(3)


八重垣(やえがき)!』


 間近に迫る致死の暴風を前に、僕は反射的に手に持つ槍を掲げ、神器たるその力を解放した。


 ビュゴッ!


 僕らをドーム状の強力な暴風結界が覆い、そこへ数え切れない程の血刃(けつじん)が殺到する。


 ガガガガガガッ!


 直後。凄まじい轟音が響き、結界に触れた赤黒い刃の悉くが砕け散った。その様にカリバルが歓声を上げる。


「さ、流石タツヒトの兄貴……! 助かったぜ!」


「いや…… これ、不味いんとちゃうか……!?」


 対照的に深刻な表情を見せるエリネンに、僕は呻くように応えた。


「残念だけどその通り……! このままじゃすぐに魔力切れだ!」


 ヴェラドが放った屍山血河サングウィス・インダーティオは、強力無比な対軍魔法だ。

 今は何とか防げているけど、僕の魔力は一秒ごとに凄まじい速度で削られている。

 しかもフラーシュさんの読み通りなら、向こうが先に魔力切れを起こす可能性は極めて低い。このままじゃ確実に負ける……!



 暴風結界の向こう側。烟る視界の中に見つけたヴェラドを睨むと、僕と目があった奴はニヤリと笑った。そして更に、何かを斬るような動作でゆっくりと腕を振り下ろした。

 すると、結界全体に降り注いでいた血刃(けつじん)が急速に凝集(ぎょうしゅう)。途方もなく巨大な真紅の大剣が形成され、それが僕らを叩き潰すように降ってきた。


「み、みんな避けて!」


 --パァンッ!


 ほんの一瞬だけ耐えてくれた暴風結界は、大剣の圧力を支え切れずあっさりと破壊された。

 大剣はそのまま轟音を上げて大地を叩き割り、僕らを分断した。僕とカリバル、そして大剣を挟んだ向こう側にそれ以外のみんなという形だ。

 その状況に対応する間も無く、大剣が急速に膨張した。


「……! 防御体勢!」


 ドバッ!


「ぐぁっ……!?」


 血の大剣が至近距離で破裂し、飛び散った血刃(けつじん)が僕の体を容赦無く切り裂いた。

 しかし、まだ生きている。爆発の瞬間に身体強化を最大化したおかげで、なんとか致命傷は防げたらしい。


「み、みんなは……!?」


 傷を押さえながらみんなの姿を探すと、そこには惨状が広がっていた。


「ティルヒル……! しっかりして!」


「どけアスル! 今薬使ったる!」


 漆黒の体と翼を真っ赤に染め、ティルヒルさんがぐったりと横たわっていた。

 その姿に心臓がヒヤリとし、絶叫したいのに喉が詰まって呼吸もままならない。

 彼女に治癒の魔法薬を振りかけているエリネンも重症だけど、アスルとフラーシュさんは無傷だ。きっとティルヒルさんが二人を庇ってくれたんだ……!


 --待て…… カリバルは!? 慌てて背後を振り変えると、カリバルは血まみれになりながらも生きていた。


「あっ…… うっ……」


 しかし彼女は、いつの間にか接近していたヴェラドに背後から拘束され、その首筋に牙を突き立てられていた。


 ゴキュッ……


「あに、き……」


 ヴェラドが喉を鳴らす音、そしてカリバルのか細い声に、呆然としていた僕はようやく我に帰った。


「カッ…… カリバル!」


 槍を手に距離を詰める僕に、ヴェラドは直ぐにカリバルを離して大きく後ろへ飛んだ。

 カリバルが倒れ込み、事態を察したアスルが奴に切断水流で追撃をかける。


海よ(マーレ)!』


 ジュバァッ!


