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亜人の王 〜過酷な異世界に転移した僕が、平和なもんむすハーレムを勝ち取るまで〜  作者: 藤枝止木
18章 黎明の王国

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第494話 開戦


 タツヒト達に見送られながら王都を出て三日後。ヴァイオレット達は予定通り城塞都市ブナールに到着した。

 それに少し遅れて、王領各地に散っていた戦力と、南の豊穣公、ラルム公爵を始めとした味方の諸侯達の軍も彼女の元へ合流した。

 合計四万強の軍勢となった王国軍は、反乱軍を迎え打つための陣地構築や指揮系統の整理などを急ピッチで進めた。

 そして、ヴァイオレット達が王都を出てから一週間後。遥か北西から反乱軍が姿を現した。


「来たか……」


 城塞都市を囲む高さ数十mの防壁の上。ヴァイオレットは、荒野の向こうから近づいてくる大軍勢を睨みながら呟いた。

 その言葉に彼女の隣に立つラルム公爵も頷く。いつもは笑顔を絶やさない公爵だが、今日ばかりはその表情を強張らせていた。


「予想通りですねぇ。まぁ、北西の連中が王都に向かうには、ここを通るしかありませんが」


 ラルム公爵の言う通り、王国の北側から東の王都に至るためにはこの城塞都市ブナールを通るしかない。

 北方と王領との領境には峻厳な山脈が横たわり、アウロラ王国の中央には巨大な魔物の領域である深い森が存在する。

 人の行手を阻む山脈と深い森。それらの切れ目に位置しているのがブナールであり、平時は王領と北方との交易拠点として使われているが、今回のような事態にはこうして防衛拠点としての活用されることが想定されていた。


「はい。そして軍勢の規模も、蒼穹(そうきゅう)士団の報告通り四万。こちらと同程度のようですね…… ではラルム公爵、私は下で軍の指揮に戻ります。閣下は、どうか壁内の指揮所へお戻りを」


「ええ。しかし口惜しい。私にも武の才があれば…… 頼みましたぞ、ヴァイオレット妃」


「はっ。お任せを!」


 ヴァイオレットは大きく頷いて公爵に応えると、そのまま防壁の外へと身を踊らせた。






『皆さん、どうか思いとどまって下さい! 困難の前に共に手を取り合うべき私達が、どうして争うのですか……!?

 人々の融和を説いた創造神様の教えを、仲良く、そして健やかにと私達を案じてくれていた始祖神レシュトゥ様のお言葉を思い出してして下さい! どうか、どうか……!』


 城塞都市ブナールの前に布陣した王国軍四万。そして王国軍とほぼ同数の反乱軍が、一定の距離を保ちながら睨み合っている。

 ロスニアは、ヴァイオレットとゼルの二人と共に王国軍の先頭に立ち、反乱軍に対する必死の呼びかけを行なっていた。

 この国のほぼ全ての人間は聖教徒であり、それは反乱軍の同じだ。拡声の魔導具を使用したロスニアの真摯な訴えは、反乱軍全体に届き、兵士達に動揺を与えているようだった。

 だが、敵方を率いているのは凡将では無く、数百年を生きる老獪(ろうかい)な大貴族だった。


『その始祖神様の血統たるフラーシュ様を利用し、神国を(ほしいまま)にするタツヒトこそ逆賊! 我らこそ神の意志を代行し、この国を在るべき姿へと正す神の軍勢である!

 皆見るのだ! あの得体のしれない馬やら蛇やらの混ざり者共を! そして、神聖なる妖精族(ようせいぞく)に関わらず、そのような者共に(おもね)る国賊達を!

