第465話 婚約報告:人外枠
エマちゃんの発案で行われた宴会は、村中に篝火が焚かれ、祭りのような賑やかなものになった。
村の人達が次々に祝福の言葉をくれたので、僕もみんなも本当に幸せな気持ちにさせて貰った。
ただフラーシュさんはちょっとだけ大変そうだった。エマちゃんの妹、今年で二歳になるリリアちゃんが彼女を大変気に入ってしまい、黄金に輝くその長髪を散々引っ張っていたのだ……
フラーシュさん本人は、懐かれて悪い気はしていなかったみたいだったけど。
その翌朝。総出で手を振ってくれる村のみんなに別れを告げた僕らは、とある方に会うため、村の東に広がる大森林へと分け入った。
するとその瞬間に感覚が消失し、気がつくと僕らは、巨大な神殿の中に転移していた。
木造りの内装は神社のような雰囲気で、清浄で厳かな雰囲気が漂っている。
「あ、あれ…… いつもと手順が……!?」
普段は祝詞を捧げてからお招きいただくのに…… 混乱する僕の耳に、鈴を転がすような可愛らしい声が届いた。
「お主ら、待っとったぞ!」
とふっ!
タックルするような勢いで僕を抱擁してくれたのは、愛らしい蜘蛛人族に見える少女。この星を支配する神の一柱、蜘蛛の神獣様だ。
「アラク様!」
大歓迎なお出迎えに嬉しくなり、反射的に抱き返そうとした瞬間、凄まじい殺気を感じてびくりと手を止める。
恐る恐るアラク様から顔を上げると、少し離れた場所に彼女とよく似た眷属の方々が控えていた。
彼女達は僕ら人類を劣等種と蔑み、アラク様をこの上なく敬愛している。抱き返したりしたら殺されかねない……
そう思って直立不動でいると、なんと眷属の方々が憮然としながらも小さく頷いたのだ。
え…… いいの……!? じゃ、じゃあ…… 僕は恐る恐るアラク様の小さな体を抱き返した。
「ふふっ、あやつらもお主の事を認め始めたようじゃの。しかしよくぞ、よくぞあの悪垂れを倒したもんじゃ! 妾、久しぶりに身が打ち震えたぞい!」
「はい……! 覆天竜王は、本当に次元の異なる強敵でした…… 最後にアラク様が助けてくれなければ、僕らは全員死んでいたと思います。いつも見守って頂き、本当にありがとうございます……!」
腕の中でにこにこと笑うアラク様に、僕は心からの感謝を述べた。
あの時、倒したはずの覆天竜王に不意を突かれた際、はるか上空で無くした筈の雷槍天叢雲飛来し、奴の脳天を穿ったのだ。あれが偶然である訳が無い。
「はて、何の事じゃったかの……? お? ほっほっほっ、すまんのプルーナ。大丈夫じゃ、お主の場所を取ったりせんよ」
僕の後ろをチラリと見たアラク様が、楽しげに笑いながら抱擁を解いた。
振り返ると、プルーナさんが寂しげな表情で僕の服をちんまりと摘んでいる所だった。彼女の八本の脚も不安げに縮こまっている。
「あ…… す、すみませ-- ふぎゅっ……!?」
目が合い、服からぱっと手を離した彼女を、僕は反射的に抱きしめていた。
「あ…… すみません、つい……」
「ほっほぅ。ほんに愛い奴らじゃのぅ…… おぉシャム! 遠見でも見たが、大きゅうなったの!」
「アラク様! シャムはついに思いを遂げたであります!」
アラク様は、嬉しそうに飛びついてきたシャムをふわりと受け止めて抱えると、そのままどっこいしょと座布団に座ってしまった。
女児状態のシャムだったら微笑ましい絵だったんだけど、今は二人の体格が逆転しているので違和感がすごい。でも指摘するのも野暮か……
「さ、お主らも座るのじゃ。おっとフラーシュ、お主とこうして顔を合わせるのは初めてじゃったの。妾の事はアラクとでも呼んでたもれ。
--レシュトゥの事は残念じゃった。じゃが、お主が後継ならばあやつも安心じゃろうて」
「は、はい……! ありがとう、ございます……!」
緊張からか、フラーシュさんは声を振り絞るように答えた。アラク様達の強烈な気配に参ってしまっているのかもしれないけど、これは慣れてもらうしか無い……
それから僕らは、いつものように今回の旅について語った。今回はアラク様も楽しそうだったけど、眷属の方々の反応も目に見えてよかった。本当に僕らの事を認め始めてくれているのかも。
そうして話が終盤に差し掛かった頃、フラーシュさんが緊張気味に口を開いた。
「あ、あの、アラク様……!」
「ん? なんじゃ、フラーシュ」
「その…… し、始祖様は、アラク様にとても感謝していました……! 覆天竜王の事だけじゃなくて、あたし達が住んでる方舟も、アラク様のご慈悲が無ければって……
遠い昔、始祖様達が方舟で災厄から逃れる時も、アラク様は助けてくれたんですよね……? あたし、その事のお礼を--」
必死に感謝の言葉を紡いでいたフラーシュさんが、はっと息を呑んだ。
それまで楽しげに微笑んでいたアラク様の雰囲気は一変し、今にも泣き出しそうな表情で俯いてしまわれたのだ。
「--フラーシュ。すまんが、その事で妾に礼など言わんでくれ…… 妾がお主らに…… 人の子に感謝されて良い訳が無いのじゃ……」
絞り出すように紡がれた言葉には、深い後悔が込められているようにも感じられた。
どうやら、絶対に触れてはいけない話題だったらしい。邪神と呼ばれた眷属の死に際しても、彼女はこれほど感情を露わにすることは無かった。
災厄か…… 遠い昔、一体何があったんだ……?
