第523話 始祖神の護り
絆の円環から入った通信を、僕は会議室の全員に伝わるように復唱した。
「南方、ティルヒル妃からの報告! 帝国軍艦隊が我が国の領海を侵犯! 友軍艦隊が迎撃を開始!
……! 敵超戦力、グラツィア黒狼騎士団長、およびミラグロス次席宮廷魔導が突出! ヴァイオッレット妃、およびティルヒル妃が応戦中!
--情報にあった皇帝を守る双璧の姿は無し! 以上!」
直後、その場の全員が緊張の面持ちで会議室の壁面へと視線を向ける。そこには、この国とその周辺の精巧な地図が映し出されていた。
「南方担当、復唱します! 南方、ティルヒル妃から--」
宰相の部下、書記官の一人が僕の言葉を復唱し、別の部下が壁面に繋がるコンソールを操作する。すると地図上に僕の報告事項がすぐに反映された。
それに続いてメームさんとエリネンも声を上げる。
「東方、ゼルからの報告だ! こちらでも馬王国艦隊の迎撃を開始した!
敵超戦力、ベアトリス騎士団長、およびヴァランティーヌ魔導士団長の姿を船上に確認! ゼル、アスル、カリバルと睨みあう状況だ!」
「北方、ロスニアから報告や! 停戦交渉は失敗、ぎょうさん来とる敵艦隊をプルーナが何とか抑えとーが、味方の人手も船も足りとらん!
……! イヴァンジェリン騎士団長とルイーズ魔導士団長も来とる! 敵の超戦力や! キアニィがすぐ出られるよう待機しとるで!
--今んところアシャフ学長の姿はあらへん!」
二人の報告も地図上に反映され、現時点における戦場の全景が明らかになった。
超戦力の数は拮抗しているものの、三つの港に押し寄せつつある敵の総数は予想通りこちらの三倍。地図を見つめるみんなの表情も険しい。
「やはり厳しい戦いになるな…… しかし、名高い皇帝を守る双璧と、魔導国最強のアシャフ学長は出陣していないか……」
前者は皇帝の守護のため、後者は女王より偉いためこの戦争には出て来ない。その予想は当たったようだ。
そのことに安堵の息を吐いていると、押し殺すような小さな声が聞こえてきた。
「本気でこの国を滅ぼすおつもりか…… 母上、ルフィーナ……!」
振り返ると声の主、エリネンが、愕然とした表情で俯いていた。
--彼女とそのお母さん、エメラルダ女王とは複雑な関係だ。とある事情により、女王は生まれてきたエリネンを王城に幽閉しなければいけなかった。
しかしエリネンは自力で城を脱走。その後紆余曲折を経て彼女と女王は和解し、妹であるルフィーナ王女との関係も良好だった。なのに今、女王は彼女ごとこの国を消し去ろうとしている……
「エリネン妃…… エメラルダ女王、そしてルフィーナ王女が其方を心から案じていた事を、我はよく知っている。
此度の戦は最初から何かがおかしい。きっと、彼女達の意思とは別の力が働いているのだ……」
「タツヒト…… おおきにな。ウチもそれは分かっとる。分かっとるんやが…… くそっ……!」
その後もお妃さん達からの報告は続き、蒼穹師団も各戦場の空からの情報を短いスパンで届けてくれた。
それらを地図に反映しつつ、僕は重臣達やマリーさん達に助言してもらいながら戦地のお妃さん達へ指示を飛ばした。
会議室はにわかに騒がしくなり、戦場も目まぐるしく変化していった。
そして開戦から数時間。全ての戦場で友軍の艦隊がジリジリと後退を余儀なくされている中、最初に破綻の兆しが見えたのはやはり北方だった。
「……! 北方、ロスニアから支援要請や! プルーナがバテてきよった! もう艦隊を抑えきれん!」
エリネンの悲鳴のような声に、重臣達が苦しげに呻く。
「くっ…… 北方への増援は!?」
「西方からの支援艦隊が向かっていますが、まだ半日はかかります!」
「それでは上陸を許してしまうぞ……!?」
「--ならば我が出よう。全力で駆ければ、一時間ほどで北の港に着くはずだ」
椅子から立ってそう宣言した僕に、会議室が一瞬静寂に包まれる。
「な、なりません! もし陛下がお倒れになったら、この国は……!」
「宰相。我はこの力により王と認められたのだ。今それを振るわずして、何が王か……!」
「待てやタツヒト! ウチも一緒に--」
「駄目だ。エリネン妃。其方に魔導国の兵を殺させるわけにはいかぬ」
「……! それは……」
僕の拒絶に、エリネンが喉を詰まらたように黙り込む。
「すまぬな、これは我の我儘だ…… マリー外務顧問、ケイ外務顧問。其方らがこの場で最も戦場への造詣が深い。すまぬが、メーム妃と共に全軍の指揮を頼めるだろうか?」
マリーさんとケイさんに向き直ってそう言うと、彼女達は起立し、最敬礼で応えてくれた。
「心得ました、我が王」
「どうかご武運を」
「感謝する…… では行って--」
キィン……
その時、絆の円環が発動した。
『みんな、待たせたであります! 例の装置の整備が完了したであります! フラーシュ、どうでありますか!?』
『こっちでも確認したよ、シャム氏! うん…… 動かせそう……! タツヒト氏! いつでも行けるよ!』
脳内に響いたのはシャムとフラーシュさんの弾むような声。それぞれ、この国の地下深くと、王城の別室で、とある大規模な作戦の準備を進めてくれていたのだ。
「シャム妃、フラーシュ妃……! よくやってくれた!」
「よし……! 流石だ、二人とも!」
突然喝采をあげ始めた僕とメームさんに、宰相も何かを察したらしい。
「陛下、もしや……!?」
「ああ! 二人が間に合わせてくれたのだ! エリネン妃、メーム妃、各地の妃達に伝達を!
