第516話 蛇と蛙に挟まれる
「何やら事態が動くようだな…… しかし俺様達は今からヤル事があるので、今日の所はこれで失礼するぞ!」
「あ、はい」
コメルケル会長は僕らの緊迫した雰囲気を察してくれたのか、双子と一緒に颯爽と去っていった。
--いや、あの昂った様子からして、早く双子と宿にしけ込みたかっただけかも…… 命の危険を感じた直後だから無理もないか。
会長達の情事は置いておいて、僕の方は直ぐに宮廷会議を招集。ヴェラドの悪行の証拠となる裏帳簿をみんなに示した。
すると、疑惑が確証に変わった事で雰囲気は一変。会議室は静かな怒りと殺気で満たされた。
「--みな、落ち着くのだ。その怒りはヴェラドにぶつけるためのものだろう」
僕の言葉に、ラビシュ宰相を始めとした重臣達がはっとしてフラーシュさんの方を見る。
元来争い事が苦手な彼女は、会議室の雰囲気に怯えた表情をしていた。
「……! し、失礼いたしました、フラーシュ王妃。申し訳ございません……!」
「だ、大丈夫だよ、ラビシュ。あたしだって悲しいし、ゆ、許せないって思ってるから。攫われた人達の中には、子供だっていたんだよね……?」
自身の下腹部に手を当てながら呟くフラーシュさんに、重臣達が表情を引き締める。彼女は滅多に人の事を悪く言わない人なのだけれど、今はその滅多な事が起こっているのだ。
「皆、思いは同じようだな…… では議論を始めよう。ヴェラドが二度と悪事を働けないよう、この世から確実に退場させるための方策を定めるのだ」
会議が始まり、まずアウロラ王国が帝国に突きつけるべき要求が決まった。
それは大きく三つ。拐われた人たちの救出と遺体の返還、被害者や遺族に対する賠償請求、そして、ヴェラドの捕縛と引き渡しだ。
この際に問題となるのは、帝室がヴェラドの悪行を知っていたのか否か。知っていたとして、切り捨てるか庇おうとするかだ。
帝室の対応次第では、僕らはヴェラドの領地のみではなく、大国である帝国そのものと事を構える事になってしまう。それは避けたい。
なので僕らは、同じく自国民が犠牲になっている二国を味方に引き込む事にした。
北の魔導国には同国出身のエリネンに特使として向かってもらい、東の馬人族の王国にはヴァイオレット様に出向いてもらう。
この三国の連盟で要求を突きつける事ができれば、流石の帝国もヴェラドを庇い立て出来ないはずだ。
加えて、諜報員の大半を帝国に再配置し、帝室とヴェラドの領地への監視を強める事となった。
そうしてヴェラド対策の初動が定まったところで、シャムが眉をハの字にして唸った。
「ふむぅ…… この三国での連携体制が取れるのも、裏帳簿を入手したアスルとカリバルのお陰であります。その二人がこの場に居ないのは、ちょっと残念であります」
「しょーがないよシャムシャム。海賊、ほんとーにいーっぱいるんだもん。あーしらも手伝ってるけど、全然手が足りないんだよ」
「ティルヒルさんの蒼穹士団も、慢性的に人不足ですもんね…… 二人が戻ってきたら、僕らで沢山褒めてあげましょうよ」
「それ、大賛成であります! プルーナ!」
三人のやり取りに、緊迫していた会議室の雰囲気が和らぐ。
しかしそんな中、一人だけ顔色の優れない人が居た。それはアウロラ王国発後に新設された役職、外務長官の座についた若い妖精族だった。
名前はアプトゥさん。若いながらも長官に抜擢されるほど優秀で、小柄で生真面目な性格もあって他の重臣達から可愛がられている。
まぁ若いと言っても妖精族基準なので、確か百歳は超えていた筈だけど……
「あー、アプトゥ外務長官よ。案ずるな、其方だけに負担が生じるような真似はせぬ。この難局はこの場の全員で乗り越えて行こうぞ」
「……! は、はいぃ……! 全力を尽くしますぅっ!」
アプトゥさんは僕の声にびくりと震えると、涙目になりながら答えた。
「う、うむ。その、あまり気負わぬようにな…… では、本日は解散とする」
宮廷会議でヴェラド対策の方策が定まり、一旦隣国の二国からの反応待ち状態となった翌日。
