第515話 悪徳商人危機一髪
ヴェラドへの対策協議に、宮廷会議は紛糾した。
文字通り奴に食い物にされてしまっている人々には申し訳ないけど、奴の領地の中の出来事は僕らにとっては対岸の火事だ。
他国のトラブルまで解決している余裕は僕らには無いし、内政干渉になってしまうから口出しも出来ない。
けれど、自国民やそのお客さん達までが奴の餌食になっているとなれば話は別だ。普段は理性的な宮廷会議のみんなも今回ばかりは感情的になっていた。
「んなもん、悠長な事言ってねーで今直ぐその公爵ん所にカチこみゃいいだろがぁ! なぁアスル!?」
「カリバルが珍しく良い事を言った。陛下、群青士団はいつでも行ける。ヴェラドの領地へ攻め込んで救出を--」
「ま、待つのだ二人とも! そんな事をすれば、帝国との全面戦争に発展してしまう可能性もある……! まだ疑惑の段階で取るべき手段ではない!」
椅子を蹴倒して立ち上がった二人を、僕は必死に宥めた。彼女達はお妃さん達の中でも特に血の気の多いので、本当にヴェラドの領地に突撃しかねない。
「陛下の言うとおりやで。おまはんらの気持ちは分かるけど、いっぺん落ち着かんかい。こらチンピラ同士の喧嘩とちゃうんや。上手うやらな、助かるもんも助からへんで?」
そこへエリネンの冷静な説得も加わり、カリバルとアスルは渋々といった感じで席に戻った。ほっ、よかった。
--僕も気持ちとしては二人に賛同したい。けれど、王様としては到底頷くことは出来ない話だ。
南の隣国、ベルンヴァッカ帝国はとにかく巨大で、国土も国力もアウロラ王国の数倍はある。青鏡級以上の強力な個人戦力もその分多い。
僕らも個人戦力の点では負けていないので、うまくやれば勝てる可能性もあるけど、そもそも帝国を倒す事が目的じゃない。国同士の正面衝突は可能な限り避ける必要がある。
二人から極端な意見が出たのが逆に良かったのか、他のみんなは冷静さを取り戻したようだった。
議論は穏当な方向へと流れ、群青士団による近海警備、監視の継続と、警邏士団第三大隊による追加調査を行う事となった。
全ては、明確な証拠を掴んでからだ。ヴェラドがアウロラ王国民をその手に掛けている証拠を。
しかし、宮廷会議で方針が決まった一週間後。事態は急変した。
群青士団の取り締まりによって減少していた海賊の出没件数が、再び上昇し始めたのだ。
それだけじゃない。沿岸の小さな漁村が襲撃され、只人のみが攫われ、抵抗した亜人が殺されるという事件まで起き出した。
生き残りの証言では犯人は帝国語を話す海賊。裏にヴェラドの存在を感じざるを得ない話だった。
そうした状況の中、群青士団から、僕らと縁深い人物を海賊の襲撃から救ったと言う報告が入ってきた。
僕は直ぐに王城の応接室にその人を招き、無事を確かめる事にした。
「がははははっ! またお前達に助けられてしまったな! 仕方あるまい、この借りはこの俺様の熟れた体で返してやろう!」
牙の乱立する口を大きく開けて豪快に笑うのは、大柄ナイスバディの樹人族。悪徳商人の子メルケル会長だ。
彼女ははるか西にある樹環国の商人で、今回はチョコレートの材料であるカカウの輸送中に襲撃を受けてしまったらしい。
「はは、相変わらずお元気そうで安心しましたよ、コメルケル会長。お二人も怪我は無いですか?」
僕は次に、会長の両脇に座る双子の男の子に声をかけた。
「はい、なんとか無事です。アスルさんと、カリバルさんでしたか……? 彼女達のおかげで命拾いしました。向こうは魔法使いまで乗せてて、僕とピリュワじゃ歯が立ちませんでしたし」
「なんか妙に強い海賊だったよねー。俺もトゥヤ兄ぃも結構腕あげたのに。助けてくれてほんとありがとねー。せっかく解放されたのに、また奴隷生活に逆戻りじゃやってらんないからさー」
トゥヤさんとピリュワさんは腕のいい魔法使いだ。元は会長の借金奴隷だったけど、解放された後も彼女を慕って側にいる。
二人の表情は会長と違って少し硬い。まだ恐怖が抜けきっていない様子だ。
応接室には僕と彼女達の他に、ヴァイオレット様とアレクシス、メームさん。それから、群青士団から会長達の護送を引き継いだゼルさんも同席している。
「しかし、救援が間に合って本当によかった。連中に捕まっていたらどうなっていた事か……」
「だにゃ。特にピリュワとトゥヤはあぶにゃかったにゃ。きっと、奴隷落ちどころの話じゃにゃかったにゃ」
「む。ヴァイオレット、ゼル。それはどう言うことだ? 海賊に捕まったら、船ごと積荷を没収されて奴隷落ちというのが普通だが……」
不思議そうにする会長達に、僕はヴェラドの疑惑と、ここ最近アウロラ王国近海で起きていることを説明し始めた。
説明の最初の方では、会長はぐずり出したアレクシスを抱き抱え、楽しそうにあやしてくれていた。
しかし僕が話を終える頃には、彼女も流石に凶悪な笑顔を引っ込めてしまった。双子の彼らも顔色が悪い。
会長はアレクシスをヴァイオレット様に返すと、神妙な様子で僕らに頭を下げた。
「--本当に危ない所を助けてもらったようだな。お前達に深く感謝する。この借りは、まずはそうだな……
メーム殿。タツヒト王の側妃たるメーム殿の財布は、王家の財布と同じと見てもいいのだろう?
