第513話 夜逃げ屋
「それじゃあタツヒト氏。気をつけてね行ってきてね」
深夜。王城の使用人通用口に集まった僕らに、フラーシュと、彼女の近衛武官のエーミクさんが心配げな視線を投げかけてくる。
見送られているのは僕と、フラーシュさんを除いた『白の狩人』の準レギュラーメンバーのみんなだ。
「はい。フラーシュさんはもう寝てて下さいね。お腹を冷やさないように…… エーミクさん、あとはよろしくお願いします」
「ふふっ、わかってるよー」
「は。お任せ下さい、陛下」
自身のお腹を愛おしげにさするフラーシュさんと、キビキビと頭を下げるエーミクさん。二人に手を振り、僕らはなるべく音を立てないように城の外へ出た。
「よし…… まずは城門の広場でメームさんと合流しましょう」
僕の囁くような声に全員が頷く。今宵は新月。星明かりしかない夜道を息を殺して進んでいく。
すると広場には手筈通り、大型の馬車が五台停車していた。その内の一台の御者台に乗ったメームさんが、近づいてきた僕らに気づいて手を振る。
「時間通りだなタツヒト。知っていると思うが、こいつらは口が硬い。何を運んだかは、墓場まで持っていってくれるだろう」
メームさんの言葉に、他の四台の御者台に乗った人達が笑顔で手をあげる。彼女達とは顔見知りで、全員がメームさんの商会の古参メンバーだ。
「ええ、助かります。では行きましょう。シュカーラの元へ」
頷きあった僕らは、王都の外に向けて静かに出発した。
今夜僕らは、以前魔物の領域の深層で出会った豚鬼の魔人、シュカーラの夜逃げを手伝いに行くのだ。
今から二週間ほど前。僕は『白の狩人』のレギュラーメンバーとアレクシスとで、各地のへの挨拶周りに出かけた。
その最後に立ち寄ったが、僕のこの世界における最初の友達、知的な緑鬼のエラフ君の国だ。彼とは今や王様仲間でもあるので、王様業の愚痴を言い合ったりもする。
訪ねた僕らをエラフ君は大歓迎してくれたのだけれど、アレクシスは強面過ぎる彼に抱かれてギャン泣きしてしまった。その際、エラフ君の娘さん、まだ二歳のエリカちゃんまで釣られて泣き始めてしまって大変だった……
そんなドタバタがひと段落した後、僕はシュカーラ達の移住先についてエラフ君に相談した。
シュカーラ達がこのまま今の場所に隠れて住み続けるのは得策じゃ無い。
将来、アウロラ王国の冒険者達が実力をつけて魔物の領域の深層に入った際、シュカーラ達と衝突する可能性が捨てきれないからだ。
彼女達の存在を公表して保護する手も無理だろう。長く続いた覆天竜王の悪行のせいで、アウロラ王国の人々は魔人に対して特に強い憎悪を持っているからだ。
一方シュカーラ達の方は、数ヶ月調査した結果本当に大人しくしていて、人を襲う様子は無かった。
その調査結果を根拠に、エラフ君に移住を打診してみた所、彼は快くシュカーラ達の受け入れに応じてくれた。
彼のお妃様であるマガリさんも、シュカーラが女の魔人だと話したら快諾してくれた。それは良かったのだけれど、なんで性別を聞いたんだろ……?
その後シュカーラからも移住への合意が貰えたので、こうして人目を忍んでのお引越しを敢行しているのだ。
暫くして、僕らは最後の城門を抜けて王都の外へ出た。門の側の待機している兵士に、僕は小声で話しかける。
「ご苦労だった。三時間ほどで帰ってくるので、それまでは魔物が入らぬよう門を閉めておくのだ」
「は、タツヒト陛下。どうかお気をつけて」
「うむ」
敬礼した兵士が城壁の内側に入ると、馬車一台分だけ開いていた城門がゆっくりと閉まった。
ちなみに今日は、そもそも人目を忍んだ仕事なのと、話がややこしくなってしまうので女装はしていない。久しぶりに冒険者タツヒトの格好だ。
「さて、ここからは走っていきましょう。カリバルはアスルをお願いね」
「おう、タツヒトの兄貴。ほれアスル。しょうがねぇからおぶってやるぜ。ありがたく思えよ?」
「むっ…… こっちこそ、しょうがないからカリバルの汚い背中に乗る。ありがたく思って欲しい」
「汚くねぇよ馬鹿! ったく、素直に礼を言えねぇのかよ……」
ぶつぶつ言いながらもカリバルがしゃがみ、その背にアスルが乗っかる。この二人、なんだかんだやっぱり仲良いよな。みんなも実に微笑ましそうに二人を見ている。
挨拶回りで勇魚の神獣様に会った事は、どんな言葉を頂けたのかも含めて二人に共有済みだ。
二人は僕らについていかなかった事を大いに後悔していたけれど、偉大な海神の言葉に触発されたらしい。その日の夜は、その、なんというかとても激しかった……
王都を出た後は、灯火で周囲を照らながら夜の街道を慎重に走った。
そして森に入ってからはさらに慎重に進み、何度か魔物の襲撃を退けた後、ようやくシュカーラ達の潜む魔窟に到着した。
「ふぅ、ここまでは順調ですね。シュカーラ達、起きてるかな……?」
「あ、あーし声かけてみるね。おーい、カラちゃーん! 迎えに来たよー!」
ティルヒルさんが魔窟に向かって声をかけると、すぐに大柄な豚鬼の魔人、シュカーラが姿を現した。
彼女の背後には数十体の豚鬼も付き従っていて、眠そうにした子供を抱えている者もいる。