僕は非番だったロスニアさんとキアニィさんの二人と一緒に、王城のキッチンでお菓子作りに興じていた。
今回作るのは、コメルケル会長が命懸けで届けてくれたカカウをふんだんに使うもので、完成品は孤児院の子供達に届ける予定だ。
「--よし、出来た! どれどれ……」
味見にスプーン掬って一口食べると、芳醇なチョコレートの香りとミルクのコク、冷たい甘さが夏の熱った体に染み渡った。
「うん、美味い! チョコレートアイス、大成功です! ロスニアさんも、ほら!」
「あ、ありがとうございます。あむっ……」
アイスをスプーンで掬い、隣に立つロスニアさんに差し出すと、彼女は少し頬を染めながらそれを口にした。
「……!」
その時、彼女の口の中に見えた蛇のような舌先に、僕は目が釘付けになった。
「わぁ……! 冷たくて甘くて、すごく美味しいですね! --あ、あれ、タツヒトさん?」
アイスを食べて微笑んでいたロスニアさんが、僕の様子に首を傾げる。
しかし彼女は直ぐにその理由に思い至ったらしい。いつもの慈愛に満ちたものとは違った笑みを浮かべながら、ジリジリと僕に体を寄せて来る。
「うふふ…… どうしたんですか? 私の口元をじっと見つめたりして…… ふぁにふぁ、|ひにふぁうほほへもあうんへふふぁ《気になることでもあるんですか》?」
べぇ、と、まるで見せつけるように割れた舌を出す彼女に、自分の顔が熱くなっていくの分かる。
普段は聖女然としている彼女が、今はまるで獲物を狙う蛇のような雰囲気だ。
「あ、いえ、その…… キ、キアニィさん! お味の方はどう--」
逃げるように反対側を見ると、キアニィさんが蛙のように長い舌を使い、陶然とした表情でアイスを舐めている所だった。
「んぁ……? あぁ、ごめんあそばせ。勝手に頂いてましたの。とっても美味しいですわよぉ?」
「そ、それはよかったです。はい……」
ふ、二人ともえっち過ぎる……! 目の置き場を失った僕が咄嗟に下を向くと、キアニィさんが含み笑いをしながらしなだれかかって来る。
「あら…… 一気に食べ過ぎてしまったのかしら。わたくし、なんだかくらくらしてきましたわぁ。
ロスニア。カカウを食べすぎると、どうなってしまうのでしたかしらぁ?」
「キアニィさん、それは大変です。大量に摂取すると、いわゆる催淫作用が出てしまうんです。
無理はいけませんから、ちょっと寝台で休みましょう。タツヒトさん、手伝ってくれますか……?」
二人が僕を挟むように寄り添いながら、蠱惑的な声で耳元に囁きかけてくる。ぐらぐらと理性が揺らぐ音が聞こえる……
「--よ、夜に……! 夜にしましょう! 今から始めたら、孤児院に行けなくなっちゃいますよ……」
欲望に打ち勝ってなんとかそう絞り出した僕を、二人は少し残念そうに開放してくれた。
その後、僕らは気を取り直して荷物をまとめると、予定通り孤児院を訪ねた。ちなみに僕は僕はタチアナ姿である。
「これおいしー!」
「冷たい、甘い、いい匂い〜!」
「タチアナありがとー!」
孤児院の食堂。配ったチョコレートアイスを夢中で食べる子供達に、僕らは多幸感と共に微笑んだ。
「ああ。急いで食べるんじゃないよ! 頭痛くなっちゃうからね!」
「「はーい!」」
「ふふっ…… 全く、ここの子達は素直でかわいいね。職員さんの教育が良いからかい?」
そう言いながら食堂の隅の席に三人で座ると、先に座っていた二人が照れたように微笑んだ。
「何、元々良い子ばかりなのだよ。しかし、やはりタチアナの作る料理は人を笑顔にするな。ケイ」
「そうですね、マリー。子供達があんなに嬉しそうにはしゃいで……」
慈愛の表情で子供達を眺める二人。一人は、何処にでもいるような栗色の毛並みの馬人族で、今は孤児院の職員をしているマリーさんだ。
そしてもう一人は短い茶髪のイケメンで、同じくここの職員をしているケイさんだ。
とある事情で馬人族の王国から亡命してきた二人だけど、もうすっかりここの暮らしに慣れてくれたようだ。
