第514話 帝国の闇
闇夜に紛れてシュカーラ達のお引越しを手伝ってから、二週間程が経過した。
そのタイミングで時間ができたので、僕はシュカーラと特に仲の良かったティルヒルさんを誘い、一緒に様子を見にいってみた。
そして結論から言うと、彼女達はエラフ君の所でとても上手くやっていた。
食糧調達の仕事を任された彼女達は、豚鬼故の嗅覚と戦闘力で日々活躍しているらしい。
ちょうど森へ仕事に行くと言うので同行させてもらったのだけれど、シュカーラと数十体の豚鬼が一つの生物のように動く様は圧巻。見事な連携で、ちょっとした一軒家程もある鹿型の魔物を瞬殺してしまったのだ。
「すごーい! カラちゃん達、ほんとに息ぴったりだね! あーしびっくりしちゃった!」
「フフッ。アリガトウ、ティルヒル。オ前程ノ強者二褒メラレルノハ、トテモ嬉シイナ」
歓声を上げるティルヒルさんに、シュカーラだけでなく豚鬼達もが照れたように笑う。
豚鬼達はまだ言葉が通じないけど、表情や雰囲気は伝わるらしい。
一方僕はというと、彼女達の高度な連携を見て一つ思い出した事があった。
「--ねぇシュカーラ。もしかしてなんだけどさ。君、大魔巌樹にいた頃に針熊の魔人と戦ってなかった?」
「針熊ノ魔人……? アア、アノオクビョウ熊カ。確カニ戦ッタガ、何故タツヒト王ガソノ事ヲ……?」
「……! やっぱり、君はあの時の魔人だったんだね」
覆天竜王を討つために大魔巌樹に潜入した際、僕らは魔人同士の殺し合いをなん度も目にした。その最初の一戦で目にしたのがシュカーラ達だったのだ。
彼女達のあの時も一糸乱れぬ連携を見せ、敵対する針熊の魔人とその配下達を血祭りに上げていた。
「実は君たちが戦っている脇を、僕らこっそり通ってたんだよね。あの時気づかれなくて良かったよ」
「ナンダト……!? --ソウダナ。モシアノ時タツヒト王ト戦イニナッテイタラ、アタシ達ハココニ居ナカッタダロウ。幸運ニ感謝シナイトナ……」
シュカーラはそう言って神妙に頷いた。ほんと、奇妙な縁もあったものである。
狩りを終えたシュカーラ達と一緒に城塞都市に戻ると、巨大な獲物に街中から歓声が巻き起こった。
そのまま宴が始まってしまったので、僕らもご相伴に預からせてもらうことになった。
主役のシュカーラ達が他の魔物達に讃えられているのを、僕らとエラフ君は少し離れた場所に座って眺めていた。
「シュカーラ達ガ加ワッテクレテ、トテモ助カッテイル。コノ国ニ暮ラスノニ向イテイテ、サラニ強イ魔物ハ少ナイカラナ……」
エラフ君がしみじみと語ったのは、彼の国が根本的に抱える問題の一端だった。
まず人型の魔物の中で、訓練すれば人語が話せて、社会的な生活が送れる個体はとても少ない。
そしてここは魔物の領域の深層に位置しているので、周囲の強力な魔物と渡り合える個体となると数はさらに少なくなる。
いわば人型魔物の中でもエリートしか暮らせない国なので、中々国民の数が増えないのだ。
「難しい問題だよね…… でも連れてきた方としては、シュカーラ達が馴染めてるみたいで安心したよ」
僕の言葉に、同席していたマガリさんがなん度も頷く。
「いやー、ほんとに良い娘っスよ、シュカーラは。エラフも彼女の事気に入ってるみたいっスし、弱っちいアタシの事を立ててくれるっス! やっぱり、こんな機会を逃す訳にはいかないっスねぇ……!」
「機会? あ…… んふふ。マガちゃーん、何か企んでるでしょ? あーしにも教えてよー」
「ふっふっふっ。それはここでは言えないっス!」
ティルヒルさんの追求をマガリさんが楽しそうに躱し、エラフ君がそれに首を傾げる。
そういえばマガリさん、以前エラフ君にも側妃を持って欲しいとか言ってたけど、もしかして……?