今回メーム商会に運んできたカカウの代金はいらん。こいつらの命に比べたら安すぎるがな」
両脇の双子をぐいと抱き寄せる会長に、彼らも頬を染めて彼女へ体を寄せる。相変わらず仲がいいな、この人達。
一方僕とメームさんは、コメルケル会長の言葉に顔を見合わせて肩をすくめた。
「コメルケル殿。そういう訳にも行かない。アスル達、いや、アウロラ王国は近海の安全を守る義務を果たしただけだ。
どうかこれに懲りず、今後もアウロラ王国と俺の商会を贔屓にしてくれ。俺にとってはそれが一番ありがたい事だ」
「むむむっ…… 本人がそう言うのならばそうしよう。しかし、相変わらず生真面目な女だな、メーム殿は!」
「ふふっ。それを言うならコメルケル殿こそ義理堅い。悪徳商人とは思えないな」
「がははっ、言ってくれるではないか!」
メームさんとコメルケル会長に続き、応接室のみんなも釣られて笑い出す。
アスルとカリバル達には本当に感謝しないと。彼女達がいなければ、こうしてみんなで笑い合うことは出来なかった筈だ。
その時、みんなの様子を眺めていた僕はふとある事に気づいた。あのゼルさんが、珍しく書類のようなものを持っているのだ。
丸めたそれで肩をトントン叩いているところを見るに、あんまり重要なものじゃ無さそうだけど……
「ゼルさん。手に持ってるそれ、何の書類ですか? 結構厚みがあるみたいですが」
「にゃ? あぁ! 手下の連中から、ジューヨーなショーコだから、絶対タツヒト王に渡すようにって言われてたんだったにゃ。ほれ」
「えっ…… は、拝見します……!」
急いで受け取ると、それは一枚の書類と、使い込まれた何かの帳簿だった。
書類の作成者は群青士団長のアスル。帳簿の入手に関わる顛末と、彼女の所見が書き殴られていた。そしてその内容に、僕は目を見開いた。
「ゼルさん…… な、なんでもっと早く渡してくれなかったんですか!?」
「うにゃっ……!? ご、ごめんにゃ。忘れてたんだにゃ……」
思わず大きな声を出してしまった僕に、ゼルさんは体を縮こまらせて上目遣いで謝ってきた。
こう言う時に可愛いのずるい。昂った気持ちが急速に萎み、罪悪感が湧き上がってくる。
「す、すみません。僕も言いすぎました……」
「ふむ…… タツヒト。それよりその書類の内容は?」
「そうでした……! ヴァイオレット様。これは本当に重要な証拠です。この書類は、群青士団が海賊から押収した裏帳簿なんです。それも奴隷売買に関する……!」
「「……!」」
「にゃあ……?」
ゼルさん以外のみんながはっと息を呑む。
群青士団は、今までいくつもの海賊船を拿捕してきた。けれど、海賊は捕まる前に真っ先にこの手の証拠を処分してしまうので、これまで回収できなかったのだ。
帳簿のページをめくって行くと、僕はその内容にさらに驚いた。
「これは…… 随分と几帳面な海賊だったんですね。 『商品』の年齢や性別、調達元や売り先、収支まで事細かに記載されています。
……! 調達元に、この間被害が出たアウロラ王国の漁村の名前があります! それだけじゃない…… 北の魔導国や、東の馬人族の王国らしき地名まで……!
売り先は…… 全て帝国のエンパラドール公爵家……! つまりヴェラドです!」
「ちょ、ちょっと待つにゃ! それって……!?」
目に理解の色を浮かべたゼルさんに頷き返す。
彼女が丸めて肩を叩くのに使っていた薄汚れた帳簿。それは僕らが探し求めていた、ヴェラドの悪行を証明する証拠だったのだ。
火曜分です。大変遅くなりましたm(_ _)m
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【水曜以外の19時以降に投稿予定】
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