五分後に、始祖神の護りを発動させると!」
「「応!」」
***
南の港。夥しい数で迫る帝国艦隊に対し、アウロラ王国側の艦隊は劣勢にあった。
敵の次席宮廷魔導との戦いの合間、ティルヒルが時折放つ風の魔法の援護により、王国艦隊はなんとか踏みとどまっている状況だった。
この世界における艦隊戦で撃ち合うのは大砲ではなく、魔法や銛、果ては石などだ。
最後の一つは極めて原始的だが、高い位階にある戦士が放つ投擲は、時として大砲を超える威力を持つ。
そんな魔法や石が飛ぶかう戦場の中、アウロラ王国の旗艦の上では剣戟の音が響く。ぶつかり合っているのは、残像を生じる速度で動く紫と黒の影だ。
ギャリィンッ!
刃のぶつかり合う音が一際大きく響いた後、二つの影、ヴァイオレットと、黒狼騎士団長グラツィアは大きく距離を取った。
「--強いな。グラツィアと言ったか。それほど腕を持ちながら、なぜ人喰いのヴェラドなどに従う?」
無傷で泰然と斧槍を構えるヴァイオレットに対し、グラツィアの体には細かな傷が刻まれ、巨大な牙のような大剣を構える姿にも余裕が無い。
「ふん……! 男などを王に戴く連中には理解できまい! ヴェラド陛下こそ真の王……! いや、世界の全てが、かの鮮血の魔王の下にひれ伏すべきなのだ!」
「ではその魔王はどうした。部下に戦場を任せて隠れているのか? おっとすまない。魔王は、太陽の下に出ら事の叶わぬ、筋金入りの日陰ものだったな」
「貴様……! その多すぎる足を削ぎ落としてやる!」
キィン……
二人が再びぶつかり合う直前。ヴァイオレットとティルヒルの腕に嵌った絆の円環が発動した。
「……! シャム、先生……! やってくれたか!」
ヴァイオレットが会心の笑みを浮かべた直後、上空からティルヒルの拡声魔法が響いた。
『アウロラ王国の全艦隊に通達だよ! 所定の位置に付いて! もーいっかい! 所定の位置に付いて!』
すると、ジリジリと下がっていたアウロラ王国軍の艦隊が突如回頭し、高速で港に戻り始めた。
「なんだ……!?」
アウロラ王国軍の突然の動きに、グラツィアの注意が逸れる。それを見逃すヴァイオレットでは無い。
彼女は甲板を蹴り、瞬きの間にグラツィアへ肉薄した。
「らぁっ!」
ガァンッ!
「ぐっ……!?」
ヴァイオレットの攻撃を受けきれず、グラツィアは船から弾き飛ばされてしまった。
「--ぷはっ……!」
海に落ちた彼女が海面から顔を出すと、逃げるアウロラ王国の艦隊を追って、帝国の艦隊が猛然と追撃をかけているところだった。
「ま、待て! 様子がおかしい! 止まれ! おい!」
グラツィアの静止は届かず、追撃は止まらない。その時。
ギュワァァン……!
戦場全体に、異様な音が響いた。
--ザ…… ザザッ…… ザザザザザッ……!
続いて、まず海に異常が生じた。
アウロラ王国の沿岸から一定の距離離れた位置。ちょうど帝国の艦隊のいるあたりの海面が、王国から離れる方向に激しく波を立て始めたのだ。
それだけではない。猛然と追撃を仕掛けていた帝国の艦隊が徐々に減速、停止し、今度は王国から離れる方向に後退し始める。
その動きは徐々に加速していき、帝国艦隊の乗組員は奇妙な浮遊感に晒された。
「「うっ…… うわぁぁぁぁっ!?」」
「馬鹿な……!? なんだこれ--」
乗組員が上げる悲鳴と、グラツィアの困惑の声が急速に遠ざかる。
アウロラ王国を追い詰めつつあった敵連合艦隊は、大量の海水と共に水平方向に落下。戦場からの強制退場を余儀なくされた。
金曜分です。遅くなりましたm(_ _)m
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【水曜以外の19時以降に投稿予定】
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