第503話 アレクシス王子
前章のあらすじ:
成り行きとは言え、自分の意思でアウロラ王国の王となったタツヒトは、国内の安定化と発展に奔走した。世界中から仲間を呼び寄せて戦力増強を図り、唯一の王族であるフラーシュを王妃に迎えて正式に即位し、臣従の儀式を経て国内の領主貴族達を従えた。それらは大きな問題も無く進み、国家運営は順調に思えたが、その陰で蠢く者達が居た。
ヴァイオレット達を正式に側妃とした結婚式の翌日。北西の領主貴族らが突如として叛乱を起こし、東の王都へ進軍を始めたのだ。宮廷会議はすぐに反乱軍討伐に動き、ヴァイオレットを中心とした王国軍を北西の防衛拠点へと差し向けた。だが両軍がぶつかり合う瞬間、地中から魔物の大軍勢が現れた。それは長い間行方の掴めていなかった竜王の残党だった。そして時を同じくして、ヴァイオレット不在の王都に強力な三体の魔人が侵攻を開始した。全てはタツヒトを討つため、反乱軍と竜王の残党が共謀した作戦だったのだ。
そんな中、なんとか奇襲を退けたタツヒトとプルーナは、敵の首魁、地竜将軍ムルヴァディカと対峙した。幾度も死が間近に迫る激闘の末、タツヒト達は辛くも三体の魔人を退ける事に成功。王国を揺るがした内乱は、多くの犠牲を出しながら終結した。
そしてその十ヶ月後。ヴァイオレットとタツヒトの間に、産まれないはずの亜人の男児が誕生した。
「ゔぅっ…… ほにゃぁ、ほにゃぁ……!」
王城の医療棟。その分娩室に元気な泣き声が響く。
声の主は黒髪の馬人族の赤ん坊。先ほど生まれた僕の子供、アレクシスだ。
そして彼を抱き抱えているのがその母親。紫色の長髪をポニーテールに束ねた馬人族の騎士、ヴァイオレット様だ。
「あぁ、すまないアレクシス。寒かったな。よしよし」
ヴァイオレット様は、肌けたアレクシスのおくるみを手早く直すと、優しく彼を抱き直した。
するとアレクシスは直ぐに泣き止み、穏やかな表情で微睡始めた。
この場には僕も含めて十数人の人間がいるけれど、その全員が驚き固まってしまっている。その原因は彼、アレクシスだ。
そう、彼なのだ。亜人は女しか存在せず、当然亜人からは女しか生まれない。それがこの世界の常識だ。
しかしアレクシスには、彼が男として生まれた事を示す証が確かに存在していたのだ。
僕らの驚愕の視線を受け、ヴァイオレット様は守るかのように我が子をしっかりと抱き直した。彼女の表情の中には、隠しきれない不安があるように見えた。
その姿を目にして、僕は自分が真っ先にすべきだった事に思い至った。
すぐにヴァイオレット様の元へ走り寄ると、アレクシスごと彼女を優しく抱きしめた。
「タツヒト……?」
「ヴァイオレット様。ちょっと変わっているかも知れませんけど、アレクシスは、ヴァイオレット様と僕との大切な子供です。大切に育てていきましょう、僕らで」
「……! あぁ、そうだな。ありがとうタツヒト……」
腕の中、ヴァイオレット様はふっと体の強張りを解き、安心したように僕の肩に頭を預けてくれた。
ヴァイオレット様が一番驚いているだろうし、みんなにあんな反応をされたら不安にもなるよな。
しばらくして抱擁を解いた僕は、部屋の中にいる人々を見まわした。
「さて…… まずは其方ら、此度は誠に大義であった」
僕が声をかけたのは、出産を手伝ってくれた助産師さんや助手の人達だ。すると、終始硬い表情をしていた彼女達の顔に、強い怯えの色が浮かんだ。
「は、はいっ……! あの……! この事は決して口外致しません!」
「私もです!」
「ど、どうかお命ばかりは……!」
全員が今にも泣きそうな様子で僕にそう訴える。随分怖がられてしまっているけれど、仕方の無い話だ。
およそ1年前。この国で起きた大規模な内乱において、僕はその首謀者である二人の公爵を自らの手で処刑した。
これは、臣下を纏めきれずに叛乱を招いてしまった事にケジメを付けるため。そして、僕が時には冷酷な判断を下す王である事を周知し、今後の叛乱を抑制するために行った事だ。
