第518話 海底探検
ヴェラド糾弾のための五カ国連盟は、無事に結成まで漕ぎ着けることができた。
北の魔導国と東の馬人族の王国は快諾。聖国に関しても、猊下に事情を話したら快諾してくれた。ただ、なんだか猊下は少し元気が無い様子だった。ヴェラドの件が片付いたら、またアレクシスを連れて遊びに行こう。
一番難儀したのは、吸精族のディーナさんに仲介してもらい、吸血族の国の現首脳部にコンタクトを取る所だった。
ここに関しては、我が国最強のコミュ力を持つゼルさんとティルヒルさんに担当してもらったのだけど、両国の長年の軋轢もあってかなり苦労したと言う話だった。
ともあれ、そうしたみんなの働きでかなり高威力な抗議文を作成する事に成功した。その渾身の一通がもうそろそろ帝室に届く筈だ。
加えて、キアニィさんの拷-- とても丁寧な聞き取りにより、例の裏帳簿を持っていた連中の正体も判明した。
主に狼人族で構成されていたその海賊達は、ヴェラドの領地の下っ端海軍だったのだ。
何かの事情で奴隷が大量に必要になり、本職の海賊だけでは人手が足らずに動員されたのだとか。
結果、慣れない人攫い業とハードスケジュールにどんどん仕事が雑になり、今回の大失態に繋がったようだ。さもありなん。
その何かの事情も気になるけど…… ともかく、ヴェラドを取り除けば全ては解決する。皇帝が正しい判断を下してくれる事を願って、今は返答を待とう。
それで、この件に関して最も功績大なのは誰かというと、間違いなくアスルとカリバルの二人だ。彼女達が押収した裏帳簿のおかげでここまで来れたのだ。
それに報いるべく、何か欲しいものはあるかと聞いたら、二人は口を揃えて僕とデートがしたいと言ってくれた。
二人とは、海賊対策で忙しい事もあり最近あまり一緒に遊べていなかった。僕はもう、嬉しさと申し訳なさで泣きそうになってしまった。
そんな訳でなんとか三人の非番が重なるタイミングを捻出し、僕らは王都の東の港まで来ていた。本日はアウロラ王国沿岸の海底探検デートという趣向らしい。それはいいのだけれど……
「ねぇお二人さん。やっぱり、アタイはアタイでなくてもよかったんじゃ無いかい?」
天気は見事な快晴。真夏の太陽が照りつけるなか、僕はタチアナ姿で防波堤の上に立っていた。
ウォータープルーフの化粧をバッチリ決め、着ている水着も白いワンピース姿だ。胸元に綺麗な布飾りが付いていて、腰元はスカートのようになっている。タチアナ状態で水着を着るのは超久しぶりなので、結構、かなり恥ずかしい。
もちろん僕の意思では無く、二人から切望されたからである。海底探検なら人目もないしわざわざタチアナにならなくとも…… と言ったのだけれど、そんな僕の姿を見たアスルとカリバルはとても嬉しそうだ。
「絶対に必要。そして私の推測は正しかった。水着を恥じらうタチアナ、とても良い…… せっかくなので今日はそのままの姿で過ごして欲しい」
「えっと…… か、可愛いし、すげぇ似合ってると思うぜ? いや、もちろん普段の兄貴も可愛んだが、何つーか種類がちげーよな。うん、めちゃくちゃ良い」
うん、本当に嬉しそうだ。ちなみに二人も、いつもの戦闘用装備ではなく水着をお召しだ。
小柄で控えめな体型のアスルは、僕と同じような形の群青色のワンピースを着ていて、非常に可愛らしくて素敵だ。
カリバルは、その抜群のプロポーションを強調した際どい黒のビキニを着ている。腹筋が見えるのもとても良い。
「そ、そうかい。アタイなんかより、アンタ達の水着姿の方が遥か似合ってるんだけど……
まぁ、わかったよ。今日は二人のための日だからね。何でも言う事を聞こうじゃないか」
「--今、なんでもって言った……?」
「今日ってことは、当然夜まで有効だよなぁ……?」
僕の迂闊な発言に、二人の視線に含まれる湿度が急上昇する。
「えっと…… ほ、ほら。今日の趣旨は海底探検だろ? アタイ、先に行くよ」
いそいそと水中呼吸の魔導具などを付けた僕は、逃げるように海へ飛び込んだ。
すると後から飛び込んできた二人が僕の手を取り、海中を進んでいく。
この辺りの海は透明度がとても高い。海中から上を見上げれば光り輝く水面があり、少し離れた場所を泳いでいく魚の群れもクッキリと見えた。
群青士団がこまめに間引きをしてくれているので、魔物も殆どいない。最高の環境だ。
『思えば、こうして一緒に海を泳ぐのは久しぶりだねぇ。アスルやカリバルと出会った時以来なんじゃないかい?』
隣を泳ぐ二人に語りかけるように思考すると、すぐに返答が脳内に響いた。
『確かに。タチアナ達と出会った頃は、何かが大きく変わる予感がしてとてもワクワクした。時々くる邪魔者がいなければ、もっと良かった』
『おいアスル。そら俺のことかぁ? だったら奇遇だなぁ。俺もてめぇさえ居なけりゃ天国だって思ってたぜぇ』