--うん、よかった。最後に見た時と人数に変わりは無いみたいだ。
「ティルヒル! 遂ニ、今日ナンダナ……!?」
「うん! もしかして起きて待っててくれたの? ごめんねー、遅くになっちゃって」
「イヤ、謝ラナイデクレ。アタシハオ前達ニハ感謝シカ無インダ」
ティルヒルさんとシュカーラが、両手を握り合って楽しそうに話している。何度か様子を見に来る内に、この二人はあっという間に仲良しになってしまったのだ。
「こんばんはシュカーラ。今から君たちを例の移住先に案内するよ。準備ってもうできてるかな?」
「タツヒト王……! 貴方ニハ改メテ感謝ヲ。モウ荷造リハ済マセテアル。アレ二乗リ込メバイインダナ?」
「うん。馬車には全員乗れるはずだから、ゆっくりで大丈夫だよ」
僕の言葉に頷いたシュカーラが、仲間の豚鬼達に指示して馬車に乗り込んでいく。
シュカーラには、二回目に会った際に僕の正体を明かしている。覆天竜王を討ったタツヒト王だと。
奴の部下だった彼女にそれを伝えるのはちょっと怖かったけど、彼女は驚いただけで、僕に憎しみを向けてくることは無かった。
なんでも彼女は、訳もわからず人の姿にされ、戦わないと群れごと殺すと脅されていたそうで、竜王への忠誠心は全く無いのだとか。
それを聞いた僕は安心したのだけれど、彼女は僕が女装している理由を最後まで理解してくれなかった。まぁその、人の世は複雑怪奇なのだ。
シュカーラ達が馬車に乗り込んだ後、僕らは王都にとって返し、事前に人払いをしていた王城へと彼女達を招き入れた。
その後転移魔法陣を使って馬人族の王国へ飛び、大森林へと分け入ること暫し。夜が明ける頃に、僕らはやっとエラフ君の王国へと到着した。
大森林の深部に忽然と現れた巨大な城塞都市を、みんなが感心したように見上げる。
「はぁー…… 話には聞いてたけど、立派なもんやなぁ。その辺の街よりよっぽど頑丈そうやわ」
「そっか。エリネン達はここに来るの初めてだったね。中には人型の魔物達が平和に暮らしてるから、いきなり夜曲刀抜いたりしたらダメだよ?」
「あほ。んな事せぇへんわ」
そんなふうに軽口を言い合っていると、僕らに気づいた門番の小緑鬼達が直ぐに城門を開けてくれた。顔パスである。
そのまま都市の中心部に向かって歩いていくと、この国の朝の風景を見る事ができた。
小緑鬼と食人鬼が連れ立って通りを歩き、豚鬼が屋台を準備し、犬鬼が人間の商人と話し込んでいる。
そして、そんな平和な様子を目にしたシュカーラは感嘆の声を上げていた。
「ス、スゴイ…… イロンナ魔物ガコンナニ沢山、大人シク暮ラシテイル……! タツヒト王。エラフ王トハ、ソレホドノ強者ナノカ……!?」
「強者……? あはは。確かに強いけど、彼は力だけでこの国を治めている訳じゃ無いよ。あ……!」
街の中心に聳える砦に到着すると、門の前で僕らを待ってくれていた人達がいた。
一人は頬の刀傷がワイルドな緑鬼で、ここの王様のエラフ君だ。そしてもう一人は小柄な只人の女性で、エラフ君のお妃さんのマガリさんだ。
僕らに気づいたエラフ君が手を振ってくれたので、僕も手を振り返しながら彼の元へ走り寄った。
「タツヒト! ヨク来タ。ソロソロダト思ッテ待ッテイタゾ」
「エラフ君! 早朝にごめんね。例の豚鬼達を連れてきたよ。こちらが豚鬼の魔人のシュカーラ。それからそのお仲間さん達。
シュカーラ。彼がこの国の王様のエラフ君。隣の彼女がお妃様のマガリさんだよ」
僕がエラフ君達を紹介すると、シュカーラは恐縮したように頭を下げた。
「ヨ、ヨロシクオ願イスル。エラフ王、マガリ妃。アタシ達ヲ受ケ入レテクレテアリガトウ」
「アア、オ前達ヲ歓迎シヨウ。夜通シ歩イテ腹ガ空イテイルダロウ。マズハ朝食ダ」
「食堂にたっぷりたっぷり用意しているっスよ! エラフについていくっス!」
「カ、感謝スル……!」
エラフ君に促され、シュカーラ達が砦の中へ入って行く。その様子を見て肩の荷が降りた気がして、僕はそっと安堵の息を吐いた。よかった。今回は誰も死なせずに問題を解決する事ができた……
そうしていると、マガリさんがスススと僕に近寄ってきた。
「ふっふっふっ。流石タツヒトさんっスねぇ。中々いい娘連れてきてくれたじゃないっスか……!」
「へ……? まぁ、シュカーラは良い人、というか良い魔人だと思いますよ。強くて賢くて、何しろ仲間想いですから。そのお仲間の豚鬼達も理性的ですし。
自分達を受け入れて貰えたと感じたら、この国のために頑張ってくれると思いますよ」
「ほっほう…… これは腕が鳴るっスねぇ! タツヒトさん達も朝食食べて行くっスよね? ほら、早く早く!」
「わわっ…… 分かりましたかから、押さないで……!」
何やら楽しそうなマガリさんに背中を押され、僕らは砦の中へと入っていった。
すみません、早速土曜分を落としてしまいましたm(_ _)m
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【水曜以外の19時以降に投稿予定】
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