第501話 王とは
ぐったりと座り込んだ将軍の姿に、僕は長く息を吐いた。
技では、完全に負けていた。僕が勝てたのは強化魔法によるゴリ押しと、神器である雷槍天叢雲、そして、プルーナさんのおかげだ。
将軍が僕の後ろの方、彼女の方へと視線を向ける。
「ごほっ…… 戦いの狂気に酔い、狭窄に陥っていたのは我の方だったか…… そこな蜘蛛の娘が、手練の地魔法使いということを失念していた。
まさか、我の支配を押しのけて地を操るとは…… ふふっ、地竜将軍の名折れだな……」
将軍は血を吐きながら自嘲気味に笑った。
やはり先ほど彼が発した「見事」という称賛は、その大部分がプルーナさんに向けられたものだったのだ。
この会議室の石畳や石壁は将軍の支配下にあった。そして位階で大きく劣るプルーナさんは、将軍がそれらを操る際に多少の妨害を行うのが精一杯だった。
しかし彼女は、おそらく将軍の足元に一点集中して魔法を行使し、一瞬だけ支配権の奪取に成功した……!
その結果彼女が引き起こしたのは、僅か数cmの地面の凹み。しかし、それが僕に起死回生のチャンスを作ってくれたのだ。
「タツヒトさん、大丈夫ですか……!?」
背後からプルーナさんの声と足音が聞こえ、地面に倒れ伏していた僕は抱き起こされた。
「ありがとう、いつもの魔力切れだから-- って、プルーナさんこそ血が……!?」
思わずギョッとして大声が出てしまった。心配げな表情の彼女の両目と鼻からは、血が流れていたのだ。
「タツヒトさんこそ、右のお耳が無くなっちゃってるじゃ無いですか……! 僕の方は大丈夫です。ちょっとだけ無茶しただけですから」
キィン……!
その時絆の円環から、この場に居ないお妃さん達から情景と感情が流れ込んできた。
城塞都市ブナールでは巨大な九頭毒蛇が倒れ、魔物の軍勢は潰走。算を乱した反乱軍を王国軍が掃討している。
次に、東の港では海から迫った魔人達が海に沈み、王都の上空でも空から迫った魔人達が墜落して行く。
そして王都の地下では、巨大な二体の地竜が地に伏していた。
お妃さん達もみんなボロボロのようだけど無事。彼女達から、守り切った事への歓喜と、全員が無事であることへの安堵が伝わってくる。僕とプルーナさんも笑顔で頷き合った。
「タツヒトさん、これって……!」
「うん……! 他のみんなも、無事乗り切ってくれたみたいだね。よかったぁ…… ん!?」
僕らは揃って将軍の方を振り向いた。わずかな魔法の気配を感じたからだ。
彼は僕らの視線に気づくと、ゆるゆると首を横に振った。
「こほっ…… 案ずるな。我は貴殿らに敗北した。もう長くは持たんし、今から足掻くつもりは無い。ただ、結末を知りたいのだ……」
僕らが警戒する中、将軍の前に四枚の水晶板が現れた。なるほど、おそらくあれで遠隔地の情報を得ていたのだろう。
将軍は順々に水晶板を確認すると、深く頷いてそれらを消した。
「そうか…… 我が配下たる、九頭毒蛇、地竜…… そして朋輩たるヴァーユディカ、ジャラムディカ……
皆、竜王様に殉じよく戦った。お前達を誇りに思う。我も、すぐに側に行こう……」
朋輩…… アスル達とティルヒルさん達が相対したのは、やはりムルヴァディカ将軍と同格の魔人だったのか……
--みんなと早めに一線を超えていてよかった。いや、いきなり何を言い出すのかと言われそうだけど、これには理由がある。
と言うのも、僕はこの世界の人達に比べて位階が上がりやすい体質らしい。加えて、その、僕と一線を超えた人もその体質になってしまうようなのだ。
お妃さん達が全員位階の上がりやすい体質になり、鍛錬を積み重ねていなければ、今回の危機は乗り越えられなかったかもしれない……
さておき、僕はプルーナさんに支えてもらいながら将軍に問いかけた。
「ムルヴァディカ将軍。少し、分からない事があるんだ。貴方は最初、竜王の仇討ちをしにきたような事を言っていた。
けれど戦いの最中、貴方からは僕への恨みは全く感じられなかった…… もしかして、復讐や竜王への義理立て以外に僕を殺す目的があったんじゃないの?」
「え……!?」
僕の言葉にプルーナさんが息を呑み、将軍がニヤリと力なく笑う。
「さすが我が好敵手よ…… もちろん貴殿らの抹殺は、竜王様に忠義を捧ぐ我らの総意だった。
我や他の将軍達は、幼竜の頃に竜王様によって見出され、以来ずっとそのお側に仕えてきた。その我らが、竜王様の仇を放っておく訳には行かぬからな。
だが貴殿の推察通り、我らにはもう一つ…… 竜王様の遺志を継ぐという目的があった」
「竜王の遺志……? それって、まさか……!?」
竜王が語っていた妄想のような言葉。それを思い出した僕に、将軍はゆっくりと頷いた。
「然り。人間の貴殿には感じられぬかも知れぬが、この王都の真下には巨大な龍穴が存在する。七柱の神獣達が支配する大龍穴に次ぐほどの、膨大な魔素を湛えた大穴が。
我らの誰かが竜王様の遺志を継ぎ、八柱目の神獣に至る…… それにはまずはここの龍穴を支配下に置く必要があった。そのため、王都に居座る貴殿らの排除が必須だったのだ」
「なるほど…… じゃあやっぱり、バルナ達は騙されてたのか。はぁ……」
宝石公バルナと武戦公ハルプトを中心とした反乱軍は、竜王残党と手を組む事で僕らの排除を試みた。
