第498話 風竜将軍ヴァーユディカ
アスル達が水竜将軍ジャラムディカと戦闘を開始したのと同時刻。王都上空では、ティルヒル率いる蒼穹士団と、空から飛来した敵集団との戦闘が始まっていた。
敵の構成は、紫宝級の魔人一体と風竜が数十体。数の上では蒼穹士団の方が10倍近く優勢だが、質の面では大きく劣っていた。
その強靭な翼で魔獣大陸の空を生き抜いてきたティルヒル達をして、死を間近に感じるほどの戦力差だった。
「ちょっと…… やばいかもー!」
黒翼をひるがえしてアクロバットに高速飛翔するティルヒルに、魔人が追い縋る。
「はっはぁ! おいおいティルちゃん、逃げてばっかじゃつまんねーぜ! さっき名乗りあった時はもっと元気いっぱいだったじゃなねーか!?」
魔人の名は風竜将軍ヴァーユディカ。地竜将軍ムルヴァディカや、水竜将軍ジャラムディカと同格の男だ。
名前通り風竜から人化した魔人で、背中には一対の竜の翼を持ち、細身ながらも強靭な肢体は空中戦に特化していた。
加えて他の将軍達の例に漏れず、強力無比な風魔法の使い手でもあった。
「そうらっ!」
ビュゴゴッ!
ヴァーユディカが幾つも放ったのは、一抱えほどの小さな竜巻のようなものだった。
高速追尾してくるそれらと、風竜からも飛んでくる風の刃から逃げるため、ティルヒルは地表へ急速降下した。
そうして彼女は、地表すれすれまで落下した事による加速を利用して竜巻の群れから逃げ切る事に成功した。
一方竜巻の群れは、ティルヒルを見失って地表の建物に接触した。すると。
ゴバァッ!!
小型竜巻は数千倍に膨張し、石造の立派な建物を一瞬で粉々に砕き飛ばしてしまった。
この強力な風魔法と風竜の妨害を前に、ティルヒルは戦闘が始まってからずっと守勢にまわっていた。
「あちゃっ……! また建物壊しちゃった……」
彼女が再び上昇して王都の街並みを見下ろすと、眼下には同じようにして破壊された建物がいくつも見えた。
タツヒトが下した避難指示で幸い無人だったが、このまま戦い続ければ王都は廃墟になってしまうそうだった。
「んなこと気にしちゃって、余裕だねぇティルちゃん! 俺、余裕のある女って好きだぜ? 今からでもこっちに付けよ! 俺らきっと相性良いと思うぜぇ!?」
再び追ってきたヴァーユディカに、ティルヒルは彼女にしては珍しい嫌悪を滲ませた表情を見せた。
「絶対やだ! 君、すっごくけーはくそうだし、目つきがやらしいし、そもそも敵だし!」
「ははっ、そうかい! まぁ、俺に捕まったらティルちゃんは俺のモンだから、関係ーねーけどなぁ!」
ニヤつきながらそう言ったヴァーユディカだったが、その心中はそれほど余裕がある状況では無かった。
彼らの予定では、殺気を全開にしたヴァーユディカとジャラムディカが王都を襲撃し、意識がそちらに向いたタツヒト王をムルヴァディカが奇襲、その首を取るはずだった。
しかし、味方からの作戦成功の合図が無く、タツヒト王がこちらに駆け付ける様子もない。よって奇襲は失敗し、ムルヴァディカとタツヒト王は交戦中と推測された。
なので彼は、早急に目の前の戦力を片づけ、仲間の援護に向かいたいと考えていたのだが、ここでも想定外があった。
「おらおらぁ!」
ヴァーユディカが再び小型竜巻を放つが、ティルヒルは降下せずにチラリと背後を振り返った。
「もー、しつこい! えい! えいえいえい!」
複雑な軌道で飛びながらティルヒルが放ったのは、小型のブーメランだった。
幾つも放たれたそれは彼女の風魔法により加速、誘導され、小型竜巻を迎撃していく。先ほどまで逃げの一手だった彼女が、徐々に対応し始めていたのだ。
「おぉ、頑張るねぇ! でもいつまで耐えられっかなぁ!?」
笑顔の裏でヴァーユディカは歯噛みする。風魔法において自身は竜王に次ぐ実力者である。その自負が、眼前で舞う黒い翼影によって揺らいでいた。
