第492話 n回目の結婚式(3)
ヴァイオレット様達と式を上げた翌日。本日は『白の狩人』ゲストメンバー、すでに結婚しているフラーシュさんを除く五人との結婚式である。
昨日と同じく怒涛の連続結婚式を行い、貴族のお客さん達との祝賀会を終えた所で、無礼講的祝賀会が始まった。
小さめの会場には、今日結婚した五人のご家族や友人達が集まってくれている。
まずメームさんのゲストとして、メーム商会の副会長であるラヘルさんを始めとした、商会の古参メンバーが集まってくれていた。
ラヘルさんは号泣してしまって大変だったのだけれど、久しぶりのこの人達もお祝いに駆けつけてくれた。
「メーム殿! まさか俺様を差し置いてタツヒトと結婚するとは……! 何とも幸せそうな顔だな! 全くもってめでたい!」
そう言って豪快に笑うのは、凶悪な牙を生やした大柄な樹人族。樹環国での部品探索の際にお世話になった悪徳商人、コメルケル会長である。
「ありがとうコメルケル殿。以前は、自分がこんな幸福を掴めるとは思っていなかったが…… あの時、コメルケル殿が俺の背中を押してくれたお陰だと思う。本当に感謝しているよ」
「ふふっ、俺様は何もしておらん。メーム殿が行動して掴み取った結果だ! 自分の成果として噛み締めるといい!
そして久しいな、タツヒト! 我が恩人にして友よ! 只者では無いとは思っていたが、まさか一国の王にまでなるとは……!
お前ほどメーム殿の伴侶に相応しい男もいないだろう。祝福するぞ、二人とも!」
ばしばしと僕の背中を叩くコメルケル会長。この人も変わらないなぁ。
「ありがとうございます! コメルケル会長ほどの大商人にそう言って貰えるなんて、本当に嬉しいですよ。
ピリュワさんとトゥヤさんも、来てくれてありがとう! 首の、遂に取れたんですね!」
会長に寄り添うように立っているのは、元借金奴隷の双子の兄弟、ピリュワさんとトゥヤさんだ。
隷属の首輪が外れているので、自分達を買い戻して奴隷から解放されようだけど、今もコメルケル会長の元で働き続けているらしい。
「どもども〜、いやー、本当にやっとだよ。長かったなー。ね? 兄貴?」
「ふふっ、そうだね。でも、会長のおかげで今までも楽しかったし、きっとこれからも楽しいよ、ピリュワ」
「ま、そうかもねー」
「お前達……! よし、今夜もたっぷり可愛がってやるとしよう! さておき、メーム殿とは後日商売について話しておきたい所だ。
何せ、俺様のコメルケル商会とメーム商会は扱うものが一部被るからな」
「ああ。俺もコメルケル殿とその話がしたかった。是非お互いの利益が最大となるよう、じっくりと話をするとしよう……!」
コメルケル会長とメームさんが、示し合わせたかのようにニヤリと笑い合う。
確かに、我が国の主な輸出品には高品質な魔導具があり、同じく魔導具を扱うコメルケル会長とは、明確に競合する。
一方で、メーム商会の主力商品の一つであるチョコレートは、その原料の全てをコメルケル商会が掌握している。
タフな交渉になりそうだけど、二人ともライバルとの戦いを楽しみにしているように見えた。
その後も、久しぶり、あるいは初めましての人達との挨拶は続いた。
アスルの故郷の島からは、お母さんで島主のリワナグ様と、お姉さんのムティヤさん達にお越しいただいた。
とある事情で以前はギクシャクしていたこの姉妹だけど、今日は互いに目に涙を浮かべながら穏やかに抱き合っていた。
一方リワナグ様は、アスルが暴れてやしいないかと少し心配そうだった。その言葉に数ヶ月前の流血騒動が頭に浮かんだけれど、全く問題無いですと断言しておいた。今日はめでたい席なので……
カリバルのゲストは、実は初対面となる彼女のご両親達だった。
その、カリバルのご家族とは思えないほど礼儀正しい人達で、恐る恐る挨拶した僕に対して、不良娘を引き取って頂き感謝に絶えないと深々と頭を下げてくれた。
しかし、僕はその評価に異議があったので、カリバルが如何に友達思いで義理堅く、真面目に仕事をしてくれているかを滔々と語った。
カリバルは終始恥ずかしそうにしていたけれど、ご両親は甚く感激してくれていたようだった。
ティルヒルさんの故郷である魔獣大陸からは、彼女の育ての親であるナーツィリド長老達が来てくれていた。彼女達は移動が大変すぎたので、秘密裏に転移魔法陣でご招待した。
