第526話 鮮血の魔王(2)
「まず生き残りを避難させます! アスルは縄を! ティルヒルさんは城門までの道と誘導を! フラーシュさんは太陽を維持!」
広場にはまだ、住民の生き残りが数百人は居る。彼らは全員只人で、手足を縛られてひと所に集められていた。おそらく亜人で生きている人はもう……
「分かった……! 『海よ!』」
「りょーかい! 『風よ!』」
僕の声に二人が即座に応え、アスルがその精妙な水魔法で生き残りの人たちの縄を切断し始める。そしてティルヒルさんの風魔法が、城門までの道の火と煙を吹き散らした。
『街のみんな、聴いて! 敵はあーしらが抑えてるから、その間に街の外に逃げて! ほら早く早く、走って走って! このままじゃ死んじゃうよ!?』
「「う…… うわぁぁぁぁぁ!」」
さらにティルヒルさんの拡声魔法の避難誘導が響き、解放された人達が一目散に広場から城門の方へ走っていく。
その間、僕とエリネン、カリバルの前衛三人は、ヴェラドから目を離さなかった。
「ほぅ…… この吾輩を前にして最初にする事が、民を逃す事か。雷公殿の仁君との呼び声は正しかったようだな」
そして奴も逃げる住人達には目をくれず、僕だけをぎらつく目で見ていた。
奴の殺気と重圧が増し、その体から強烈な紫色の放射光が放たれる。当然のように紫宝級か……!
「……!? タ、タツヒト氏…… あいつの魔力量、おかしいよ!」
「フラーシュさん、どういう事ですか!?」
背後から聞こえた彼女の慄く声に、奴への視線を切らずに問いかける。
「えっと…… 魔法使いが臨戦体勢に入った時って、放射光と一緒に魔素も漏れ出すの……!
その魔素の放出量って、位階と残存する魔力量に比例するんだけど…… あいつの放出量、覆天竜王と同じか、下手したらそれよりも多いかも!」
彼女の言葉に全員が息を呑む。覆天竜王は神の位階に至っていた。つまり……
「それは…… 紫宝級のヴェラドが、神級並の魔力を持ってるって事ですか……!?
--どうやってそれほど溜め込んだのかは分からないですが、魔力切れを狙うのは現実的では無いみたいですね……!」
警戒を強める僕らに向かって、ヴェラドが悠然と一歩を踏み出す。
「では、まずは小手調べと行こう……! 『血よ!!』」
ジャッ!
そう言って奴が腕を振るった瞬間。石畳から赤黒い何かが四本も立ち上がり、僕らに向かって殺到した。
あれは、血の刃……!? まるで巨大な獣の爪のような…… ともかく、避ければ後衛に当たる……!
「エリネン、カリバル! 左右のをお願い! 僕は正面の二本を!」
「「応!」」
ドパァンッ!
渾身の力で叩きつけた槍の横薙ぎが、鉛のように重い手応えと共に血刃を掻き消した。
視界の端で、エリネンとカリバルもそれぞれ血刃を打ち消したのが見えた。
間髪入れず、僕は余裕の笑みを浮かべているヴェラドに手を掲げた。
『雷よ!』
バァンッ!
「ぐっ……!?」
僕の放った雷撃が奴に直撃し、その表情が始めて苦悶に歪む。
強力な身体強化のせいかあまりダメージは入ってなさそうだけど、動きは止まった。
「オラァッ!」
「死にさらせぇっ!」
その隙に大きく踏み込んだカリバルとエリネンが、ヴェラドの左右から肉薄する。
ザシュシュッ!
カリバルの三叉槍が奴の胴体に突き刺さり、エリネンの夜曲刀が首を裂く。けど、どちらも浅い……!
直後。雷撃の麻痺から立ち直った奴が、寒気のするような殺気と共に細剣を振おうとする。
二人はその前に素早く奴から離れ、僕らの元まで後退した。
「危ねぇ……! そんで硬すぎだろ…… こっちは全力で突き込んでんのによぉ!」
「しかももう傷が塞がっとる…… ほんまにバケモンやな……!」
カリバルとエリネンが戦慄した様子で呻く。
「二人とも、それでも攻め続けよう! あの馬鹿げた再生能力にもきっと限界はあるはずだ!」
「「応!」」
後衛の二人が住民の避難を続ける中、僕ら前衛は果敢に奴を責め続けた。
しかし僕ら攻撃の大半は、奴を浅く傷つけただけだった。一度、僕の渾身の突きが奴の心臓を抉ったけど、他の傷同様にほんの数秒で治癒してしまった。
逆に、奴の血刃の魔法と老練な剣技により、僕らの体には無数の傷が刻まれていた。
「はぁ、はぁ、はぁっ……!」
「どうした雷公殿、供回りの者達まで。まだ戦いは宵の口だというのに、随分と息が荒いではないか。全く、身体中から芳しい香りをさせおって……!」
血まみれで息を荒げる僕を見てヴェラドが舌なめずりをする。非常にまずい。このままじゃジリ貧だ……!
