第511話 孫の顔を見せに行くやつ:人外枠
聖都の次に僕らが飛んだのは、馬人族の王国の南に位置するヴァロンソル侯爵領。ヴァイオレット様ご実家だ。
領都の領主邸を訪ねると、ヴァイオレット様のご家族はアレクシスを連れた僕らを大歓迎で迎えてくれた。
彼の性別については、ご家族にもまだ秘密にしておく方針だったのだけれど、少し危うい瞬間があった。
ヴァイオレット様のお姉さん、ロクサーヌ様が、アレクシスを抱いた際に何かを感じ取ってしまったのだ。
「ヴァイオレット…… わたくし、なんだかおかしいですわ…… この子、アレクシスが可愛く可愛くて仕方ありませんの……! 本当に、食べてしまいたいくらい……!」
涎を垂らす勢いでそんな事を言う彼女に、僕らは必死の誤魔化しを行った。
彼女は僕が見てきた中でも最強格の性豪だけど、まさか吸性族並みに鼻が効くとは…… 次はもうバレてしまうかもしれない。
次に僕らは、領都から少し東に行った所にある開拓村ベラーキを訪ねた。
ここは僕の第二の故郷で、この世界における僕の義理の両親、ボドワン村長とクレールさんは、僕らが連れてきたアレクシスに目尻を下げっぱなしだった。
ここ最近急激に大人びてきた村のアイドル、エマちゃんも、アレクシスを重そうに抱っこしながらにこにこと愛でてくれた。
「本当に可愛いなぁ、アレクシスちゃん。エマも、いつか…… ね、ねぇタツヒトお兄ちゃん。エマ、再来年にはもう大人になるんだよ……?」
「へ……? 再来年に成人ってことは…… エマちゃんもう十三歳になるんだっけ!? そ、そっかぁ…… 確かに大きくなったよねぇ。初めて会った時はあんなに小さかったのに」
何だか感慨深くなってエマちゃんの頭をなでると、彼女は嬉しそうな、それでいて少し残念そうな表情を浮かべてしまった。周りのみんなもやれやれといった感じで苦笑していた。
ど、どうやら何かを間違えてしまったらしい。
ベラーキで一泊させてもらった翌朝。僕らは全員で村の近くの森に入り、神器である雷槍天叢雲を掲げながら祝詞を唱えた。
すると一瞬の感覚消失の後に景色は一変、僕らは広々とした木造りの神殿へと転移していた。そして神殿の床には、強大な存在感を持つ六人が座っていた。
一人は絹のような漆黒の長髪を持つ蜘蛛人族の美少女。その本質はこの広大な大森林の主である蜘蛛の神獣様だ。そのアラク様の側には、彼女によく似た四人の眷属の方々が傅いている。
そして最後の一人はなんと、輝く純白の長髪を持つ鯨人族の美女だった。あまねく海の魔物達の支配者、勇魚の神獣様である。ここでお会いするのは初めてだ。
「お主ら、よう来たよう来た! 勇魚の奴と一緒に、首を長くして待っとったんじゃよ! さぁさぁ、立っとらんと座るのじゃ!」
「蜘蛛の、間違えるな。私はたまたまお前を訪ねていただけだ。しかしまぁ、同席を拒む理由もない」
アラク様がにこにこと僕らを手招きし、勇魚の神獣様も頷いてくれる。僕らは二柱の神々に恐縮しながら座布団に座った。
「あ、ありがとうございます! アラク様、お訪ねするのが遅くなり申し訳ございません」
「良い良い。何せお主らの周りは騒がしかったからのう。お主らには悪いが、見ていて本当に飽きぬわえ」
「きょ、恐縮です…… あの、勇魚の神獣様も大変ご無沙汰しております。アスルとカリバルも連れてくればよかったですね」
「案ずるな。あの二人に子ができた時にでも我が領域に招いてやろう。だからお前も励むといい」
「励むって…… そ、その、頑張ります……」
恐縮しまくる僕にみんながくすくすと笑う。今の話、アスルとカリバルに伝えたら夜が大変なことになりそうだな……
「あぅあー……?」
すると、ヴァイオレット様の腕に抱かれたアレクシスが声を上げた。ぽけっと小さいお口を開け、目を見開いて神々を見ている。
彼女達の凄まじい気配に驚いているのだろう。事前に僕らの気配で慣らしていたおかげか、泣き出す様子もない。にしても肝の座った子だ。
「おぉ、その子がアレクシスじゃな……!?」
アラク様がアレクシスを凝視しながらわきわきと両手を動かす。その様にヴァイオレット様は嬉しそうに笑うと、席を立って彼女の側に座り直した。
「アラク様。良ければこの子を抱いて下さいませんか? アラク様のような偉大な神に抱かれる事は、この子にとって何よりの誉です」
「偉大かはともかく、勿論じゃとも! どれどれ。妾は見ての通りの年寄り婆じゃからのう、赤子の扱いには慣れとるんじゃ」