みんな、ティルヒルさんと僕の結婚を大いに祝福しつつも、ティルヒルさんが身につけた煌びやかな宝石やネイルアートに心を奪われているようだった。
彼女達、種族全体が宝石好きだからなぁ…… お土産にいくら宝石を贈っておこう。
そして最後。エリネンのゲストとして、彼女の育ての親である夜曲の首領、リアノンさん達が来てくれていた。
「おぅ、タツヒト。招待してくれたんは嬉しいがのう…… こないな立派な場所に、わしらのような筋者呼んで良かったのか?」
彼女はいつもの鋭い眼光で会場を見回しているけれど、ちょっと居心地悪そうにしている。
「勿論ですよ。今のエリネンがあるのは、きっと親分さんのおかげですから。他に誰を呼ぶって言うんですか」
「そうか…… おまはんみたいな男がエリネンと一緒になって良かったわ。しかし、あっちはちとややこしい事になっとるのぉ」
「ええ。でも、きっと大丈夫ですよ」
僕らの視線の先には、エリネンと向かい合う彼女とそっくりな兎人族が居た。
「エリネン。あなたが顔を隠して私の前に現れた時から、どこか他人の気がしないとは思っていましたけれど…… まさかわたくしのお姉様だったなんて……! あぁ…… こうしてお話できて本当に嬉しいですわぁ!」
魔導国の王女にして、実はエリネンの妹でもあるルフィーナ殿下は、エリネンの両手を握り飛び跳ねるように喜んでる。
ここの家庭事情もなかなか複雑なのだけれど、ルフィーナ殿下の方に蟠りは無いようだった。
「お、おう。ウチも嬉しいわ。けど一旦落ち着きぃ。おまはんの連れもびっくりしてはるわ」
エリネンが視線を送る先に居るのはルフィーナ殿下の婚約者、癒し系眼鏡男子のヒュー先輩だ。彼には魔導大学時代にすごくお世話になった。
「う、うん。驚いてるよ。本当にそっくりなんだもの。でも、ルフィーナが嬉しそうで良かったよ」
「うふふ、ヒューってはそればっかり。ねぇタツヒト。エリネン姉様と結婚したあなたは、もうわたくし達とも家族でしてよ。今後も仲良くしていきましょうね?」
「勿論です、ルフィーナ様! あ、そうそう。実は魔導国側にも港を作る計画がありまして--」
こうして、目まぐるしい二日間の結婚式と祝賀会は、多くの人々に祝福される中で無事終了した。
時刻はすでに深夜になりかけていたけれど、僕とお妃さん達にはまだ報告しなけれならない方々が居た。
全員で足を運んだのは、王城の教会の隣に作ってもらった立派な神殿だ。
外観は巨大な石碑のようなシンプルなものだけど、どこか神聖な雰囲気が感じられる造りにしてある
そしてその内部には、三つの祭壇が設けられていた。それぞれ、黒い蜘蛛、白い抹香鯨、雷を纏った鷲の意匠が施されている。
そう、ここは僕らと縁深い神様達を祀った社なのだ。
「蜘蛛の神獣様、勇魚の神獣様、そして鷲の神獣様。皆様のおかけで、こうして全員無事に式を上げる事が出来ました。心より感謝申し上げます」
祭壇の前で跪き祈る僕に、みんなも続く。この場の誰もが、直接的、あるいは間接的にこの三柱の神様にお世話になっているのだ。
すると突然、蜘蛛の祭壇の前に映像が投影された。
「ア、アラク様!? え…… お髪が……!?」
映し出されたのは、満面の笑みのアラク様だった。
しかし、僕は驚愕の後ですぐに悲鳴ようのな声をあげてしまった。黒い絹のような彼女の長髪が、肩口ほどに切り揃えられていたのだ。
『タツヒト。お主相変わらず目敏いのう…… さておき、皆元気そうじゃな! 重畳重畳。と、顔を合わせるのが初めてのもんおるんじゃったな。
妾はエウロペアの大森林に隠居しとる婆で、蜘蛛の神獣というもんじゃ。よろしくの』
気さくな感じで自己紹介したアラク様に、主に彼女と初対面なお妃さん達がざわめく。
「か、感謝申し上げますアラク様。わざわざお声がけ頂けるとは……」
『ふふっ、何を言っとるんじゃヴァイオレット。こんなにめでたい席に顔を出さんでどうする。お主の晴れ姿も実に決まっておっのう。 ん? おーい、勇魚の。お主も顔を見せてやらんかえ』
アラク様が軽い感じで声をかけると、今度は鯨の祭壇の前に映像が投影された。
映し出されたのは、冷ややかな美貌を湛えた純白の鯨人族に見える美女。勇魚の神獣様だった。
彼女の神々しい白の長髪も、今は肩口ほどに切り揃えられている。アラク様と同じだ。一体……?
