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亜人の王 〜過酷な異世界に転移した僕が、平和なもんむすハーレムを勝ち取るまで〜  作者: 藤枝止木
17章 叡智の方舟

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第457話 王の最後(1)


 ドッ……!


「うぁ……?」


 背中に受けた軽い衝撃に意識が覚醒すると、直ぐ側に星空を背景にしたヴァイオレット様の泣き顔があった。

 助かった…… どうやら、空から落ちて来た僕を彼女がキャッチしてくれたようだ。

 しかし今日は気絶してばかりだ。あと、目覚めた瞬間に好きな人が泣いてくれていると、こう、嬉しいやら申し訳ないやら……


「タツヒト……! みんな、タツヒトは生きているぞ!」


 彼女の言葉に周囲から安堵の声がして、直ぐにキアニィさんとゼルさんも走り寄ってきてくれた。二人とも目に涙を溜めている。


「無事で良かったですわぁ…… ここからも微かに見えていましたわよ、空を覆う蒼い光が……! とても美しい光景でしたわぁ……」


「ほんとーによく帰って来たにゃ! あのハゲ蛇に連れ去られた時には、心臓が止まるかと思ったにゃ!」


「すみません、ご心配をおかけしてしまって…… あっ、覆天竜王(ブリトラ)はどうなりましたか……!? 多分倒せたと思うんですが……」


「ああ、それならばこちらだ」


 ヴァイオレット様が僕を抱えたまま体の向きを変えてくれた。すると、視界に飛び込んできたものに思わずびくりとしてしまった。

 僕らが居る大魔巌樹(まがんじゅ)の最上階に、覆天竜王(ブリトラ)の見上げるように巨大な頭部が転がっていたのだ。

 全体が黒く炭化して微かに煙をあげており、長大だった胴体はそのほとんどが消し飛んでしまっている。

 眼球も白く濁りぴくりとも動かない。やった…… あの強大な蛇竜(だりゅう)の王を、倒すことが出来たんだ……!


「君が落ちてくる少し前に落下してきたのだ。あの強靭な覆天竜王(ブリトラ)の肉体をここまで破壊するとは……

 金剛蒼雷(ヴァジュラ)と言っていたか? 本当に凄まじい魔法だ……!」


「はい……! でも、殆ど槍と運のおかげですよ。あれを放つのに本当に最高の環境でした。 --あれ、そういえば槍は……?」


 自分の手に槍が無い事に気づいて慌てると、ゼルさんが気の毒そうに首を振った。


「この辺には降って来てにゃいにゃ…… さっきからウチもチラチラ上を見てるにゃけど、あの槍黒いからにゃぁ……」


 そう言われて空を見上げ、僕は絶望した。確かにこの真っ黒な星空を背景に、黒い槍を探すのは困難だ。

 すでに何処かに落下した可能性があるけど、周囲は広大な森だ。捜索するのはかなり難しいだろう。

 なんて事だ…… これじゃ、アラク様や鷲の神獣(ナシュル・イルフルミ)様に申し訳が立たない……


「そう、ですか…… ところで、僕はなんで助かったんでしょう? 僕、相当な高度から落下してきた筈なのに、そんなに衝撃を受けなかったような……?」


 僕の疑問に、キアニィさんが静かに答えてくれた。


「--レシュトゥ様が、闇魔法でタツヒト君を減速させてくれたんですの。最後の力を振り絞って……」


「最後の、力……? そうだ……! レシュトゥ様はご無事なんですか!?」


 僕が最後に見た時、彼女は覆天竜王(ブリトラ)渇死熱波(トリシュナ・ヴァーユ)を受けて倒れ込む所だった。

 奴も余力が無かったのか、普段の威力は出ていなかったようだけど、それでも直撃していたはずだ。

 三人は僕の言葉に答えず、鎮痛な表情で歩き出した。向かう先には、横たわるレシュトゥ様と、彼女を囲む後衛組のみんなの姿があった。彼女達の表情も一様に鎮痛だった。


「ヴァイオレットさん。タツヒトさんをレシュトゥ様のお側に…… お話があるそうです……」


「ああ……」


 プルーナさんに言われ、ヴァイオレット様は僕をレシュトゥ様の隣へ下ろしてくれた。

 するとみんなの陰になっていた彼女の全身が見え、僕は息を呑んだ。


「タツヒト君…… よくやってくれましたね……」


 そう言って微笑むレシュトゥ様の顔は青白く、明確な死相が浮かんでいた。

 何より彼女の下半身は丸ごと消失し、残った上半身も、所々皮膚や筋肉が削り取られたように無くなっていた。

 そしてその痛々しい傷口の奥…… そこには見覚えのある金属骨格や、人工の臓器のようなものが露出していた。


「レシュトゥ様…… そのお身体は……!?」


「うふふ、驚いたかしら……? でも、前に言ったでしょ? この手の、機械人形の技術を使った手術にはちょっと経験があるって。

 本来なら許されない永い年月…… それを、私は自分の体を機械化する事で生きて来たの。でもそれも今日で終わりね……」


 彼女の言葉に呆然としつつ、僕は半ば反射的にロスニアさんの方を見た。

 しかし高位の聖職者であるはずの彼女は、俯いたまま静かに首を振った。


「だめ、だったんです。最高位の神聖魔法を使っても、機械人形に特化した治療を試みても、レシュトゥ様の肉体は修復されませんでした…… 私には、止血するのが精一杯で……!」


「そんな…… どうして……!?」


「ありがとうロスニア…… あなたのその真心が私を癒してくれるわ。けれど、どんな魔法でも時間は巻き戻せないの。

 これが私の寿命…… 騙し騙しやって来たけど、もう細胞が限界なの。だから、もういいのよ……

 こうして覆天竜王(ブリトラ)の最後も見届けられたし、思い残すことも--」


『許さん……』


 レシュトゥ様の言葉を、地獄から響いたような怨嗟の声が遮った。


「「……!?」」


 信じられない思いで声に振り返ると、殆ど頭部だけになった覆天竜王(ブリトラ)が、牙を剥きながら僕らに飛びかかって来ていた。

 あ、あの状態で生きてたのか!? くそっ、魔力切れで力が全く入らない……!

 完全に不意を突かれ、他のみんなも動けずにいる中、巨大な(あぎと)が眼前に迫る。

 しかしその巨大な口が僕らを噛み砕く直前、上空から何かが高速で飛来した。


 --ヒュゥゥゥン…… ドガッ!!


『がっ……!?』


 こちらに飛びかかっていた覆天竜王(ブリトラ)は、凄まじい勢いで地面に叩きつけられ、僕らのすぐ目の前で停止した。

 その頭部には、遥か上空で無くしてしまったと思っていた僕の愛槍、雷槍天叢雲らいそうあめのむらくもが深々と突き刺さっていた。


『おの、れ…… 化石蜘蛛、がぁ……』


 憎々しげな呟きを最後に、覆天竜王(ブリトラ)は今度こそ絶命した。

 数秒ほど呆然としていた僕は、はっとしてエルツェトの大森林の方に向き直り、深々と頭を下げた。


「アラク様…… ありがとうございます」


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【日月火木金の19時以降に投稿予定】


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