敵の特記戦力の一人、蒼穹士団長ティルヒル。青鏡級の万能型風魔法使い。事前に得ていた情報から、ヴァーユディカは自分が彼女に当たる事になるだろうと予感していた。
それは的中したが、彼女が放っているのは青に近い紫色の放射光。自身より劣るものの、同じ紫宝級の領域にある手練だったのだ。
更に今日引き連れてきた風竜達の半数は、一年近く前に行われた最後の王都攻めの生き残りだ。
彼らの中には、タツヒト王が使ったという強力な雷撃魔法への強い恐怖が残っていた。その怯えは全体に伝播し、位階と体格に大きく劣る蒼穹士団員達相手に攻めきれずにいる。
今回の王都攻めにおける最大戦力である自分達が、格下相手に足止めされている。その事に、ヴァーユディカはもちろん風竜達も焦りを覚えていた。
そんな状況が暫く続いた後、ヴァーユディカの視界の端で一体の風竜が墜落していった。
「やられちまったか……! ん……?」
ティルヒルへの攻勢を緩める事なく、ヴァーユディカは眉を顰めた。
ここは数百の蒼穹士団員と数十の風竜が入り乱れる戦場である。敵の中にも手練れは混じっているし、乱戦の中で味方が一体撃墜されてしまう事自体はおかしくはなかった。
だがどうにも様子がおかしかった。風竜を撃墜した筈の蒼穹士団員達は勝ち誇る様子も無く、逆に困惑しているように見えたのだ。
そして次は、ヴァーユディカの視界の中で風竜が何かに翼を撃ち抜かれた。
その瞬間彼は感じた。乱戦に乗じて、数百m下の地表から一瞬だけ放たれた強烈な殺気を。
「……! お前ら気を付けろ! 地表に何か居やがる! 下から撃ってきてるぞ!」
ヴァーユディカの言葉に、腰が引けていた風竜達はさらに混乱を深めてしまった。
そしてさらにまた一体、今度は彼のすぐ側で風竜が何かに撃ち抜かれた。
彼はすぐにその何へ追いすがり、弾道を予測しその手に掴んだ。すると彼の手の中には、目に見えない透明な何かが握られていた。
「んだこれ!? いや……!?」
困惑して見つめる内に徐々に透明化が解かれ、彼の手の中には鋼鉄製の矢が握られていた。
「透明な、矢…… 情報にあったフラーシュとシャムか!?」
ヴァーユディカは瞬時に正解へと辿り着いた。
ティルヒルの応援に駆けつけたフラーシュとシャムは、絆の円環を使ってすぐにティルヒルに作戦のイメージを伝えた。
その作戦とは、フラーシュの光魔法により自分達と矢を透明化し、シャムが正確無比かつ強力な対空射撃を行うというものだった。
乱戦の中、見えない敵から見えない強力な攻撃が飛んでくる。ヴァーユディカがその悪辣さに顔をしかめると、彼の様子に気づいたティルヒルが笑った。
「あはっ、もう気づかれちゃったかぁ。んふふ、どう? すごいっしょ、あたしの友達。じゃ、そろそろ逃げるのやめるね!」
ティルヒルは優雅な所作でその身を翻らせると、両腰に下げていた巨大なブーメランを両脚で思い切り投擲した。
ギャルルルルッ……!
紫宝級の身体能力で投擲された巨大ブーメランが、さらに強力な風魔法によって回転を増し、ティルヒルとヴァーユディカの周囲を高速で旋回し始めた。
「君。さっきあたしらが相性いいって言ってたけど、それ本当かも。だって、ちょっと戦い方が似てるもんね!」
ティルヒルが音を置き去りにする速度でヴァーユディカに迫り、異様な速度で回転する二つの刃もそれに追従する。
「--わりぃ、ムルヴァディカの旦那。そっちに行くの、もうちょっとかかりそうだわ……!」
現状はまだ自軍が優勢。しかし確実に劣勢へ傾きつつある状況と、眼前に迫るの脅威に、ヴァーユディカは引き攣った表情で笑った。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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