 しかし、水流は大半がヴェラドの操る血刃(けつじん)に阻まれ、奴の体を浅く傷つけただけだった。


「ほぅ…… 中々腕の良い水魔法使いだな。さておき、ふむ…… 粗暴にして繊細。実に面白い味わいだった。

 悪くないが、やはり只人(ただびと)の血程の満足感は無いな」


 口をもごもごさせてふざけた事を呟くヴェラドを視界に収めつつ、エリネンと僕はカリバルの元へ駆け寄った。


「おいカリバル、しっかりせぇ!」


「エリネン! これ使って!」


「おう!」


 手持ちの治癒の魔法薬を渡すと、エリネンはすぐにそれをカリバルへ振りかけた。


「--す、すまねぇ…… 油断したぜ。だが、もう大丈夫だ」


 すると少しして回復したカリバルが、妙に平坦な声を上げながら立ち上がる。

 それに安堵してヴェラドへ向き直った僕は、ふと吸血鬼の有名な逸話を思い出した。あの、牙を突き立てた相手を眷属にするという奴だ。

 そして今回の帝国や馬王国、魔導国の不自然な動き。普段と違った、まるで何かに操られているかのような……


 猛烈に嫌な予感がして、僕はバッと背後を振り返った。

 するとまさに、僕を怪訝そうに見るエリネンに、カリバルが三叉槍(トライデント)で襲いかかっている所だった。


「--エリネン!」


「……!?」


 ギャリィン!


 僕の悲鳴のような声でそれに気づいたエリネンが、なんとかカリバルの攻撃を弾いた。


「カリバル…… おまはん、何のつもりや……!? 今のは笑えへんで!?」


「わりぃなぁエリネンの姉貴。ヴェラドの大姉貴が、姉貴達を殺せって言うんだ。気はのらねぇが、大姉貴の頼みは断れねんだよ」


「な、何を言うとるんや……!?」


 エリネンも他のみんなも、無表情で異常な事を話すカリバルに戦慄している。これは、間違いない……!


「エリネン、みんな! 今のカリバルはヴェラドに操られている! きっと奴に噛まれたからだ! 多分、帝国や他の国の上層部も……!」


 僕がそう声を上げると、離れた場所から様子を見ていたヴェラドが感嘆の声を上げた。


「ほぉ。瞬時に我が秘術を見抜くとは、流石は雷光殿だ。さぁカリバルとやら、我が元へ来るのだ。貴様を幕下に加えてやろう」


「おう、よろしくな。ヴェラドの大姉貴」


 カリバルはそう応えながらスタスタと歩き、まるでそこが定位置かのように奴の斜め後ろに立った。


「くそっ……! こんなの、どうしたら……!」


「嘘…… カリバル、そんな……!?」


 僕に続きアスルが震える声で呻く。ヴェラドは、それを見て口を三日月のようにして(わら)った


「ふはは……! 実に良い顔だな、雷光殿。知っているか? 人の血の味は、その者が抱く感情によって変化するのだ。

 そして吾輩が特に好むのは、強烈な怒りが深い恐怖や絶望に変わった瞬間の血だ……!

 雷光殿も徐々に仕上がってきた様子。その首筋に牙を尽きててるのが、楽しみでしょうが無い…… ふは、ふははははは!」


 哄笑(こうしょう)する奴に、僕は思わず一歩下がってしまった。こんなにも…… こんなにも邪悪な人間がいるのか……!

 状況はこちらが圧倒的に不利。あの馬鹿げた再生能力と戦闘力に、一体どう立ち向かえば……!

 僕やみんなの心は、恐怖と絶望に覆われようとしていた。


 キィン……


(みんな、準備できたよ! 射線開けて!)


 そんな時、絆の円環(きずなのえんかん)を通してフラーシュさんの声が脳内に響いた。

 そうだ…… まだ希望はあった! 途端に力がみなぎり、僕らは彼女とヴェラドとを結ぶ直線上から飛び退いた。


破壊の呪光ディストラクティオ・ルクス!』


 ジッ……!


 フラーシュさんがヴェラドに手を掲げて魔法名を叫ぶ。彼女からは眩い青い放射光と、背筋の凍るような強烈な魔法の気配がした。しかしその手からは、目に見えるものは何も放たれなかった。


「--なんだ……? 強力な魔法の気配を感じたと思ったのだが、不発か……?」


 血刃(けつじん)で防御姿勢をとっていたヴェラドが首を傾げる。

 けど、今のは決して不発なんかじゃ無い。放たれたのは不可視の呪光。神をも呪った、禁呪中の禁呪だ……!