それから僕らは、子供達の様子を見守りつつ、アイスを突きながら世間話をした。
そうする内に話題は、最近この国を騒がせている海賊の話になった。
「海賊の被害で親類を失ったという子が増えている。この孤児院でも何人か受け入れたよ。
漁村で襲撃を受けた子達はまだ恐怖の記憶が消えないのか、夜中に叫んで目を覚ますのだ……」
マリーさんが見つめる先には、少し暗い表情でアイスを突く子供達が居た。
他の子達が気遣って話しかけてくれているようだけど、反応は芳しくない。
「それで…… 初めて見る子が居るなとは思ったんです……」
「痛ましいですわね…… 早く、何とかしてしませんと」
ロスニアさんとキアニィさんの言葉を受け、マリーさんが僕の方に向き直る。
「タチアナ。この急激な海賊の増加…… はっきり言って異常だ。王宮では、既に原因を掴んでいるのでは無いか?」
「それは…… そうだね、二人には話しておこうかね……」
僕は二人に、現在僕らが掴んでいるヴェラドと海賊に関する情報を伝えた。
穏やかに暮らす二人に血生臭い話をするのは気が引けたけど、少し打算的な狙いもあったからだ。
「鮮血の魔王、ヴェラド・ドラクレュテか…… 私が以前の立場にあった時も噂を耳にした事がある。他国の事と捨て置いていたが、まさかそれほどに悍ましい女だったとは……!」
「ヴェラドは、現在の皇帝が帝位につく遥か前から公爵位にあります。その力関係は役職通りでない可能性もありますね……」
マリーさんとケイさんは、怒りを抑え込むようにしながらそう呟いた。
その様子に僕らは頷き合い、再びマリーさん達に語りかけた。
「マリーさん、ケイさん。お二人さんに提案があるんだ」
「む…… 何かな?」
「今王宮では、ヴェラドを取り除くための交渉を進めているんだ。でもこの国には、そういう難しい外交をこなせるような経験を持った人間がいないんだよ。
もしよければなんだけど、お二人さんにその辺りを手伝って欲しいんだ。例えば、外務顧問なんかの形で。どうだい……?」
「「……!」」
僕の提案に、二人は揃って息を呑んだ。そしてたっぷり数十秒ほど考え込んだ後、マリーさんはゆっくりと、しかし大きく頷いてくれた。
「--わかった。その仕事、謹んでお受けしよう。私は政に関わって良いような女では無いが、顧問として知恵を提供する形なら…… ケイ、君はどうする?」
「勿論、私もお受けします。マリーについていきますよ」
「そうかい……! 本当に助かるよ、二人とも!」
二人の快諾に、僕はほっと息を吐いた。
マリーさん。その正体は馬人族の王国の先代女王、マリアンヌ三世陛下。ケイさんは彼女の間近に侍る近衛騎士で、ケヴィン卿と言う名前だった。
先代で大きく傾いた馬人族の王国を、内政、外交において辣腕を振るい、現在の大国に立て直した騎士王とその側近。これほど心強い味方はいない。
翌日。早速王城に出仕してくれたマリーさん達は、直ぐにヴェラド対策の追加アイディアを出してくれた。
それは、この国と吸精族との繋がりを活用し、吸血族の王室にもコンタクトを取ろうと言うものだった。
件の王室は、逃げ延びた元女王であるヴェラドの引き渡しを再三帝国に要求してきた。確かに現在の僕らの目的と一致する。協力し合えるはずだ。
さらに聖都のペトリア猊下に働きかけ、ヴェラドの悪行と、それを放置する帝室への詰問状を出してもらおうという案も頂けた。
世界的医療、宗教組織である聖教。その教皇であるペトリア猊下から書状ならば、皇帝でも無視出来ない。
さすが元女王とその側近。めちゃくちゃ頼りになる。
さぁ。僕が皇帝の立場なら、涙目になってしまう程の外交圧力だ。果たして、帝室はどう出るだろうか?
木曜分です。大変遅くなりましたm(_ _)m
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【水曜以外の19時以降に投稿予定】
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