第522話 開戦
周囲を全て敵国に囲まれ、転移魔法陣すら使えない孤立状態になってしまった僕らは、孤独と不安を感じながらも粛々と戦いの準備を進めた。
そして宣戦布告から一夜明けた今日。宮廷会議で夜通し練った作戦計画に従い、強力な個人戦力が防衛上の要所へ先行配置される事になった。その超戦力は一体誰なのかと言うと、僕のお妃さん達だ。
フル装備で王城前広場に集合した僕とお妃さん達は、アレクシスを囲みながら別れを惜しむように話し込んでいた。今から、彼女達の過半数が各地へ発ってしまうのだ。
「あだっ、うふふっ! あーっ!」
ヴァイオレット様の腕の中に抱かれたアレクシスが、にこにこ笑顔で手をばたつかせる。
彼の小さな手を握りながら、ヴァイオレット様は正しく慈母の笑みを浮かべた。
「ふふっ、今日のアレクシスは随分ご機嫌だな。これなら発つ際に泣かれずに済みそうだ」
そこへティルヒルさんも加わり、アレクシスのほっぺをぷにぷにとつつく。
「うぶぅー?」
「んふふ、アレクシスくーん。おかーさんの事はあーしが守るから、おとーさんと一緒にいー子で待っててね?」
こうしていると優しいお姉さん方だけど、彼女達は一騎当千どころか万軍にも匹敵する超戦力だ。そのお二人には、南方の港に付いてもらう事になっている。
そして迎え撃つのはアウロラ王国の数倍の国土と国力を持つ大国、南の帝国だ。南方にはすでに国内の戦力や物資が集まってきているけど、戦力差は否めない。
「--お二人に向かってもらう南方は、一番厳しい戦場になる事が明らかです。本当に、どうかお気をつけて……」
泣きそうになりながらなんとかそう言った僕に、二人は大きく頷き返してくれた。
続いて僕は、王都からさほど離れていない東の港に向かってもらう人達に向き直った。
「ゼルさん、アスル、カリバル。馬人族の王国とアウロラ王国を隔てる海峡は狭いので、激しい海戦が予想されます。三人とも、どうか用心を……」
彼女達が相手取るのは、僕らと特に縁深い馬人族の王国だ。国力などはアウロラ王国と同じくらいだけど、三正面作戦で相手取るには厳しすぎる相手だ。
「にゃー…… あそこは結構知り合いが多いからにゃぁ。ちょっとやりずれーけど、まぁウチらに任せておくにゃ!」
「--ごめんタツヒト。カリバルが裏帳簿なんて見つけたからこんな事に……」
「なっ……!? あれ見つけたのはアスル、てめぇだろうが!」
「ふふっ。二人とも、喧嘩の続きは無事に帰ってきてからにしてね」
三者三様に応えてくれる彼女達に、思わず吹き出してしまった。
僕は少し緩んでしまった表情を改めると、最後に北の港に配属される人達の方を向いた。
「キアニィさん、ロスニアさん、プルーナさん。三人に向かってもらう北方は、おそらく開戦までに人員や物資の配置は間に合わないでしょう…… だから、その……」
言葉を探す僕に、ロスニアさんが微笑む。
「大丈夫、分かっていますよ。本来、私達と魔導国が争う理由なんて無いはずなんです。だからきっと、話せば分かってくれると思うんです……」
彼女達が抑えるべき相手は魔導国。国力はアウロラ王国より劣るけど、とにかく魔法使いの層が厚い。戦わずに済めばそれが一番だ。
そしてロスニアさんは、前回の内戦同様、今回も停戦を呼びかけるために戦地に赴いてくれる。だけど、きっと今回も……
不安にが表情に出てしまったのか、キアニィさんがポンと僕の肩に手を置いてくれた。
「大丈夫ですわぁ、タツヒト君。この娘が無茶しそうになったら、わたくしが止めて差し上げますから。
--三国の動きを察知できなかった大失態。今回の働きで取り返させて頂きますわぁ……!」
諜報部隊を束ねるキアニィさんは、今回の戦争について特に責任を感じていた。そのせいかちょっと気合が入りすぎている気がする。
「えっと…… じゃあ僕は、キアニィさんが無茶しそうになったら止める係ですね。タツヒトさんは、安心して王都で待っていて下さい」
「プルーナさん…… ありがとう。でも、プルーナさんも無茶しないでね」
