第493話 叛乱
ティルヒルさんの急報を受けた僕は、直ぐに宮廷会議を招集した。
会議室に重臣達やお妃さん達が居並ぶ中、ラビシュ宰相が深刻な表情で状況を読み上げる。
「蒼穹士団の報告によると、西の宝石公、バルナ公爵と、北の武戦公、ハルプト公爵。そして両公爵と近しい五十以上の領地が一斉に蜂起したとのことだ。その合計兵数は、推定四万にも上る。
各領地を出発したそれらの軍は、合流を重ねつつ、我が国中央の魔物の領域を北側に避ける形で王都へ近づいてきている。
これは両公爵を中心とした領主達による、王家への叛乱とみて間違い無いだろう……」
宰相の言葉を受けた重臣達の表情は、怒りや落胆、焦りなど様々だ。
「疑惑はありましたが、まさか本当に仕掛けてくるとは……」
「しかも四万など、北西領主達のほぼ全兵力ではないか? 魔物も増えている状況で自領の戦力を殆ど空にするなど……」
「全勢力による短期決戦を狙っているのでしょうか……? キアニィ妃。連中が連絡を取り合っている様子はなかったとのことですが……」
重臣の言葉に、キアニィさんはナノさんと頷き合ってから答えた。
「ええ、そのはずですわぁ…… でもこうして一斉に動き出した所を見ると、わたくし達が監視を始める前から蜂起の日時を決めていたのか、それとも未知の連絡手段があるのか……
前者も否定できませんけれど、この迷いの無さは後者のような気がしますわぁ。例えば、わたくし達も使っている翻訳魔導具。あれの長距離通話が可能な物が存在するとか……」
言い終わると、キアニィさんは自身の左腕に嵌められた絆の円環をチラリと見た。
「そんなものは聞いたことがありませんが…… しかし、側妃の方々の式の直後に叛乱を起こすなど、ふざけおって!」
「ティルヒル妃、今朝王都を出た叛逆者共は補足できたのですか……!?」
「んーん。みんな、馬車を乗り捨てて森へ逃げたみたい。探すのは…… ちょっと時間がかかるかも」
「全て計画してあったのでしょうね。我々が油断し、警護のために王都に人手が取られ、監視の目が緩むのを狙ったと……
しかしそれだけに分りません。彼女達は、勝てるつもりでいるのでしょうか? 覆天竜王を討った陛下達に……」
一人の重臣の言葉に、みんなの困惑の色が強くなる。そう、そこなのだ。
ナノさん達の入念な調査によって、西と北が持つ高位階の戦力は最高でも緑鋼級だと結論づけられている。
いくら宝石公達が大軍を集めても、青鏡級、そして紫宝級の戦力を有する僕らに蹴散らされて終わりだ。それは彼女達も分かっているはずなのに……
会議場にしばし沈黙が降りた後、宰相が再び口を開いた。
「--ともかく、このまま座して叛逆者共を待つ訳には行かぬ……! ヴァイオレット妃」
「うむ。叛逆者共…… 仮に反乱軍と呼ぶが、奴らの行軍経路から、迎え撃つのは城塞都市ブナールが良いだろう。
この都市は王都から北西に三日ほどの距離にあり、王都とまでは行かないが防衛能力に秀でている。そして反乱軍が王都まで進行する場合、地形上、ここは避けて通れないはずだ。
急ぎ王領各地に散った騎士団を呼び戻し、南の豊穣公を始めとした我らに近しい領主達にも檄文を出そう。この都市に戦力を集結させるのだ。
タツヒト陛下、それでよろしいですね? --陛下?」
「ん……? あ、ああ……」
ヴァイオレット様の言葉に僕は直ぐに反応できず、気の抜けたような返事をしてしまった。
--宝石公や武戦公。彼女達は儀式を経て僕に臣従を誓ってくれたし、今回共謀している他の領主達もそうだ。
もちろん、彼女達が本心から臣従を誓った訳では無いことは分かっていた。いくら覆天竜王を倒したからと言って、只人で、しかも男の王である僕を受け入れるのには抵抗があっただろう。
さらに叛乱の兆しも十分にあったわけで、こうなる心の準備もできていたはずだ。理屈の上では。
しかし、実際にこれほど多くの領主達に刃を向けられてしまった今、僕は自分でも驚くほどにショック受けていた。
怒りよりも先に、倒れ込んでしまいたくなるような徒労感を感じる。これまで王様として頑張ってきたけど、それが全て否定されてしまったような気持ちだ。
しかし、俯いて机を眺める僕の肩を、誰かが力強く引き起こした。見るとヴァイオレット様だった。
彼女は僕の顔を見て一瞬痛ましそうな表情をした後、グッと表情を引き締めた。
「陛下……! どうか、お心をしっかり持って下さい。貴方はこの国の王なのです。貴方が揺らげば、我々も十全に動くことができません。
そしてそうなれば、この王都は叛逆者共に蹂躙され、貴方も、貴方の大切な人々も皆死ぬでしょう。貴方は、それを座して良しとするのですか……!?」
「……!」
彼女の言葉で思い出した。僕がなんで王様なんかになったのか。大切な人達と楽しく笑顔で暮らしていくため、ひいてはみんなを守るためだ。
ちらりとフラーシュさんの方を伺うと、彼女は笑顔とは程遠い、泣きそうな表情をしていた。こんなんじゃ、レシュトゥ様にも顔向けできない……!