 僭主(せんしゅ)タツヒトを野放しにすれば、この国はあのような者達に乗っ取られてしまうのだ!』


『そ、それは違います! タツヒト陛下はレシュトゥ様の遺志を--』


 ロスニアはその後も真摯に声をかけ続けた。しかし、自ら陣頭に立った北の武戦公、ハルプト公爵の巧みな言葉により、反乱軍の動揺は収まり、逆にその戦意は高まっていった。


「--ロスニア。もう、その辺にしておくにゃ」


 ゼルからそっと肩に手を置かれ、ロスニアが愕然とした表情で振り返る。


「ゼル…… でも…… でもこのままじゃ……!」


四八(しよう)戦争の時とは違うにゃ。あいつら、別に戦争にゃんて起こさなくても生きていけるのに、止まる気はにゃーみたいだにゃ。

 ハルプトに乗せられてる所もあるにゃろうけど、ウチらを邪魔に思ってるのはほんとみたいだにゃ……」


「……! そん、な…… それじゃあ、私達は今まで何のために……」


 崩れ落ちそうになるロスニアをゼルがそっと支える。ヴァイオレットはその様子を痛ましげな表情で見た。


「ロスニア。君は聖職者としてやれるだけの事をやってくれた。あとは、我々に任せて欲しい……

 --副騎士団長。手筈通り私が単騎で反乱軍に突貫し、敵将ハルプトを討ち取る。

 反乱軍にはその場で降伏勧告を行うが、もし連中が止まらない場合…… 君が全軍に攻撃指示を出すのだ。残念だが、掃討戦に移行する」


 ヴァイオレットが己の副官に伝えたのは、作戦とも言えないような作戦だった。しかし、個人の力が突出しすぎたこの世界においては、この斬首作戦はあまりにも効果的だった。

 反乱軍の中に、本気で駆けるヴァイオレットを視認出来る者はおらず、その突進を止められる者も居ない。

 紫宝級(しほうきゅう)の高みにある彼女にとって、万の軍勢を蹴散らして敵将を討ち取るのは容易い事だった。


「はっ。 --申し訳ございません、ヴァイオレット騎士団長。我々が不甲斐ないばかりに……」


 妖精族(ようせいぞく)の副騎士団長は、ヴァイオレットの命令に悔しげに応えた。

 可能性は低いが、不慮の事故が起こる場合もありうる。この斬首作戦は戦争を一瞬で終結させられる一方、ヴァイオレット一人に全ての危険を負わせる作戦とも言えた。


「良いのだ。これが、双方最も犠牲の少なくて済むはずの方法なのだから…… よし、では行って--」


 ズズンッ……


 ヴァイオレットが槍を手に前に出ようとした瞬間、戦場を小さな揺れが襲った。

 出鼻を挫かれた彼女が周囲を見渡していると、揺れは収まるどころか徐々に大きくなっていった。そして。


 ドガァッ!!


 ヴァイオレット達から見て反乱軍の左側。魔物の領域である深い森の際の地面が、突然爆発したように吹き飛んだ。

 それと同時に爆心地から強烈な殺気と威圧感が溢れ、彼女の背中を冷や汗が濡らす。


「……! 全軍、爆心地に注意を払え! 臨戦体制!」


「「お、おぉ!!」」


 王国軍が警戒を高めるなか、爆心地の間近に展開した反乱軍は多少の混乱はあるものの、陣を動かす様子がない。

 そして土煙が晴れた時、地面に開いた大穴からそれが姿を現した。


「「ギシャァァァァッ!!」」


 鎌首をもたげて咆哮を上げるのは、九体もの大蛇。しかしそれらは一つの胴体を共有していて、その途方も無い巨体を強靭な四肢が支えている。

 一歩ごとに大地を揺らしながら穴から這い出ると、それの体高は城塞都市の防壁をゆうに超えていた。

 加えて巨体から発せられている放射光の色は紫色。ヴァイオレットをして、震えが来るほどの強敵だった。


九頭毒蛇(ヒュドラ)だと……!? なぜこんな浅い場所に、それも地下から!?」


「ヴァイオレット! あいつもやべーにゃけど、穴ん所を見るにゃ! これ、かなり不味くにゃいか……!?」


 ゼルの声に、ヴァイオレットは急いで大穴へと視線を戻した。すると穴からは魔物が雲霞(うんか)の如く這い出し、反乱軍を無視してこちらに向かって殺到してきていた。

 魔物の中には人型に近い個体、魔人も混じっているのが見える。この時、ヴァイオレットは全てを理解した。


「バルナ、ハルプト……! よりによって、覆天竜王(ブリトラ)の残党と手を組んだと言うのか……!? あの愚か者共め! 連中が、覆天竜王(ブリトラ)がこの国に何をして来たのか忘れたのか!?」