その後、僕らはお互いに別れ難くて、ぽつぽつとぎこちなく会話を続けていた。しかし時間は無常にも過ぎ、出発の時刻となってしまった。
「--ではタツヒト、みんな。私たちはそろそろ行く。この王都を、アレクシスを頼むぞ」
ヴァイオレット様が僕にアレクシスを差し出す。彼を受け取りながら彼女の表情を伺うと、そこには隠しきれない不安の色があった。
布告文にあった「呪われた赤子」という言葉を耳にして以来、彼女は時折こうした表情を見せるようになってしまっていた。
「ええ。 --ヴァイオレット様。この子は決して呪われた赤子なんかじゃありません。みんなに祝福されて生まれた、僕とあなたの大切な息子です。この子の為にも、必ず無事に帰ってきて下さい」
「……! ああ、勿論だ!」
「みんなも、危なくなったらすぐに絆の円環で知らせて下さい。すぐに駆けつけますから。 --では、ご武運を」
「「応!」」
彼女達は大きく頷くと、厳しい戦いの待ち受けるそれぞれの戦場へと向かっていった。
僕はアレクシスを抱えながら、王都に残るお妃さん達と一緒に彼女達をじっと見送った。
それから時間はあっという間に過ぎ、もう開戦の日の朝が来てしまった。
「ついに、始まってしまうな……」
王城の会議室。ぽつりと呟いた僕にこの場の全員の視線が集中した。
会議室にはエリネンとメームさん、それからラビシュ宰相を始めとした重臣達が詰めていて、外務顧問のマリーさんとケイさんの姿もある。
顧問の二人には内陸部への避難勧告を出したのだけれど、戦争を防げなかった責任は自分達にもあると言って、王城に残ってくれたのだ。戦場経験豊富な彼女達が側にいてくれるのは正直ありがたい。
シャムとフラーシュさんも王都に居るけど、この会議室には居ない。今二人には、別の重要な仕事に取り掛かってもらっている。
「陛下…… 我々は、守り切れるのでしょうか……?」
目の下にくっきりと隈を作った宰相が、掠れた声で問いかけてくる。
「--うむ。情報によると、敵連合この戦争に動員した兵数は実に三十万。これは我が国の総戦力の約三倍、正直、目を背けたくなるような戦力差だ。
しかし此度の戦は防衛戦争。守り手側である我が国の方が有利だ。
加えて我が国は全周を海に囲まれ、敵の艦隊が上陸可能な場所も東西南北の港に限られる。攻めるに難く、守るに易い地形だ。決して勝ち目のない戦いでは無い……」
自分に言い聞かせるように答えると、メームさんがそれに続ける。
「言わばこれは、国家規模の籠城戦というわけですね。そしてそのような戦では、食糧を始めとした物資の供給が特に重要です。
これに関しては、国中に存在する俺の商会の支店が協力に当たっています。北方だけまだ手が回りきっていませんが、もうじき補完できるでしょう」
彼女の言葉に重臣達の表情が和らぐ。少しは安心してくれたようだ。場の雰囲気が少し軽くなり、暫しの沈黙が生じる。
「--あ、あの……! こんな時なのですが、陛下に一つ伺いたい事がございます……!」
そこへ、アプトゥ外務長官が上擦った声で問いかけてきた。何かを覚悟したような、とにかく只事でない様子だ。
「ふむ…… 何だろうか、外務長官」
「その、敵の宣戦布告文についてです…… 勿論、あんなものはただの言いがかりです! それは分かっているのですが……
陛下とお妃様方。皆様があまりにも強大な力をお持ちな事が、どうしても気がかりで……」
そして彼女が口にした言葉に、他の重臣達が怒りも露わに立ち上がった。
「外務長官……! 貴様、何が言いたいのだ!?」
「まさか、陛下が邪法を用いているなどと言う妄言を信じているのか!?」
「ひ、ひぃっ……!」
重臣達の怒声に、年若い外務長官が涙目で震え上がる。
「皆、待つのだ! --外務長官。続きを話すが良い。疑問や不安を抱えたままでは、戦いの最中の判断にも迷いが出よう」
「は、はいぃ……! そ、そのぅ…… 情報によれば、敵の連合が動員した超戦力と、我が国の超戦力の数はほぼ拮抗しています……!