アラク様は満面の笑みを浮かべると、急い急いとアレクシスを受け取った。見ての通りかはともかく、アレクシスを抱き抱える様子はとても慣れた感じだ。
「はぁ〜…… 可愛いのぅ、可愛いのぅ。ほんに玉のような赤子じゃぁ〜」
目尻を限界まで下げてあやすアラク様に、アレクシスもにこにこと笑い始める。
すると、それを眺めていた勇魚の神獣様もそわつき始めた。
「--タツヒト。私もその子を抱いてやろう。良いな?」
「え…… も、勿論! 光栄です、勇魚の神獣様!」
「うむ…… 蜘蛛の、ほら、早く」
「まぁ待て勇魚の。そんなに焦るんじゃないわい。のう、アレクシス?」
「あぶー?」
その後アレクシスは勇魚の神獣様の手に渡り、さらにアラク様の眷属の方々の方に渡っていった。
彼女達は普段僕らをあからさまに見下しているのだけれど、うちの息子を抱くその表情は穏やかで、まるで別人のような笑顔だった。
「おー、さすがアレクシスだにゃ。あのおっかない眷属様達までデレデレ--」
「ゼル、余計なことを言うんじゃありませんわぁ。せっかく幸せな空間ですのに」
感心したように呟いたゼルさんの口を、キアニィさんが慌てて塞ぐ。幸い眷属の方々はアレクシスに夢中で、ゼルさんの不敬な一言は聞こえなかったらしい。
そうして眷属の方々がアレクシスの世話を焼いてくださっている間、僕らは二柱の神々に近況報告などを行なった。
アウロラ王国の立ち上げや結婚、内乱の平定と竜王の残党の討伐、アレクシスの誕生…… 報告内容は中々盛りだくさんなものとなった。
そして最後に、アレクシスの性別についても相談してみたのだけれど……
「ふーむ…… 思い起こしてみれば、アレクシスの前には見たことが無かったのう」
「ああ。私達は最初の亜人が生まれる遥か前からこの星を見守ってきたが、目にしてきたのは女の亜人のみだったな」
なんと、星の歴史の生き証人である彼女達をして、男の亜人はアレクシスが初という事らしい。
「最初の亜人と言うと…… つまり妖精族の始祖神、レシュトゥ様の事でありますね? その誕生のはるか前から…… ほぇー、で、あります……!」
「す、すごい話だね、シャムちゃん。 --あの、ちなみにレシュトゥ様が生まれたのって今からどのくらい前なんでしょうか?」
「あ。プルーナさん、それ僕も気になってた。方舟にもそれを知っている人居なかったもんね。資料にも残ってなかったし。そのくらい太古の昔ってことなのかな……」
地球の場合、人類が誕生して科学文明を築くまで、確か数十万年はかかってたよな……?
この世界の場合、一度高度な古代文明が隆盛した後、何らかの大災害が起きてそれが崩壊し、今の中世くらいの社会に落ち着いている。
そうすると、下手したら地球よりさらに昔ということもあり得るのか……?
僕らの問いに、アラク様は小首を傾げながら上を見上げる。
「はて、そんなに昔のことじゃったかいのう……? あれは確か--」
「蜘蛛の、あまり大昔の事を語るものではない。限りある命を生きる者達には過ぎた知恵だ」
しかし、それに勇魚の神獣様が待ったをかけた。
あれ。男の亜人については教えてくれたのに…… どうされたんだろう?
「んお? あ…… あー、そうじゃの。うむ。まぁ、ともかくかなり昔じゃ。 --ところでロスニア。例の、ほれ、創造神。あやつはアレクシスについて何か言ってきておらんのか?」
「え……? い、いえ。教会で祈りを捧げながらご報告させて頂きましたが、特に…… 神託が下った様子も無いですし」
「ほーん、そうかえ。 ならばば妾の気にしすぎじゃな…… さて、お主ら今日はどうするんじゃ? 泊まって行ってもいいぞよ?」
アラク様の言葉に、自分達がずいぶん長い時間お邪魔していた事に気づいた。是非ともお言葉に甘えたい所だけど……
「ありがとうございます。ですが、これから魔物の友人の所に顔を出す予定でして。今回は少し相談事もあるので……」
「おぉ、あやつじゃな。ならいつものようにあやつの国へ送ってやるわい。しっかし、お主も大概世話焼きな男じゃのぅ。ほっほっほっ」
「あ、あはは…… その、恐縮です」
神々に見送られながら、僕らは次の目的地である魔物の王国へと転移した。
木曜分です。遅くなりましたm(_ _)m
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【水曜以外の19時以降に投稿予定】
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