--この二人、本当はお互いを無二の親友だと思ってるのに、脳内でもこうやって喧嘩みたいに会話するんだよなぁ。
さておき、水棲亜人じゃない僕が海中でお喋りできているのは、僕らが腕にはめた神器、絆の円環のおかげだ。
以前はもっと抽象的なやり取りしか出来なかったのだけれど、みんなで練習した結果、こうして普通に会話出来るまでになったのだ。
似たような機能の魔導具もあるけど、この神器は距離の制限が無いので凄まじく便利なのだ。贈ってくれた神様達には感謝しか無い。
『まぁまぁお二人さん。それより、聞いていた以上にすごい地形だねぇ』
僕らの下に横たわる海底の地形。剣山のようになった場所や、岩が絶妙なバランスで積み上がっている場所などもあって、見ていてとても面白い。
僕らのアウロラ王国、又の名を『方舟』には、何よりその国土に特徴がある。遥か昔、元の陸地から巨大な半円形にくり抜かれた方舟が離陸し、つい最近元の場所に落下してきたのだ。恐らくそのせいで海底の地形がめちゃくちゃなのだ。
『ふふん、ここはまだ序の口。もっと凄い場所がある』
『俺らもまだ探検しきれてねぇ場所があるんだ。こっちだぜ』
『へぇ、そりゃ楽しみだよ』
二人の案内で泳いでいくと、突然目の前に深く、幅の広い海溝が現れた。
アウロラ王国の巨大な国土は、その海溝の上に乗っかっているような状態に見える。これまで見た中でも群を抜いて奇妙な地形だ。
『うわっ……! すご、何ここ!?』
思わず素で驚いてしまうと、アスルとカリバルが得意気に笑う。
『最近見つけた場所。海溝の深さは分からない。とにかく深い。今日はここを主に探検する』
『この海溝を進んで行くとよぉ、方舟の裏っかわが見えるんだぜぇ? どうだタチアナ、ワクワクしねぇか?』
『な、なんだいそれ……! めちゃくちゃ楽しそうじゃ無いかい! 行こう、早く行こう!』
テンションも高く、僕らは海溝の中へと入っていった。
すると景色は一変。光に満た透明で広大な海から、薄暗く神秘的な光景へと変化した。
前方と、下に何処までも続く海溝は、群青色の闇に覆われていてその先を窺い知れない。上を見上げるとゴツゴツとした岩の天井が海溝に蓋をしていた。
『これが方舟の裏側…… この上でみんな暮らしてると思うと、なんだか不思議な感じがするねぇ』
『確かにそうだよなぁ。おっと、ちょっと暗くなってきたな。タチアナ、明かり頼めっか?』
『任せとくれよ』
『水深もかなり深くなってきた。耐圧の魔法を使う』
方舟は巨大なお椀型の形状をしているので、その形沿って進むとどんどん水深は深くなる。
生き物も障害物もないのでかなりの速度で泳ぎながら、二時間ほど経過した頃だろうか。僕らはついに方舟の中心付近に到達した。
『夢中になって随分進んじまったねぇ…… このまま進んだら反対側に出ちまうだろうし、そろそろ戻ろうかいね』
そう言って上を振りあおぎ、僕は目を見開いた。岩の天井があると思っていたそこに、直径数十mはありそうな巨大な穴が空いていたのだ。
穴の形はとても歪で、まるで無理やりぶち抜いたかのような有様だった。
『何あれ…… 穴? なんで……?』
『なんでも何も、入って確かめてみりゃ良いだろ。せっかくここまできたんだしよぉ』
カリバルの提案に頷いた僕らは、慎重に頭上の大穴へと入った。
穴はずっと上の方まで続いていて、僕らは好奇心に突き動かされるまま登り続けた。
すると穴は唐突に終わり、僕らは水面を割って広大な空間に出た。試しに水中呼吸の魔導具を取ってみると、問題なく呼吸することができた。
「穴の次はでかい空間かい…… 一体何が--」
明かりを強めてその空間を照らした瞬間、僕は言葉を失った。今日は驚いてばかりだ。
そこは、何かの研究施設か工場のような雰囲気の空間だった。壁や床はのっぺりとした材質で覆われ、あちこちに装置や計器など配置されている。
そして空間の中心には、沢山の装置と配線で繋がった、巨大な装置が設置されていた。ぐちゃぐちゃに壊されているけれど、何か巨大な球体状のものが置かれていた形跡がある。これって、もしかして……
「な、なんでこんなところに古代遺跡があんだ……!?」
「分からない…… でもフラーシュの話だと、方舟そのものが古代遺跡。こうした物があってもおかしくないけど……」
驚くカリバルとアスルに対して、僕はこの場所の正体に思い至っていた。
僕らが見つけたのは恐らくこの方舟の心臓部。永い間方舟を空に浮かべ、天蓋竜によって破壊されてしまったもの……
「二人とも大発見だよ…… これ、方舟の主機関魔導装置だ!」
土曜分です。遅くなりましたm(_ _)m
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【水曜以外の19時以降に投稿予定】
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