第455話 天を覆う蛇(2)
「な、なんだ!?」
最初の大きな揺れから少しおさまったものの、地面はいまだにグラグラと揺れている。
空に浮かんでいる方舟で地震なんて起こるはずが無い……! それにこの感覚は……
同じ事を考えたのか、プルーナさんと目が合った。
「タツヒトさん! これ、僕達少しずつ落下してませんか!? 以前魔獣大陸で作った土魔法のエレベーター…… それと同じ感覚です!」
「だ、だよね……!? フラーシュさん、これ、何が起こってるの!?」
下りのエレベーターに乗った時のようなふわりとした感覚。やはり今、僕らの乗っている巨大な岩塊はエルツェトに向かって落下しているのだ。
みんなの視線が集中する中で、フラーシュさんは驚愕の表情を浮かべながら呟く。
「あいつ…… まさか……!?」
すると、地平線の向こうから強烈な気配が急接近してきた。
「くそっ……! 全員戦闘準備!」
「「応!」」
気配を迎え撃つように陣形を組んだ瞬間、僕らの目の前に巨大な蛇竜、覆天竜王が現れた。
相変わらず痩せ細って鱗もまばらだけど、僕が刺し貫いた胸の傷が塞がってしまっている。
『愚劣な猿どもめ……! よくも、よくもやってくれたものだな…… 貴様らのせいでこの私の計画が台無しだ!』
怒気も露わに僕らを見下す奴に、フラーシュさんが叫ぶ。
「やっぱり…… あいつ、主機関の魔核を食べちゃったんだ……!」
「主機関……? まさか、それってこの方舟の……!?」
「うん……! 方舟を浮かせているすごく大事な魔導装置。船底部の辺りにあって、大きなな魔核で動いてるんだって……!
だからその魔核を食べちゃったりしたら、もうここは浮いてられない……! エルツェトに落ちちゃうの!」
「「……!」」
彼女の言葉に全員が息を呑み、覆天竜王へ視線を移す。
つまり奴は、自分の計画に必須である方舟を自らの手で墜落させようとしているのだ。
僕が与えた傷が致命傷で、主機関の魔核を食べないと助からなかったのか……?
--いや、直前の奴の発言からしてそれは違うだろう。単に、僕らを今すぐ殺したいから食べたのだ。
方舟は、こいつの目的上絶対に必要なもののはずなのに……! もうめちゃくちゃだ!
『計画はまた練り直すとしよう……! 目障りな猿共よ…… まずは死ねぇ! ジャアアアッ!』
奴は咆哮を上げると、僕らを最上階から払い落とすように長大な尾を振り抜いた。
見上げるような城壁が高速で迫ってくるような迫力。ダメだ、全員はとても避けきれない……!
「ゼルさん、キアニィさん!」
二人に目配せすると、彼女達は一瞬迷った後で後衛のみんなを引っ掴み、奴の尾から逃げる方向へと離脱した。
それを確認した後、僕はヴァイオレット様と頷き合い、迫り来る巨大な尾に二人で突進した。
「「おぉぉぉぉっ!!」」
ドギャッ!!
身体強化を最大化させて行ったブチかましは、奴の薙ぎ払いの勢いを確かに弱めた。
しかし、位階も体格も劣る僕らが押し勝つことは叶わず、激しい衝撃とともに呆気なく弾き飛ばされてしまった。
「--!!」
誰かの声に意識が覚醒した。朦朧とした意識のまま目を開けると、目の前に泣きそうな表情のロスニアさんの顔があった。
背中に硬い地面の感触、全身には激痛。どうやらまた心配を掛けてしまったらしい。
「ロス、ニアさん…… いつもすみません……」
「……! 喋らないで下さい! だめ、もう魔力が……!」
彼女の悲鳴のような声に、徐々に意識が覚醒していく。そうだ…… 僕は覆天竜王に吹き飛ばされて……!
「ヴァオレット様は……!? 他の、みんなは……!?」
「みんなまだ生きています…… けれど、ヴァイオレットさんは重症で意識がありません……!
でもそれよりタツヒトさんです! あぁ…… 血が止まらない……! お願いですからもう喋らないで……!」
彼女は必死に治癒魔法を掛けようとしてくれているけれど、その顔色は青白く、魔法の光も弱々しい。 --もう彼女も魔力切れなのだ。
なんとか首だけを動かすと、ぐしゃぐしゃで血まみれになった自分の手足が見えた。道理で妙に寒いし体が動かない訳だ。
さらに首を巡らすと、僕の側に寝かされたヴァイオレット様の姿が見えた。僕よりほんの少しだけ軽傷で、微かに胸が上下している。
その事に少しだけ安堵したけど、主戦力二人が重症で回復も望めないこの状況…… かなり絶望的だ。
『くはははは! そうとも! 貴様ら所詮は塵芥! この私に成す術もなく蹂躙されるべきなのだ!』
追い討ちをかけるように、覆天竜王の耳障りな哄笑が耳を打った。
必死に首を動かすと、奴から僕らを庇うようにゼルさんとキアニィさんが立っていた。二人とも、もうボロボロだ……!