兵数では三倍の差があると言うのに、これは、かなり不自然な偏りではありませんか……!?」
「「……!」」
彼女の指摘に、重臣達は不安げに顔を見合わせてしまった。
確かに尤もな指摘だ。アウロラ王国くらいの規模の国の軍事組織には、紫宝級の超戦力が一人か二人いれば御の字だ。
だというのに、この国には僕、ヴァイオレット様、キアニィさん、ゼルさん、ティルヒルさん…… 五名もの紫宝級が存在している。他のお妃さん達も、メームさんを除いて青鏡級だ。
僕とお妃さん達には何かある。そう考えるの普通だろう。
ふとエリネンの方を見ると、彼女が渋い表情で僕に頷いてくる。もう隠しきれないか……
「慧眼だ、外務長官…… しかし我は、創造神様や他の善き神々に誓って、人を犠牲にする邪法などは用いていない。全ては原因は、我の体質にあるのだ……」
僕は、自分が他の人より位階が上がり易い体質であるらしいこと。そしてその体質が、自分と一線を超えた女性にも伝播する事を伝えた。
特に後者については色々とセンシティブなので、自分達以外には決して知られないようにして来た事だった。
「--という訳なのだ。今話した事は秘中の秘故、皆、決して口外しないで欲しい」
話し終えた僕を、エリネン以外のみんなが驚愕の表情で見つめる。そんな中、最初に疑問を口にした外務長官は深い安堵の息を吐いた。
「な、なるほど…… それならば辻褄が合います……! よかったぁ…… 陛下は、やはり我らの英雄だったのですね……」
彼女の言葉に他の重臣達も表情を和らげた。どうやら疑惑は解消できたようだ。
「ははは、確かにそれは秘中の秘にございますね。この事がもし漏れたら、力を求める女共が世界中から陛下に殺到してしまうでしょうから」
「……!?」
宰相が冗談めかして放った言葉に、僕は衝撃を受けた。た、確かに……! その状況を想像して顔がにやけそうになるのを、僕はなんとか耐えた。
「--おいタツヒト…… おまはん、今の話聞いて何を考えたんか言うてみぃ……!」
が、お妃さんにはバレバレだったらしい。メームさんは苦笑いしているだけだけど、エリネンは結構ガチ目怒っているのが声から伝わってきた。
「あ、いや……! その、そうなってしまったら、本当に困るなー、と……」
「--はぁ。おまはん、ほんまに嘘のつけん男やな…… なんでウチはこないな男に惚れてもうたのか……」
呆れてため息を吐くエリネンに、会議室が朗らかな笑いに満ちる。くっ、僕が100%悪いので何も言い返せない……
キィン……
「「……!」」
その時、僕とエリネン、そしてメームさんは同時に息を呑んだ。
各地で防衛に当たっているお妃さん達から、絆の円環を通して矢継ぎ早に通信が入ったのだ。
敵が艦隊が動いた、と。
「始まった……!」
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【水曜以外の19時以降に投稿予定】
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