第485話 お妃さん達のお仕事
アウロラ王国の防諜、諜報体制に関する宮廷会議を終えると、すでにとっぷりと日が暮れてしまっていた。
あと一ヶ月程で年末という時期のせいか、随分と日が短くなった気がする。ともあれ、本日の王様業はこれで終了だ。
業務終了後は、お妃さん達とゆったり夕飯を食べるのがいつもの流れだけど、今日はゲストを招く事にした。
「あの、我が王。本当に私も同席して良いのでしょうか……?」
場所は城の中でも小さめの食堂。ナノさんは、お妃さん達と一緒のテーブルに体を縮こまらせるように座っていた。
勢いで誘っちゃったけど、彼女からしたらちょっと居心地の悪い空間だったかも。ちょっと反省。
「ええ、もちろんです。正式なものはまた後日企画しますけど、今日はナノさんの歓迎会ですから。
と言っても、僕の手料理なんでそう大したものじゃ無いですけど。よい、しょっと」
そう答えつつ、僕はテーブルの上に子供一人が入れそうな鍋をドンと置いた。
ちなみにこの場には僕らしか居ないので、僕は王様口調をやめている。
そして鍋から料理を皿によそい、みんなに料理が行き渡ったところで僕は手を合わせた。
「それじゃ、創造神様、始祖神レシュトゥ様、蜘蛛の神獣様、勇魚の神獣様…… 神々に感謝して、頂きます」
「「頂きます!」」
僕の続きみんなも手を合わせ、待ちきれないという感じで料理を食べ始めた。
「うむ、今日もタツヒトの料理は美味しいな! やはり寒い冬は煮込みに限る!」
「ええ! 鶏肉と野菜の旨み、牛乳の甘み、牛酪のコク…… 最高ですわぁ。いくらでも食べられましてよぉ!」
本日のメニューはクリームシチューだ。記憶を頼りに、日本で食べた事のある味を再現してみた。
ヴァイオレット様とキアニィさんは、付け合わせのパンと一緒にそのシチューを凄まじい速度でお代わりし続けている。馬鹿みたいにデカい鍋いっぱいに作ったけど、足りるだろうか……?
ゲストのナノさんは、そんな二人にちょっと引きつつシチューを一口食べ、目を見開いた。
「……! うまい……」
「ふふっ。気に入ってもらえたみたいでよかったです。僕の故郷の家庭料理なんですよ」
「はい! なんと申しましょうか、ほっとするような味わいです。少し仲間達に申し訳ない程です」
「にゃはは、真面目だにゃあ。うめーもんは、素直にうめーって食うもんだにゃ!
ところでおみゃー、ウチと色似にてんにゃあ…… よし、気に入ったにゃ! 団長様が部下にお代わりよそってやるにゃ! いっぱい食うにゃ!」
本気で申し訳なさそうにするナノさんの皿に、ゼルさんが笑いながらシチューをよそう。
「おいゼル。ナノさんは任命式前や。まだおまはんの部下や無いんやで? 気ぃ早過ぎるで、全く…… ウチのあほ猫がすまんなぁ、ナノさん」
「い、いえ、エリネン妃。大変嬉しいです。ありがたく頂きます」
早速打ち解けたはじめた彼女達をみてほっと息を吐いていると、同じように安堵の表情をしていたキアニィさんと目が合った。
どうやら同じ事を考えていたらしい。僕らはお互いに小さく微笑んだ。
「ナノさんは、上司とうまくやっていけそうですね、キアニィさん」
「ええ、安心しましたわぁ。ナノ達が働きやすい環境でないと、わたくしも本格的に動けませんもの」
キアニィさんの言葉に僕は深く頷いた。
ナノさん達、元ウリミワチュラの蛙人族の皆さんには、明日から早速仕事についてもらう事になっている。
彼女達の配属先について説明する前に、お妃さん達の今のお仕事についても話しておこうと思う。
以前も触れたけど、ヴァイオレット様は王国騎士団長、プルーナさんは王国魔導士団長に着任してくれた。二人とも、大人数の指揮に苦心しながらも、魔物対策や港や街道などの国内開発に尽力してくれている。
そしてシャムは国王秘書官、フラーシュさんは王妃として、公私ともに僕の仕事を手伝ってくれている。
あと聖教の司教に出世したロスニアさんは、アウロラ王室付きの宮廷聖職者として諸々の儀式を取り仕切りつつ、王室の専属医師的な仕事をしてくれている。
また、騎士団や魔導士団に随行する数百人の従軍聖職者の代表者も務めてくれている。彼女にはちょっとお願いしすぎかも知れない。
ここまでは他の国でも見かける普通の組織や役職だけど、僕は宮廷会議に諮ってさらに三つの新しい組織を作った。
その一つが、ナノさん達に入ってもらう警邏士団だ。
「港が開通して、ナノさん達がきてくださった事は大変良い事です。でも一方で、今後はよく無い考えを持った人間も入ってくる事になります。