雷よ(フルグル)!』


 バァンッ!


 突然僕が放った雷撃を、ヴェラドは寸前で反応して手で受け止めた。


「雷光殿よ。その魔法はもう見飽きたぞ……? 確かに良い魔法だが、吾輩を屠るには--」


 呆れ顔でそう語っていた奴が異常に気づく。雷撃を受けて焼けこげた手が、再生しないのだ。


「な……!? ち、治癒が始まらないだと!? 何故…… 何故魔神ニプラトの加護が!? うっ……!? オェェッ……!」


 困惑するヴェラドが、今度は体をくの字にして嘔吐し始めた。

 もう効果が出始めたのか……! 先ほどフラーシュさんが奴に打ち込んだのは、強力かつ致命的な放射線だ。

 それがヴェラドの細胞の最も重要な部分を不可逆に傷つけ、細胞分裂を停止させた。つまり、もう奴の体が再生することは無い!


「へへっ…… や、やった……!」


 魔力切れだろう。ヴェラドの様子を見届けたフラーシュさんが、ガックリと膝を突く。


「フラーシュさん……! あとは任せて下さい!」


「貴様ら…… 吾輩に、何をした……!? 何をしたぁっ!? うぐっ……!?」


 ヴェラドが憎悪の絶叫を上げながら血刃(けつじん)の群れを操ろうとする。

 その直前、なんとカリバルが奴の背中に三叉槍(トライデント)を突き刺した。


「き、貴様ぁ……! なぜ支配が!?」


「あれ、わりぃ…… 大姉貴見てたら、無性にぶっ殺したくなっちまってよぉ……」


 激怒するヴェラドに、カリバルがフラフラと後ずさる。

 その致命的な隙に合わせて、エリネンが跳躍した。


 ザンッ!


「がっ……!?」


 彼女はヴェラドの両目を撫で切ると、カリバル担いでその場から離脱した。


「ったく、世話のかかる女や! 今やおまはんら、畳みかけんかい!」


「言われなくても……! 『水竜連斬(ジャラム・セカーレ)!』」


 間髪入れずにアスルが放ったのは、かつての強敵である水竜将軍ジャラムディカの技だった。

 幾重にも折り重なった切断水流が、ヴェラドの強靭な身体強化を貫通し、その体に賽の目状の深い裂傷を刻んだ。


「がっ……!?」


「あーし、もー怒った……! 『風竜裂渦(ヴァーユ・レーチャー)!』」


 意識を取り戻したティルヒルさんが、同じく風竜将軍ヴァーユディカが使っていた絶技を唱えた。

 彼女の放った超高圧の小型竜巻は、ヴェラドに触れた瞬間に爆散。その体をズタズタに切り裂いた。


「ゴボッ…… ゆる、さぬ…… 許さぬぞ……!」


 大量に出血し、手足も胴体もちぎれかけ。エリネンに切り裂かれて目も見えていない。

 にも関わらず、ヴェラドは怨嗟の声を上げながら僕に顔を向けた。


「それはこっちの台詞だ…… ヴェラド。僕は、決してお前を許さない……!」


 ゴロゴロゴロッ……


 天に向かって雷槍天叢雲らいそうあめのむらくもを掲げる。

 奴を倒すには、回復する暇を与えない程の強烈な一撃が必要。そう確信した時から育て上げていた巨大な積乱雲が、解放を急かすように唸りを上げる。

 その莫大な電荷を根こそぎぶつける。そう強くイメージしながら、僕は叫んだ。


天雷フルグル・カエレスティス!!』


 --カッ……!


 鮮血の魔王ヴェラドを、天から打ち下ろされた裁きの雷光が飲み込んだ。


遅くなりましたm(_ _)m

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【水曜以外の19時以降に投稿予定】


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