僕は立ち上がると、不安げな重臣達とお妃さん達の顔を見まわした。
「感謝する…… ヴァイオレット妃。其方の言う通りだ。我は少々気弱になっていらしい。
此度の叛乱に参画した者たちは既に我が臣下にあらず、ただの逆賊に過ぎない。平和を愛した始祖神レシュトゥ様より受け継いだこの国を、そのような者たちになどくれてやるものか……!
我はアウロラ王国の国王として宣言する。我らの全力を持って、叛逆者共を叩き潰すのだ!」
「「はっ!」」
僕の言葉に重臣達が応え、お妃さん達も戦意を漲らせる。
一方で、シャムやロスニアさん、そしてフラーシュさんはまだ不安気だ。彼女たちにそんな表情をさせてしまった事を、宝石公…… バルナ達のせいにしたい。でも、これは叛乱を未然に防げなかった僕の無能のせいなのだ。
その後、直ぐに反乱軍討伐作戦の細部が詰められ、王都には戒厳令が発せられた。
当然、結婚式のゲストのみんなには、残念ながら国元へお帰りいただく事になった。
ただ、船で招待させて頂いた方々は直ぐにという訳にもいかず、準備が出来次第順次お帰りいただく形となった。
中には共に戦うと言ってくれた人たちもいたけれど、もちろん丁重にお断りした。
翌日、王城内側の城門前広場。僕は他のお妃さん達と一緒に、王都から出立するヴァイオレット様達の見送りに立っていた。
彼女が引き連れているのは、王都に詰めていた騎士団一万と、副士団が率いる魔導士団一千、それから輜重隊などの支援部隊だ。王都には最低限の守備兵が残る形となる。
迎撃地点である城塞都市ブナールには、王領に各地に散っている騎士団と魔導士団、計一万強と、快く招集に応じてくれた南の豊穣公の軍と他の領主達の軍も集まり、こちらの戦力は最終的に計四万強となる予定だ。
対して反乱軍の兵数も四万程度。すなわち、これは国を二分する戦いなのだ。
「任せたぞヴァイオレット妃、我が国の騎士団長よ。見事叛逆者共を討ち果たすのだ。 --どうかお気をつけて、ヴァイオレット様」
ヴァイオレット様を王様らしい口調で激励した後、僕はそう小声で付け加えた。
正直僕も彼女に付いて行きたいのだけれど、みんなの大反対にあって王都で待つことなってしまった。
今回、敵方にはヴァイオレット様に伍するような強者はいない。彼女だけでも十分というのは分かっているのだけれど……
一方ヴァイオレット様は、僕の不安を打ち消すかのように力強く頷いてくれた。
「はっ! 陛下の望みは、直ぐに叶えられるでしょう。そしてプルーナ魔導士団長。連中は何か別の仕掛けを考えている可能性もある。留守を頼むぞ」
「ええ。陛下と王都の守りはお任せ下さい。ヴァイオレット騎士団長も、何かあればこれで」
プルーナさん頷き、自身の左腕に着けた絆の円環を掲げた。
まだその力の全容は分からないけれど、この神器には、同じものを身につけた相手に感情やイメージを共有する能力があるようなのだ。
ティルヒルさんに少し実験してもらったら結果、少なくとも王国の国土の半径、200km以内なら機能する事が分かっている。
この世界においては破格の通信機能。これがあれば、誰かがピンチに陥っても一早く知ることができるのだ。アラク様、勇魚の神獣様、本当にありがとうございます……!
「ロスニア。無茶するんじゃありませんわよぉ……? ゼル。護衛をしっかり頼みますわぁ」
キアニィさんが、ロスニアさんとゼルさんに心配気に声をかけた。
どうしても反乱軍に解散するよう呼びかけたいと、ロスニアさんもヴァイオレット様に同行する事になったのだ。
もちろんみんな大反対したのだけれど、こういう時の彼女は非常に頑固だ。僕らの方が折れ、彼女の護衛として警邏士団第一大隊、すなわちゼルさん達も随行する事になった。
ちなみに、アスルとカリバルはすでに港に向かってくれている。ゲストを安全に国元へ送り届けるため、彼女達の警護が不可欠なのだ。
「ええ、もちろん無茶はしません。ですが、きっと話せば分かることもあると思うんです……!」
「キアニィ、任せるにゃ! 危にゃくにゃったら、こいつを担いででも逃げてくるにゃ!」
聖職者としての使命に燃えるロスニアさんに対し、ゼルさんはしょうがにゃいにゃーといった表情だ。いつもとは逆の構図だ。
僕らは最後にもう一度頷き合うと、ヴァイオレット様が高々と槍を掲げた。
「出立!!」
「「おぉぉっ!!」」
その声に王城の城門が開かれ、ヴァイオレット様を先頭とした軍勢がゆっくりと王都の大通りを進んでいく。
通りに集まった王都の住人達が、それを歓声を持って送り出す。
反乱軍との決戦はおよそ一週間後。僕は、不安な気持ちを消せないままヴァイオレット様達を見送った。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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