ゼルさん、キアニィさん、エリネン、ナノさん。警邏士団の仕事は大変だと思いますが、よろしくお願いします」
少し神妙な表情で頭を下げた僕に、四人は深く頷いてくれた。
警邏士団は、王都や港湾都市などの、王領内における主要な都市内の治安維持を目的とした組織だ。
ゼルさんを団長とし、キアニィさんとエリネンが副団長を務め、三人がそれぞれ五百人程度の大隊を率いる。
ゼルさんの第一大隊は、騎士団から抽出した妖精族がメインだ。ゼルさんの人柄もあり、結構市民には受け入れられているようだ。
エリネンの第二大隊は、彼女と同じ元夜曲の兎人族と、ナァズィ族がメインだ。
今はゼルさんの隊と一緒に警備したり、種族特性を生かした土木業務に携わってもらっているけれど、将来的には別の仕事も頼む予定だ。
そしてキアニィさんの第三大隊。これは、ナノさん達元暗殺者の人達を丸ごと吸収して大隊を構築する。
表向きは他の隊と同じく治安維持だけど、本来の役割は防諜と諜報だ。この手の貴重な人材が一気に入ってくれたのは本当にありがたい。
港の話題が出たところで、今度はメームさん食事の手を止めた。
「この国と他国との船便が通せるようになった事で、俺もようやく本業を始められる。この国の魔導具や食品は質がいいからな。他国で飛ぶように売れるだろう。ふふっ……
ああ、ナノ。君達が王領外で諜報活動をする際には、俺の商会が名前と身分を用意しよう。その方が動きやすいんだろう?」
「メーム妃、感謝します。そうして頂けると大変助かります」
メームさんは、今や巨大な組織に成長したメーム商会の会長で、アウロラ王国の支部長も務める他、宮廷では総務顧問という役職に就いてもらっている。
彼女は他国の政情や商流などに詳しく、ラビシュ宰相達から色々と相談を受ける内にこの役職が新設された。
一国の中枢に入り込みつつ、他国との貿易を一気に牛耳る…… メーム商会は今後莫大な利益を上げるだろう。
政府と民間企業の癒着どころの話じゃないけど、メームさんなら無体なことはしないだろう。
「港が完成してよかったけどよぉ、もぐ…… 船便が増えるんならもっと人手が欲しいよなぁ、アスル。もぐもぐ」
「カリバル、食べながら喋らないで。でも同意。今の人数では港一つでもちょっと大変。港以外の近海は、正直手が回っていない……」
次に声を上げたのは、二つ目の新設組織である群青士団の団長アスルと、副団長のカリバルだ。
周囲をぐるりと海に囲まれたこのアウロラ王国では、港や航路を守るための海上戦力が必須。手練の海棲種族である彼女達は、まさに打って付けの人材だった。ちなみに、二人はどっちが団長をやるかを決闘で決めたらしい。
群青士団の今の構成員は、アスルの元同僚やカリバルの取り巻き達だけで、中隊規模にも満たない。なので人員増強が急務なのだ。
「だよねぇ。いい人が来てくれるか分からないけど、群青士団の公募を出しておくよ。あ、蒼穹士団も人手が足りて無いですよね……?」
「うん…… あーしらだけじゃちょっと厳しーかも。あと、出先で休める拠点なんかが欲しいかなぁー」
僕がティルヒルさんにそう振ると、彼女は少し申し訳なさそうに頷いた。
三つめの新設組織、蒼穹士団は、ティルヒルさんが団長を務める王国の領空の警備、監視、情報伝達を担う集団だ。
彼女の同族であり、高度な飛翔能力を持つアツァー族が多く入ってくれたので、今の構成員は大隊規模だ。
それでも王国の魔物の領域全てをカバーするには足らず、最大の懸案事項である竜王残党の捜索は、かなり難航しているのが現状だった。
「結構探したんだけど、それでもそれっぽい魔物は全然みつから無いから、ほんとーにいるのかなぁって感じだよぉ」
「それは…… 居る、筈です。 大魔巌樹の頂上で覆天竜王と戦った際、敵集団の上澄は奴の魔法によって消し飛びました。
でも、それ以外の戦力や、地方を攻めていた集団はまだ生き残ってどこかに潜んでいる筈なんです……
おっと、すみません。つい仕事の話をしてしまいました。続きは明日にして、今は食事を楽しみましょう」
僕が努めて明るい調子で言うと、みんなは笑顔で頷いてくれた。
火曜分です。大変遅くなりましたm(_ _)m
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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