そのせいで、彼女達は余計なことを知った自分達を僕が消すとでも思ったらしい。
けれど、何も悪事を働いていない人達をどうにかする訳にはいかない。僕は目に涙を浮かべて震える彼女達に笑って見せた。
「案ずるな。其方らの仕事により、我が子は無事に生まれ、我が側妃も健在なのだ。その其方らをどうして害することができようか。
しかし、確かにアレクシスは少々変わった子供だ。この事は、我が良いと言うまで口外せぬように頼む。
それから、アレクシスの世話を頼む際には、事情を知っている者の方が都合が良い。其方らには是非これからも側で手伝ってもらいたい。もちろん、その分給金は弾もうぞ」
「しょ、承知しました…… 謹んで拝命させて頂きます!」
僕の言葉に、助産師さん達は何度も頷きながら安堵の表情を浮かべてくれた。
「うむ。それと、ロスニア妃とシャム妃もご苦労だった。ヴァイオレット妃とアレクシスは、暫く医療棟で休んだ方が良いのだろう?」
次に僕が声を掛けたのは、良く手入れされた水色の長髪を持つ蛇人族、聖職者のロスニアさんと、真っ白なショートカットの機械人形、弓使いのシャムだ。
二人とも、助産師さん達と一緒に出産に立ち会ってくれていたのだ。
「は、はい。母子共に健康ですが、三日くらいはこの部屋でゆっくり休んでもらいましょう。念の為私もお側に付きます。
ここを出た後は、まずは礼拝堂ですね。僭越ながら、私がアレクシス君の洗礼を行わせて頂きます」
「アレクシスの体温、呼吸、脈拍は、シャムが付きっきりで観察するであります! 任せて欲しいであります!」
任せて欲しいと胸を張る二人に、僕は大きく頷き返した。
「二人とも、頼りにしている。では、国民へのお披露目は洗礼の後としよう。
そしてその後は宮廷会議だな。少々忙しないが、重臣達にもアレクシスの事を説明せねば……」
三日後。王城付属の礼拝堂でアレクシスの洗礼を終えた僕らは、その足で隣の神殿にも足を運んだ。お世話になっている神獣の方々にご報告するためだ。
アレクシスと一緒に祭壇の前に立つと、いつもの二柱が嬉しそうに顕現し、お祝いの言葉を掛けてくださった。アレクシスの首が座った頃に、また挨拶に伺わせてもらおう。
その後は王城のバルコニーに登り、王城前広場に集まった大群衆に向けてアレクシスのお披露目を行った。
大歓声に驚いたアレクシスはギャン泣きしてしまったけれど、王都のみんなの祝福は本当に嬉しかった。
街は数日前から前からお祭り騒ぎだったけど、あの様子だとまだ暫く賑やかな時間は続きそうだ。
そうしてお披露目を無事に終えた僕らは、最後に城の会議室へと向かった。
そこにはすでに重臣達が揃っていて、入ってきた僕とお妃さん達、そしてアレクシスを笑顔で迎えてくれた。
「皆様方、お待ちしておりました。アレクシス王女のご誕生に、心よりお喜び申し上げます」
重臣達を代表してそう言ったのは、妖精族のラビシュ宰相だ。神経質そうな顔に満面の笑みを浮かべて、ヴァイオレット様の腕の中で眠るアレクシスを見ている。
--この一年ほどは、彼女達王宮の重臣達と僕らにとってかなり大変な期間だった。
およそ一年前の大規模な内乱に関わった多くの貴族家がお取り潰しとなった結果、僕ら王家の領地は国土の半分ほどに増加したからである。
以前の二倍に膨れ上がった領地。それを滞りなく運営する事に、アウロラ王宮は総力を上げて取り組んできた。
そうして統治が軌道に乗り、ようやく一息つけた所にこのニュースだ。重臣達のニコニコ顔も無理はない。
そこへこの話題をぶっ込むのは心苦しいけど、これは国全体に関わる事だ。申し訳ないが巻き込ませてもらう。
「うむ。こうして我が子が無事に生まれたのも、其方達重臣らの献身故だ。感謝する。
ところでこのアレクシスだが、少々変わったところがあってだな…… 今からする話は、暫くは他言しないで欲しい」
僕の言葉に、重臣達が騒めき始める。
「ア、アレクシス王女殿下がですか……?」
「その、とても健康そうに見えますが……」