「ぜっ、ぜっ…… うるっせーにゃこの馬鹿ハゲ蛇! おみゃーはさっき、そのちりあくた相手に死にかけてたにゃ!」
「はぁ、はぁ…… うちの蛇と違って、本当に性格が悪いですわぁ……! やっぱり、あなたに王様は無理でしてよ!」
『--もう少し遊んでやろうかと思ったが、気が変わった。やはり今死ね』
冷たい殺気と共に、強大な魔法の気配が奴から漂い始めた。
また極大の渇死熱波を放つつもりか……! 草薙で防御を……
--だ、駄目だ。まだ意識が定まらない…… それにもう魔力も残っていない…… このままじゃ……!
『--闇よ』
その時。この場で聞こえるはずのない、静かな声が響いた。
ズンッ!!
『ぐがっ……!?』
そして、上空から僕らを見下ろしていた覆天竜王の巨体が、叩きつけられるような勢いで最上階に落下した。
「「な……!?」」
半ば死を確保していた僕らは、目の前の光景に呆けたように声を上げてしまった。何が起こったんだ……!? それにあの声……
全員が声のした方向を振り返る。そこにあったのは、光を全て吸収するかのような漆黒の球体。
そこから、滲み出るように見覚えのある人影が現れた。
「みんな…… よく頑張ったわね」
僕らに微笑を向けたのは妖精族の始祖神、現この国の女王であるレシュトゥ様だった。
「レシュトゥ、様……!?」
「始祖様!? なんで!? どうやって!?」
フラーシュさんが素っ頓狂な声をあげる。レシュトゥ様はここから遥か遠い城に居るはず…… なら、あの黒い球体は転移魔法か……!?
「うふふ…… それは後で説明してあげるわ。それよりロスニア。あなたと、念の為タツヒト君にもこれを」
彼女は覆天竜王に手を翳したまま、ロスニアさんにガラス瓶のようなものを二つ投げ渡した。中には赤い液体が入っている。
「は、はい……! ングッ…… タツヒトさんも!」
「ありがとう、ございます……」
ロスニアさんに手伝ってもらって瓶の液体を飲み干すと、急速に魔力切れの気持ち悪さが無くなった。魔力が、回復した……!?
「これは……!? 『神聖再生!』」
魔力切れだったはずのロスニアさんが高位の神聖魔法を唱えると、力強く清浄な光が降り注ぎ、僕のめちゃくちゃだった手足が瞬く間に元に戻った。
飛び起きて体の調子を確認すると、完全回復状態だった。
「治った…… ロスニアさん、さっきの液体って……!?」
「ええ、魔力回復薬です! すごい…… エルツェトでは作るのは不可能だと言われているのに……! すぐにヴァイオレットさんの治療にかかります!」
「ええ、お願いします!」
全快状態になったロスニアさんが、ぐったりとしたヴァイオレット様の元へ走る。よかった…… 彼女ならきっと助けてくれる。
槍を手に視線を覆天竜王の方へ戻すと、奴は巨体を地面に減り込ませたまま、レシュトゥ様を憎々しげに睨んでいた。
『貴、様……! 老耄耳長が……! 力を隠していたというのかぁ!』
「隠していたつもりなんてないわ。でも、まさかあなたがここまで愚かだったとはね。
感情任せに、自らの目的である方舟を沈めてしまうなんて…… やっぱりあなたには、他の神獣の方々のような器は無いわね」
『だっ…… 黙れぇ! あのような化石どもより、この私が神に-- ぐげぇっ……!!』
レシュトゥ様の紫色の放射光が強まり、覆天竜王の巨体がさらに地面に減り込んでいく。
彼女の操る闇魔法、すなわち重力魔法は、巨体相手にはいかにも効果が高そうだけど…… それにしても強すぎる……!
「し、始祖様……! そんなに強い魔法を使ったら……!」
「ありがとうフラーシュ。でも、大丈夫よ。この愚か者行いで方舟は沈んでしまう……
幸か不幸か、それで私が方舟を制御する必要も無くなった。だからこうして、本来の力を振るうことができるの」
レシュトゥ様の放射光がさらに強まり、覆天竜王の巨体の所々がひしゃげ、血が噴き出し始めた。すごい……! このまま一方的に勝てるんじゃ……!?
『ギャァァァァッ!?』
「喚きなさい。その絶叫が隠世に届く程に。それがあの子達へのせめてもの-- ゴホッ……!?」
しかし次の瞬間、レシュトゥが咳き込んで血を吐いた。重力魔法が緩み、覆天竜王の首がレシュトゥ様へ向く。
『死ねぇ!』
ゴバッ!
奴の放った渇死熱波が、レシュトゥ様を飲み込んだ。
お読み頂きありがとうございました。
少しでも気に入って頂けましたら、「ブックマークに追加」ボタンをタップして頂けますと嬉しいです!
さらに応援して頂ける場合には、画面下の「☆☆☆☆☆」からポイント頂けますと大変励みになりますm(_ _)m
【日月火木金の19時以降に投稿予定】
※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。