--いや、人様の恋愛事情に深入りするのはやめておこう。個人的には、エラフ君にはマガリさんだけを愛する一途な男でいて欲しいけど、それこそどこぞのハーレム野郎が口を出す事じゃ無いしね。
エラフ君の所から王城に帰ってくると、諜報部隊に頼んでいたとある重要案件の一次調査が完了したという報告があった。
僕はすぐに宮廷会議を招集し、重臣達とお妃さん達と一緒にその内容を確認することにした。
「ではキアニィ妃。南の帝国に属するエンパラドール公爵領、およびその領主であるヴェラドなる吸血族に関して、調査結果を報告して頂けますかな?」
王城の会議室。ラビシュ宰相の声に、警邏士団第三大隊の隊長であるキアニィさんが頷いた。
「ええ。結論から言うと、そのヴェラドが領民を喰い殺しているという噂には、かなり真実味があるようですわぁ。
さらに言うと、我が国の領民や関係者も被害に遭っている可能性まで出てきましたの……」
「「……!」」
キアニィさんの言葉に、会議室全体が緊張に包まれる。この国の王である僕としても聞き捨てならない内容だ。
「それは…… 穏やかな話ではないな。詳しく聞かせてもらおう」
「ええ、もちろんですわぁ。ナノ?」
「は。詳細は私から報告させて頂きます」
キアニィさんの声に、黄色い体色の蛙人族が席を立った。彼女はキアニィさんの部下で、元は手練の暗殺者で、今は孤児院に足しげく通う大の子供好きとして有名だ。
「まず初めに、吸精族の使節、ヴェーラ殿から得られた情報は真実のようです。
現在のエンパラドール公爵領は、元々は広大な魔物の領域でした。それを、吸血族の王国から落ち延びてきたヴェラド達が長い時間をかけて開拓し、その功績を以て帝国の公爵に任じられたようです」
「む……? その話だけを聞くと、武勇に優れた優秀な統治者という印象だが……」
「はい。実際、領内に強力な魔物が出た際にはヴェラド自身が討伐に動くこともあり、公爵領の多くの民は彼女を英雄視しています。
卒ない統治で領内も発展しているので、只人から吸血族への『納税』も、仕方ない事と受け入れられているようです」
ナノさんの予想外の報告に、みんなが困惑の表情を見せる。ちなみにここでの『納税』とは、税として定期的に血液を収める事らしい。
これは吸血族の特性によるもので、彼女達は定期的に只人の血液を摂取しなければ衰弱死してしまうのだ。
当人同士は非常に仲が悪いみたいだけど、彼女達と吸性族はとてもによく似ているんだと思う。
みんながざわめきが収まったところで、ナノさんが続きを話し始めた。
「皆さんの仰りたいことは分かりますが、ここまでがヴェラドの表の顔です。裏の顔、人喰いの噂は事実と判断して良いと思います。
調査の結果、その被害者の遺族と思われる人間が百人単位で見つかりました。曰く、ヴェラドの居城へ奉公に出した家族が、すべての血を抜き取られた遺体となって帰ってきた。死因は事故死だと説明された。との事でした。
周囲の圧力のせいか、遺族からこの情報を聞き出すのには非常に時間が要してしまいましたが……」
ナノさんの言葉に、会議室が再びざわめきに満たされる。かなり確定的で、胸糞の悪い情報だ。
「なるほど…… いや、非常に根気が必要な任務だっただろう。よくやってくれた。
それだけでもヴェラドの危険性はよくわかったが、アウロラ国の領民や関係者にまでその手が及んでいるというのは……?」
「はい。ヴェラドの居城には、領内だけでなく外国からも奴隷を仕入れている形跡があったのです。
そしてその入手経路を辿ると、どうやらその供給元は我が国の近海に出没している海賊共なのです。こちらはまだ確定とまでは言えませんが、その確率はかなり高いかと……」
そう断言したナノさんに、会議室は張り詰めた静寂に包まれた。みんなの顔に浮かんでいるのは怒りの表情。僕も腑が煮えくりかえっている。
「--これは、とても看過して良い話では無いな。現在はアスル妃、及びカリバル妃達の尽力により、海賊の被害は下火になっているが……
しかし、もしそれが真実なのであれば、まだヴェラドの居城に囚われている国民がいるかも知れないという事だ。彼らの捜索、および救助作戦の立案も含め、早急に対策を協議しよう……!」
「「はっ!」」
月曜分です。遅くなりましたm(_ _)m
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【水曜以外の19時以降に投稿予定】
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