その場を沈黙が支配し、僕らはオロオロと掛ける言葉を探していた。しかし、僕より心を乱している人達がいた。
アラク様の後ろに控えた眷属の方々が、焦りの表情と共に凄まじい殺気を飛ばして来たのだ。
早く母様を元気付けろ。さもなくば殺す。そんな強い思念が感じとれた。
いや、僕もそうしたいんですけど、一体どうしたら…… あ、そうだ。
「あの、アラク様! そう言えば僕ら婚約したんです!」
「--ん? お、おぉ、そうじゃったの! ほんにめでたい事じゃ。お主らのことじゃから、さぞ愛らしい子が生まれるじゃろうなぁ……! 今から楽しみじゃて!」
一瞬で笑顔に戻ってくれたアラク様に、その場の全員が胸を撫で下ろした。
その後は終始和やかな雰囲気で時間が過ぎ、祝いの品を用意しておくと張り切るアラク様に見送られ、僕らは神殿を後にした。
アラク様の転移魔法により、僕らは一瞬で今回の最後の目的地に到着した。
目の前に聳えるのは、大森林の深部に造られた城塞都市。僕の友達の知的な緑鬼、エラフ君が興した魔物の王国だ。
巨大な城門の前で声を掛けると、すぐにエラフ君の側近の食人鬼が現れ、僕らを都市の中心にある砦に案内してくれた。
王様であるエラフ君は、王妃に当たる只人のマガリさんと、二人の子供である緑鬼のエリカちゃんと一緒に僕らを出迎えてくれた。
砦の一室で僕らの騒がしい近況報告を終えると、話題は自然とお子さんや王様業の話へと移っていった。
「--うん。今回もエリカちゃんの体調は健康そのものですね。元気に育っていますよ、マガリさん!」
ロスニアさんは、まだ生後数ヶ月のエリカちゃんの診察を終えると、満面の笑みでそう告げた。
エリカちゃんはよく寝る子らしく、僕らが騒がしくしていてもスヤスヤと寝息を立て続けている。
「ありがとうっス! それにしてもタツヒトさんも王様っスかー。ちょっと遠いっすけど、ぜひ国同士で仲良くしたいっスねー」
「いいですね! 最初は小規模に交易したり駐在員置いたり…… そのうち二国間で大きく経済が回るようにしたいですね」
現在エラフ君の王国は、馬人族の王国や、その隣の蜘蛛人族の連邦とも交流がある。
ここは大森林の深部にあるので、周囲で貴重な動植物が採れる上、冒険者の宿場町としても重宝されているのだそうだ。
種族の違いすぎる国同士なので、トラブルが皆無という訳じゃ無いみたいだけど、それでも人の行き来が絶えないのはメリットの方が大きいからだろう。
以前訪れた時より、都市内で見かける人類の数が増えている気がするし。
「国ガ栄エルノハ良イ事ダ…… シカシタツヒト、オ前ハ又番ヲ増ヤシタノカ…… 流石ダナ」
「あ、あはは…… まぁね」
素直に感心している様子のエラフ君に、僕は曖昧に返事した。この状況を褒められてしまうと、ちょっと反応に困ってしまうんだよね……
すると、ゼルさんがニヤリと笑ってエラフ君を見た。なんか嫌な予感……
「おいエラフ。そういうおみゃーはどうなんだにゃ。マガリの他に番は持たにゃいのかにゃ?
タツヒトにゃんてもう八人も女がいるし、多分これからもっと増えるにゃ!」
彼女のだいぶ不敬な言葉に、彼は大きな体を縮こまらせるように答えた。
「ムゥ、分カッテイル…… ダガ俺ハ、マガリトノ時間ヲ大切二シタイ」
「……! も、もう! エラフは上手っスね! うふふっ……! でも、やっぱり側室は必要っスよ。今後何があるかわからないっスから……」
「問題ナイ。俺ハ、アラユル敵カラマガリヲ守ル」
「や、止めるっスよ! タツヒトさん達が見てるっスから!」
途端にイチャイチャしだしたエラフ君とマガリさんを、僕らは微笑ましい思いで見守った。
が、違った視点で見ていた人も居たらしい。アラク様の件で少ししょげていたフラーシュさんが、いちゃつく国王夫妻をじっと観察していたのだ。
「--ね、ねぇキアニィ氏。エラフ氏とマガリ氏に子供がいるってことは…… その、二人は当然、子供ができるような行為をしたって事だよね……!?」
「え……? えっと、まぁ、そう言うことになりますわね…… あ。種族の異なる二人が子宝に恵まれたのは、アラク様が下賜された指輪のおかげらしいですわよ? 素敵なお話ですわよねぇ」
「ふひっ……! す、すごい…… あんな小柄な女の子と、でっかい緑鬼が…… 種族を超えた重なり合い、純愛、奇跡…… 次回作、決まったかも……!」
「ほ、本当ですか先生……!? ど、どうか最初の読者の栄誉にはこの私を……!」
取り出した手帳に猛然と何かを書き込み始めたフラーシュさんを、ヴァイオレット様が尊敬の眼差して見つめる。
--今まさに国際問題の火種が生まれた気がするけれど、フラーシュさんが元気になってくれたから良いか……
大変遅くなりましたm(_ _)m
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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