そしてバルナの目的は、おそらく僕に成り代わってこの城の王座に座る事だ。その彼女達と、将軍達の目的が相入れる訳がない。
僕の指摘に、将軍は笑みを深めた。
「騙してはおらぬとも。我が協力の見返りにあの者達に請け負ったのは、貴殿らを殺す事のみ。ハルプトは気づいていたようであったしな。
だがバルナ。あの女は、素直にこの城の王座に座ることを夢見ていたようだった。ふふっ…… 少し悪いことをしたな」
あれ。将軍、意外とバルナの事気に入ってる? あ……
「バルナって、少し竜王に似ているよね。特にあの傲岸不遜な感じが」
「……! そうかも、しれぬな…… 道理で、人間にしては妙に好ましいと感じていたのだ。 --竜王様……」
将軍は、今度は昔を懐かしむように微笑んだ。本当に、心から竜王を慕っているんだ……
「--将軍。やっぱり僕には分からないよ。あいつは百五十年間もこの国の人達を無為に苦しめ、部下を笑いながら嬲り殺しにした。
昔はいい王様だったのかも知れないけど、それだけで見限るには十分だった筈だよ…… なのにどうして、どうして将軍はあんな奴のためにここまで……!」
「タ、タツヒトさん……!? 急にどうしたんですか……?」
少し声を荒げてしまった僕に、プルーナさんが驚く。
僕は王様業を結構頑張って来たつもりだったけど、一年も経たずに叛乱を起こされてしまった。
だと言うのに、人格と武勇に優れたムルヴァディカ将軍のような武人が、その死後もあんな暴君に従っている。
多分、そのことへの八つ当たり、もしかしたら嫉妬のような気持ちから、言葉と感情が溢れてしまったんだと思う。
「--確かに、竜王様は呪いを受けてからは変わられてしまった。だが、その芯は変わらなかった。
自身の大いなる欲望の成就のため、神に背き、何をおいても突き進む、その本質は。我ら魔物にとって、それこそが王たる資質なのだ。
人間には、いや、貴殿のような男には分からぬか。人々の求めに従い王位に立ち、私欲を廃し、公正公平に国を治める仁君である貴殿には……」
将軍の言葉に、僕とプルーナさんは思わず顔を見合わせてしまった。どうやら、僕の事を随分と高く買ってくれているらしい。
「いや、あの、将軍。誰に何を聞いたのか知らないけど、それは僕を過大評価しすぎだよ」
「む……?」
困惑顔の将軍に、僕は表現を選びながら言葉を続けた。
「えっと、僕が王位に就いたのは、フラーシュさん…… 仲良くなったこの国王女さんが困っていたからで、王様の権力も魅力的だったからで--
いや、まだ格好つけてるな。うん…… 僕は、好きな女の子とイチャイチャしながら平和に暮らしたいだけなんだ。
王様になったのはそれを実現するのに便利そうだったからで、完全に私欲のためだよ。
だいたい仁君なんて呼ばれる人が、お妃さんを十二人も持つわけ無いでしょ」
そう言い切った僕の言葉の後、ボロボロになった会議室には静寂が訪れた。
言われた将軍の方は、しばらくポカンとした表情をしていたけれど、やがて喉を鳴らして笑い始めた。
「は、はは…… はははは……! なるほど、確かに! 確かにそうであるな! 訂正しよう、タツヒト王。貴殿は自身の欲望の成就のために立った真の王だ!
ふふっ、道理で、この我が勝てぬはずだ……! ふは、ふははは、はは、は……」
楽しげな哄笑はやがて小さくなり、完全に停止した。
将軍は、満足げな笑みを浮かべたまま事切れていた。
それを見届けた僕らは、絆の円環でみんなに地竜将軍討伐の報を知らせた。
すると、崩れた壁や天井から覗く空から、ティルヒルさんの嬉しげな声が聞こえてきた。
『王都のみんな、あたし、ティルヒルだよー! ねぇ聞いて聞いて! 王都に攻めてきた竜王の残党、全部あたし達が倒しちゃった!
ブナールの方も王国軍が反乱軍をやっつけたって! だからあたし達の大、大、大勝利! やったー!!』
「「--ぉぉ…… おぉぉぉぉぉっ!!」」
風魔法で拡声された彼女の声は王都中に響き渡り、それに応えるような大歓声が聞こえてきた。
「タツヒトさん! すごいですね……! 王都のみんなが、声を揃えてタツヒト王万歳って言ってますよ!」
「うん……! プルーナさん、肩を貸してくれる? まずは他のみんなと合流しよう」
「はい!」
プルーナさんの手を借りて立ち上がった僕は、最後に満足気な死に顔のムルヴァディカ将軍を見てから、よろよろと歩き始めた。
覆天竜王は、僕ら人間にとっては最悪の王だった。それでも、将軍ほどの男を始めとした、多くの魔物達が奴に殉じた。
僕は、それほど慕われる王様になれるんだろうか? --いや、今考えるのは止そう。その答えは、僕が死んだ時にしか分からないのだから。
王都襲撃から二週間後。
叛乱の首謀者であるバルナとハルプト以下、参画した多くの領主達が処刑され、アウロラ王国を揺るがした内乱は幕を閉じた。
お読み頂きありがとうございました。
よければ是非「ブックマーク」をお願い致します!
画面下の「☆☆☆☆☆」から評価を頂けますと大変励みになりますm(_ _)m
【日月火木金の19時以降に投稿予定】
※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。