「うぇっ!? マジかにゃ…… あいつらウチより馬鹿にゃんか!? そんなの、ウチらを倒せても直ぐに裏切られるに決まってるにゃ!」


「あぁ、そんな…… 神よ……」


 ヴァイオレットの絶叫に、ゼルが驚愕し、ロスニアが絶望の表情で膝を突いた。

 しかし、衝撃を受ける彼女達を戦況は待ってくれない。王国軍の圧倒的有利は、地下に潜伏していた覆天竜王(ブリトラ)の残党の参戦によってひっくり返ったのである。

 ヴァイオレットは直ぐに状況の不利を悟り、城塞都市を活用した防衛戦へ移行しようとしたが、そこでハタと気づいた。


 あの規模の地下空間、竜王の残党はここでの開戦を読んで入念に準備していたのだ。だが、なぜこの城塞都市ブナールにあの戦力を展開したのか?

 竜王の残党がバルナ達と手を組んだのだとすれば、その目的はおそらく竜王を討ったタツヒトのはずなのに……


 キィンッ……


「「……!?」」


 その時、ヴァイオレット達の絆の円環(きずなのえんかん)が発動した。円環が伝えて来たのは、王都に残ったタツヒト達の驚愕と焦燥。

 それは王都が、タツヒト達が強力な別動隊に襲撃された事を意味していた。


「くそっ……! 私達を王都から引き離し、ここへ縛り付ける策だったのか!?」


「ど、どうするにゃ!? ウチとおみゃーなら、本気出せば王都まで一時間もかからねーにゃ!」


 ゼルの言葉にヴァイオレットの瞳が揺れる。しかし、迫り来る魔物の群れと、背後に庇った王国軍と城塞都市を見た彼女は、静かに首を振った。


「--駄目だ。今我々がここを離れれば、王国軍四万とこの都市は全滅する…… タツヒト達を信じるしかない……! --聞け、勇猛な王国軍の皆よ!」


 恐慌状態に陥りかけていた王国軍が、槍を掲げて吠えるヴァイオレットの言葉に傾聴する。


「狼狽えるな! 人同士の戦いが、魔物との戦いに変わっただけだ! いつも通り、基本に忠実に戦うのだ!

 副騎士団長! 籠城戦に移行し、貴殿の指揮の元、この都市を必ずや守り抜くのだ!

 騎士達よ! 兵士達と隊伍を組み、同格以上とは絶対に単独で戦うな! 魔導士よ、そして弓兵よ! 人型の魔物が敵の要だ! 優先的に攻撃せよ!

 防壁を破壊しかねないあの巨大な九頭毒蛇(ヒュドラ)は…… この私、ヴァイオレットが討つ!」


「「おぉ…… おぉぉぉっ!!」」


 覆天竜王(ブリトラ)殺し英雄の(げき)に、味方の士気は一気に回復した。

 そして王国軍が防壁内に退避する中、ゼルは二刀を抜き放ちながら不敵に笑った。


「よっしゃ……! ヴァイオレット、ウチも一緒にあのデカ蛇をやるにゃ! 流石に一人じゃ厳しーにゃろ?」


「助かる! ロスニア、君も防壁内に退避するのだ。我々が負傷した時は頼む!」


「ヴァイオレットさん、ゼル…… 分かりました……! どうか、ご武運を!」


 ロスニアに頷き返した二人は、咆哮を上げ、魔物の群れの向こうに聳え立つ九頭毒蛇(ヒュドラ)へと突貫した。


お読み頂きありがとうございました。

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【日月火木金の19時以降に投稿予定】


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