「あぁ、心配するな。健康状態は全く問題ないのだ。この子は…… と、その前に。キアニィ妃、プルーナ妃。この部屋には、他の誰の耳目も無いと考えて良いだろうか?」
僕に水を向けられた二人。深緑色のドレッドヘアの蛙人族、斥候のキアニィさんと、目が隠れるほどに前髪が長い茶髪の蜘蛛人族、地魔導士のプルーナさんが揃って頷く。
「ええ。事前にしっかり調べてありますし、わたくしの部下達にも周囲を見張らせていますわぁ」
「魔法的にも細工の痕跡はありません。以前と同じ轍は踏みませんので、ご安心を」
「うむ、それは重畳。では、ヴァイオレット妃」
「は。各々方、暫しアレクシスに注目を」
ヴァイオレット様は席から立ち上がると、おもむろにアレクシスのおくるみを肌け、重臣達にその姿を見せた。
彼にはちょっと、かなり申し訳ないけど、こうするのが一番分かりやすいのだ。
「「……え!?」」
怪訝な表情で様子を見守っていた重臣達が目を丸くする。僕らと同じリアクションだ。
「ありがとうヴァイオレット妃。十分だろう。さて、今見た通り、この子は王女ではなく王子として生まれたようだ。
今の所、性別以外は他の赤子と変わらない。良く食べ、良く眠り、よく泣く…… 元気そのものの良い子だ」
ちなみにアレクシスという名前は、ヴァイオレット様の出身地で僕も縁が深い隣国、馬人族のイクスパテット王国風の名前だ。
幸い男でも女でも通用する名前だったので、このまま行くことにした。そのほうが色々と都合が良いし。
「あ、あの、陛下。馬人族には男児が誕生することもあるのですか……!?」
混乱から立ち直ったラビシュ宰相からそんな質問が上がった。そうか。この国には長年妖精族しかいなかったから、他の種族の事はまだ良く知らないのだ。
「いや、馬人族においても、通常は女児しか生まれない。その辺りに詳しいロスニア妃にも聞いたが、歴史上、亜人の女児が生まれた記録な無いそうだ」
「なんと……」
お祝いムード一色だった会議室は騒めきに包まれ、その後はアレクシスの今後に関する議論に終始した。
ただ、いかんせん前例がなさ過ぎた。ひとまず公的には王女として扱い、情報開示のタイミングやその後の彼の進路については、じっくり議論していこうと言う事になった。
そうして宮廷会議が終わりかけた時、黄色のボブカットの猟豹人族、双剣使いのゼルさんが声を上げた。
「んー……? にゃあロスニア。アレクシス、今はこんなにちっこいにゃけど、にゃにせタツヒトの息子だにゃ。
でっかくなったら、きっとヤる事ヤリまくると思うにゃ。そん時、生まれるのは男と女、どっちにゃんだにゃ?」
「「……!」」
彼女の言葉に、その場の全員が戦慄の表情で僕とアレクシスとを交互に見た。
ぐっ…… た、確かに全く否定できない。この子が僕の良くない面を受け継いでしまったら、きっととんでも無い事になる……! 僕より遥かにイケメンになりそうだし。
「ど、どっち、ですか……!? うーん…… その、お相手が只人の女性の場合は、男女のどちらが生まれても大丈夫ですよね。だって只人ですから。
分からないのはお相手が亜人の場合ですね…… あ、しかもアレクシス君の場合、馬人族だけじゃなくて他の種族とも、えっと、出来てしまいますね。
そうなると生まれてくる赤ん坊は、性別も種族も予想が付かないですね。通常は母親側の種族が生まれる筈ですが、何せ特別な子ですから……」
ロスニアさんの言葉に、会議室に沈黙が降りる。
当のアレクシスは、ヴァイオレット様の腕の中ですやすやと天使のように寝息を立てていた。
「と、ともかく……! この子が大きくなる前に、我々がそのあたりの事を考え、準備を整えておくべきだろう。皆、すまぬが協力を頼む」
重臣達が、僕の顔を見ながら神妙に頷いた。心無しか、みんなの表情に真剣さが増した気がするぞ……
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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