「よーし……! タツヒト君、避難終わったよー!」
「私達も参戦する……!」
そこに、ティルヒルさんとアスルから避難完了の報告が入った。よかった……!
「ありがとう! 前衛だけじゃとても無理そうだったんだ……! ちなみにフラーシュさん。奴の魔力って……?」
「駄目…… ほんのちょっと減った気がするけど、このままだときっと何日かけても……!」
「そう、ですか……」
さてどうしたものかと、大分冷静になってきた頭で考えを巡らせる。
恐らく奴の異常な回復力は、その膨大な魔力量に裏打ちされたものだ。持久戦になればこちらが絶対に負ける。
ならば必要なのは、回復する暇を与えずに奴を一瞬で消し飛ばす、そんな強烈な一撃だ。でも、もしそれでも倒しきれなかったら……
僕は魔力切れで動けなくなり、戦線は崩壊。こちらが勝てる可能性はゼロに等しくなる……!
勝ち筋の見えない状況に歯噛みしていると、フラーシュさんがおずおずと声を上げた。
「--タツヒト氏。避難は完了したんだよね? 上の奴、消してもいい……? ちょっと試したい事があるの……!」
上のやつ。フラーシュさんが打ち上げた宵闇の太陽の陽光は、他の吸血族をこの場から遠ざけ、ヴェラドに僅かながら継続ダメージを与えている。正直消す理由が分からないけど……
キィン……
しかし、絆の円環から伝わってきた彼女のイメージに僕は息を呑んだ。なるほど、確かにあれなら……!
「分かりました……! やっちゃって下さい!」
「うん!」
フラーシュさんが陽光の魔法を解除すると、広場は再び燃える家屋の灯りに赤く照らされた。
「おや、日光浴はもう終わりか? では……」
すると、魔王が細剣をおもむろに鞘へ収めた。
「……!? なんのつもりだ!?」
「何、そちらの準備も整ったようであるし、小手調べは終わりでよかろう。 --『屍山血河』」
ズッ……
静かに両手を広げたヴェラドから、怖気が走るほどに強烈な魔法の気配が放たれた。
そして異様な雰囲気の中、視界の中で何かが動く。見ると、広場に山と積まれた遺体がカタカタと動き始めていた。
「な、なんだ……!?」
動きは徐々に大きくなり、数百、数千にも及ぶ遺体が一斉にガタガタと音を立てる。そして。
パァンッ!
その内の一体が、内側から破裂するように赤く弾けた。
「ほぅ…… 中々美しく咲いたな。だが、今宵を彩るにはまだまだ足りぬ」
パァンッ! バパァンッ!
耳を塞ぎたくなるような破裂音の連続。それに頬を歪めるヴェラド。
その光景を呆然と眺める内に凶行は終わり、広場には原型を留めない遺体と血の海が残された。
「--ヴェラド…… お、お前は…… 一体どこまで……!」
どこまで死を弄べば気が済むんだ!
「待ってタツヒト! 迂闊に飛び込まないで……!」
再び怒りに飲まれそうになった僕を、アスルの声が止めた。すると。
--ドプンッ……
「……!?」
いつの間にか、遺体から流れ出た大量の血液が円環を成し、僕らを取り囲むように宙を漂っていた。
徐々に回転し始めたその巨大な血の円環は、際限なく速度を早め…… 無数の血刃の群れへと転じた。
ガァァァァァァッ!!
「「……!」」
轟音を上げ、血刃の奔流は広場を囲んでいた家屋群を一瞬にして粉砕した。
その光景に全員が戦慄する。あの血刃一本の重さと威力を僕は知っている。
それが数えきれないほど、異様な速度で僕らを取り囲んでいるのだ。濃密な死の予感に冷や汗が吹き出す。
「ふはははは! 刮目せよ! これこそが、吾輩が鮮血の魔王と呼ばれる所以だ!
数多の敵、数多の軍勢を微塵に刻んできたこの血刃の嵐……! 貴殿らはどう捌くだろうか…… さぁ、直ぐには死んでくれるなよ!?」
哄笑するヴェラドがまるで指揮者のように手を振るった。
するとそれに導かれるように、赤い破壊の嵐が僕らに殺到した。
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【水曜以外の19時以降に投稿予定】
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