『蜘蛛のよ…… お前には、下々の者に対して威厳を保とうという気概は無いのか?』
『ほっほっほっ。あるように見えるかえ?』
『全く…… 我名は勇魚の神獣。遍く海の魔物達の王である。これも縁。お前達を祝福してやろう』
ぶっきらぼうにそういった彼女を、アスルは感涙しながら仰ぎ見た。
「勇魚の神獣様…… ありがとう、ございます……! ほら、カリバルも」
「あ、あんたが勇魚の神獣様……! あの、俺、前に助けてもらって…… それで……!」
あわあわするカリバルに、勇魚の神獣様はふっと表情を和らげた。
『うむ。壮健のようだな、我が巫女アスル。そして案ずるな、我が信徒カリバルよ。言葉にせずとも、お前の祈りは届いている。今後も励むが良い』
「……! は、はい!」
カリバルが感じ入ったように頭を下げ、その背中をアスルがさする。その様子を見てアラク様も笑みを深めた。
『ふふっ…… さて、今日はいろいろあってお主らも疲れとるじゃろ。さっさと祝いの品を渡しておこうかの。ほれ』
アラク様が軽い感じで手を降ると、突如虚空から、僕ら全員の手元に腕輪のようなものが出現した。
それは、白と黒の金属糸で編まれたミサンガのようなものだった。精緻で美しい造りの中に、ただの宝飾品とは思えない凄みが感じられる品だった。
僕らが魅入られたように腕輪を手に取ったのを見て、アラク様が言葉を続ける。
『銘を、絆の円環という。効果はそのうち分かると思うんじゃが、結構便利じゃと思うぞ。妾と勇魚のとで作ったのじゃ! 鷲の奴にも声を掛けたんじゃが……』
『あの変わり者が応じるわけが無いだろうに……』
『それを言ったら妾達の方が変わり者では無いかえ?』
『む…… それはそうだな』
友人のような掛け合いを続ける二柱の神々。僕は彼女達の短くなった髪と、手元の腕輪とを見比べた。
「あ、ありがとうございます! でも、あの、もしかしてお二方のお髪が短いのは……?」
『あー、気にするんじゃ無いわえ。脚と一緒ですぐに生えてくるでな。ではの、落ち着いたらまた遊びに来るんじゃぞ〜』
『ではさらばだ、人間達よ』
そう言い残すと、現れた時同様、二柱の神々は一瞬でこの場から去ってしまった。
「--なんというか…… 僕らって、本当に幸せ者ですね」
腕輪を掻き抱きながら呟いた僕に、みんなもただ呆然と頷いた。
忙しくも楽しい二日間を終えた翌朝。国内の領主達やその名代達は足早に領地へと帰っていった。
他国からのゲスト、みんなのご家族や仲間の皆さんにはもう少しこの国に滞在してもらう。午後から街の名所などを案内する予定なのだ。
「さて、それまで午前中の仕事を片付けるとするか」
そう気合を入れて執務室の椅子に座った瞬間、突然、凄まじい焦燥感と恐怖が押し寄せてきた。
「「……!?」」
執務室にいたフラーシュさんとシャムも同じ感覚に襲われたのか、身を固くしている。
一体何が……!? 僕は思い当たる原因、全員の左腕に嵌められた、昨日アラク様達から頂いた神器を見た。
もしかして、今の感覚は絆の円環によるものなのか……? いや、それよりも……!
「タツヒト氏、今の……!?」
「ティルヒル、でありますよね!?」
二人の言葉に僕も戸惑いながら頷いた。襲ってきた感情は、なぜかティルヒルさんのものだという確信があったのだ。
「う、うん……! なんでか分からないけど、僕にもそう感じられたよ。これ、ティルヒルさんがめちゃくちゃ焦ってるって事だよね……!? 直ぐに--」
バンッ!
次の瞬間、執務室のドアがノックも無しに開かれた。
「な、何事だ!?」
開かれたドアへ目を向けると、そこには緊迫した表情のティルヒルさんと、憔悴した様子の彼女の二人の部下が居た。
蒼穹士団である彼女達の唯ならぬ様子に、身体中から一斉に冷や汗が噴き出る。
「ティルヒル妃…… まさか……!?」
「へ、へーか! 大変だよ! この二人、さっき西と北の基地から飛んできてくれたんだけど…… 北西の領地の軍が、王都に向かって一斉に進軍を始めたんだって!」
齎されたのは、その可能性を忘れかけていた凶報。北西領主達の叛乱の報せだった。
すみません、日曜分は落としてしまいましたm(_ _)m
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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